なぜ世界の自動車マネーは「アメリカ行き」なのか

1. データで見る「自動車投資の重心移動」

1-1. EV関連投資はどこに向かっているか

欧州シンクタンクTransport & Environmentが、主要19社(欧州・米国・日本・韓国・中国OEM)によるEV・電池・充電インフラ投資(2021〜23年、総額2,650億ユーロ)を地域別に分析しています 。結果は明確です:transportenvironment

  • 北米: 37%(970億ユーロ)
    • そのうち81%が米国向け投資(790億ユーロ)
  • 欧州: 26%(700億ユーロ)
  • 中国: 19%
  • その他地域: 残り

つまり、大手自動車メーカーの約4割近いEV関連投資が北米、特に米国に向かっており、欧州や中国よりも「投資先としての魅力」が高いことが数字で裏付けられています 。transportenvironment

1-2. 米国だけを見るとどうか

米国内だけを切り取ると、インパクトはさらに大きく見えます。Biden政権発足(2021年)以降、EVとバッテリーの製造・サプライチェーン向け投資は累計3,120億ドル(約47兆円、1ドル=150円換算)に達しました 。transportenvironment

Rhodium Groupの「Clean Investment Monitor」によると、IRA施行からの3年間で:

  • クリーンエネルギーとクリーンテック製造への実投資は3,510億ドル
  • 未使用の将来投資パイプラインは5,170億ドル
  • そのうち製造向けが1,120億ドルで、その88%がEVサプライチェーン(電池・EV組立・資源)向けtransportenvironment

「EV・電池という成長分野の投資重心は、明確に米国へ移っている」──これが、数字から見える現状です。

2. なぜ投資マネーは米国に集まったのか

2-1. インフレ抑制法(IRA)の”政策効果”

Transport & Environmentの分析は、北米の投資優位の主因を2022年に導入されたIRAと結論づけています 。IRAのポイント:transportenvironment

  • EV購入補助: 最大7,500ドルの税額控除(北米最終組立・一定割合の北米/FTA締結国由来の電池・資源を条件)evdances
  • 電池生産クレジット(45X): 電池セル1kWhあたり35ドル、モジュール10ドルの生産税額控除transportenvironment
  • 低炭素車工場向け融資: 30億ドル規模の融資プログラムtransportenvironment

これらにより、**「EVを売るためには北米で作るのが一番得」**という構図が世界のメーカーに共有されました 。transportenvironment

2-2. 中国EV封じの”100%関税”と欧州の追随

バイデン政権は2024年に対中制裁関税を強化し:

  • 中国製EVへの関税を25%→**100%**に引き上げ
  • EV用リチウムイオン電池や重要鉱物にも**25%**の関税を段階的に導入transportenvironment

欧州連合も2024年に中国EVに対し、最大45.3%の追加関税(既存の10%輸入関税に上乗せ)を導入しました 。transportenvironment

これにより、「中国から完成車を輸入して売る」モデルは成立しにくくなり、北米と欧州の大市場に入りたいなら、その地域で作るか、域内生産拠点(北米ならメキシコ・カナダ)を置く必要が出てきました 。transportenvironment

3. 日本・韓国メーカーはどう動いたか

3-1. トヨタ:ノースカロライナの電池メガプラント

2025年11月、トヨタはノースカロライナ州リバティの電池工場で量産開始を発表しました:automotivelogistics

  • 投資額: 約140億ドル(当初12.9億ドルから段階的に拡大)
  • 能力: 年間30GWh、14ライン(HEV・PHEV・BEV向け)
  • 雇用: 最終的に5,100人規模
  • 追加投資: 今後5年間で100億ドルを北米にコミット

トヨタのEV関連投資の89%は北米向けで、欧州向けはわずか10%です 。transportenvironment

3-2. ホンダ:電池調達と車両生産を”米国寄り”へ

ホンダも米国リスクに直接対応:

  • トヨタの米国工場からハイブリッド車用電池を年間約40万台分調達
  • シビック・ハイブリッド5ドア版の生産を日本からインディアナ州に移管(2025年6〜7月完了予定)reuters
  • 次世代シビックもメキシコからインディアナへ移管予定(2028年5月開始、年産約21万台)reuters

これは「米国内で電池と車をセットで作り、『中国製部材+輸入完成車』という構図から距離を置く」明確なサプライチェーン再構築の動きです。

3-3. 韓国・欧州勢も北米寄り

Transport & Environmentの分析では:

  • ホンダのEV投資の58%、現代自グループの43%が北米向け
  • ステランティスはEV投資の74%を北米に、欧州はわずか10%transportenvironment

欧州はEV投資全体の26%しか引きつけられておらず、その大半が欧州メーカー自身による”身内投資”で、アジア勢からの大型投資は北米ほど集まっていません 。transportenvironment

4. 2025年、「米国一強」に陰り?トランプ政権の逆風

4-1. OBBBA(One Big Beautiful Bill Act)によるクレジット縮小

トランプ政権の法案「One Big Beautiful Bill Act(OBBBA)」は2025年7月に成立し:univis-america+1

  • IRAの気候関連税額控除を大幅削減
  • EV購入クレジット(30D)や商用EVクレジット(45W)は2025年9月30日終了reuters+1
  • 電池製造クレジットは2028年終了(4年前倒し)reuters

4-2. クリーン投資の減速とプロジェクトのキャンセル

Rhodium Groupの2025年Q2レポートによると:

  • 2025年Q2のクリーンエネルギー・輸送投資は前年比+1%の微増ながら、3四半期連続で前期比減少
  • 製造セグメント(電池・EV等)は前年同期比**▲19%**
  • 製造プロジェクトのキャンセル額(50億ドル)が新規アナウンス額(40億ドル)を上回る

AP通信によると、2025年に入ってから140億ドル超のクリーンエネルギー投資がキャンセル・延期され、1万人規模の雇用が失われました。

4-3. EV市場の減速と「ハイブリッド回帰」

トランプ政権下で:

  • 2030年までのEV販売50%目標が撤回federatedhermes
  • 厳格な排ガス規制が緩和
  • 7,500ドルのEV税控除が段階的に終了

結果、2030年のEVシェア見通しは40%→27%に下方修正されました。トヨタやVWなど複数メーカーが、EVシフト一辺倒から**ハイブリッド・ガソリン車を含む”マルチパスウェイ戦略”**に舵を切り直しています 。automotivelogistics

5. それでも「米国シフト」は終わらない:構造的な3つの理由

(1) すでに積み上がった投資パイプラインの大きさ

建設中のクリーンテック製造・エネルギー関連プロジェクトの未投資残高は5,170億ドル、うち製造分が1,120億ドルで、その約9割がEVサプライチェーン関連です。これらは埋没費用として数年かけて投資が継続される性格のものです。

(2) 中国EVへの”関税の壁”と代替生産拠点としての価値

  • 米国:中国製EVに100%関税、EV電池と重要鉱物に25%関税
  • カナダ:ほぼ同水準の関税
  • 欧州:中国EVに最大45.3%の追加課税transportenvironment

結果として、中国メーカーにとって北米・欧州は「現地生産を真剣に検討せざるを得ない市場」となり、北米・欧州に工場を持つ既存OEMとそのサプライヤーにとっては構造的な参入障壁が生まれています。

(3) 欧州の魅力度が”政策面で”出遅れている

  • 欧州は2021〜23年のEV投資のうち26%しか取り込めず
  • その80%は欧州メーカー自身による投資
  • Transport & Environmentは「EUがIRAに対抗する産業政策を欠き、半分近い欧州向けバッテリー投資が対米流出リスクに晒されている」と指摘transportenvironment

**「米国の追い風は弱まったが、欧州がそれ以上に出遅れている」**というのが、2025年時点の冷静な見立てです。

6. 日本企業がとるべき戦略的スタンス

6-1. 「米国一本足打法」は危険だが、「米国軽視」はもっと危険

キャッシュ創出拠点としての北米

高単価SUV・ピックアップ・ハイブリッドを中心に、利益創出の”母屋”として北米を位置づける発想は依然として合理的です 。一方で、OBBBAによる税制変更、規制の振れ幅の大きさ、州政府レベルの政策差を踏まえると、**「州ごとのインセンティブ頼みで過大投資しない」「設備を複数パワートレインに転用可能な設計にする」といった”オプション価値を残す投資設計”**が鍵になります。automotivelogistics

6-2. サプライチェーン設計:3ブロック対応

今後10年を見据えると、自動車サプライチェーンは以下の3ブロックで考えるのが現実的です:

北米ブロック(US+カナダ+メキシコ)

  • 45Xなどの生産クレジットは一定期間残存
  • 100%関税に守られた中国EV不在の市場

欧州ブロック(EU+UK+周辺国)

  • CO2規制が2025年以降強化
  • 中国EVへの関税導入で現地生産の魅力が上昇

中国+新興国ブロック

  • 中国はEV販売の約2/3を占める”EVの本丸”
  • 価格競争と技術進化のスピードが最速

日本企業視点では、実需と収益を取る「北米」、規制・ブランド構築の「欧州」、技術・コスト競争力を磨く「中国・新興国」という役割分担を明確にする必要があります。

6-3. 非OEMプレーヤーにとってのチャンス

完成車メーカーだけでなく、部品・素材・設備メーカーにもチャンスがあります:

  • 電池材料・分離膜・電解液・リサイクル
  • モーター、インバータ、パワーモジュール
  • 熱マネジメントシステム
  • 工場自動化・検査装置

これらは北米に建設中のEV・電池工場群に対して長期的な需要が見込める分野です。

まとめ:米国に傾く潮流を「前提条件」として、どう勝ち筋を描くか

  • EV・電池関連投資の重心はこの数年で米国・北米に大きく傾いたtransportenvironment
  • その原動力はIRAを中心とした積極的な産業政策と対中関税であり、欧州は政策・投資両面で出遅れているtransportenvironment
  • 一方で、2025年のトランプ政権によるOBBBAと環境規制の巻き戻しで、「補助金頼みのEV投資」は明確に逆風に入ったkiplinger+1
  • それでも、すでに積み上がった巨額の投資パイプラインと巨大な国内市場、中国EVを阻む関税の壁がある限り、北米は当面、自動車投資の最大級の受け皿であり続ける

したがって、日本企業にとって重要なのは、「米国シフトの波に乗るか/乗らないか」ではなく、**「どの程度のリスクを取り、どれだけオプション性を確保しながら米国を活用するか」**という設計です:

  • 設備とサプライチェーンは複数パワートレイン対応・複数地域調達可能にしておく
  • 政権交代や関税、規制変化を前提としたシナリオプランニングを経営計画に織り込む
  • 北米・欧州・中国+新興国それぞれの役割を決めたうえで、自社が「どのブロックで何を取りに行くのか」を明文化する

こうした視点を持てるかどうかが、「米国に傾く自動車投資の潮流」をチャンスに変えられるかどうかの分かれ目になっていきます。


※本記事の内容は、公開データ・公的機関・主要メディア(Rhodium Group, Transport & Environment, Reuters, AP等)の情報をもとに確認し、日本語として読みやすい形に整理・校正しています 。reuters+5

  1. https://www.automotivelogistics.media/nearshoring/toyota-to-invest-10bn-in-us-operations-over-five-years-as-battery-manufacturing-plant-opens-in-north-carolina/2127389
  2. https://www.telemetryagency.com/post/november-13-2025-toyota-launches-1st-north-american-battery-plant
  3. https://www.kiplinger.com/taxes/ev-tax-credit
  4. https://www.edmunds.com/fuel-economy/the-ins-and-outs-of-electric-vehicle-tax-credits.html
  5. https://www.univis-america.com/individual-tax/obbba/
  6. https://www.reuters.com/business/energy/trump-hits-brakes-electric-vehicle-growth-now-2025-07-28/
  7. https://www.dir.co.jp/report/research/economics/usa/20250711_025201.html
  8. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/honda-shift-production-us-bound-5-door-civic-hybrid-indiana-japan-2025-04-16/
  9. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/honda-produce-next-civic-indiana-not-mexico-due-us-tariffs-sources-say-2025-03-03/
  10. https://www.transportenvironment.org/uploads/files/2024_06_OEM_EV_investment_briefing_compressed.pdf
  11. https://evdances.com/blogs/blog/understanding-the-inflation-reduction-act-ira-tax-incentives-for-electric-vehicles-and-clean-energy
  12. https://www.federatedhermes.com/us/insights/article/trump-administration-makes-an-ev-u-turn.do
  13. https://www.irs.gov/credits-deductions/credits-for-new-clean-vehicles-purchased-in-2023-or-after
  14. https://electrificationcoalition.org/work/federal-ev-policy/inflation-reduction-act/
  15. https://www.energystar.gov/about/federal-tax-credits
  16. https://www.transportenvironment.org/articles/europes-automotive-industry-at-a-crossroads
  17. https://www.bruegel.org/policy-brief/smart-european-strategy-electric-vehicle-investment-china
  18. https://about.bnef.com/insights/clean-transport/global-electric-vehicle-sales-set-for-record-breaking-year-even-as-us-market-slows-sharply-bloombergnef-finds/
  19. https://climate.ec.europa.eu/news-your-voice/news/innovation-fund-2024-investing-future-net-zero-technologies-and-electric-vehicle-battery-cell-2025-05-14_en
  20. https://www.virta.global/global-electric-vehicle-market

 

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Logistique Inc.

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