初心者向け:EPAのSP(加工工程基準)完全ガイド

1. SPを理解するための基本用語

まず、原産地規則で頻繁に使われる基本的な用語を確認しましょう。

  • PSR(Product-Specific Rule:品目別規則) 産品ごとに定められた原産地要件のことです。多くの場合、関税分類変更基準(CTC)付加価値基準(VA)、**特定工程基準(SP)**が、単独または複数の選択肢として規定されています。日EU・EPAのPSRは、HSコード2017年版を基準に作成されています。
  • SP(Specific Process:加工工程基準) 化学反応、蒸留、紡績、編立、縫製など、産品の製造に不可欠な特定の工程そのものを協定域内で行うことを原産地要件とする基準です。化学品に関するSPの定義は、協定の附属書3-A(原産地手続)の注5に詳述されています。
  • 付加価値基準(VA: Value Added) 非原産材料の価額の上限(MaxNOM)や、協定域内で付加された価値の割合(RVC)を定める基準です。SP基準の代替として選択できる品目が多くあります。
    • MaxNOM(Maximum value of non-originating materials):非原産材料価額の上限。 計算式例: MaxNOM=VNM÷EXW​×100≤規定の割合(%) (VNM: 非原産材料価格, EXW: 工場渡価格)
    • RVC(Regional Value Content):域内原産割合。 計算式例: RVC=(FOB−VNM)÷FOB​×100≥規定の割合(%) (FOB: 本船渡価格)
  • 不十分な加工(Insufficient Working or Processing) 乾燥、包装、ラベルの貼り付け、単なる混合や組立てなど、産品に実質的な変更を加えないと見なされる軽微な作業です。たとえ品目別規則(PSR)の他の要件を満たしても、これらの作業しか行っていない場合は原産性が認められません
  • 非改変の原則(Non-Alteration Rule) 原産品として認められた産品は、日本とEU間の輸送途中で実質的な変更が加えられてはなりません。保管、仕分け、ラベル貼り替えなどのごく限定的な作業のみが許可されます。
  • 証明と記録保存 輸出者が作成する原産地に関する申告文(自己申告書、Annex 3-Dに規定)、または輸入者が持つ知識に基づいて原産性を証明します。輸出者は、申告の根拠となる書類を最低4年間保管する義務があります(輸入者は最低3年)。

2. 日EU・EPAにおけるSPの具体例

加工工程(SP)は、産品の分野によって様々なものが規定されています。

  • A. 化学品(HS第28~38類など)
    • 定義(附属書3-A 注5):分子構造を変化させる「化学反応」、沸点の差を利用する「蒸留」、材料を細かくする「粒度の変更」、不純物を取り除く「精製」、異性体を分離する「異性体分離」、微生物などを利用する「バイオテクノロジー工程」などがSPとして定義されています。
      • 注意:単なる溶解、溶媒の除去、結晶水の付加・除去は「化学反応」に含まれません。
    • PSRの例(第28~34類、38類など):多くの品目で「CTSH(HSコードの上4桁変更) または 特定のSPの実施 または 付加価値基準(MaxNOM 50%など)」のように、複数の選択肢から一つの要件を満たせば良いとされています。
    • 鉱物油(第27類):「蒸留」または「化学反応」の実施がSPとして規定されています。
    • バイオ燃料:「トランスエステル化」「エステル化」「水素化処理」といった特定の化学プロセスがSPとされています。
  • B. ゴム製品(HS第40類)
    • 再生タイヤ(HS 4012.11~4012.19):使用済みタイヤのトレッド(接地面)を張り替える「リトレッド」がSPとして明確に規定されています。
  • C. 繊維・衣類(HS第50~63類)
    • 基本原則:繊維分野では、原料から製品になるまでの一連の工程(紡績 → 製織・編立 → 染色・仕上げ → 縫製)のうち、**2つ以上の主要工程(二段階変更、double-transformation)**を経ることを基本としています。
    • PSRの例
      • 絹糸(HS 50.04~50.06):繊維の押出+紡績、撚糸+機械加工など。
      • 綿織物(HS 52.08~52.12):紡績+製織、製織+染色、糸染+製織、製織+プリントなど、複数の工程の組み合わせが規定されています。
      • 編物(HS第60章):編立+染色、編立+縫製など。
      • 衣類(HS第61~62章)
        • ニット衣料:編立+縫製(裁断を含む)。
        • 織物衣料:製織+縫製(裁断を含む)。品目によっては「プリント+縫製」で認められる場合や、併せて**非原産生地の価額上限(例:EXW価格の40%以下)**が定められている場合があるため、個別の条文確認が必須です。
    • 繊維の特別規定(附属書3-A 注6~8):最終製品の重量比10%以下の非原産材料を考慮しない「許容差(デミニミス)ルール」など、特別な規定も存在します。

3. SP基準を満たすための証拠書類(例)

SP基準で原産性を証明するためには、該当する工程を実施したことを客観的に示す書類が必要です。

  • 全品目に共通する書類
    • 部品表(BOM):非原産材料のHSコードと投入量がわかるもの。
    • 工程フロー図、製造指図書、作業標準書
    • 生産実績記録:ロット番号、製造日、使用設備、外注先の情報など、トレーサビリティを確保できるもの。
    • 輸送・保管記録:船荷証券(B/L)、航空貨物運送状(AWB)、通関書類など(非改変の原則を立証)。
    • 原産地に関する申告書の写しとその根拠資料(4年間保管)。
  • 化学品・鉱物油
    • 反応記録:温度、圧力、反応時間、触媒の種類、反応式など。
    • 蒸留記録:蒸留塔の運転ログ、温度データなど。
    • 分析データ:粒度分布、純度、不純物量の測定結果など、SPの定義を満たすことを示す証跡。
  • 繊維・衣類
    • 各工程の作業記録:紡績、編立、製織、染色、プリント、縫製などの設備稼働ログや外注契約書。
    • 裁断伝票、型紙など。

4. SP基準による原産性判定の実務フロー

以下の手順で確認を進めることで、正確な原産性判定が可能です。

  1. HSコードの確定:まず、輸入国(EUまたは日本)のHSコードで産品を特定します。
  2. PSRの確認:附属書3-Bで該当するHSコードのPSRを調べ、SPが選択肢として利用できるか、代替要件(CTC/VA)は何かを確認します。
  3. SP定義の照合:附属書3-Aの注釈などで、該当するSP(化学反応、蒸留など)の厳密な定義と自社の工程が合致しているかを確認します。
  4. 加工場所の確認:規定の工程が、日本またはEUの域内で完結していることを確認します(第三国での実施は認められません)。
  5. 不十分な加工でないことの確認:実施した工程が、不十分な加工に該当しないことを協定条文で確認します。
  6. 補足要件の確認:PSRに付加価値の上限や許容差ルールが併記されている場合は、それらも同時にチェックします。
  7. 非改変の原則の立証:輸送途中で実質的な加工が行われていないことを証明する書類を準備します。
  8. 自己申告書の作成・保存:原産地に関する申告書を作成し、全ての根拠書類とともに4年間保管します。

5. ケーススタディ:SP基準の適用例

  • 例1:有機化学品(HS第29類) PSRに「化学反応の実施」があれば、反応式や製造ログで「分子構造を変化させた」ことを立証します。これにより、CTCやVA基準を計算することなく原産性を満たせます。
  • 例2:Tシャツ(HS 6109) PSRに「編立および縫製」とあれば、生地の編立とTシャツへの縫製を域内で行った記録(稼働ログ、裁断伝票など)を揃えることで原産性を証明できます。
  • 例3:再生タイヤ(HS 4012.11) PSRに「リトレッド」と明記されているため、使用済みタイヤのトレッドを剥がし、新しいトレッドを貼り付けて加硫した工程記録を証拠とします。

6. SP基準を適用する際の主な注意点とよくある間違い

SP基準の適用では、思い込みや誤解によるミスが発生しがちです。以下の点に特に注意してください。

  • 「混合」と「化学反応」の混同 単に複数の薬品を混ぜ合わせただけでは「化学反応」にはなりません。分子構造の変化を伴うことが定義であり、単純混合は不十分な加工と見なされる可能性があります。
  • 工程の定義を厳密に確認する 「粒度の変更」は、単に砕くだけでなく「管理された方法で特定の粒度分布にすること」が求められるなど、各工程には厳密な定義があります。協定の注釈を必ず確認してください。
  • 「プリント工程」の過信 繊維製品において、プリントと縫製だけで原産性が認められるのは、PSRにそのように明記されている特定の品目に限られます。すべての衣類に適用できるわけではありません。
  • 代替規則や但し書きの見落とし PSRで要件が「;(セミコロン)」で区切られていれば**選択可能(OR)ですが、「,(カンマ)」や「及び」で繋がれていれば両方を満たす必要(AND)**があります。非原産材料の価額上限などの但し書きも見落とさないようにしましょう。
  • 加工場所は協定域内に限定 SPとして認められる工程は、すべて日本またはEUの域内で実施されなければなりません。第三国での委託加工は、SPの根拠には使えません。
  • 輸送と記録保存の徹底 輸送中に第三国で実質的な変更が加えられたり、根拠書類の保管義務(輸出者4年)を怠ったりすると、原産性が否認されるリスクがあります。

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