新任担当者向け:EPAのCTC(関税分類変更基準)完全ガイド
この資料は、経済連携協定(EPA)の原産地規則の一つであるCTC(関税分類変更基準)について、新任の担当者が基礎から理解し、実務で正しく使えるようになることを目的としています。
(注:協定や関連法規は改正されることがあります。実務の際は、必ず日本税関などの公式サイトで最新の一次情報をご確認ください。)
1. CTCとは?HSコードの基本から理解する
CTCを理解するには、まずHSコードを知る必要があります。
HSコードとは?
HSコードは、商品を世界共通の番号で分類するシステムです。「何の品物か」を数字で表したもので、通常、EPAの原産地規則はこのHSコードの上位6桁を基準に作られています。
- 構造の例:コーヒー豆(HSコード:0901.11)
09
類 (Chapter): コーヒー、茶、香辛料など0901
項 (Heading): コーヒー0901.11
号 (Subheading): カフェインを除いてないもの(生)
CTCの3つのルール
CTCとは、非原産材料を加工して製品を生産する際に、材料と製品のHSコードが指定された桁数で変わることを原産性の条件とするルールです。変更する桁数によって、主に3つのルールがあります。
- CC (Change in Chapter): 類(上2桁)の変更
- 例: 生鮮コーヒー豆(0901)を加工して、コーヒーエキス(2101)を製造。
- HSコードの上2桁が「09」→「21」に変わるため、CCを満たします。
- CTH (Change in Tariff Heading): 項(上4桁)の変更
- 例: 鋼材(7208)から、ねじ・ボルト(7318)を製造。
- HSコードの上4桁が「7208」→「7318」に変わるため、CTHを満たします。
- CTSH (Change in Tariff Subheading): 号(上6桁)の変更
- 例: 電線用の材料(8544.49)から、完成品の電源コード(8544.42)を製造。
- HSコードの上6桁が「8544.49」→「8544.42」に変わるため、CTSHを満たします。
2. 重要ポイント:HSコードの「年次版」
HSコードは世界税関機構(WCO)によって約5年ごとに改正されます(例: HS2012年版、HS2017年版、HS2022年版)。
最も重要な注意点は、各EPAで基準となるHSコードの年次版が協定締結時のもので固定されていることが多い点です。そのため、日本の現在の関税率表(HS2022年版)と、協定で定められたHS年次版との間に「ズレ」が生じます。
この「ズレ」を認識せずに判定すると、誤った結論に至るため、必ず協定ごとのHS年次版を確認し、必要であれば読み替え(対照表を確認)する作業が不可欠です。
3. 主なEPAのHS年次版 早見表(2025年時点)
日本が締結している主要なEPAについて、品目別規則(PSR)の基準となるHS年次版をまとめました。
協定名 | PSRの基準HS版 | 備考(実務上のポイント) |
RCEP | HS2022 | 2023年1月1日にHS2022版へ移行済み。 |
CPTPP | HS2012 | 法的根拠はHS2012のまま。各国税関が提供するHS2022への読み替え対照表で確認が必要。 |
日EU・日英 | HS2017 | 協定付属書でHS2017版を使用することが明記されています。 |
AJCEP(日ASEAN) | HS2017 | 2023年3月1日にHS2002版からHS2017版へ更新されました。 |
日タイ | HS2017 | 2022年1月1日にHS2002版から更新。 |
日インドネシア | HS2017 | 2024年2月5日にHS2002版から更新。 |
日豪 (JAEPA) | HS2012 | |
日モンゴル | HS2012 | |
日スイス | HS2007 | |
日ベトナム | HS2007 | |
日インド | HS2007 | |
日ペルー | HS2007 | |
日シンガポール | HS2002 | |
日メキシコ | HS2002 | |
日マレーシア | HS2002 | |
日チリ | HS2002 | |
日ブルネイ | HS2002 | |
日フィリピン | HS2002 | |
日米貿易協定 | HS2017 | 原産地規則の対象品目が限定的。 |
4. CTCの証明方法 – 基本ステップ
CTC基準を満たしていることを証明するための基本的な手順は以下の通りです。
- 完成品のHSコード(6桁)を特定する
- 製品の仕様(用途、素材、機能など)を基に、輸出相手国の関税率表でHSコードを確定させます。
- すべての「非原産材料」のHSコード(6桁)を特定する
- 製品に使用した海外からの輸入部品や材料について、それぞれのHSコードを仕入先からの証明書などで確認します。
- 適用するEPAの品目別規則(PSR)を確認する
- 完成品のHSコードに適用されるCTCルール(CC, CTH, CTSHなど)と、基準となるHS年次版を協定の条文(付属書)で確認します。
- CTCルールを満たすか判定する
- すべての非原産材料のHSコードが、完成品のHSコードに対して、PSRで定められた分類変更(CC, CTH, CTSH)を遂げているかを確認します。一つでも満たさない非原産材料があれば、原則としてCTC基準は満たせません。
5. CTCを満たさない場合(HSコードの変更がない場合)
材料と製品のHSコードが同じ、または必要な分類変更が起きていない場合でも、原産品と認められる可能性があります。多くのEPAでは、CTC基準の代替または選択ルールとして以下の基準が定められています。
- 付加価値基準 (RVC – Regional Value Content)
- 製品の価格のうち、締約国内で生じた付加価値が一定の割合(例: 40%以上)を超えることを条件とするルール。CTCが満たせない場合の代表的な救済措置です。
- 加工工程基準 (SP – Specific Process)
- 特定の製造・加工工程(化学反応、織物・編物など)が締約国内で行われることを条件とするルール。化学品や繊維製品でよく見られます。
品目別規則(PSR)に「CTH または RVC 40%」のように記載されていれば、どちらかの基準を満たせば良いことになります。
6. HSコードの探し方 – 実務のコツ
HSコードの特定は原産地証明の根幹であり、最も重要です。
- 製品情報を正確に整理する: 用途、素材、機能、成分、構造などを明確にします。
- 関税率表の「注」を読む: HSコードは番号だけでなく、各部や類に記載されている「注」(除外規定など)が分類の決定に極めて重要です。必ず確認しましょう。
- 公的リソースを活用する:
- 実行関税率表(日本税関): まずは日本の分類を確認する際の基本です。
- 事前教示制度: HSコードの分類や原産地規則の解釈について、税関に照会し、文書で回答を得られる制度です。分類に迷う場合は、最も確実な方法です。
7. 具体例で学ぶCTC判定:日EU・EPAの清涼飲料水(22.02)
状況: 日本で清涼飲料水(HS2017年版で22.02)を製造し、EUへ輸出するケース。
- PSRの要件(抜粋):
- CTH(項の変更)を満たすこと。
- かつ、第4類(乳製品)や第17類(砂糖)の非原産材料の使用量に上限があること。
- BOM(部品表)の例:
- 水(日本産):原産材料なので判定対象外
- 果汁濃縮物(非原産、20.09): 5%
- 砂糖(非原産、17.01): 7%
- 香料(非原産、33.02): 0.5%
- 判定プロセス:
- CTHの判定: 完成品は
22.02
。非原産材料は20.09
、17.01
、33.02
であり、すべて項(4桁)が異なるため、CTHを達成しています。 - 追加条件の判定: この品目のPSRには砂糖(17.01, 17.02)の重量上限(例:40%以下)が定められています。今回の使用量は7%なので、この上限もクリアしています。
- CTHの判定: 完成品は
- 結論: 上記の条件をすべて満たすため、この清涼飲料水は日EU・EPAにおける原産品と認められる可能性が高いです。(※実際には、すべての非原産材料のHSコードと、重量を証明する書類の保管が必要です。)
8. 注意点とよくある間違い(チェックリスト)
監査などで指摘されやすいポイントです。必ず確認しましょう。
- HS年次版のズレ: 国内の最新HS版で判定し、協定の古いHS版との差異を見落とす最も典型的なミス。CPTPP (HS2012) や古い二国間協定では特に注意が必要です。
- 「除外規定」の見落とし: CTCルール本文に「ただし、第〇〇類の材料からの変更は除く」といった除外規定が付いていることがあります。ルール本文だけでなく、注記まで必ず読み込みましょう。
- 材料のHSコードを鵜呑みにしない: 仕入先が提示するHSコードが、必ずしも輸出相手国の解釈と一致するとは限りません。自社でも妥当性を検証することが重要です。
- 6桁での判定を徹底する: 日本国内の細分化された9桁のHSコードが変わっても、上位6桁が変わらなければCTSHを満たしたことにはなりません。
- 簡単な作業は付加価値と見なされない: 単なる包装の変更、瓶詰め、ラベル貼りなどの軽微な作業では、たとえHSコードが変わったとしても原産性は認められません。
- 証拠書類の不備: BOM(部品表)、製造工程表、非原産材料の仕入先証明書など、判定の根拠となる書類は協定で定められた期間(通常5年程度)、いつでも提出できるよう保管する義務があります。
まとめ:実務の7ステップ
- 完成品のHSコード(6桁)を確定
- 非原産材料のHSコード(6桁)を確定
- 適用するEPAと、そのHS年次版を確認
- CTCルール(+除外規定、追加条件)を満たすか判定
- (満たさない場合)**代替ルール(RVCなど)**を検討
- 判定の根拠となる証拠書類を整備・保管
- 協定の方式に沿って原産地証明を行う
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