米国輸入で関税を削減する「ファーストセール」ルール

米国への輸入ビジネスで関税コストを合法的に削減できる手法をご存知でしょうか?「ファーストセール(First Sale)」という制度を活用すれば、関税の計算基礎となる価格を下げることで、実質的な関税額を削減できます。

ファーストセールとは?

基本的な仕組み

通常の輸入では、サプライチェーンに複数の売買が存在します:

メーカー → 中間業者 → 米国輸入者

一般的には最後の売買価格(中間業者→輸入者)が通関価格となりますが、ファーストセールルールを適用すると、最初の売買価格(メーカー→中間業者)を通関価格として使用できます。

削減効果の例:

  • メーカー価格:$80
  • 中間業者への販売価格:$100
  • 関税率:10%

通常の場合:$100 × 10% = $10の関税
ファーストセール適用:$80 × 10% = $8の関税($2/個の削減)

適用に必要な3つの条件

1. ボナファイド(真正)な売買であること

  • 所有権と危険負担の実質的な移転
  • 対価の授受が実際に行われている
  • 委託販売(コンサインメント)は対象外

2. 米国向け輸出のための売買であること

  • 売買時点で米国向けが明確に特定されている
  • 仕様書や梱包に米国向けの記載がある

3. アームズレングス価格(本来利害関係のある国外企業の当事者間(独立企業間)取引で成立すると認められる価格)であること

  • 関連者間でも価格が関係性に左右されていない
  • 通常の市場価格と同等である

この考え方は「Nissho Iwai」判決以降、CBP(米国税関国境警備局)のガイダンスにも明記されており、確立された制度となっています。

実務での導入手順

ステップ1:対象商品の選定と効果試算

優先順位の付け方:

  • 価格差が大きい商品
  • 関税率が高い商品
  • 取引量が多い商品

これらの要素から削減効果を試算し、インパクトの大きいものから着手します。

ステップ2:取引スキームの可視化

確認すべきポイント:

  • 各段階のインコタームズ
  • 所有権移転のタイミング
  • 危険負担の移転時点
  • 商品の物流ルート(直送か迂回か)

フローチャートを作成し、売買の実態を明確にします。

ステップ3:3条件のセルフチェック

必要な証憑の例:

  • 発注書(P/O)、請求書、支払い証跡
  • 売買契約書
  • 船荷証券(B/L)
  • 所有権・危険負担に関する条項
  • 米国向けであることを示す書類

ステップ4:エビデンス収集の徹底

CBPは「取引の完全な紙のトレイル(一つの取引に関連するすべての書類や記録を時系列順に整理した文書の記録のこと)」を重視します。以下の書類を体系的に整理:

  • 購買発注書(P/O)
  • 売買契約書
  • インボイス
  • 支払い証跡
  • 出荷書類一式
  • 社内往来文書
  • ロイヤリティやアシスト情報(該当する場合)

ステップ5:申告時の適切な表示

First Saleで申告する品目には、CBP Form 7501またはACEシステムの行レベルで「F」インジケーターを付与する必要があります。

ステップ6:パイロット運用からSOP(標準作業手順書)化へ

  1. パイロット段階:影響の大きい数品番で試行
  2. 検証段階:CF-28(情報提供要求)への対応体制構築
  3. 展開段階:問題がなければ全社展開
  4. 定着化:年次でエビデンスの棚卸しと見直し

ステップ7:事前教示の活用(必要に応じて)

不確実性が高い案件では、Part 177に基づく事前教示(バリュエーション)を取得し、当局の見解を確認してから本格導入することも可能です。

制度の信頼性と最近の動向

法的根拠の確立

CBPの公式ガイダンス「Bona Fide Sales and Sales for Exportation to the United States」により、要件と考え方が明確に整理されています。

Meyer事件による明確化(2024年)

最近の「Meyer」事件では、連邦巡回区控訴裁判所が重要な判断を示しました:

  • 「非市場経済国だから一律不可」という過剰な要件は不適切
  • 本質は関係者間で価格が歪んでいないかの検証
  • 適切な証拠があれば、中国製品でも適用可能

導入時の注意点とリスク管理

よくある課題

1. サプライヤーの協力確保

  • メーカーの原価・利益情報の開示が必要
  • NDA(秘密保持契約)の締結が重要

2. エビデンス不備による否認リスク

  • 不十分な証憑は否認の原因に
  • 事前の準備と整理が必須

3. 申告実務の負荷増大

  • 「F」インジケーターの管理体制
  • 社内SOPの整備と教育

4. 監査・照会への対応体制

  • CF-28/CF-29への迅速対応
  • 合理的注意(reasonable care)の証明

5. 誤適用の防止

  • 委託販売は対象外
  • 売買の実態確認が重要

まずは何から始めるべきか

初期アクションプラン

  1. 優先度設定:価格差×関税率×取引量で対象品を選定
  2. 関係者調整:三者間でNDAを締結し、情報共有体制を構築
  3. 小規模試行:パイロット品目でFirst Sale申告を実施
  4. 体制整備:照会対応テンプレートとSOPを準備
  5. 段階的展開:成功事例を基に適用範囲を拡大

まとめ

ファーストセールは、適切に活用すれば大幅な関税削減を実現できる強力なツールです。ただし、成功のカギは徹底した証憑管理CBPの要求への対応体制にあります。

リスクを適切に管理しながら段階的に導入することで、持続可能なコスト削減を実現できるでしょう。特に、取引量が多く、サプライチェーンに複数の売買が存在する企業にとっては、検討する価値が十分にあります。

重要なのは、これが「抜け道」ではなく、CBPが認める正当な評価方法であるという点です。適切な要件を満たし、透明性を保って運用すれば、安心して活用できる制度なのです。

2025年8月8日時点で公表・報道されている「相互関税」最新一覧

国名関税率出所備考
日本15%(Reuters)既存税率15%以上品目への“積み上げ課税”を巡り日米で解釈対立(日本は回避、米国は適用余地)
欧州連合(EU)15%上限(既存15%以上は追加0%)(The White House)“no stacking” 条項を明文化
イギリス10%(ガーディアン)発効90日後に再協議予定
カナダ35%(ポリティコ)USMCA原産品は免除、第三国経由品には+40%の迂回防止課徴金
メキシコ25%(Al Jazeera)交渉継続のため25%を90日間据え置き
韓国15%(The White House)KORUS優遇なし、自動車等すべての品目対象
中国10%(暫定)→30%*(Al Jazeera)*8月12日まで10%、協議失敗時30%へ引上げ
インド50%(Bloomberg.com)既存25%+ロシア産原油問題で追加25%(21日猶予後発効)
ブラジル50%(Reuters)ボルソナロ訴追への報復とされ、WTO協議を要請
スイス39%(The White House)時計・精密機械産業に打撃
オーストラリア10%(ガーディアン)ベースラインのみ、増税回避
南アフリカ30%(The White House)鉱物・医薬品は一部除外
インドネシア19%(The White House)日米欧と並び枠組み合意済み
ベトナム20%(The White House)
フィリピン19%(The White House)
マレーシア19%(The White House)
台湾20%(The White House)中国圧力に配慮し個別レート設定
タイ19%(The White House)
トルコ15%(The White House)デジタル課税(DST)問題で追加措置の可能性
イスラエル15%(The White House)

補足

  • EU以外は「相互関税」を既存MFNに“上乗せ”する仕組みです。日本は「上乗せしない」と主張する一方、米国実務は依然不透明なため留意してください。
  • 中国の10%→30%移行やインドへの追加25%など、時限・条件付きの引上げが含まれます。実務適用前に HSコード単位で連邦官報・CBP通達を必ず確認してください。

日米相互関税──両国の主張は“同床異夢”


日米相互関税──両国の主張は“同床異夢”

2025年8月時点の最新状況

8月7日、米国は日本製品に対し15%の相互関税を発動しました。これに対し日本政府は「合意内容と異なる」と強く反発し、貿易摩擦が再燃する懸念が高まっています。


日本の立場:合意不履行への強い懸念

  • 合意の前提
    • 既存関税が15%以上の品目には新たな相互関税を課さない
    • 15%未満の品目は、既存関税と合わせて**上限15%**に抑える
  • 問題点
    米国の大統領令にはこの「上限」規定が反映されておらず、一部品目で実質的に15%超となる恐れが浮上。
  • 日本政府の対応
    • 「認識に齟齬はない」としつつ、米国に即時是正を要求
    • 閣僚レベルを含むあらゆる外交ルートで交渉を継続

米国の立場:貿易赤字是正が最優先

  • 基本方針
    対日貿易赤字の縮小が最重要課題。相互関税はその“圧力装置”と位置付け。
  • 追加関税の例
    鉄鋼・アルミ製品に**最大50%**の関税を課すなど、強硬姿勢を維持。
  • 優先順位
    「公平な取引」と赤字是正が大局的目標。合意細部よりも結果重視の姿勢が色濃い。

まとめ:交わらない優先順位

  • 日本:ルールに基づく合意履行を最重視
  • 米国:貿易赤字削減という結果を最優先
  • 不安定要因
    日本は法的整合性と手続きの正当性を訴え、米国は国内政治・経済のニーズを背景に“力の外交”を展開。両者の立場の隔たりが、今後の日米貿易関係を揺さぶる火種となっています。