ファーストセールと中国生産

  • 中国製でも「ファーストセール(First Sale for Export)」は原則、適用可能です。国が中国だからという理由だけで不成立になるルールはありません。複数段階の売買の第1の売買が「米国向けの輸出販売」であり、独立当事者間(又は関係者間でも価格への影響なし)の真正な売買であることを、書証で立証できれば使えます。米国税関・国境警備局(CBP)の規則・裁判例がその枠組みを示しています。eCFRJustia Law
  • ただし中国が関与すると実務上のリスクは上がりやすい(証拠の取り寄せ、UFLPA対策、301関税・原産地判定、近時の判例運用など)。下記のとおり設計と証拠化が鍵です。U.S. Customs and Border Protection+1Court of International Trade


1) ファーストセールの成立要件(米国の基本ルール)

米国の関税評価は「取引価格(Transaction Value)」が原則で、米国向け輸出の売買での実際に支払った又は支払うべき価格を基礎とします。多段階の取引(製造者→海外中間業者→米国輸入者)の場合、裁判例(Nissho IwaiSynergy Sport)により、要件を満たせば第1売買の価格を評価基礎にできます。関係者間取引でも、「事情テスト」や「テストバリュー」で関係性が価格に影響していないと示せば受容されます。eCFRJustia LawFederal Register

要点(実務で見るチェック)

  • 真正な売買(所有権移転、価格、支払い実態、危険負担等が明確)
  • 米国向けに明確に仕向け(発注書・仕様書・米国仕様の包装/表示・船積書類の整合)
  • 独立当事者間(又は関係者間でも妥当価格)(事情テスト:通常の価格慣行、原価+通常利潤の回収ができる水準 等)
  • 書証の一貫性(製造者→中間→米国輸入者のPO/契約/請求書/支払証憑/物流書類のつながり)
    *規則上の根拠:19 CFR §152.103(関連者間の事情テスト・テストバリュー等)。eCFR

補足(2008〜2010年の動き)
2008年にCBPは「売買の解釈」を見直してファーストセールを狭める提案を出しましたが、その後撤回。同年の「ファーストセール申告(7501の“F”印)」は1年間の時限措置で終了しています(現在、一般的な“F”印提出義務はありません)。Federal Register+1U.S. Customs and Border ProtectionBarnes Richardson


2) 「中国関与」で高まりやすい実務リスク

A. UFLPA(ウイグル強制労働防止法)による拘留リスク

  • 新疆またはUFLPAエンティティ・リスト関係の原材料/工程が「一部でも」含まれる疑いがあると、強制労働推定により輸入禁止扱い(反証は「明白かつ説得力ある証拠」が必要)。ファーストセール可否とは別枠で、サプライチェーンの上流(原料〜紡績〜生地〜縫製 等)までトレーサビリティの立証が求められます。U.S. Customs and Border ProtectionU.S. Department of Homeland Security

B. 判例動向(Meyer系列)による立証ハードル

  • 中国(およびタイ)製調理器具を巡るMeyer事件では、CIT(国際貿易裁判所)がファーストセール不適用と判断した局面がありましたが、2022年にCAFC(連邦巡回控訴裁)が差し戻し、2024年にも再差し戻しを行い、過度に広い“非市場影響の不存在”の立証を課すのは不当との趣旨を示しています。結論として、ファーストセールは引き続き有効な選択肢ですが、**書証の充実(特に関連者間)**が厳しく問われています。Court of International TradeJustia LawNeville Peterson LLP

C. 追加関税(Section 301)・原産地の問題

  • 301関税は「原産国」に基づくため、中国原産なら多くの品目で追加関税(例:25%など)が乗ります。ファーストセールで関税評価額が下がれば、MFN関税だけでなく301の計算基礎も下がるため、なお有効ですが、**原産地判定(実質的変更)**が伴う案件(第三国加工など)は注意が必要です。U.S. Customs and Border ProtectionTrade.govCROSS
  • 2025年5月31日にUSTRは一部301除外の延長(〜2025年8月31日)を発表。除外や税率は政策変更の影響を受けやすいため、最新告示の確認が不可欠です。United States Trade Representative

D. AD/CVD(反ダンピング・相殺関税)

  • 製品がAD/CVDの対象なら、関税評価とは別の制度で運用されます。ファーストセールはAD/CVDの適用そのものを回避しません(Commerceの指示に基づきCBPが保証金徴収・最終賦課)。評価額の扱いが異なる場合に使う特別値フィールド等、申告実務も別途管理が必要です。Trade.govU.S. Customs and Border Protection

E. 中国側の情報越境規制・対外調査リスク(書証収集の難化)

  • 中国のデータ安全法・個人情報保護法、および反スパイ法改正(2023)や国家機密法改正(2024)の運用により、財務・サプライヤー情報等の国外移転やデューデリジェンスが難しくなる場面が増えています。工場側の原価・利潤資料や上流トレーサビリティ資料を米国監査向けに取り寄せる際のハードルとして認識が必要です。China Law TranslateArnold & PorterReuters+1

3) 実務対応:不成立リスクを下げる「設計」と「証拠化」

① 取引スキームの設計

  • 多段売買の明確化:製造者→(必要なら)独立の海外商社→米国輸入者、の契約の鎖を明確に。米国向けであることを第1売買の時点で示す(POの送付先、米国規格の仕様・表示義務、米国顧客名の紐付け等)。Justia Law
  • 関係者間なら事情テスト:19 CFR §152.103に沿い、通常価格慣行や原価+通常利潤で価格妥当性を示す内部資料(見積内訳、コストシート、PL/BSの抜粋等)を準備。eCFR

② 証拠パッケージ(最低限)

  • 製造者→中間業者→米国輸入者の発注書・契約・請求書・支払証憑(送金明細)・出荷指図/船荷証券前後一致
  • 仕様書・パッキングリスト・写真(米国仕様の表示・ラベル)
  • (関係者間)価格妥当性の裏付け(原価表、粗利分析、比較対象)
  • (該当品)UFLPA対応:サプライチェーントレース一式(原材料→最終製品の系譜、工場・下請名、入出庫台帳、GPS/軌跡・BCトレーサ等)、リスク評価と是正策
  • 記録保存5年間の記帳・保存(Part 163)。Legal Information Institute

③ 申告・当局対応の工夫

  • 事前照会/裁決の活用:必要に応じPart 177に基づく評価(Valuation)に関する裁決請求や、現場税関を通じたInternal Adviceを検討(不確実性の低減)。eCFR+1
  • 301・原産地:第三国加工案がある場合は**「実質的変更」の成立可能性を事前評価(必要なら原産地裁決**)。301は原産国ベースで課される点を常時確認。Trade.govU.S. Customs and Border Protection
  • AD/CVD:Commerce/CBPの指示(キャッシュデポジット、特別値フィールドの使用可否など)を事前に確認。U.S. Customs and Border Protection

4) 将来的なリスク(モニタリング推奨)

  • 政策変更リスク:301関税の税率・除外運用延長/終了短期で変動し得ます(2025年5月に一部除外延長の例)。最新のUSTR告示・連邦官報を都度確認。United States Trade Representative
  • UFLPA強化:エンティティ・リストの拡充や重点業種のシフト等、執行強化が継続見込み。証拠の粒度を先取りして整備。U.S. Customs and Border Protection
  • 判例の揺れMeyerのように関連者間・中国製での立証の細部は今後も争点になり得ます。事情テスト資料の厚みを維持。Justia Law
  • 中国国内規制越境データ反スパイ/機密の運用次第で、上流資料の国外移転が不許可や遅延となるケース。現地で合法に取得・保管・翻訳する体制を前広に構築。Arnold & PorterReuters

5) まとめ(実務チェックリスト)

  • 多段売買の第1売買米国向けであることを契約・書類で明確化
  • 真正な売買(所有権・支払・危険負担)の成立証拠を整備
  • 関係者間:19 CFR §152.103の事情テストに耐える価格妥当性資料
  • UFLPA:原材料レベルまでのトレーサビリティ反証資料
  • 301/原産地:第三国加工の有無と実質的変更の成否を事前評価
  • AD/CVD:対象か否か、対象なら申告上の特別取扱いとリスク把握
  • 記録保存5年(Part 163)と英訳/対訳の用意
  • 必要に応じ事前裁決/IAで不確実性を低減

参考(主な根拠)

米国関税でファーストセールを使えるかどうかが争点となったMeyer事件(2024)

話題の「Meyer事件」は、米国関税で“ファーストセール(first sale)”を使えるかが争点になった一連の訴訟の最新(2024年)判断を指します。

要点

  • 2024/12/13、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)は差し戻し:下級審(CIT)が“親会社の財務情報を提出していない=不利”という推定的不利益でfirst saleを否定したのは不適切、ある証拠記録をちゃんと評価し直せと命じました。first sale自体は引き続き有効な選択肢です。 (Justia Law, Fed Circuit Blog)
  • 中国が関わるから即NGではない:2022年のCAFCは、“非市場経済(NME)ゆえにダメ”という考え方を否定。見るべきは買手・売手の関係が価格に影響したかであり、NMEの一般論ではないと明確化しています。 (Justia Law, ホワイト&ケース LLP)
  • 現時点の実務感:first saleは使える余地が続くが、証拠の出し方・残し方(テストの立証)が勝負。親会社のフル財務が必須とまでは言えないが、“関係性が価格に影響していない”ことの立証は必要です。 (Justia Law)

何が争点だったか

複数段の関連会社取引(製造業者→関連ディストリビュータ→米国輸入者)がある場合、最初の売買(first sale)の価格を関税評価に使えるか。Meyer社は製造業者→関連ディストリビュータの価格での評価(first sale)を主張、税関はディストリビュータ→輸入者の“第二段階”価格(second sale)で課税しました。 (Justia Law)


2024年判決のポイント(企業目線)

  1. 推定的不利益はダメ
    CITは“親会社(Meyer Holdings)の財務資料を出していない”ことを重く見てfirst saleを退けましたが、証拠命令違反もないのに不利推定を置くのは不適切とCAFC。記録上の他の証拠(社員宣誓証言、専門家意見、会社資料)を評価しろと差し戻し。 (Justia Law)
  2. 立証の道筋(2テスト)を明示
    関連者間価格の妥当性は、**19 C.F.R. §152.103(l)(1)**の
  • 「全コスト+利益」テスト
  • 「通常の価格設定慣行」テスト
    いずれかで示し得る、と再確認。CITはこの観点から**“記録にある証拠で”**判断し直すべきとされました。 (Justia Law, U.S. Customs and Border Protection)
  1. NME(中国)一般論は関係ない(ただし2022年判断)
    評価にNMEの影響一般を持ち込むのは法令上の根拠なし。見るべきは**「関係性が価格に影響したか」**という条文要件だけ、という線引きをCAFCは既に示しています。 (Justia Law)

結果:first saleは“生きている”。ただし証拠の作り方次第。2024年時点では最終確定ではなく差戻し中という状況です。 (Justia Law)


企業への実務インパクト(チェックリスト)

  • 取引書類の突合:発注書・インボイス・支払エビデンスを製造段階(first sale)単位でひも付け可能に。 (ホワイト&ケース LLP)
  • “関係が価格に影響していない”証拠:移転価格方針、独立第三者との比較、マージンの一貫性などで通常の価格設定慣行を示す。 (Justia Law)
  • 原価裏付け:品目別のコスト内訳+利益(BOM、製造間接費、販管費の扱い)を監査トレース可能に。 (U.S. Customs and Border Protection)
  • サプライチェーン図解:多段取引(香港/マカオの関連販社など)を物量・代金フローで可視化。 (Justia Law)
  • 親会社情報の扱い常に必須ではないが、求められた時に代替できる記録証拠を準備(子会社レベルの帳票・宣誓供述・専門家意見等)。 (Justia Law)
  • 監査/紛争対応プロトコル:CBP照会に対する短期提出体制と、first sale適用判断の社内基準を明文化。 (BDO)

いま何をするべきか(実行順)

  1. 対象SKUの棚卸し:first saleで申告中/検討中の品目を洗い出し。
  2. 証拠セットのギャップ分析:上記2テストに照らして足りない資料(コスト、比較対象、価格設定の説明)を特定。 (Justia Law, U.S. Customs and Border Protection)
  3. 運用ルール化:PO発行から支払・出荷・通関までの書類ひも付け標準を定義。
  4. リスク説明の社内共有差戻し中であること、first saleが制度として排斥されたわけではないことを経営・現場に周知。 (Justia Law)

事件の流れ(年表)

  • 2021/3:CITがfirst sale否定(NME影響などを重視)。 (International Trade Law)
  • 2022/8/11:CAFCがNME一般論の持込みを否定し差戻し(Meyer “III”)。 (Justia Law)
  • 2023/2/9:CIT、再びfirst sale否定(主に親会社財務不提出を重視)。 (BDO)
  • 2024/12/13:CAFC、推定的不利益は不適切として再度差戻し。 (Justia Law, Fed Circuit Blog)

よくある誤解

  • Q:非市場経済(中国)が関わるとfirst saleは使えない?
    A:いいえ。CAFCはNME一般論は評価に持ち込まないと明確化。焦点は関係性が価格に影響したかです。 (Justia Law)
  • Q:親会社の連結財務がないと必ず負ける?
    **A:必ずしも必要ではない。2024年CAFCは“未提出=不利推定”**という短絡を戒め、既存記録の実質審理を命じています。 (Justia Law)

注:本件は最終確定前(差戻し審理中)です。実案件では顧問弁護士・通関士と協議のうえ、対象品目ごとに二つのテスト(全コスト+利益/通常の価格設定慣行)で証拠を整えるのが実務的です。 (Justia Law, U.S. Customs and Border Protection)

参考(判決・概要)

  • 2024年12月13日 CAFC判決(差戻し)— Meyer Corp., U.S. v. United States(判旨・PDFあり)。 (Justia Law)
  • 同日の要約(FedCircuitBlog)。 (Fed Circuit Blog)
  • 2022年のCAFC判断(NME一般論の排除)。 (Justia Law)
  • 2023年CITの再度否定(背景把握用)。 (BDO)
  • CBP Customs Bulletin(規則テスト等の整理)。 (U.S. Customs and Border Protection)

2025年8月18日時点で公表・報道されている「相互関税」最新一覧

以下のフォーマットで、最新(2025-07-31改定、8/7発効/中国は8/11に90日延長)の相互関税をまとめました。
注記:EUは品目別の“式”で決まります(下記参照)。Annexに載っていない国は原則 +10%(別途の例外がある場合を除く)。中国は当面+10%に据え置き(90日延長)。(The White House) (Federal Register)

国名関税率出所備考
アフガニスタン15%EO Annex I(2025-07-31)
アルジェリア30%同上
アンゴラ15%同上
バングラデシュ20%同上
ボリビア15%同上
ボスニア・ヘルツェゴビナ30%同上
ボツワナ15%同上
ブラジル10%同上
ブルネイ25%同上
カンボジア19%同上
カメルーン15%同上
チャド15%同上
コスタリカ15%同上
コートジボワール15%同上
コンゴ民主共和国15%同上
エクアドル15%同上
赤道ギニア15%同上
欧州連合(EU)品目別:一般税率 <15% → (15% − 一般税率) / 一般税率 ≥15% → 0%同上一律率ではなく品目ごとに計算。(The White House)
フォークランド諸島10%同上
フィジー15%同上
ガーナ15%同上
ガイアナ15%同上
アイスランド15%同上
インド25%同上
インドネシア19%同上
イラク35%同上
イスラエル15%同上
日本15%同上
ヨルダン15%同上
カザフスタン25%同上
ラオス40%同上
レソト15%同上
リビア30%同上
リヒテンシュタイン15%同上
マダガスカル15%同上
マラウイ15%同上
マレーシア19%同上
モーリシャス15%同上
モルドバ25%同上
モザンビーク15%同上
ミャンマー(ビルマ)40%同上
ナミビア15%同上
ナウル15%同上
ニュージーランド15%同上
ニカラグア18%同上
ナイジェリア15%同上
北マケドニア15%同上
ノルウェー15%同上
パキスタン19%同上
パプアニューギニア15%同上
フィリピン19%同上
セルビア35%同上
南アフリカ30%同上
韓国15%同上
スリランカ20%同上
スイス39%同上
シリア41%同上
台湾20%同上
タイ19%同上
トリニダード・トバゴ15%同上
チュニジア25%同上
トルコ15%同上
ウガンダ15%同上
英国10%同上
バヌアツ15%同上
ベネズエラ15%同上
ベトナム20%同上
ザンビア15%同上
ジンバブエ15%同上
中国(香港・マカオ含む)10%EO 14298(2025-05-12)90日停止措置を2025-11-10まで延長。(Federal Register)
(参考)Annex未記載国10%(原則)EO(2025-07-31)「Annex Iに載っていない国」は原則+10%。例外あり。(The White House)

出所(主要一次情報)

  • 2025-07-31大統領令「Further Modifying the Reciprocal Tariff Rates」(Annex Iに全リスト掲載/EUの算定式、Annex未記載国=10%の規定を明記)。(The White House)
  • 2025-05-12 大統領令14298「中国との協議を反映した相互関税の変更」(中国を一時的に**10%**へ)。
  • 2025-08-14 連邦官報:中国の10%据え置き措置をさらに90日**延長の告示。(Federal Register)

補足

  • 表の国別率は上記Annex Iの“最新改定(7/31)”に基づきます(8/7発効)。(The White House)
  • Annexにない国(例:一部FTA相手国など)は原則+10%ですが、別の大統領令・覚書・HTSUS注記で例外が設定されうるため、実務ではCBPガイダンスとHTSUS該当条項の確認を推奨します。(The White House)