英国・カナダ貿易交渉の暗礁。暫定協定の期限切れが招く関税復活のシナリオ


2026年2月、英国とカナダの間で続けられていた自由貿易協定(FTA)の交渉が、重大な局面を迎えています。

ブレグジット(英国のEU離脱)後に急遽結ばれた現在の「日英通商継続協定(TCA)」に含まれる特定条項の期限切れが迫る中、新たな包括的FTAに向けた交渉が難航し、事実上の決裂リスクが高まっているとの報道がなされました。

もし合意に至らず、現在の暫定的な優遇措置が失効すれば、自動車や農産品に高率の関税が復活する「貿易の崖」が出現します。本記事では、FTAの専門家の視点から、なぜ両国の溝が埋まらないのか、そして日本企業を含むグローバルサプライチェーンにどのような影響が及ぶのかを解説します。

チーズと牛肉の戦争。埋まらない大西洋の溝

今回の交渉難航の最大の原因は、伝統的な貿易摩擦の火種である農業分野です。具体的には、英国のチーズとカナダの牛肉という、互いの譲れない国益が正面衝突しています。

英国側は、カナダ市場に対してチーズの輸出拡大を求めています。しかし、カナダには供給管理制度という強力な国内酪農保護の仕組みがあり、外国産乳製品の輸入を厳しく制限しています。英国にとって、この市場開放はFTAの主要な成果として譲れないポイントです。

一方のカナダ側は、英国市場への牛肉および豚肉のアクセス拡大を求めています。ここで問題となるのが、肥育ホルモンの使用です。カナダでは一般的に使用されるホルモン剤を、英国は食品安全の観点から禁止しています。英国は「ホルモン牛肉は輸入させない」という姿勢を崩しておらず、カナダ側はこれを「科学的根拠のない非関税障壁」だと強く反発しています。

この「チーズ対牛肉」の対立構造が解消されない限り、包括的な合意は極めて困難な状況です。

自動車産業を直撃する原産地規則の期限切れ

農業以上に産業界が恐れているのが、自動車に関する原産地規則の特例措置の失効です。

現在の暫定協定では、英国製の自動車がカナダへ輸出される際、EU(欧州連合)産の部品を使用しても、それを「英国産(原産材料)」とみなしてよいという累積規定の特例が認められています。

しかし、この特例には期限があります。もし交渉が決裂し、この期限が延長されなければ、EU産部品を多く使う英国車は「英国産」としての原産資格を満たせなくなる可能性があります。その結果、カナダへの輸入時に関税ゼロの恩恵を受けられず、6.1パーセント等の通常関税(MFN税率)が課されることになります。

これは英国に生産拠点を持ち、北米へ輸出している自動車メーカーにとって、競争力を根底から覆すコスト増となります。

ビジネスマンが想定すべき最悪のシナリオ

交渉が合意に至らず、暫定協定の一部失効、あるいは協定そのものの停止という事態になった場合、ビジネスには以下のような直接的な影響が出ます。

WTO税率への逆戻り

特恵関税(FTA税率)が適用できなくなれば、両国間の貿易は世界貿易機関(WTO)のルールに基づく最恵国待遇(MFN)税率に戻ります。自動車だけでなく、機械類、化学品、加工食品など、これまで無税で取引されていた多くの品目で関税コストが発生します。

カナダ・英国経由ビジネスの採算悪化

日本企業の中には、英国法人を通じてカナダへ製品を再輸出している、あるいはその逆の商流を持っているケースがあるかもしれません。これらのルートは、日英FTAや日カナダFTA(CPTPP)とは別の、英カナダ間の協定に依存しています。このパイプラインが詰まることで、物流ルートの再構築が必要になる可能性があります。

企業が今すぐ確認すべきこと

「対岸の火事」と静観している時間はありません。以下の3点を至急確認してください。

商流とHSコードの洗い出し

自社のサプライチェーンの中に、英国からカナダ、あるいはカナダから英国へ移動している物品がないか確認してください。該当する場合、そのHSコードに対するMFN税率(協定がない場合の税率)が何パーセントになるかを試算し、コストインパクトを把握する必要があります。

契約書のインコタームズと免責条項

もし関税が復活した場合、その追加コストを売り手と買い手のどちらが負担するのか。DDP(関税込み持込渡し)条件で契約している場合、輸出者が突然発生した関税を被ることになります。契約条件の見直しや、関税変動時の価格改定条項が含まれているかを確認してください。

代替ルートの検討

最悪の場合、英国を経由せずに、日本から直接カナダへ送る(CPTPPを活用する)、あるいはEU拠点からカナダへ送る(CETAを活用する)といった代替ルートの方が、関税コストを抑えられる可能性があります。物流部門と連携し、シミュレーションを行ってください。

まとめ

英国とカナダのFTA交渉難航は、主要国同士であっても保護主義的な対立によって自由貿易が後退し得るという現実を突きつけています。

「期限ギリギリで政治決着するだろう」という楽観論は禁物です。ビジネスにおいては、関税優遇という梯子が外されるリスクを常に想定し、協定に依存しない、あるいは複数の協定を使い分けられる強靭なサプライチェーンを構築することが求められています。

2028年の関税ショックを回避せよ。日EU・EPA「HS読み替え指針」が示す実務の解


2026年2月4日、日本と欧州連合(EU)の貿易当局間で進められていたある重要な協議の実質的な合意が報じられました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に向けて、日EU・EPAの運用ルールをどう適応させるかという運用ガイドラインの第一案がまとまったというニュースです。

これは、多くの貿易実務家が2028年問題として懸念していた、申告コードと協定ルールの不整合による混乱を未然に防ぐための処方箋です。

本記事では、FTAの専門家の視点から、このガイドラインが示された背景にある構造的な課題と、企業が2028年に向けて構築すべき二重管理体制について深掘り解説します。

なぜ2028年に原産地証明が止まる恐れがあったのか

まず、この問題の核心である協定の硬直性とHSコードの流動性のギャップについて整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則(製品が日本産か欧州産かを判定するルール)の基準として、2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文に書かれている品目番号や関税分類変更基準(CTC)は、すべて2017年当時の世界に基づいています。

しかし、貿易の現場で使われるHSコードは5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正が行われます。

ここで生じるのが、輸入申告書には最新の2028年版コードを書かなければならないのに、特恵関税を適用するためのルールブックは2017年版のままという矛盾です。もし、ある製品のコードが改正で変更されていた場合、どのルールを適用すればよいのかが不明確になり、最悪の場合、原産地証明書の不備として関税優遇が否認されるリスクがありました。

魔法の辞書、相関表の公式化

今回まとまったガイドラインの核となるのは、相関表(Correlation Table)の公式な導入です。

本来、新しいHSコードに対応するためには、協定の条文そのものを書き換える転換(Transposition)という手続きが理想ですが、これには膨大な時間と法的承認プロセスが必要です。そこで当局は、条文は書き換えずに、読み替えのための辞書を用意するという現実的な解決策を選びました。

相関表の役割

この公式相関表は、HS 2028のコードとHS 2017のコードを紐付ける変換テーブルです。

例えば、HS 2028で新設されたある化学品のコードが、HS 2017ではどのコードに該当していたのかを一対一、あるいは一対多で定義します。企業はこの表を参照することで、最新のコードで申告しつつ、裏側では正しい旧コードの原産地規則を適用することが可能になります。

ガイドライン案では、この相関表を日EU双方の税関が公式な判定基準として認めることが明記される見込みです。これにより、企業は独自の解釈ではなく、当局のお墨付きを得た変換ロジックに基づいて業務を行うことができます。

企業に求められるHSコードの二重管理

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対して高度なデータ管理を求めています。それは、通関用コードと原産地判定用コードの完全な分離管理です。

2028年の実務フロー

これまでは、インボイスに記載するHSコードが決まれば、そのままそのコードの原産地規則を確認すれば済みました。しかし、2028年以降のEPA活用プロセスは以下のようになります。

  1. 通関用コードの特定:製品のスペックに基づき、最新のHS 2028コードを決定する。(輸入申告用)
  2. 相関表の参照:ガイドラインに基づき、そのコードに対応するHS 2017コードを特定する。
  3. 原産地規則の適用:特定されたHS 2017コードに基づき、協定上のルール(関税分類変更基準や付加価値基準)を満たしているか判定する。

もし、自社のシステムが最新のHSコードしか保持できない仕様になっている場合、このプロセスに対応できません。

落とし穴となるみなし変更

特に注意が必要なのは、HSコードの項番(上4桁)が変わるような改正があった場合です。

例えば、技術革新により製品の機能定義が変わり、第84類から第85類へ移動した場合、最新コードだけを見ていると関税分類変更基準(CTH)を満たしているように見えるかもしれません。しかし、2017年版のコードに引き直すと実は項番が変わっていない(変更基準を満たさない)というケースが発生し得ます。

このような意図しないミスを防ぐためにも、公式相関表を用いたロジックチェックは必須となります。

まとめ

日EU・EPAの運用ガイドライン第一案の策定は、2028年の貿易実務における交通整理が始まったことを意味します。

FTAの専門家として助言できることは一つです。2028年になってから慌てて相関表を見るのではなく、今のうちから自社の製品マスタにEPA判定用(HS 2017)という固定フィールドを設け、最新コードとは切り離して管理できる体制を整えておくことです。

過去のルールを正しく参照し続ける能力こそが、未来の関税削減メリットを確実に享受するための鍵となります。

国別:総合関税リスト(相互関税中心:2026年2月4日現在)

計画(本日=2026/02/03 JST)

  1. 「相互関税(IEEPA・国別追加関税)」の定義を固定し、米国向け輸入に課される“国別の追加関税率(または上限ルール)”として整理
  2. **一次情報(米政府発表)+整理資料(JETRO)+当日報道(変更分)**で、国別の本日付レートを確定
  3. ご指定の順番で 「国名/関税率/出所/備考(前日差)」 の表を作成
  4. 最後に 前日との差分(2/2→2/3 JST) を抽出し、抜け漏れチェックを実施

出所コード(主要資料)

  • J1:ジェトロ「相互関税」概要(2026/1/16時点、国別税率表・EU/日本の上限扱い・中国/加墨の扱い・迂回輸出40%等)(ジェトロ)
  • J2:JETRO「対カナダ・メキシコ関税」概要(2026/1/16時点)(ジェトロ)
  • J3:JETRO「日米関税合意と対日関税」概要(2026/1/16時点)(ジェトロ)
  • J4:JETRO(台湾:15%・MFN累加なしで妥結、2026/1/19)(ジェトロ)
  • J5:JETRO(スイス:39→15%上限を遡及適用、2025/12/12)(ジェトロ)
  • J6:JETRO(ブラジル:**追加関税40%**と除外品目、2025/11/27)(ジェトロ)
  • WH1:ホワイトハウス「Further Modifying the Reciprocal Tariff Rates」(2025/07/31)Annex I (The White House)
  • WH2:White House fact sheet(中国:相互関税10%維持/上乗せ停止〜2026/11/10 等、2025/11/1)(The White House)
  • WH3:White House fact sheet(カナダ:25→35%、USMCA適格品除外、迂回40%等、2025/7/31)(The White House)
  • WH4:White House 大統領令(メキシコ:USMCA適格品は追加関税対象外、2025/3/6)(The White House)
  • R1:ロイター(インド:25→18%、別枠25%撤廃、2026/2/2-3)(Reuters)
  • CBP1:米国税関・国境警備局ガイダンス(インド:別枠追加関税の根拠、2025/8/25)(content.govdelivery.com)

注:ここでの「%」は、原則として**米国の追加関税(ad valorem)**を意味します。品目別(232条等)や通常関税(MFN)との“合算上限”など、例外は備考に記載しています。


国別:本日付の総合関税リスト(相互関税中心)

前日=2026/02/02 JSTとの差異も備考に明記)

国名関税率(本日)出所備考
アルジェリア (Algeria)30%J1前日差:なし
アンゴラ (Angola)15%J1前日差:なし
バングラデシュ (Bangladesh)20%J1前日差:なし
ボスニア・ヘルツェゴビナ (Bosnia & Herzegovina)30%J1前日差:なし
ボツワナ (Botswana)15%J1前日差:なし
ブラジル (Brazil)相互関税:10%J1/J6前日差:なし。別枠:対ブラジル追加関税40%(適用除外品目あり)。
ブルネイ (Brunei)25%J1前日差:なし
カンボジア (Cambodia)19%J1前日差:なし
カメルーン (Cameroon)15%J1前日差:なし
カナダ (Canada)相互関税:適用外/IEEPA:原則35%(エネルギー10%)J1/J2/WH3前日差:なし。USMCA適格品は除外(対象外)。
チャド (Chad)15%J1前日差:なし
中国 (China)相互関税:10%(上乗せ分は停止延長〜2026/11/10)J1/WH2前日差:なし(停止延長の枠組み継続)。
コートジボワール (Côte d’Ivoire)15%J1前日差:なし
コンゴ民主共和国 (DR Congo)15%J1前日差:なし
欧州連合 (EU)最大15%(MFN込み上限)J1前日差:なし。MFN<15%は差分上乗せで合計15%、MFN≥15%は追加0%。
フォークランド諸島 (Falkland Islands)10%J1前日差:なし
フィジー (Fiji)15%J1前日差:なし
ガイアナ (Guyana)15%J1前日差:なし
インド (India)18%R1/CBP1/J1前日差:あり(25%→18%)。別枠の追加25%(ロシア産原油関連)撤廃も報道。
インドネシア (Indonesia)19%J1前日差:なし
イラク (Iraq)35%J1前日差:なし
イスラエル (Israel)15%J1前日差:なし
日本 (Japan)最大15%(MFN込み上限)J1/J3前日差:なし。MFN<15%は差分上乗せで合計15%、MFN≥15%は追加0%。
ヨルダン (Jordan)15%J1前日差:なし
カザフスタン (Kazakhstan)25%J1前日差:なし
ラオス (Laos)40%J1前日差:なし
レソト (Lesotho)15%J1前日差:なし
リビア (Libya)30%J1前日差:なし
リヒテンシュタイン (Liechtenstein)15%J1前日差:なし
マダガスカル (Madagascar)15%J1前日差:なし
マラウイ (Malawi)15%J1前日差:なし
マレーシア (Malaysia)19%J1前日差:なし
モーリシャス (Mauritius)15%J1前日差:なし
メキシコ (Mexico)相互関税:適用外/IEEPA:原則25%J1/J2/WH4前日差:なし。USMCA適格品は追加関税対象外(免除)。
モルドバ (Moldova)25%J1前日差:なし
モザンビーク (Mozambique)15%J1前日差:なし
ミャンマー (Myanmar)40%J1前日差:なし
ナミビア (Namibia)15%J1前日差:なし
ナウル (Nauru)15%J1前日差:なし
ニカラグア (Nicaragua)18%J1前日差:なし
ナイジェリア (Nigeria)15%J1前日差:なし
北マケドニア (North Macedonia)15%J1前日差:なし
ノルウェー (Norway)15%J1前日差:なし
パキスタン (Pakistan)19%J1前日差:なし
フィリピン (Philippines)19%J1前日差:なし
セルビア (Serbia)35%J1前日差:なし
南アフリカ共和国 (South Africa)30%J1前日差:なし
韓国 (South Korea)15%J1前日差:なし
スリランカ (Sri Lanka)20%J1前日差:なし
スイス (Switzerland)15%(上限)J1/J5前日差:なし。従来39%→15%上限へ(遡及適用)。
シリア (Syria)41%J1前日差:なし
台湾 (Taiwan)15%(MFN累加なし)J1/J4前日差:なし(妥結内容は15%・MFN累加なし)。
タイ (Thailand)19%J1前日差:なし
チュニジア (Tunisia)25%J1前日差:なし
バヌアツ (Vanuatu)15%J1前日差:なし
ベネズエラ (Venezuela)15%J1前日差:なし
ベトナム (Vietnam)20%J1前日差:なし
ザンビア (Zambia)15%J1前日差:なし
ジンバブエ (Zimbabwe)15%J1前日差:なし

前日(2/2 JST)からの差異まとめ

  • 変更あり:インドのみ
    • 相互関税(国別)を 25%→18% に引き下げ、加えて別枠の追加25%(インドのロシア産原油取引を理由としたもの)を撤廃、という内容が報道されています。(Reuters)
  • それ以外の国・地域は、本日確認できた公表・報道ベースでは前日から変更なし(少なくともレート表の更新や新たな発効情報は確認できず)。

EUと南米の巨大経済圏、統合への強行突破。ビジネスパーソンが知るべきメルコスールFTAの全貌


EU(欧州連合)とメルコスール(南米南部共同市場:ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ボリビア)の包括的貿易協定が、長い迷走を経てついに最終局面を迎えました。フランスを中心とする激しい反対論がある中で、なぜEU執行部は今、この協定の成立を強行しようとしているのでしょうか。

そこには、欧州が直面する危機感と、南米市場を巡る世界的な覇権争いが色濃く反映されています。本稿では、この協定の裏側にある戦略的意図と、日本企業を含むグローバルビジネスへの影響を解説します。

1. なぜ今なのか:EUが反対を押し切った3つの「焦り」

交渉開始から四半世紀。なぜ今、EUは国内の農家や環境保護団体の反対を押し切ってまで署名を急ぐのでしょうか。理由は大きく3つの「焦り」に集約されます。

一つ目は、対中国戦略としての地政学的焦りです。

南米における中国の影響力は年々増大しています。ブラジルにとって最大の貿易相手国はすでに中国であり、インフラ投資も加速しています。EUとしては、これ以上協定を先延ばしにすれば、南米という巨大市場と資源供給地を中国に完全に奪われるという危機感があります。EUにとってメルコスールFTAは、単なる貿易協定ではなく、西側陣営に南米をつなぎ止めるための外交カードなのです。

二つ目は、重要鉱物資源の確保です。

EV(電気自動車)シフトやデジタル化が進む中、リチウムや銅などの重要鉱物の確保は経済安全保障の核心です。アルゼンチンやボリビアはリチウム資源が豊富であり、EUは中国依存を脱却し、サプライチェーンを多角化するために、これらの国々との強固なアクセス権を必要としています。

三つ目は、欧州輸出産業の停滞打破です。

ドイツを中心とする欧州製造業は、エネルギーコストの高騰や中国市場の減速により苦境に立たされています。人口2億7000万人を超えるメルコスール市場への関税(自動車や機械、化学製品など)を撤廃することで、輸出主導での経済回復を狙っています。

2. 反対派の論理:なぜフランスは激怒するのか

この協定に対し、フランス、ポーランド、オーストリアなどは強く抵抗してきました。その最大の理由は「農業」です。

メルコスールは世界有数の農業輸出国です。ブラジルの牛肉、鶏肉、砂糖、大豆などが関税引き下げによって安価に流入すれば、環境規制や労働基準を厳格に守っている欧州の農家は価格競争で太刀打ちできません。フランスのマクロン政権が「不公正な競争だ」と声を荒らげるのは、自国の農業を守るためであり、農民デモによる政権不安定化を避けるためでもあります。

また、環境保護団体からは、アマゾンの森林破壊を加速させる懸念が指摘されています。これに対しEUは、協定にパリ協定の遵守や森林破壊防止に関する「持続可能性条項」を盛り込むことで反論していますが、懐疑的な見方は消えていません。

3. EUの「奇策」:全会一致の回避

通常、EUの包括的な協定批准には、全加盟国の議会での承認(全会一致)が必要です。これではフランス一国の拒否権で協定が葬り去られてしまいます。

そこでEU欧州委員会が検討してきたのが、協定を「貿易分野」と「政治・協力分野」に分割(スプリット)するという手法です。貿易部分だけであれば、EUの専権事項として扱われ、欧州議会と加盟国閣僚理事会での「特定多数決」で承認が可能になります。つまり、フランスが反対しても、他の多くの国が賛成すれば協定を発効させることができるのです。

今回の「反対を押し切った」という動きは、まさにこの多数決による突破を視野に入れた、フォン・デア・ライエン欧州委員長の強い政治的意思の表れと言えます。

4. ビジネスへの影響:日本企業が注視すべきポイント

この協定が発効に向け動き出したことは、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。

第一に、欧州企業の競争力強化です。

欧州企業はメルコスール市場において、関税撤廃という大きなアドバンテージを得ます。例えば、自動車には現在35パーセントもの高関税が課されていますが、これが撤廃されれば、現地市場においてフォルクスワーゲンやフィアットなどの欧州勢が価格競争力を持ちます。現地で競合する日本メーカーにとっては逆風となりかねません。

第二に、公共調達市場の開放です。

協定には、メルコスール側の政府調達市場をEU企業に開放する条項が含まれています。インフラ整備やITシステムなどの入札において、EU企業が優先的な地位を得る可能性があります。

第三に、グローバルスタンダードの行方です。

EUはこの協定を通じて、環境規制や労働基準などの「EU基準」を南米にも適用させようとしています。南米でビジネスを行う日本企業も、将来的には間接的にEUレベルのサステナビリティ対応を求められる場面が増えるかもしれません。

結論:保護主義と自由貿易の分水嶺

EU・メルコスールFTAの署名に向けた動きは、保護主義的な国内世論と、自由貿易による成長・安全保障を天秤にかけた結果、後者を選んだという歴史的な決断です。

しかし、署名はゴールではありません。フランスなどの反対派が今後どのような対抗措置に出るか、そして実際に協定が批准・発効されるまでのプロセスには依然として不透明さが残ります。ビジネスリーダーとしては、この協定が「発効する」ことを前提とした南米戦略の再考と、欧州勢の動きへの警戒が必要です。


2028年問題への処方箋。日EU・EPA原産地規則の読み替え協議が示す実務の未来


2026年に入り、欧州ビジネスに関わる企業にとって見過ごすことのできない重要な協議が、日本とEUの当局間で開始されました。それは、2028年のHSコード改正(HS 2028)に伴う、日EU・EPAの原産地規則(PSR)の取り扱いに関する公式な対応協議です。

多くの実務家が懸念していた、最新の通関コードと古い協定ルールのズレという問題に対し、当局が現実的な解決策を示そうとしています。本記事では、このニュースの深層にある実務的な課題と、企業が今から準備すべき対応について解説します。

時間が止まった協定と、動き続ける現実

まず、この問題の根本的な原因を整理します。

2019年に発効した日EU・EPAは、その原産地規則の基礎として2017年版のHSコード(HS 2017)を採用しています。条文の中に書かれている品目番号や関税分類変更基準などのルールは、すべて2017年時点の定義に基づいています。

一方で、貿易の現場で使用されるHSコードは、技術革新や環境対応を反映して約5年ごとに改正されます。2022年の改正を経て、次は2028年1月1日に大規模な改正(HS 2028)が予定されています。

ここで大きな矛盾が生じます。

2028年の輸入申告書には、最新のHS 2028コードを記載しなければなりません。しかし、その製品が関税ゼロになるかどうかを判定するルールブック(EPAの規則)は、依然として2017年版のコードを参照しているのです。この11年分のタイムラグが、現場に混乱をもたらす火種となっていました。

読み替え指針がもたらす実務の解像度

通常、EPAの原産地規則を新しいHSコードに対応させるには、協定そのものを改正する転換(Transposition)という手続きが必要です。しかし、これには膨大な時間と議会の承認プロセスが必要となり、2028年の発効には到底間に合いません。

そこで今回協議が開始されたのが、相関表を用いた運用ルールの策定です。

これは、協定の条文を書き換えるのではなく、運用上の解釈ルールを定めることで、HS 2028のコードとHS 2017ベースの規則を橋渡ししようという試みです。具体的には、新旧コードの相関表(Correlation Table)を公式に定義し、新しいコードで申告された製品が、旧コードのどのルールに従うべきかを明確にするガイドラインになると予想されます。

この指針が決まることで、企業は法的安定性を確保しながら、古いルールのまま新しいコードでの通関を行うことが可能になります。

企業に求められる二重管理の徹底

このニュースは朗報ですが、同時に企業に対してある覚悟を求めています。それは、通関用と原産地判定用という2つのHSコードを厳格に使い分ける二重管理体制の構築です。

読み替え指針が出るということは、逆説的に言えば、原産地判定の基準自体はHS 2017から変わらないことを意味します。つまり、2028年になっても、原産地証明の実務においては、あえて10年以上前の古いコード(HS 2017)に製品を当てはめ直し、その当時のルールで関税分類変更基準(CTC)などを満たしているかを確認しなければなりません。

実務の落とし穴

インボイスに記載する最新のコード(HS 2028)だけで原産地判定を行ってしまうと、HSの改正によって項番が変わっていた場合、誤ったルールを適用してしまうリスクがあります。

例えば、ある化学品が2028年版では項が変わったとしても、EPAの判定では2017年版の項に基づいたルール(CTHなど)を適用しなければなりません。この変換作業を誤ることは、事後調査(検認)において特恵否認される典型的なパターンです。

まとめ

今回の協議開始は、当局が2028年の混乱を未然に防ごうとする現実的な動きです。

企業の実務担当者が今すべきことは、社内の製品マスタにEPA判定用HSコード(HS 2017)という項目が確実に存在し、維持されているかを確認することです。

最新のコードさえ分かればよいという運用は、2028年には通用しなくなります。新旧のコードを紐付け、過去のルールを正しく参照できる体制を作っておくことこそが、将来の関税コスト削減を確実なものにします。

タイが守り抜くEVハブの座。電池材料の関税ゼロ延長が示す2027年までの勝負どころ


2026年2月、タイ政府は電気自動車(EV)向けバッテリーの製造に必要な重要原材料の輸入関税を免除する措置について、その期限を2027年末まで延長することを決定しました。

このニュースは、単なる減税措置の延長ではありません。東南アジアの自動車生産ハブとしての地位を死守しようとするタイの執念と、現地サプライチェーン構築までのタイムリミットが2年後に設定されたことを意味しています。

本記事では、この決定が電池メーカーや自動車部品サプライヤー、そしてタイに進出する日本企業のビジネス戦略にどのような影響を与えるのかを解説します。

猶予された2年間。現地調達の壁と政府の現実解

まず、なぜ政府はこのタイミングで延長を決めたのか、その背景にある事情を整理します。

タイ政府は、2030年までに国内自動車生産の30パーセントをゼロエミッション車(ZEV)にするという野心的な目標、いわゆる30@30政策を掲げています。この実現のためには、EVの心臓部であるバッテリーの国内生産が不可欠です。

しかし、バッテリーセルやモジュールを製造するための上流部材(正極材、負極材、セパレータ、電解液など)の現地サプライチェーンは、未だ発展途上にあります。これらに対し通常の輸入関税(多くは10パーセント前後)を課してしまえば、タイで作るバッテリーは中国本土で作るよりも割高になり、完成車メーカーがタイでの生産を躊躇する要因になりかねません。

今回の2027年までの延長措置は、国内の部材産業が育つまでの間、輸入部材に頼らざるを得ない現実を受け入れ、コスト競争力を維持するための現実的なつなぎ融資のような政策と言えます。

対象となる品目とコストインパクト

免税対象となるのは、現地で調達が困難な必須原材料や必須資材です。具体的には、リチウムやコバルト、ニッケルなどの加工済み化合物や、特定の化学フィルムなどが含まれます。

電池コストはEV車両価格の約3割から4割を占めると言われています。その部材関税がゼロになることは、最終製品の価格競争力に直結します。中国系メーカー(CATLやBYDなど)や、タイで電池生産を進める日系・欧州系メーカーにとって、この措置はタイ拠点の採算性を確保する生命線となります。

日本企業に求められる短期と中長期の二段構え

このニュースを受けて、関連する日本企業はどのように動くべきでしょうか。時間軸を分けて戦略を考える必要があります。

短期戦略:輸出ビジネスの継続と拡大

2027年末までは、日本や第三国からタイへ部材を輸出しても関税コストがかかりません。高機能な正極材や特殊な電解質を製造する日本の化学メーカーにとっては、タイの電池工場へ製品を送り込む絶好の機会が続きます。

特に、中国メーカーがタイに相次いで建設した電池工場が本格稼働を始めている今、高品質な部材への需要は急増しています。関税障壁がない今のうちに、スペックイン(採用決定)を勝ち取り、商流を太くしておくことが当面の優先事項です。

中長期戦略:2028年以降の現地化への布石

一方で、このボーナスタイムは2027年で終わるという明確な期限も示されました。タイ政府の最終目標はあくまで国内産業の育成です。2028年以降は、関税免除が打ち切られるか、あるいは現地調達率(ローカルコンテント)の要件が厳格化される可能性が極めて高いと見るべきです。

したがって、企業は2028年を見据えた現地化の検討を今から始める必要があります。単独での進出だけでなく、現地の石油化学大手(PTTなど)との合弁や、技術提携によるライセンス生産など、関税が復活した後も競争力を維持できる供給体制の青写真を描いておくことが、リスク管理となります。

まとめ

タイによるEV電池材料の関税ゼロ延長は、自動車産業のEVシフトという激流の中で、産業空洞化を防ぎたい政府の防衛策です。

関連企業にとっては、2年間の猶予期間が与えられました。この期間を単なるコストダウンの期間として享受するだけでなく、来るべき現地調達時代に向けた準備期間として有効活用できるかが、2028年以降のASEAN市場での勝敗を分けることになるでしょう。

エネルギー安保と輸出競争力の奪還。日GCC・FTAが2026年内署名へ


2026年2月2日、日本の貿易戦略において長年の懸案であった、湾岸協力会議(GCC)との自由貿易協定(FTA)交渉が最終局面を迎え、2026年内の署名を示唆する報道がなされました。

GCCとは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、バーレーン、オマーンの6カ国からなる中東の経済同盟です。

日本にとって、この地域は原油や天然ガスの最大の供給源であると同時に、自動車やプラント設備の重要な輸出先でもあります。今回のFTA妥結は、エネルギーの安定調達と、日本製品の輸出競争力の回復という二つの国益を同時に満たす歴史的な転換点となります。

本記事では、なぜ今この協定が急がれているのか、そして日本企業のビジネスにどのような恩恵をもたらすのかについて解説します。

遅すぎた再開と、韓国・中国への対抗心

日本とGCCのFTA交渉は、実は2006年に一度開始されましたが、2009年に中断し、長く凍結状態にありました。その間に世界の通商地図は大きく塗り替わりました。

最大の脅威となったのは競合国の動きです。韓国は2023年末にGCCとのFTAを実質妥結させ、中国も交渉を加速させています。

これまで日本車や日本製の鉄鋼製品は、中東市場において関税というハンデを負わずに戦えていましたが、韓国勢が関税撤廃の恩恵を受け始めると、価格競争力で圧倒的に不利な状況に追い込まれます。特に自動車産業において、中東は高付加価値な大型SUVなどが売れるドル箱市場です。他国にシェアを奪われる前に、同じ土俵に上がるための枠組み作りが急務となっていました。

今回の2026年内署名というスピード感は、まさに他国に奪われた先行者利益を取り戻そうとする日本政府と産業界の焦燥感と本気度の表れと言えます。

自動車・機械メーカーにとっての「5パーセントの壁」撤廃

ビジネスの現場において、このFTAがもたらす最大のインパクトは関税コストの削減です。

現在、GCC諸国は一般的に輸入品に対して5パーセントの共通関税(GCC対外共通関税)を課しています。日本の主力輸出品である自動車、トラック、建設機械、そして鉄鋼製品などは、基本的にこの5パーセントの課税対象です。

たかが5パーセントと思われるかもしれませんが、数百万、数千万円する製品における5パーセントは、利益率を大きく左右します。これが撤廃されれば、日本製品の価格競争力は即座に回復します。

特に、中東諸国が脱石油依存を掲げて推進している巨大都市開発プロジェクト(サウジアラビアのNEOMなど)において、日本の建設機械やインフラ設備が、韓国製や中国製と同じ無税の条件で入札に参加できるようになることは、商機拡大に直結します。

新時代のエネルギーパートナーシップ

輸入面に目を向けると、このFTAは単に原油を安く買うためだけのものではありません。日本はすでに原油の関税を低く抑えていますが、今回の協定の核心は次世代エネルギーです。

水素・アンモニア供給網の構築

日本が目指すグリーン・トランスフォーメーション(GX)において、燃焼してもCO2を出さない水素やアンモニアの活用は不可欠です。中東諸国は、豊富な日射量と天然ガス資源を背景に、世界で最も安価なブルーアンモニアやグリーン水素の供給地となりつつあります。

日GCC・FTAには、これら次世代燃料の投資ルールや安定供給に関する条項が盛り込まれる見通しです。商社やエネルギー企業にとっては、長期的な脱炭素燃料のサプライチェーンを、政府間協定という法的保護の下で構築できるメリットがあります。

サービス貿易と投資の自由化

モノの移動だけでなく、ヒトとカネの動きも活発化します。

現在、サウジアラビアやUAEは、ポスト・オイル時代を見据えて産業の多角化を急いでおり、エンターテインメント、医療、観光、AI技術といった分野への投資を歓迎しています。

FTAによってサービス貿易の規制緩和や、投資家保護のルールが明確化されれば、日本のサービス業やスタートアップ企業が中東市場へ進出するハードルが下がります。例えば、日本のゲームコンテンツやアニメ関連ビジネス、あるいは高度な医療サービスなどは、現地で非常に高い需要があり、関税や外資規制の緩和は大きな追い風となります。

まとめ

日GCC・FTAの2026年内署名は、日本の中東ビジネスにおける守りと攻めの両面を強化するものです。

守りにおいては、韓国勢に対する自動車市場での競争条件をイコールに戻し、エネルギー調達の盤石化を図る。攻めにおいては、インフラ輸出やコンテンツ産業の市場拡大を狙う。

企業の実務担当者は、来るべき関税撤廃を見据え、中東向けの価格戦略の見直しや、現地パートナーとの協業体制の強化に向けた準備を始めるべきタイミングに来ています。

RCEP経済圏の完全ペーパーレス化。電子原産地証明書e-COの相互認証合意がもたらす物流革命

2026年2月2日、世界最大の自由貿易圏であるRCEP(地域的な包括的経済連携)において、貿易実務の歴史を変える重要な合意がなされました。加盟する15カ国すべての間で、電子原産地証明書(e-CO)を完全に相互認証する運用体制が確立されたのです。

これまで、多くの国では関税優遇を受けるために紙の原産地証明書の原本提出が求められていました。あるいは、PDFでの送付が認められていても、国によっては運用が不安定で、現場の判断で原本を要求されるリスクが残っていました。

今回の合意は、それらすべてのアナログな制約を取り払い、デジタルデータのみで確実に関税ゼロの恩恵を受けられるようになったことを意味します。本記事では、この合意がアジアのサプライチェーンにどのような変革をもたらすのか、実務の視点から解説します。

紙の原本が不要になるという意味

まず、相互認証が合意されたことによる実務上の変化を整理します。これまでの貿易実務では、情報の流れ(電子データ)と、書類の流れ(紙)という二つの物流が存在していました。

貨物自体は航空便で翌日に到着しているのに、原産地証明書の原本が国際宅配便(クーリエ)での輸送中であるため、輸入通関ができずに空港で貨物が足止めされる。このような本末転倒な事態が、特に近隣のアジア諸国間では頻発していました。

今回の完全相互認証により、輸出国側の発給機関(商工会議所など)のシステムでCOが発給された瞬間、そのデータは輸入国側の税関システムでも正式な証明書として認識可能になります。つまり、貨物が到着する前に書類審査を完了させる予備審査制度の活用が、物理的な書類の到着を待つことなく確実に実行できるようになるのです。

企業が得られる3つの具体的メリット

この変化は、企業の損益計算書(PL)やバランスシート(BS)にも直接的な好影響を与えます。

物流コストと事務コストの削減

最も分かりやすいメリットは、原産地証明書の原本を輸送するための国際クーリエ費用の削減です。一件あたり数千円のコストであっても、年間で数千件の輸出入を行う企業にとっては無視できない金額になります。また、原本を封入し、発送を手配し、追跡番号を管理するという事務作業そのものが消滅します。

在庫回転率の向上と保管料の削減

原本待ちによる通関遅延が解消されることで、リードタイムが短縮されます。輸入通関が1日早まれば、それだけ在庫を圧縮することが可能になり、キャッシュフローが改善します。また、空港や港での保管料(デマレージやストレージ)が発生するリスクも極限まで低下します。

コンプライアンスリスクの低減

紙の書類は、紛失や汚損、あるいは改ざんのリスクと常に隣り合わせでした。また、現地税関担当者が紙の印影の濃淡などで難癖をつけてくるケースもありました。システム間連携によるデジタル認証になれば、こうしたヒューマンエラーや恣意的な判断が入る余地がなくなり、コンプライアンス上の安定性が飛躍的に高まります。

実務担当者が今すぐ見直すべき業務フロー

RCEP加盟国間でのe-CO完全相互認証を受けて、実務担当者は以下の点について業務フローの再設計を行う必要があります。

原本送付オペレーションの廃止

輸出業務においては、インボイスなどの船積書類一式を海外へ発送する業務から、原産地証明書を除外する必要があります。輸入者に対しては、今後は紙の原本を送付しない旨を通知し、データ共有の方法(PDF送付やシステム上の参照番号連絡など)を取り決めてください。

通関業者への指示徹底

輸入業務においては、通関業者に対して、RCEP税率の適用申請をe-COベースで行うよう指示を徹底する必要があります。通関業者の現場担当者が古い慣習のまま、原本がないと申告できないと思い込んでいる可能性があるため、今回の合意内容を共有し、電子データでの申告手続きを標準化させてください。

発給申請システムの確認

自社が利用している原産地証明書の発給申請システムが、今回のRCEP相互認証に対応したフォーマット(XMLデータ連携やQRコード付きPDFなど)で出力可能かを確認してください。日本の場合、日本商工会議所のシステムがこれに対応していますが、改めて最新の操作マニュアルを確認することをお勧めします。

まとめ

RCEPにおけるe-COの完全相互認証は、アジア全域の貿易が真の意味でデジタル化されたことを象徴する出来事です。

物理的な紙の移動というボトルネックが解消されたことで、RCEP協定が持つポテンシャル(関税削減効果)は最大限に発揮されることになります。このスピード感に対応し、紙を使わないクリーンで高速な物流体制を構築できた企業こそが、アジア市場での競争優位を確立できるでしょう。

RCEP:電子証明書交換の開始

RCEPの電子原産地証明書データ交換は、アジア向けビジネスの「事務コスト」と「通関リスク」を同時に下げる大きな仕組みです。ここでは、マレーシアと中国の取り組みを軸に、ビジネスマン目線でポイントを整理します。reuters+2

そもそも何が始まるのか

マレーシアと中国は、RCEPとASEAN中国FTA(ACFTA)に基づく原産地証明書の電子データ交換を2026年1月から開始します。第1フェーズでは、マレーシア側から中国側への「一方向」のライブデータ送信が対象となり、紙の証明書ではなく、政府間で原産地データが直接やり取りされます。miti+4

この電子交換は、マレーシアのナショナルシングルウィンドウと、中国税関の電子原産地データ交換システム(EODES)を接続して行われます。対象となるのは、ACFTAのForm EとRCEP原産地証明書で、いずれも特恵関税を適用するための中核書類です。thesun+2

電子証明書で何が変わるのか

マレーシア政府の公表によると、この仕組みの狙いは大きく三つです。miti+1

  1. 書類伝送時間の短縮
    紙の原産地証明書を国際宅配で送る必要がなくなり、データが税関間で直接送信されることで、伝送時間が大幅に短くなります。businesstimes+2
  2. 真偽確認の迅速化とセキュリティの向上
    税関当局同士が暗号化されたチャンネルでデータをやり取りするため、証明書の改ざんや第三者による不正利用のリスクが下がります。結果として、特恵関税適用の審査もスムーズになります。reuters+2
  3. 関税徴収と法令遵守の強化
    税関側は、電子データを活用して原産地情報を照合しやすくなり、適正な税率適用や徴収、違反の検知がしやすくなります。不正な原産地申告による過少申告を抑制する狙いも含まれています。reuters+1

言い換えると、「企業の事務は楽に、税関のチェックは厳密に」という構図です。

実務担当者にとってのメリット

ビジネスマン、とくに貿易やサプライチェーンに携わる人にとって、実務上のメリットは具体的です。

  1. 通関リードタイムの短縮
    原産地証明書の現物到着待ちで通関が止まるケースが減り、輸入側の倉庫滞留日数やデマレージリスクを抑えられます。特にリードタイムに敏感な電子機器や生鮮品では効果が大きくなります。thesun+2
  2. 紛失・再発行リスクの低減
    紙の証明書が紛失して再発行を依頼する、といったトラブルが減り、再発行に伴う時間とコストが削減されます。miti+1
  3. 事務プロセスの自動化の余地
    電子データが前提になることで、社内システムと通関関連データの連携がしやすくなり、将来的に原産地関連情報の自動登録や照合の仕組みを整えやすくなります。shigyo+1
  4. 原産地審査の透明性向上
    税関が原産地情報をシステム上で照会できるため、なぜ特恵関税が認められたのか、あるいは認められなかったのかという説明がクリアになりやすくなります。shigyo+2

注意すべきポイントとリスク

メリットが大きい一方で、企業側が注意すべき点もはっきりしています。

  1. 一方向の運用フェーズであること
    初期段階ではマレーシアから中国へのデータ送信が対象で、中国からマレーシアへの電子データ送信や、他国との相互接続は今後の検討事項です。そのため、すべての取引が一気に完全電子化されるわけではありません。businesstoday+2
  2. 原産地情報の誤りは即時に共有される
    一度送られた電子データに誤りがあると、訂正が必要な手続きも電子的に行うことになり、不正確なHSコードや原産地判定がそのまま税関側システムに届いてしまいます。アナログな「書き換え」や現物差し替えでごまかす余地は小さくなります。shigyo+1
  3. 社内データとの整合性確保
    インボイス、パッキングリスト、原産地証明データの内容が一致しているかどうかがより重視されます。例えば、RCEPでは原産地証明の申請時にHSコード、原産地規則、累積の有無などをオンラインで確認する必要があるため、社内マスタの精度が問われます。indonesia-vegetables+2
  4. システム対応の遅れ
    電子原産地証明を前提とする運用に、社内システムや社外のフォワーダーがどこまで対応できているかによって、効果が変わってきます。紙ベース前提の業務フローのままでは、メリットが十分に生かせません。kline+1

日本企業はどう備えるべきか

マレーシア中国間の取り組みですが、RCEP全体の流れとして見れば、日本企業にとっても早めに押さえておきたいポイントがいくつかあります。

  1. RCEP原産地証明のオンライン化に慣れておく
    日本では、RCEP原産地証明の取得は商工会議所のオンライン申請が基本となっており、HSコードや製品別規則の確認が前提になっています。マレーシア中国間の電子交換は、この流れをさらに一歩進めたものと捉えることができます。reuters+2
  2. 将来的な拡大を前提にした体制づくり
    シンガポールと中国の間でもRCEPに基づく電子原産地データ送信が進んでおり、中国税関はすでに電子原産地証明の送信を義務化しています。マレーシア中国間の取り組みは、その延長線上にあるものと言えます。今後、他のRCEP参加国にも電子データ交換が広がる可能性は高く、日本企業は「例外的なケース」ではなく「標準的な仕組み」として意識しておく必要があります。jetro+2
  3. 社内での原産地情報管理の高度化
    RCEPでは、原産地証明書だけでなく、承認輸出者による原産地自己申告(Statement on Origin)なども活用できます。インドネシアの例では、電子システムを通じて証明書を発行し、原産地基準や必要情報を明確に管理することが求められています。こうした動きは、日本企業にも同様の水準でのデータ管理やドキュメンテーションを求める方向に働きます。[indonesia-vegetables]​
  4. パートナー選定の基準を見直す
    フォワーダーや通関業者を選ぶ際に、RCEPやACFTAに対応した電子原産地証明の扱いに慣れているかどうか、電子システムとの連携実績があるかどうかを、評価軸として加える価値が出てきます。dimerco+2

まとめ:紙からデータへ、局所から標準へ

マレーシアと中国の電子原産地証明データ交換は、RCEPやACFTAにおける貿易手続きのデジタル化を本格化させる一歩と位置付けられています。書類の伝送時間短縮、セキュリティ向上、税関コンプライアンスの強化など、企業にとってのメリットとプレッシャーが同時に高まる仕組みです。thesun+2

日本企業にとって重要なのは、この動きを「他国の先進事例」として眺めるだけでなく、近い将来、自社のRCEP取引にも同様の水準が求められることを前提に準備を進めることです。具体的には、原産地情報の社内管理、オンライン申請スキル、パートナー選定基準の見直しなど、足元の業務から少しずつデジタル前提の体制に切り替えていくことが実務的な一歩になります。jetro+4

このように、RCEPの電子証明書交換は、一見すると技術的な話に見えますが、実際にはアジア全体の貿易ルールと日々のビジネスオペレーションを静かに変え始めているテーマと言えるでしょう。miti+2

南米の巨象が動いた日。ブラジルによる対中FTA予備交渉承認が告げる、欧米主導秩序の終焉

2026年2月2日、南米最大の経済大国ブラジルにおいて、世界経済のブロック化を決定づける極めて重要な政治判断が下されました。ブラジル政府の閣僚会議が、中国との自由貿易協定(FTA)締結に向けた予備交渉入りを正式に承認したのです。

これは、長年停滞していたメルコスール(南米南部共同市場)とEUとの交渉に見切りをつけ、アジアの大国である中国との直接的な経済統合へとかじを切ったことを意味します。ブラジルが動いたことで、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイを含むメルコスール全体が、中国経済圏へと急速に雪崩れ込むシナリオが現実味を帯びてきました。

本記事では、この地政学的な大転換がなぜ今起きたのか、そして日本企業が南米市場で直面することになる過酷な競争環境について深掘り解説します。

25年の忍耐の末に選んだ、実利という名の決断

なぜブラジルは、長年のパートナーである欧米ではなく、中国を選んだのでしょうか。その背景には、EUとの交渉における深い失望と、中国が提示する実利的な魅力の対比があります。

四半世紀にわたり続けられてきたEUとのFTA交渉は、最終段階で環境保護や人権に関する追加要求(サイドレター)が突きつけられたことで、事実上の座礁に乗り上げました。ブラジル政府にとって、アマゾン開発への介入とも取れる欧米の姿勢は、主権侵害であり、経済成長を阻害する足かせと映りました。

対照的に、中国のアプローチは極めてシンプルです。政治や環境への注文はつけず、ブラジルの農産物や鉱物資源を安定的に購入し、見返りとしてインフラ投資と安価な工業製品を提供する。このビジネスライクな関係こそが、現在のブラジルが求めていたパートナーシップでした。今回の閣僚承認は、理念よりも国益を優先したブラジルの現実主義的な回答と言えます。

メルコスールの結束を維持するための対中シフト

これまでメルコスールには、加盟国が単独で域外の国とFTAを結ぶことを禁じるルールがありました。しかし、中国との早期FTAを望むウルグアイやパラグアイの突き上げにより、この結束は崩壊寸前でした。

ブラジルが今回、メルコスール全体としての対中交渉、あるいは中国との協定を容認する姿勢に転じたことは、組織の分裂を防ぐための苦肉の策でもあります。盟主であるブラジル自身が先頭に立って中国との交渉を進めることで、メルコスールの枠組みを維持しつつ、加盟国全体の総意として中国市場へのアクセス権を取りに行く戦略です。

日本企業に迫る関税格差の悪夢

このニュースは、ブラジル市場でビジネスを展開する日本企業、特に自動車メーカーや機械メーカーにとって、悪夢のようなシナリオの始まりを告げています。

ブラジルは現在、国内産業保護のために非常に高い関税障壁を設けています。例えば、完成車の輸入には35パーセントもの関税が課されています。日本企業は、この関税を回避するために現地工場に投資し、高いブラジルコストに耐えながら生産を続けてきました。

しかし、もし中国とのFTAが締結されれば、中国製の電気自動車(EV)や産業機械が、関税ゼロでブラジル市場に流入することになります。

現在でも価格競争力のある中国製品が、35パーセントのハンデを失い、無税で入ってくるとなれば、日本企業の現地生産車は価格面で太刀打ちできません。現地生産のメリットが消滅し、南米市場のシェアが一気に中国勢に塗り替えられるリスクがあります。

資源外交における中国の完全勝利

影響は工業製品の販売だけにとどまりません。ブラジルは鉄鉱石、大豆、そして次世代エネルギーに不可欠なレアメタルの宝庫です。

FTAの締結は、これらの戦略物資が優先的に中国へ供給されるパイプラインが完成することを意味します。日本や欧米が必要な資源を調達しようとした際、中国企業がすでに権益を押さえている、あるいは中国向けの輸出が最優先され、買い負けるという事態が常態化する恐れがあります。

まとめ

2026年2月2日のブラジルによる予備交渉承認は、南米が米国の裏庭でも欧州のパートナーでもなく、中国経済圏の一部となる未来を選択した歴史的な分岐点です。

日本企業は、南米市場を単なる新興国市場として見るのではなく、中国との直接対決の最前線として再認識する必要があります。関税障壁に守られていた時代は終わりました。圧倒的な価格競争力を持つ中国製品と、同じ土俵でどう戦うか、あるいはどう棲み分けるか。南米戦略の根本的な練り直しが求められています。