日本税関が2026年のNACCS用品目コードを公表 ― 年明けから特別緊急関税も適用開始へ

年末の税関アップデートは、年明けの通関実務を直撃します。今回は主に次の2点がポイントです。

  • 2026年1月1日適用開始分のNACCS用品目コードが公表されました。統計品目番号(輸出入統計品目表)の改正に合わせ、NACCS申告上のコード体系が更新されます。
  • 輸入数量に基づく特別緊急関税の適用開始日が公表され、「ばれいしょでん粉」と「繭(まゆ)」に2026年1月1日から追加関税が適用されます。

どちらも「マスタ更新漏れ」や「申告コードの取り違え」が起きやすいテーマであり、ビジネス実務面での備えが重要です。

NACCS用品目コードとは何か

NACCS用品目コードは、統計品目番号(HS・統計品目表番号)だけでは区別できない税率や制度上の区分を、電子申告上で識別するための補助コードです。

代表的な例がEPA税率・調整税率・暫定税率・特別関税などの制度識別です。HS改正により品目が統廃合されても、協定上は交渉時点のHSに基づく異なる特恵税率が残ることが多く、その場合は税関が旧細分をNACCS用品目コードで維持し、適切な税率適用を可能にしています(出典:税関総合情報 PDF, RCEP対応事例)。

したがって社内マスタがHSや統計品目番号のみで構成されている場合、NACCS上の処理区分に齟齬が生じ、税率や制度適用の誤りにつながるリスクがあります。

2026年1月1日適用開始分のコードが公表された背景

今回の改正は、輸出統計品目表および輸入統計品目表の改正(財務省告示第283号、2025年10月31日付)に連動しています。告示では、「2026年1月1日以後に統計計上される貨物に適用する」と明記され、これに対応して税関はNACCS用品目コードの新体系を提示しました。

実務上の重要点は次の2つです。

  1. 改正は輸入だけでなく輸出申告側のマスタにも波及します。
  2. 税関公表資料の一部では「特定記号付き品目はNACCS掲示板を参照」と注記されており、掲示板情報まで見ないと完結しない品目が存在します。

特別緊急関税(セーフガード)の適用開始 ― ばれいしょでん粉・繭が対象

もう一つの重要な発表が、関税暫定措置法第7条の3に基づく特別緊急関税(セーフガード)の適用開始です。別表第1の6の16および28の項に掲げる物品について、2026年1月1日から3月31日までの期間、追加関税が適用されます。

神戸税関業務部による案内では、対象品目と税率は以下の通りです(現行統計品目番号ベース。2026年版統計品目表改正後は番号が変更される可能性があります)。

品目品目番号(参考)適用開始前適用開始後
ばれいしょでん粉1108.13-099119円/kg158.67円/kg
5001.00-0902,523円/kg3,364円/kg

(適用期間:2026年1月1日~3月31日)

ここで注意すべきは、税率だけでなくNACCS申告上のコード切替です。

特別緊急関税適用開始時のNACCS用品目コード運用

NACCS掲示板では、今回の特別緊急関税適用開始に伴い、当該期間の輸入申告ではC-5区分の「暫定法第7条の3適用開始時用コード」が適用されると明示されています(出典:NACCS掲示板 2025年12月24日付)。

さらに、「当該コードは2026年1月1日以降に使用可能」とされています。申告時期と船積時期のズレで誤適用が起きやすく、特に年末年始の輸入申告では注意が必要です。

よくある誤りパターン

  • 船積みが12月でも輸入申告日が1月にずれ、適用開始後の税率が適用される
  • 通関業者システムは更新済みでも、輸入者側マスタが旧コードのまま
  • 統計品目番号は正しいが、NACCS用品目コード誤選択で税率エラーや保留扱いとなる

年末年始の実務対応チェックリスト

統計品目番号・NACCS用品目コードの確認

  • 財務省告示第283号の改正内容で自社輸出入品の統計品目番号影響を確認する
  • 税関公表のNACCS用品目コードリスト(2026年1月1日適用開始分)を社内マスタと突合する
  • 注記付き品目がないかを確認し、必要に応じてNACCS掲示板で情報補完する
  • FTA/EPA税率適用品は旧細分維持が必要なケースを重点点検する(税関総合情報

特別緊急関税への対応

  • 「ばれいしょでん粉」「繭」の取扱いがある場合、1〜3月期の追加関税影響を試算する
  • 適用期間中の申告では「暫定法第7条の3適用開始時」コードを通関業者と合意のうえ運用する(NACCS掲示板
  • 除外適用が想定される場合、条文上の除外要件を税関・業者と事前確認する

運用面の準備

  • 年末年始貨物の到着・申告タイミングを再チェックし、課税期間の跨りリスクを回避する
  • 購買・経理部門へ追加関税適用開始を事前共有し、仕入・販売価格調整を前倒しする
  • 初回はサンプル申告で検証し、NACCS用品目コードとの整合をログ管理する

まとめ

2026年のNACCS用品目コード改正は、統計品目改正と税率制度の両面更新を伴う重要な移行です。加えて、「ばれいしょでん粉」と「繭」には1月1日から特別緊急関税が適用され、申告コード運用にも直接影響します。

通関トラブルの大半は税率そのものより「コード整合」と「申告日基準の解釈」で発生します。年内にマスタ更新と運用フローの合意を完了させ、2026年の初荷に備えることが安全策です。


注記: 本稿は公開情報に基づく一般的な解説であり、個別案件の通関判断を代替するものではありません。最終判断は、自社の取引実態と最新の公式発表、並びに専門家の助言に基づいて行う必要があります。

米国2025年関税が戦後最高水準に達した理由と日本企業の実務対応

2025年の米国は、関税政策が「戦後最高水準」と評される領域に踏み込み、企業のコスト構造とサプライチェーン設計に直接影響を与える一年となりました。平均実効関税率は1930年代以来の水準に達したと推計され、関税がマクロ経済だけでなく、個社の価格決定や契約実務にまで波及しています。

どこまで関税水準が上がったのか

イェール大学The Budget Lab(TBL)は、2025年11月17日時点で、消費者が直面する平均実効関税率(消費シフト前)が16.8%に達し、1935年以来の高水準と推計しています。貿易構造の変化を織り込んだ「消費シフト後」の平均は14.4%で、こちらも1930年代後半以来の高さです。

年初時点での平均関税は約2.4%とされており、そこからの上昇幅は極めて大きいものです。APは、2025年11月の実効関税率が消費シフト前で約17%となり、年初からおよそ7倍に跳ね上がったと報じています。

「戦後最高水準」という表現が難しい理由

関税水準は「どの母数で平均するか」によって数字が変わるため、実務では指標の違いを理解して読み解く必要があります。

Banque de Franceは、2025年1〜9月に米国の平均関税が約14ポイント上昇し、制度上の平均が18〜20%程度に達したと分析する一方、税関収入と輸入額の比率で計る事後的な実効関税率は9.7%と整理しています。これは「制度上の税率は極めて高いが、免除や原産地ルール、調達・消費シフトの結果として、観測される実効負担は相対的に低く見える」という構造を示しています。

TBLの「消費シフト前の実効関税率」は、消費や調達が動く前に家計・企業が直面するコストを示す指標であり、価格見積もりや契約交渉の前提を置くにはこちらの考え方が実務上なじみやすいといえます。野村の解説でも、2025年8月7日時点で平均関税率は約19%とされ、1930年代前半以来の水準に近いとの見立てが示されており、市場参加者の感覚とも整合的です。

何が関税を押し上げたのか

2025年の特徴は、単一の対中関税ではなく、複数の枠組みが短期間で積み上がった点にあります。

対中関税の追加・強化に加え、カナダ・メキシコ向けの関税上乗せや、鉄鋼・アルミ、自動車とその部品、金属含有率の高い機器、銅関連などへの高関税が段階的に導入されました。2025年4月5日からは、多数の国・品目に広く適用される「相互関税(reciprocal tariffs)」と国別の上乗せ措置が開始され、結果として平均関税が一段と跳ね上がったと整理されています。

Banque de Franceは、こうした措置の累積によって、2025年の米国関税水準がスムート・ホーリー法時代に近い水準へと接近したと指摘しています。

企業コストとマクロへの影響

TBLは、2025年の関税のマクロ影響を次のように推計しています。

  • 総合物価は短期で1.2%押し上げられ、平均世帯の負担増は約1,700ドルに相当
  • 実質GDP成長率は2025年に0.5ポイント、2026年に0.4ポイント押し下げられ、長期的には米経済規模が恒常的に約0.3%縮小
  • 失業率は2025年末に0.3ポイント上昇し、2025年末時点の雇用は約46万人分減少

品目別の影響では、アパレル、金属含有率の高い電気機器やコンピューター、自動車などが特に大きな打撃を受けるとされています。自動車については、短期で価格が13%上昇(平均新車価格で約6,500ドル)、長期でも5%上昇(約2,500ドル)するとの推計が示されています。

一方で財政面では、関税収入は急増しています。APによれば、2025年11月までの関税収入は2,360億ドル超に達しており、関税は事実上、大規模な間接増税として機能しています。もっとも、貿易赤字の改善や内需への波及は単純ではなく、駆け込み輸入などによって月次の貿易赤字が大きく変動した局面も報告されています。

日本企業が今優先すべき7つの実務対応

1. 品目別・通関単位で影響額を可視化する

平均関税率の数字だけでは、自社の損益へのインパクトは見えません。HTS(HS)コード単位で棚卸しを行い、どの品目がどの関税枠組みの対象になっているかを整理し、月次輸入額ベースでインパクトを試算することが第一歩です。

TBLが示すように、「消費シフト前」と「シフト後」で関税負担の見え方は変わるため、見積もり・価格転嫁の議論では、まずシフト前の実効関税率(16.8%など)を基準値として置く方が保守的で安全といえます。

2. 価格条項とサーチャージ条項を再点検する

2025年の米国関税は、「導入して上げる」だけでなく、「一時停止・除外・再導入」が繰り返される揺れの大きい年でした。売買契約では、関税変更を価格に反映するトリガーの定義、再交渉期限、サーチャージ(追加料金)の算定方法、下振れ時の価格調整の扱いまで、条項を具体化しておく必要があります。

特に長期契約やTier構造のサプライチェーンでは、関税変動が下流でどのように転嫁・分担されるかを、価格調整条項と連動して明文化しておくことが実務上の安定につながります。

3. 原産地とサプライチェーンの「二重最適化」

関税回避のために単純に仕向国や積出国を変えるだけでは不十分な場合が多くあります。Banque de Franceが指摘するように、免除や協定適用の有無が平均コストを左右するため、原産地規則、FTA/EPAの活用、サプライヤー監査コストなどを含めた「原産地+サプライチェーン」の二重最適化が求められます。

その際には、原産地証明書の取得・保存、サプライヤーからの原産地宣言の検証プロセス、米国側での通関立証に耐えうる記録管理体制までをパッケージで設計することが重要です。

4. 自動車・金属系は多段階の「波及」を前提に設計する

自動車や金属含有率の高い製品は、完成品だけでなく鋼材・部品・サブアセンブリなど、多段階で関税コストが累積します。価格転嫁が難しいサプライヤーほど、設計変更(素材変更・仕様簡素化)、代替材の検討、在庫調整や生産タイミングのシフトといったオプションを早い段階から検討する必要があります。

特にEV関連部材やハイエンド電子部品は、特定国依存度が高いケースが多く、関税だけでなく制裁・輸出規制のリスクも重なるため、調達戦略全体を見直す契機として位置付けるのが現実的です。

5. 「米国向け最終製品に組み込まれる部材」を把握する

日本から直接米国に輸出していない場合でも、メキシコや東南アジアで組み立てられた製品に自社部材が組み込まれ、最終的に米国へ輸入されるケースでは、間接的に関税負担が取引条件に跳ね返ります。APが報じるとおり、中国からの輸入減少と同時に、メキシコ・ベトナム・台湾などからの輸入が増加する局面では、米国の関税政策を起点に調達再編が連鎖的に発生しています。

そのため、Tier1だけでなく、海外拠点・主要サプライヤーを通じて、最終仕向国・最終用途をマッピングし、「対米向けに組み込まれる部材」のボリュームと価格条件を把握することが不可欠です。

6. 「除外・例外」情報のモニタリングをルーチン化する

TBLは、2025年秋の農産品などの関税除外拡大が、平均実効関税率の見え方に影響したと指摘しています。こうした除外リストや一時的な免除は企業の関税コストに直結する一方、更新頻度が高く、官報や通達をスポットで追うだけでは見落としやすいのが実情です。

実務としては、週次程度で関係官庁・連邦官報・専門ニュースをモニタリングし、自社SKUへの該当性をチェックするフローを整備することが有効です。社内では、関税コスト削減の一環として、除外申請や制度利用の検討プロセスも含めて標準化しておきたいところです。

7. IEEPA関税を巡る訴訟と還付の「権利保全」

IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税については、司法判断の帰趨によっては還付の余地が残るとされています。米議会調査局(CRS)は、米国国際貿易裁判所(CIT)が2025年5月に「IEEPAは関税賦課権限を付与しない」と判断したこと、最高裁が上訴審を受理し、2025年11月初旬に口頭弁論を予定したことなど、手続の流れを整理しています。

JETROは、CITが2025年12月15日に清算手続の仮差止め申立てを棄却した一方、将来的に違法判断が出た場合の還付可能性や、清算と異議申立て(原則180日以内)のタイミングを巡る実務論点を詳しく解説しています。日本企業としては、輸入者としての立場か、サプライヤーとして価格条件に関与する立場かを踏まえ、清算・異議申立て・記録管理を含めた権利保全方針を、取引先との間で明確にしておく局面にあります。

高関税が「新常態」になり得るという前提

2025年の米国関税は、単なる税率変更ではなく、サプライチェーンと価格決定の前提を組み替えるイベントだったと位置付けられます。平均実効関税率が1930年代以来の水準に達したという推計が複数示されている以上、短期の例外措置や交渉結果に一喜一憂するより、「高関税が当面の標準シナリオである」という前提でコスト設計と契約実務を固めることが、企業にとって現実的なアプローチとなります。


注記: 本稿は公開情報に基づく一般的な解説であり、個別案件の法務・税務・通関判断を代替するものではありません。最終判断は、自社の取引実態と最新の公式発表、並びに専門家の助言に基づいて行う必要があります。

インドネシアとEAEUがFTA署名、関税90%超で優遇 何が変わるのか

2025年12月21日、インドネシアとユーラシア経済連合(EAEU)が自由貿易協定(FTA)に署名しました。EAEU側は、関税分類ベースで全体の90.5%の関税ラインにインドネシア産品への優遇税率を適用し、その対象はインドネシアからの輸入額の95.1%をカバーすると説明しています。

EAEUはロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスからなる経済統合圏で、人口は約1.8億人規模です。一見すると政治ニュースで終わりがちですが、実務目線では、関税削減だけでなく原産地・通関・規格認証などの運用が変わる可能性があり、日本企業の輸出入採算とサプライチェーン設計にも影響し得ます。


まず押さえるべき前提:EAEUの範囲と協定の段階

EAEU(ユーラシア経済連合)は、ロシア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスの5カ国から成る関税同盟・共通市場です。今回のFTAは、サンクトペテルブルクで開催された最高ユーラシア経済評議会の会合の場で署名されました。

署名後は、各締約国での批准など国内手続を経て発効する流れです。「署名=即日ゼロ関税」ではありません。インドネシア側の説明では、批准・実施準備を踏まえた発効時期として2026年末から2027年頃の実施を想定する旨が報じられており、経営判断上の重要なタイムラインとなります。


「90.5%の関税ライン優遇」の読み方

報道で強調されている「90.5%」は、EAEU側がインドネシア産品に対して優遇を与える関税ライン比率を指します。関税ラインとは、各国のHSコード(品目分類)をさらに細分化した課税単位です。「90.5%」は優遇対象ラインの広さを示すもので、すべての対象ラインが即時ゼロ関税になることを意味するわけではありません。段階的撤廃、例外品目、数量割当、原産地要件などが通常セットで設計されます。

EAEU側の発表では、インドネシア側もおおむね90%程度の関税ラインで優遇アクセスを開放します。EAEU産品に対してインドネシアが適用する平均関税率は、自由化の進展に伴い10.2%から約2%へ大きく低下する見通しです。また、EAEUがインドネシアに与える優遇は、関税ラインベースで90.5%、金額ベースではインドネシアからの輸入額の95.1%をカバーします。実需に近い指標としては「金額カバー率」のほうがインパクトを把握しやすい場合があります。


何が売れやすくなり、何が入りやすくなるか

インドネシアからEAEUへ:輸出機会が広がる品目

報道・政府コメントでは、インドネシアからEAEU向けの主な輸出拡大候補として、パーム油とその派生品、履物、繊維・繊維製品、水産品、天然ゴム、家具、電子機器などが挙げられています。インドネシア側の説明では、これに加えてコーヒー、カカオ、アルミナ関連なども主要な輸出品として言及されています。

EAEUからインドネシアへ:調達コストが変わり得る品目

EAEU側の公表では、インドネシア向けの有望品目として、小麦等の穀物、粉類・パンなどの農産加工品、魚・牛肉、乳製品(粉ミルク、チーズ等)、ミネラルウォーターなどの食品分野が示されています。

工業品では、鉄鋼・非鉄金属などの冶金品、石油製品、石炭、肥料、基礎ポリマー、合板・家具などの林産品、建設機械や各種設備が例示されています。一次素材や燃料・肥料系の調達コスト構造が変わり得るとされています。

重要なのは単純な関税率の上下ではなく、国内製造原価や調達先多元化の選択肢が広がる点です。特に肥料や原燃料、ポリマー等は価格変動が損益計算書に直撃しやすい領域であり、関税条件の改善は購買戦略・契約条件の見直しに直結します。


貿易額と「伸びしろ」の現状整理

インドネシア政府の統計によれば、2024年のインドネシアとEAEUの相互貿易額は約45億ドル(輸出約18.9億ドル、輸入約26.3億ドル)です。また、2025年1月から10月の貿易額は約44億ドル(輸出17.6億ドル、輸入26.4億ドル)と報じられており、現状でも一定のボリュームがある関係です。

EAEU側は、協定発効後3年から5年で貿易が倍増し得るとする見通しを示しており、インドネシア側からも「貿易を約2倍に増やす」期待が表明されています。数字の実現可能性は別として、両サイドが「伸ばす前提」で制度設計をしている点そのものが、企業にとって重要なシグナルといえます。


実務で効くのは関税だけではない:非関税分野の変化

ユーラシア経済委員会(EEC)は、今回の協定が関税削減だけでなく、技術規格、衛生・植物検疫(SPS)、通関手続、原産地規則、貿易円滑化など、貿易の予見可能性を高める規律を含むと説明しています。協定は全15章構成で、市場アクセス、貿易円滑化、経済協力といった分野をカバーしており、実際の通関難易度や規制対応コストが変わる余地があります。

インドネシア側も、法的確実性の向上、貿易・投資の予見可能性、サプライチェーン統合の促進といった観点から、このFTAを戦略的な枠組みとして位置づけています。


日本企業の視点:どのような会社に影響が出やすいか

1. インドネシア生産拠点を持ち、第三国市場を狙う企業

インドネシアで生産し、EAEU向けに輸出する場合、協定税率の適用によって価格競争力が変わります。自動車部品、家電などの消費財に加え、パーム油派生品、ゴム製品、家具、電子機器なども主要な輸出候補です。ASEAN内輸出だけでなく「非伝統市場」としてのEAEUをターゲットに含める余地が生まれます。

2. 一次素材・肥料・燃料関連を輸入する企業

インドネシアがEAEU産品に適用する平均関税率を約10.2%から2%へ引き下げる見込みであることから、EAEUからの一次素材・肥料・エネルギー関連の輸入コストは再試算対象になります。複数年契約や指数連動価格、関税転嫁条項がある取引では、協定発効タイミングに合わせた契約更改や価格調整の論点が増加します。

3. 規制対応コストが重い業種

水産品や食品、化学品、電気機器などの業種では、技術基準や認証、衛生・植物検疫(SPS)要件が実質的なボトルネックになりやすく、関税メリットを取りに行くほど品質保証・認証対応の体制整備が重要になります。

加えて、EAEUにはロシアやベラルーシが含まれるため、制裁・輸出管理・金融制約(決済・保険・輸送)の観点から、取引可否やスキーム設計を社内ガバナンスの論点として早期に切り分けておく必要があります。


企業が今からやっておくべきチェックリスト

対象品目の棚卸し
EAEU向けに輸出し得る製品、およびEAEUから調達している原材料・部材を洗い出し、HSコードを確定する。

税率シミュレーション
現行税率と、協定発効後の想定税率(即時撤廃か段階撤廃か)を分けて採算表を作成し、「90.5%」という全体数字ではなく、自社の該当ラインで影響を確認する。

原産地設計
協定税率を利用するには、協定の原産地規則を満たし、必要書類を整備する必要がある。サプライヤー証明、工程記録、BOMの整備は前倒しで進めるほど有利になる。

非関税要件の確認
食品・化学品・電気機器などは、規格・表示・許認可・SPS/TBT要件が取引コストを左右するため、関税メリットが大きい品目ほど、ここがボトルネックになりやすい。

発効時期のモニタリング
署名後は各国の批准と実施制度の整備が進む。インドネシア側は2026年末から2027年頃の実施を念頭に置いており、年度計画・投資計画・契約条件の見直しに織り込む必要がある。


まとめ:90%超の優遇は大きいが、勝負は発効後の運用

インドネシアとEAEUのFTAは、対象関税ラインの広さ(90.5%、金額ベース95.1%)という意味でも、双方が貿易倍増を見込むという意味でも、大きなポテンシャルを持つ枠組みです。

ただし、企業の利益に変わるのは、発効後に関税スケジュールを読み切り、原産地と通関運用を設計し、規格・認証・制裁といった非関税要件の壁を乗り越えた企業からです。

発効までの時間を準備期間として活かし、HSコードの確定、原産地設計、契約条件の見直し、書類・データ体制の整備までを前倒しできるかどうかが、「制度が動いた瞬間に先行できるか」を左右します。


出典一覧

本文書は以下のソースに基づいています:

  1. Reuters – Indonesia signs free trade deal with Russian-led Eurasian Economic Union
  2. Xinhua News – EAEU-Indonesia FTA agreement details
  3. Antara News – Indonesia seals FTA with EAEU
  4. Eurasian Economic Commission – Official FTA announcement
  5. Xinhua News – EAEU preferential tariff coverage data
  6. Global Banking and Finance – Indonesia-Russia trade overview
  7. Russia’s Pivot to Asia – EAEU-Indonesia FTA analysis
  8. PolGeoNow – What is Eurasian Union
  9. Russia’s Pivot to Asia – Supreme Eurasian Economic Council meeting analysis
  10. Interfax – EAEU trade priorities
  11. Instagram – Indonesian government announcement
  12. VOI – Indonesia tariff reduction details
  13. IDN Financials – RI-EAEU FTA signed
  14. WAM – Indonesia eyes 100% trade rise with EAEU
  15. The Star – Indonesia inks trade deal with EAEU
  16. Polyester Time – Indonesia-Eurasian Economic Union FTA
  17. The Jakarta Post – RI inks trade deal with EAEU
  18. Business Times Singapore – Indonesia signs FTA with EAEU
  19. Kontan English – Indonesia signs free trade deal
  20. Reuters – Indonesia expects to sign FTA (June 2025)
  21. Migrant Times – Indonesia signs FTA with EAEU

CBPが公表した「重複関税の解除チャート」をどう読むか


1. まず押さえるべき「重複解除」の原則(EO 14289)

重複関税整理の土台となるのは、2025年4月29日付の大統領令「Addressing Certain Tariffs on Imported Articles(EO 14289)」です。presidency.ucsb+1
この大統領令は、「複数の追加関税措置の対象になり得る品目」について、どの関税を優先的に適用し、どれを排除するかという手順(single‑duty rule/優先順位)を定めています。business.gmu+1

EO 14289の対象となる追加関税措置は、次の5つに限定されています。govdelivery+1

  • 232条 自動車・自動車部品(Proclamation 10908 等)govdelivery
  • IEEPA カナダ追加関税(EO 14193 系)immpolicytracking+1
  • IEEPA メキシコ追加関税(EO 14194 系)strtrade+1
  • 232条 アルミニウム(Proclamation 9704 系及びその改正)whitehouse
  • 232条 鉄鋼(Proclamation 9705 系及びその改正)whitehouse

これ以外の関税措置(例:Section 301、対中IEEPA、AD/CVDなど)は、EO 14289の「非スタック」ルールの対象外であり、個別のルールで判断されます。global-scm+1

CBP CSMSによると、非重複の優先関係は、要約すると次のようになります。cassidylevy+1

  • まず「232 自動車・部品」に該当し、正味の追加関税額が0%を超える場合、その品目にはカナダIEEPA、メキシコIEEPA、232アルミ、232鉄鋼は重ねない。
  • 自動車・部品に該当しない場合、カナダIEEPAが「実際に関税がかかる(subject to)」なら、メキシコIEEPAや232鉄鋼・232アルミは原則として重ねない。
  • カナダIEEPAもかからない場合、メキシコIEEPAがかかるなら、232鉄鋼・232アルミは原則として重ねない。
  • 232鉄鋼と232アルミは、対象品目が両制度の範囲に入り、かつそれぞれに正味の追加関税額が発生する限り、同一品目に同時適用され得る(特に派生品については両方課されるケースが明示されています)。whitecase+1

ここで重要なのが、「subject to」の意味です。CBPは、「ある措置の下で実際に0%を超える追加関税が発生する場合に、その措置に“subject to”される」と説明しており、USMCA原産として免税になる場合などは、その措置の対象外として扱うと明示しています。cassidylevy+1

さらに、EO 14289の適用対象外の関税は引き続きスタックし得ます。具体的には、通常税率(HTSUS一般税率)、Section 301対中関税、対中IEEPA関税(EO 14195 系)、アンチダンピング・相殺関税(AD/CVD)などは、EO 14289によって自動的に打ち消されるわけではありません。whitehouse+2

EO 14289による非スタック・ルールは、2025年3月4日以降の輸入に遡及して適用され、対象5措置が重複して課されていた場合には、CBPの通常手続に従い還付請求が可能とされています。cassidylevy+1


2. なぜ「チャート」が必要になったのか

EO 14289は「第一幕」として5つの主要措置の優先関係を定めましたが、その後も大統領布告やCSMSにより、対象品目の拡大や追加的な非重複ルールが積み上がり、実務上の判断はさらに複雑になりました。whitehouse+1
例えば、木材・家具等に対する232措置(Proclamation 10976 など)では、カナダ・メキシコ・その他IEEPA関税との非重複関係が個別に明示されているケースがあります。globaltradealert+1

こうした「個々の布告・通達で追加されてきた非スタック・ルール」を、実務者が一覧で俯瞰できるように可視化したものが、CBPの「Unstacking Certain Tariffs Chart」と理解すると整理しやすくなります。geodis+1


3. チャートの実務的な読み方(3ステップ)

GHYなどの実務解説では、このチャートの使い方を3ステップで説明しています。ghy+1

ステップ1:自社品目が属する「行」を確定する

チャートは、行が「品目カテゴリまたは原産国等の条件」、列が「各関税措置」という構造になっています。ghy
解説では、例えば「自動車・自動車部品」「中大型トラック及び部品」「自動車・トラック以外でアルミを含有する品目」「鉄鋼・アルミ派生品」「木材・家具関連」などの行が並ぶ形で紹介されています。ghy+1

この行の特定を誤ると、その後の判断がすべてずれてしまうため、ビジネス側が準備しておくべき最低限の情報は次の通りです。

  • 米国HTSコード(品目分類)
  • 原産国(USMCA原産かどうかを含む)
  • 鉄鋼・アルミ・銅等の含有有無と、その含有部分の価額(派生品の場合)
  • 自動車・自動車部品・トラック等の車両関連品目に該当するかどうか

ステップ2:行を横に読んで、YES / 条件付き / NOを拾う

各セルには「YES」「CONDITIONAL」「NO」などの表示があり、その行の条件下で、各関税措置が適用され得るかどうかの目安として使うことができます。ghy
ただし、「YESだから自動的に課税確定」という意味ではなく、あくまで「該当する可能性あり」のフラグであり、具体的な適用要件は各大統領令・布告・官報告示等を確認する必要があります。chrobinson

ステップ3:最終判断は一次資料で裏取りする

チャートは情報提供目的のツールであり、法的拘束力を持つ「公式解釈」ではありません。ncbfaa+1
最終的な判断は、EO 14289の本文、関連する大統領布告、Federal Register 掲載告示、CSMS等の一次資料を踏まえて行うことが求められます。govdelivery


4. 「解除」といっても、申告が簡単になるわけではない

非スタック・ルールの導入により「二重取り」が一定程度抑制される一方、2025年はむしろ申告データの要件が増えている側面があります。jetworldwide+1
典型例が、232条鉄鋼(特に派生品)に関する「含有価額ベースの申告」です。govdelivery+1

232鉄鋼・アルミ派生品や、鉄鋼品(Chapter 73 など)について、CBPはCSMSで次のような実務指示を示しています。govdelivery+1

  • 対象となる派生品については、232関税を「鉄鋼部分(またはアルミ部分)の価額」に限定して計算する。
  • 非鉄鋼(または非アルミ)部分の価額については、別ラインで申告し、IEEPA関税やその他の追加関税をそのラインに載せる。
  • 232の追加関税率を適用するラインと、IEEPA等を適用するラインで、価額を混在させないようにする(ACEの計算ロジック上も分離が必要とされる)。whitecase+1

その結果、現場では次のような構図になりがちです。

  • 非スタック・ルールにより「同じ価額に対する二重取り」は減る。
  • 一方で、「二行申告」「価額分解」「複数のChapter 99の組み合わせ」が増え、通関実務としてはむしろ複雑化する。

5. ビジネス上のインパクト:押さえるべき2つの数字

(1) 過去分キャッシュ(還付余地)

EO 14289は、2025年3月4日以降の輸入・保税引取りに遡及して適用され、対象5措置について不適切なスタックがあった場合には、通常のCBP手続により還付請求が可能とされています。cassidylevy+1
したがって、「2025年3月4日以降の米国輸入で、232自動車・232鉄鋼・232アルミ・カナダIEEPA・メキシコIEEPAが同一貨物に重複して課されていないか」を棚卸しすることには大きな価値があります。govdelivery

(2) 今後の原価(正しい適用での着地)

非スタック・ルールの対象外であるSection 301、AD/CVD、通常税率、対中IEEPA(EO 14195 系)などは、従来どおり残ります。federalregister+1
したがって、将来の着地原価を再計算する際は、「解除された分だけ単純に下がる」と見るのではなく、「残る関税(301、AD/CVD、IEEPA等)も含めたうえで、非スタック・ルールを考慮した新しい積み上げ」を行うことが必要です。global-scm+1


6. 日本企業向けの実務ToDo(すぐ効く順)

日本企業が短期的に着手しやすい対応は、次のように整理できます。

  • 2025年3月4日以降の米国向け輸入エントリーを抽出し、対象5措置が「不適切に重複していないか」の一次診断を行う(特に自動車・金属含有品)。cassidylevy+1
  • 自社の主要品目を、「チャート上のどの行に該当するか」(自動車系、金属含有品、木材・家具系、対中IEEPA対象品など)に分類し、社内で共有する。global-scm+1
  • 通関業者と協議し、Chapter 99 の付番方針、二行申告の要否、鉄鋼・アルミ部分の価額分解の根拠資料の持ち方など、実務プロセスを事前にすり合わせる(特に232派生品・金属含有品)。govdelivery+1
  • 社内規程として、「チャートのYESはあくまで“要検討”であり確定ではない」「最終判断は一次資料(EO・布告・官報)に基づく」「reasonable care(合理的注意義務)の観点から、適用関税の根拠を文書化する」といった原則を明文化する。ncbfaa+1

結び:チャートは「地図」であり、ルールの代替ではない

CBPの「Unstacking Certain Tariffs Chart」は、関税の重複を減らすために導入された複雑なルール群を、実務者が一望できるよう整理した地図の役割を果たします。geodis+1
しかし、地図だけではゴールに到達できません。EO 14289が定めた非スタックの骨格、各大統領布告やCSMSが追加してきた個別ルール、そして対象外として残るSection 301やAD/CVD等を同時に管理してはじめて、2025年型の米国通関コンプライアンスが成立します。presidency.ucsb+1

  1. https://global-scm.com/blog/?p=3509
  2. https://content.govdelivery.com/accounts/USDHSCBP/bulletins/3e0a63e
  3. https://content.govdelivery.com/accounts/USDHSCBP/bulletins/3e36d96
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  7. https://www.cassidylevy.com/news/new-cbp-guidance-clarifies-tariff-stacking-refund-procedures/
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  10. https://business.gmu.edu/news/2025-07/addressing-certain-tariffs-imported-articles-executive-order-14289
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  28. https://www.federalregister.gov/documents/2025/02/07/2025-02406/imposing-duties-to-address-the-flow-of-illicit-drugs-across-our-northern-border
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  30. https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/07/amendment-to-duties-to-address-the-flow-of-illicit-drugs-across-our-northern-border-9350/
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EUが原産地証明の「真偽確認」を明文化:2025年3月3日改訂ガイダンスが示す実務の勘所


欧州委員会の税関・間接税総局(DG TAXUD)は、2025年3月3日付で「優遇原産地ルール(Preferential Rules of Origin)に関するガイダンス」を更新しました。今回の改訂では、原産地証明の真偽確認(verification of proofs of origin)を専門に扱う新しい章「Section C」が追加されたことが大きな特徴です。

一見すると制度の説明書が増えただけに見えますが、企業実務にとっては、いつ、誰が、どんな手順で原産地証明を確認しに来るのかが具体的に言語化されたという意味で、非常に重要な内容となっています。

そもそも原産地証明の真偽確認とは何か

EUのFTAや特恵制度で関税優遇を受けるには、輸入申告時の特恵申請を原産地証明書類で裏づける必要があります。ガイダンスでは、特恵申請は「原産地に関する書類」または「輸入者の知識(importer’s knowledge)」によって支えられるべきものと整理されています。

この「真偽確認」とは、税関が事後的に次の点を確認するプロセスを指します。

  1. その貨物が本当に協定上の原産品としての条件を満たしているか
  2. 原産地証明書類が真正か(改ざんや不整合がないか)
  3. 直送条件など、協定で定められた他の要件も満たしているか

新章Cは、この確認プロセスをどのように運用するかを、手続きとして明確にまとめた章です。

今回の更新で追加されたハイライト

DG TAXUDの発表によれば、今回の改訂ではEU加盟国と第三国の間でやり取りされる照会プロセスの詳細や、輸入者の知識に関する実務的な整理が扱われています。

加えて、改訂PEM(汎欧地中海)原産地規則や、最近発効したEU・チリ暫定貿易協定など、最新のルール変更を反映した点も強調されています。

真偽確認のタイミング:輸入時と輸入後の二段構え

ガイダンスでは、真偽確認の入口を「輸入申告時」と「輸入後」に分けて説明しています。輸入申告の受理段階でチェックが始まることもあれば、輸入許可のあとに税関が検証に入ることもあります。

また、検証対象の選び方は、疑わしい点がある場合の「合理的疑義」に基づくものだけでなく、定期的な「無作為抽出」もあり得ると整理されています。

企業側の視点では、原産地証明は提出して終わりではなく、後日の監査に耐えうる根拠資料を常に整備しておく必要があるということです。

新章Cの構造:照会の方向性は2つ

新章Cでは、照会がどの方向に流れるかによって手続きを区分しています。

区分照会の方向想定されるシーンの例
C.2第三国からEU加盟国へ日本などの輸出先国が、EU側が発行したEUR.1やREX登録番号の真偽をEU当局に確認する
C.3EU加盟国から第三国へEU税関が輸入された商品の原産性に疑義を持ち、日本の税関など輸出国の当局に確認を求める

どちらのケースでも、企業実務においては期限付きの照会対応が発生する可能性がある点が共通しています。

C.3 EU加盟国が第三国へ照会する際の実務上の注意

EU側が輸入申請を検証対象に選ぶ場合、EU税関はまず原産地証明を精査します。協定によっては、輸出国当局へ照会する前に、輸入者に対して追加情報の提出を求める場合があります。

特にEU・日本EPAなどを含む一部の類型では、輸出国当局への照会に進む前に、輸入者からの回答のみで検証を完了できる可能性がある点が重要です。

合理的疑義の例としては、証明書上のスタンプの相違、破損、判読困難といった「書類の外観品質」に関する論点も挙げられています。

輸入者の知識(importer’s knowledge)による検証ルート

輸入者の知識に基づいて特恵申請を行う場合、輸入国側の当局が輸入者に対して直接検証を行うと明示されています。つまり、輸出国の税関を通さず、輸入者が直接すべての責任を負うことになります。

この制度を利用するには、輸入者自身が原産性を立証できる証憑を保持し、一定期間保存しなければなりません。輸出者が作成したステートメントを単に流用するだけでは不十分であり、情報提供のあり方を事前に契約などで取り決めておくことが推奨されています。

明日からの実務で活用すべき対応チェックリスト

  • 根拠資料のファイル化製造工程、BOM(部品表)、原価計算書など、結論に至る根拠一式を後日の書類審査を前提に整備してください。
  • 証明書類の外観チェック判読性、記載漏れ、スタンプの鮮明さなど、形式的な不備が合理的疑義の入口にならないよう出荷前に点検します。
  • 直送条件の証憑管理経由地がある場合、非改変要件を満たすための証憑も原産地資料と一緒に保管しておきましょう。
  • 保存期間の徹底少なくとも3年以上の保存を基本とし、協定ごとの保存義務期間を再確認してください。
  • 社内導線の整備税関からの照会は回答期限が厳格です。担当窓口や、英語での説明資料の準備、承認ルートをあらかじめ決めておきます。

まとめ

今回のDG TAXUDガイダンス更新は、原産地証明の真偽確認プロセスを可視化し、企業が直面する否認リスクを具体的に示しました。

EUとの取引で関税優遇を活用するなら、証明書を発行して完結とするのではなく、後日の検証に耐えうる根拠と体制をセットで構築することが、実務上の最短ルートとなります。


米国「相互関税」制度 12月時点の運用確認ポイント


米国「相互関税」制度 12月時点の運用確認ポイント

通関現場でいま起きていることと、企業が外せない実務チェックリスト

2025年の米国通商政策は、「税率いくらか」という話よりも、「どの文書で、いつから、どの申告コードで動くのか」を最後まで追えるかどうかが勝負になっています。 とりわけ「相互関税」は、大統領令で枠組みが動き、HTSUS第99章の追加コードで実装されるため、社内の理解が追いつかないと、過払い・申告誤り・事後調査リスクが一気に顕在化します。 以下では、12月時点の制度の骨格を押さえたうえで、ビジネスパーソンが社内に指示しやすい「運用確認ポイント」を、通関と収益影響の観点から整理します。govdelivery+4


1. そもそも「相互関税」は何として動いているのか

米国の相互関税は、2025年4月2日の大統領令14257(番号は仮に付されており、実務上は後続の修正・補足も含めて読む必要があります)を起点に、国家緊急事態権限を根拠として関税を調整する枠組みとして整理されました。 具体的な税率は、HTSUS第99章の見出し(9903.02.xxなど)の追加コードで運用され、通常の1〜97章の分類に「上乗せ」または「置換」される形で適用されます。cassidylevy+2

その後、2025年7月31日の大統領令とそれを受けたCBPガイダンスにより、8月7日12時01分(米東部時間)から適用される国別の相互関税率と申告コードの運用が明確化されました。 関係文書では、国別税率が0%から15%(一部の国はそれより高率)までのレンジで設定され、表にない国には基準率(多くの実務解説は10%を想定)を適用する整理が示されています。dimerco+3

重要なのは、これは単なる「税率のニュース」ではなく、「申告実務の仕様変更」だということです。 輸入申告では、通常の品目分類(1〜97章)に加え、第99章の相応しいコードを正しく付番して初めて、意図した税率で課税されます。buckland+2


2. 12月時点の特徴は「合意で税率ロジックが変わる」こと

相互関税は、単純な「国別一律上乗せ」ではなく、交渉・合意の内容に応じて「合計税率の上限・下限」を設定するロジックへ置き換わるケースが増えています。 実務上は、対象国を「相互関税の計算ロジック別」に分類して整理することで、申告ミスを減らすことができます。geodis+2

代表例がEUです。EU原産品については、Column 1(一般税率)が15%以上の品目には追加相互関税を課さず、15%未満の品目については「一般税率+相互関税=15%」となるように調整する特則が、第99章見出し9903.02.19/9903.02.20として明記されています。govdelivery+2

日本についても、相互関税がMFN税率(Column 1)と連動し、15%を基準にロジックが分岐する仕組みが、CBPの通知・民間通関解説で一貫して示されています。 さらに12月時点では、韓国との「戦略的貿易・投資協定(Korea Strategic Trade and Investment Deal)」の関税要素が、連邦官報告示を通じてHTSUS改正として順次実装されています。westernoverseas+5


3. 企業が必ず押さえるべき運用確認ポイント

3-1. 適用関税の「足し算ルール」を誤解しない

初期のCBPガイダンスでは、ベースラインの関税と相互関税を一律に単純加算するのではなく、MFN税率と相互関税率の組み合わせ方が国・品目ごとに定義されていることが明確にされています。 EU・日本など一部の国では、「合計15%ルール」のように、最終税率のキャップ・フロアが決まっており、単純な「MFN+α」という理解では誤差が生じます。dimerco+3

このロジックを誤解すると、原価計算が体系的にずれ、営業見積・価格改定・顧客交渉など、収益関連の前提が崩れます。 ここは通関担当だけでなく、経理・営業とも共有すべきポイントです。geodis+1

3-2. 原産地の定義が「税率のスイッチ」になる

相互関税は国別税率で運用されるため、原産地判定がそのまま税率スイッチになります。 さらに、意図的・実質的な迂回輸出と認定された場合には、通常の相互関税とは別枠の追加関税(例:40%)が課され得るとするガイダンスも公表されており、CBPは迂回認定時に第99章コードを9903.02.01などの高率項目に切り替えて課税する運用を案内しています。jsconnor+2

したがって、サプライチェーンの上流段階から、原産地の根拠資料を「説明できる形」で整備することが不可欠です。 単なる原産地証明書の有無では不十分であり、製造工程・加工実態・トレーサビリティに基づいて、迂回と誤解されないストーリーを示せるかどうかが問われます。jsconnor+1

3-3. 第99章コードの付与ミスは「過払い」か「追徴」になる

EU向けの相互関税では、Column 1が15%以上か未満かによって、9903.02.19と9903.02.20のどちらを使用するかが分かれます。 ここを誤ると、不要な15%を多く払うか、逆に不足分が事後調査で追徴されるか、いずれかのリスクが生じます。buckland+3

日本品については、CBP通知と民間の通関実務解説によれば、Column 1が15%以上の場合は9903.02.72(追加0%)、15%未満の場合は9903.02.73(合計15%)を使用する整理が示されています。 併せて、Section 232対象品(鉄鋼・アルミ・銅、自動車・自動車部品など)は相互関税の対象から除外され、引き続き9903.01.33など従来のSection 232コードを使用するように指示されています。customscourt+4

3-4. 日付条件は「船積み」と「通関」の二段階で管理する

2025年7月31日の大統領令では、8月7日以前に最終輸送モードで積み込まれ、10月5日までに輸入申告が完了した貨物について、旧税率を適用できる経過措置が設けられました。whitehouse+1

この種の経過措置は、「船積み基準」と「輸入申告基準」という二つのタイミングをまたぐため、輸出側の船積み管理と輸入側の通関管理を分断すると漏れが生じます。 フォワーダー・ブローカー・輸入者の三者が、対象貨物リストを同じ定義・同じデータで共有することが必須です。fedex+1

3-5. 還付・ドローバックの余地を最初から織り込む

相互関税についても、一定条件のもとでドローバック(還付)が認められることが、初期のガイダンスや各種実務解説で明確にされています。 税率や対象国が頻繁に変わる局面では、過払いが起きやすく、後追いで回収できる権利を確保するために、輸入時点から証憑・データを適切に保存する設計が現実的です。 この領域は、財務・税務と通関担当が連携してルール化する必要があります。dimerco+1

3-6. 記録保存は「5年」を標準に、監査対応型で組む

複数の追加関税が並行して適用される中で、通関実務が不透明になりやすいこと、また将来の還付や事後調査に備えて通関書類の保存が重要であることは、各種実務レポートや日本語解説でも繰り返し指摘されています。 米国側の一般的な保存期間(5年)を前提に、監査対応型のファイル体系を組むことが望ましいとされています。geodis

ここでいう書類は、インボイスやB/Lだけでは不十分で、第99章コード選定の根拠、原産地判定メモ、分類根拠、社内決裁ログなどを含めた「説明パッケージ」を整えることがポイントです。buckland+1

3-7. 係争リスクを踏まえ、権利保全の姿勢を決める

IEEPA権限を用いて広範な相互関税を課すこと自体が、憲法・通商法の観点から争点となっている訴訟も係属しており、控訴審を経て最高裁に持ち込まれる可能性が示唆されています。 無効判断が出た場合でも、その効力の遡及範囲や差止の射程が争点となり得るため、企業としては「過払いの可能性」と「どの手続で権利を保全するか」をあらかじめ決めておくことが現実的です。cassidylevy+1


4. 12月時点の社内向けチェックリスト

  • 対象国ごとに、相互関税のロジック(単純上乗せ型/合計15%型など)を分類し、一覧表にする。govdelivery+1
  • 品目分類(1〜97章)と第99章コードの組み合わせルールを社内で文書化し、ブローカー任せにしない。jsconnor+1
  • Section 232対象の有無を確認し、相互関税から除外される場合の申告コード(例:9903.01.33)の運用を明確化する。jsconnor+2
  • 原産地根拠をサプライチェーン上流まで遡って整備し、迂回輸出認定による高率追加関税リスク(例:40%)を抑え込む。govdelivery+1
  • 経過措置など日付条件の対象貨物を抽出し、船積み・通関の両方のプロセスで共通管理する。whitehouse+1
  • ドローバックや還付の可能性を見越して、関係書類・データを輸入時から体系的に回収する。dimerco+1
  • 書類保存を5年基準で統一し、監査・還付・係争のいずれにも対応できるファイル構成とする。geodis
  • 連邦官報、ホワイトハウス発表、CBP通達(CSMSやGovDelivery)を定点監視し、変更を社内手順・マスターデータに即時反映する体制を作る。federalregister+2

まとめ

米国の相互関税は、税率そのものよりも、第99章コード運用と、合意に伴うロジック変更、さらに日付条件と原産地の説明責任が実務の主戦場になっています。 12月時点では、「制度は常に動くもの」として前提を置き直し、過払いと追徴の双方を抑え込む社内統制に落とし込めるかどうかが、企業のコストとリスクを分ける状況にあります。cassidylevy+3

注:本稿は一般情報であり、個別案件に対する法的助言ではありません。具体的な申告・還付・不服申立てについては、通関業者や米国通商・関税の専門家と連携して判断してください。geodis

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米国史上最大の通関詐欺和解:Ceratizit社に5400万ドル罰金


米国史上最大級と報じられた通関詐欺和解とは何か

Ceratizit社 5400万ドル決着が示す通関コンプライアンスの新常識
なぜこのニュースがビジネスに効くのか

2025年12月、米司法省は、タングステンカーバイド製品の米国内ディストリビューターであるCeratizit USA LLC(ノースカロライナ州シャーロット)が、未払い関税等をめぐる虚偽請求取締法(False Claims Act)に基づく民事案件について、5,440万ドルの支払いに合意したと発表しました。 これは、False Claims Actに基づく関税関連案件としては過去最大級の和解額と報じられており、通関分野における民事責任リスクの水準を象徴する事案です。 論点は、中国原産品に対するSection 301追加関税の回避、誤ったHSコード申告、原産地表示義務違反という、通関実務の中核そのものであり、申告の「結果責任」が改めて可視化されたといえます。finance.yahoo+2


事案の全体像

司法省および和解契約書によると、問題とされたのは主に次の3点です。grcreport+2

  1. 原産地の虚偽申告
    中国で製造されたタングステンカーバイド製品が台湾を経由して米国に輸入される過程で、原産地を台湾と申告し、中国原産品に課されるSection 301関税の支払いを免れたとされています。 対象期間は2020年8月から2024年3月までとされており、この間、中国製品を台湾原産と表示して輸入したとのアレゲーションが示されています。wttlonline+2
  2. HSコードの誤申告による関税低減
    和解契約書によれば、本来は工具用タングステンカーバイド製品(TCPs)をHTSコード8209.00.00(一般税率約4.6%)で申告すべきところ、HTSコード8311.90.00(一般税率Free)として申告したとされています。 対象期間は2015年6月頃から2024年3月までとされており、約9年にわたり関税率の低いコードへの誤分類が継続したと主張されています。hts.usitc+3
  3. 原産地表示義務違反とマーキングデューティ
    一部貨物について、原産地表示(country-of-origin marking)を欠いたまま米国内に供給し、本来支払うべきマーキングデューティを支払っていないとのアレゲーションが含まれています。 対象期間は2019年5月から2024年3月とされ、原産地ラベリングと追加関税負担の双方が問題化しました。justice+1

経緯を時系列で整理

  • 2015年6月頃から
    HSコードの誤申告による関税低減が始まったとされています(タングステンカーバイド製品を8311.90.00として申告)。justice+1
  • 2019年5月頃から
    原産地表示を欠いた貨物の輸入とマーキングデューティ不払いが問題になった期間とされています。grcreport+1
  • 2020年8月〜2024年3月
    中国製品を台湾原産として申告し、Section 301追加関税を回避したとされる期間です。wttlonline+1
  • 2022年10月
    内部通報者(リレイター)がFalse Claims Actのqui tam条項に基づく民事訴訟を提起したことが、和解契約書で示されています。finance.yahoo+2
  • 2025年12月
    司法省が和解を公表しました。支払総額は5,440万ドルであり、このうち内部通報者には約975万ドルの報奨金が支払われると報じられています。justice+2

なお、司法省は2025年8月に省庁横断の「Trade Fraud Task Force」を立ち上げ、関税逃れを含む貿易不正の摘発強化を明言しており、本件はその流れの中で象徴的な大型案件と位置付けられています。mdm+2


和解条件のポイント

和解契約書によれば、Ceratizitは総額5,440万ドルを支払うことに合意しており、そのうち約2,720万ドルはレストリビューション(政府の損失回復に充てられる性格)として位置付けられ、残額は民事制裁金等として扱われます。 また、支払額には一定の利息条件が付されている点も明記されています。justice+1

一方で、和解はCeratizitによる違法行為を認めるものではなく、司法省が主張する内容はあくまでアレゲーションであり、裁判による確定的な違法認定が行われたわけではない点も明確にされています。news.bloomberglaw+1


日本企業の実務に置き換えると、どこが危ないか

この案件が突き付けるリスクは、米国向け輸出企業だけでなく、米国に輸入者・販売子会社・ディストリビューターを持つ企業全般に直接響くものです。grcreport+1

  • 原産地は輸送経路ではなく実質で決まる
    第三国経由の物流自体は違法ではないものの、原産地の判断は実質的な製造国や実質的変更の有無で行われます。 経由国を形式的に原産地として申告する運用は、Section 301関税のような追加関税が絡む場面では最も危険な「地雷」となります。customsmobile+3
  • HSコードは価格ではなくルールで決まる
    税率がFreeのコードに「寄せたくなる」誘惑は常にありますが、分類は技術仕様と品目定義・通則に基づき決定されます。 本件のように長期間にわたり誤分類が継続すると、過少納付関税が累積し、一気に巨額の追徴・和解額に跳ね上がる可能性があります。usitc+4
  • 原産地表示は後回しにすると高くつく
    原産地表示義務の欠落は、単なるラベルミスにとどまらず、マーキングデューティという追加負担や、在庫隔離・リワークコストに連鎖し得ます。 製品本体・包装・同梱書類を含めた一貫した表示設計と、その監査プロセスの構築が不可欠です。justice+1
  • 内部通報が巨額回収の入口になる
    本件は内部通報者がqui tam訴訟を提起し、その結果として政府が介入し、回収額の一部が通報者報奨金として支払われる典型パターンです。 通関・関税領域でも、内部通報が現実の経営リスクとなっていることを示す象徴的な事案といえます。finance.yahoo+2

すぐに着手できる再発防止のチェックポイント

ビジネスマン向けに、優先度の高いポイントを整理すると、以下のとおりです。mdm+1

  • 原産地判定の根拠を、製造工程ベース(部材構成・加工内容・実質的変更)で文書化する。
  • 第三国経由取引について、物流スキームと通関申告上の原産地ロジックが整合しているかを定期的に検証する。
  • HSコードは、誰が・どの根拠で決定し、いつ見直すか(図面・仕様変更時など)を明文化し、監査可能なプロセスとする。
  • 原産地表示(本体・包装・ラベル・取扱説明書)の設計レビューを出荷前工程に組み込み、マーキングデューティ発生リスクを事前に抑制する。
  • 米国子会社や通関業者に丸投げせず、輸出者側でもインボイス・仕様書・バインディングルーリング等の証跡を一元管理し、自ら検証できる体制を整える。

まとめ

Ceratizit社の5,440万ドル和解は、関税逃れが疑われた論点が「原産地」「HSコード」「表示義務」という通関コンプライアンスの基本要素に集中していた点で、どの業界にも高い再現性を持つ事案です。 米国当局はTrade Fraud Task Forceの創設などを通じて貿易不正の取り締まり強化を明言しており、通関コンプライアンスはコスト削減のためのオプションではなく、事業継続の基盤として再設計すべき局面に入っています。mdm+2

  1. https://www.justice.gov/opa/pr/ceratizit-usa-llc-agrees-pay-544m-settle-false-claims-act-allegations-relating-evaded-0
  2. https://finance.yahoo.com/news/record-breaking-settlement-ceratizit-usa-214600318.html
  3. https://www.grcreport.com/post/ceratizit-to-pay-54-4-million-to-settle-allegations-of-evaded-customs-duties
  4. https://www.justice.gov/opa/media/1421296/dl
  5. https://www.wttlonline.com/stories/austrian-firm-settles-duty-evasion-case-for-544-million,14607
  6. https://hts.usitc.gov/search?query=8209000060
  7. https://rulings.cbp.gov/ruling/n343124
  8. https://www.mdm.com/news/legal-regulatory-issues-in-wholesale-distribution/cohort-legal/doj-settles-with-2-u-s-distributors-over-tariff-evasion-goods-smuggling/
  9. https://news.bloomberglaw.com/litigation/ceratizit-to-pay-54-4-million-in-fca-customs-duties-doj-deal
  10. https://www.customsmobile.com/rulings/docview?doc_id=NY+N238531&highlight=NY+N238531
  11. https://ustr.gov/sites/default/files/enforcement/301Investigations/Tariff%20List%20(83%20FR%2047974,%20as%20amended%20and%20modified%20by%2083%20FR%2049153).pdf
  12. https://www.usitc.gov/publications/docs/tata/hts/bychapter/1000c82.pdf
  13. https://hts.usitc.gov/reststop/file?release=currentRelease&filename=Chapter+82
  14. https://www.mlex.com/mlex/trade/articles/2424344/us-settles-with-north-carolina-firm-accused-of-evading-duties-on-chinese-tungsten
  15. https://www.mofa.go.jp/files/100096004.pdf
  16. https://www.freightamigo.com/en/blog/hs-code/hs-code-for-tungsten-carbide/
  17. https://hoodline.com/2025/12/charlotte-based-ceratizit-usa-settles-for-54-4m-in-customs-duty-evasion-allegations-under-false-claims-act/
  18. https://hts.usitc.gov/search?query=8311900000
  19. https://hts.usitc.gov/search?query=9903.01.25
  20. https://www.usitc.gov/tata/hts/archive/0000/000c82.pdf

米国の相互関税・関連301動向

本日の週次アップデートです。過去72時間の一次ソースだけで「米国の相互関税・関連301動向」を要点整理しました。

発表日発効日施策/対象対象HS/HTS公式URL
2025-12-102026-01-01開始(段階適用:2027-01-01=10%、2028-01-01=15%)セクション301:ニカラグア由来(CAFTA-DR非原産)に段階的追加関税。既存の相互関税18%等と累積可HS個別指定なし(原則「ニカラグア産すべて」うちCAFTA-DR原産除外)USTR発表。(United States Trade Representative)
2025-12-12 公示追って実施通知(FR告示参照)上記301実施のFederal Register告示(段階適用の実装手続)同上USTR/FR告知(要旨)。(C.H. Robinson)
2025-11-262026-11-10まで延長対中301「除外」178件の延長(産業・医療品等)該当HTSは除外リスト明細参照USTR発表/報道。(United States Trade Representative)
2025-04-05/09(参考)運用中IEEPAに基づく「相互関税」9903.01.34のCBP実務:米国起源価額20%以上は米国分を非課税計算。申告行分割の要件HTS 9903.01.34(相互関税)CBPガイダンスFAQ。(U.S. Customs and Border Protection)

補足メモ

  • ニカラグア措置は「CAFTA-DR非原産」のみ追加関税対象。CAFTA-DR原産は新設関税の適用外だが、相互関税18%(IEEPA)やMFNが別途乗る点に留意。サプライチェーン設計では、原産地判定と相互関税の“積み上げ”を前提にシミュレーションが必要です。(United States Trade Representative)
  • 申告実務では、相互関税の課税ベースは「米国起源価額を除く非米国分」。エントリーを米国分と非米国分で2行に分けるCBP運用が明示。(U.S. Customs and Border Protection)

日・バングラデシュEPA大筋合意が示す「次の一手」関税だけではない、投資・デジタル・政府調達まで含む新ルールをどう使うか

2025年12月22日、日本政府はバングラデシュとの経済連携協定(EPA)が大筋合意に至ったことを公表しました。外務大臣とバングラデシュ暫定政権の商業顧問との電話会談で合意を確認し、今後は署名に向けて協力していくとしています。(Ministry of Foreign Affairs Japan)
経済産業省も、2024年3月に交渉開始を決定し、2025年12月22日に大筋合意に至ったことを整理しています。条文などの詳細は後日公表予定です。(Ministry of Economy, Trade and Industry)

ビジネスの現場で重要なのは、これが「関税が下がるニュース」にとどまらない点です。公式の概要資料を見ると、物品の関税だけでなく、投資、電子商取引、政府調達、知的財産、国有企業、補助金、競争、労働、透明性など、企業活動の前提となるルールが一体で整備される設計です。
以下では、特に企業の売上とコストに直結する論点に絞って深掘りします。

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1 まず押さえるべき結論
今回のEPAは、日本企業にとって「バングラデシュ市場で勝つための価格条件」と「現地で動くための制度条件」を同時に取りにいった合意

EPAは一般に、関税撤廃だけでなく、投資や人の移動、知財、競争政策などを含む幅広い枠組みです。外務省もEPAとFTAの違いとして、EPAがより広い分野のルールと協力要素を含むことを明示しています。(Ministry of Foreign Affairs Japan)
今回の合意もまさにその設計で、現地で商売を作る人ほど効いてきます。

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2 物品市場アクセスのインパクト
鉄鋼、機械、自動車部品、食品の「価格競争力」が中長期で変わる

公式概要資料には、バングラデシュ側の高関税品で関税撤廃が進むと明記されています。特に象徴的なのが鉄鋼です。

・鉄鋼は最大56.6%の関税があり、約9割の品目で18年以内に撤廃
・自動車部品はタイヤやエンジンなど、多くの品目で15年以内に撤廃
・乗用車(完成車)は、将来にわたり他国に劣後しない特恵待遇を確保

ここでのポイントは「即時ゼロ」ではなく「段階的」であることです。とはいえ、最大56.6%という水準が示す通り、関税は価格に直撃します。例えば、同じ製品・同じ物流コストでも、関税の扱いが変われば、見積りの勝率が変わる。特に、インフラ、建設、製造業向けの素材・部材・設備は、導入のたびに比較されるため、数%の差が意思決定を左右します。

もう一つ見逃せないのが、日本側の輸出重点品目です。日本側は、国内の重要品目は守りつつ、輸出攻勢をかける品目で関税撤廃を取りにいっています。

・コメなど重要5品目を含む多くの品目を関税削減・撤廃から除外
・一方で、和牛肉、ぶり、たい、ほたて、りんご、ぶどう、緑茶、醤油などを中心に、即時から18年以内の関税撤廃を獲得

食品メーカーや商社にとっては、単なる嗜好品ではなく、外食・ホテル・小売の上位セグメントを押さえる入口になります。現地の中間層拡大と、日系企業が関与するインフラ投資の増加が重なると、食の需要は連動して伸びやすいからです。

さらに全体像として、物品市場アクセスのカバレッジも大きい。

・バングラデシュは、日本からの輸入額の約83%を無税に
・日本は、バングラデシュからの輸入額の約91%を無税に

ここは、営業部門だけでなく、調達・経理・SCM部門にも重要です。無税化の対象かどうかで、製品別の損益が変わり、ひいては供給網の組み替え判断が変わるためです。

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3 対日調達の論点
アパレルの「関税ゼロの継続」が、調達戦略の安定材になる

日本の輸入側から見たとき、バングラデシュは繊維衣料の比重が極めて大きい取引相手です。公式資料では、バングラデシュから日本への輸入の84%が繊維衣料、9%が皮革・履物という構造が示されています。

この文脈で重要なのが、バングラデシュのLDC卒業です。LDC卒業後は、これまでの特恵関税(原則無税)を前提にしたビジネスモデルが揺らぐ可能性があります。ジェトロは、国連総会決議に基づきバングラデシュが2026年11月にLDC卒業予定であること、卒業により特別特恵関税の適用がなくなる点を整理しています。(JETRO)
外務省のLDC解説ページでも、バングラデシュは2026年に卒業予定と明記されています。(Ministry of Foreign Affairs Japan)
国連機関(UNCTAD)も、国連総会が2026年の卒業を推奨したことを示しています。(UN Trade and Development (UNCTAD))

今回のEPA概要資料では、日本市場へのアクセスとして「繊維製品への関税は即時撤廃(現行はLDC特恵で無税)」と書かれています。要するに、現状のゼロ関税を制度的に固定する狙いが読み取れます。

調達担当者の観点では、ここが最大の安心材料です。チャイナプラスワンや供給網分散を進める企業にとって、関税条件が読めることは、工場選定や長期契約の前提になります。関税が読めなければ、最終的に価格転嫁できず、サプライヤー再編の手間が増えるからです。

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4 関税以上に効く「ルール整備」
投資、電子商取引、政府調達、透明性が、現地のやりにくさを減らす方向

今回の概要資料が示すもう一つの柱がルールです。物品の関税だけでは、実務は動きません。通関、契約執行、政府案件、デジタル取引、ガバナンスなど、日々の摩擦がコストになるからです。

資料では、投資、電子商取引、政府調達、知的財産、国有企業、補助金、競争、労働を含む幅広い分野でルールを整備するとしたうえで、例として次のような項目が挙げられています。

・政府調達の市場アクセスを相互に約束
・電子商取引で、ソースコードの移転およびアクセス要求の禁止を規律
・透明性、税関手続・貿易円滑化などで汚職・腐敗防止に関する規律
・労働、透明性、国有企業などは独立の章で規律

これらは、設備産業、IT、プラント、物流、商社など、現地の制度と付き合う企業ほど効果が大きい領域です。特に政府調達は、インフラ関連や公共サービス関連のビジネスに直結します。デジタル領域では、ソースコードの扱いが明文化されるだけでも、システム提供やSaaS展開の心理的ハードルが下がります。

加えて、サービス分野の自由化も明確です。

・バングラデシュは、WTO分類に基づく約150のサービス分野のうち約100分野で自由化を約束
・従来は16分野のみ約束だった

対象として、コンピュータ関連サービス、建設・エンジニアリング、運送サービスなどが例示されています。
この部分は、製造業だけでなく、ITベンダー、建設、物流、専門サービスの企業にとってもチャンスです。

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5 企業が今からやるべきこと
発効前から勝負は始まっている。準備の差が、最初の案件の差になる

大筋合意はゴールではなく、実務のスタート地点です。条文や附属書(関税率表、原産地規則、サービスの約束表など)の公表はこれからで、署名と国内手続きを経て発効に至ります。経産省も条文等は後日公表予定としています。(Ministry of Economy, Trade and Industry)
したがって、現時点でおすすめできる動きは、交渉結果の確定を待つのではなく、確定した時に最短距離で動ける状態を作ることです。

実務向けチェックリスト(最小構成)

1 自社の対象品目を特定する
輸出入ともに、HSコードで棚卸しをして、関税撤廃の対象か、段階が何年なのかを確認できる形にしておく。

2 価格式を関税前提から組み替える
関税が下がるほど、競合は値下げしてきます。自社だけが据え置くと利益は出るが案件が取れない、という状態になりがちです。いつ、どの市場で、どの製品を攻めるかの優先順位を先に決める。

3 原産地規則と証明の運用を前倒しで設計する
特恵を使うには、原産性の証明と書類運用が必須です。調達先が複数国にまたがる企業ほど、調達設計の段階で詰めないと、現場が回りません。

4 現地パートナーと政府案件の目線合わせをしておく
政府調達やインフラ関連を狙う場合、現地企業とのコンソーシアム、施工体制、アフターサービスまで含めて、EPA発効後の提案型営業を想定しておく。

5 調達側は長期契約の前提条件を見直す
バングラデシュからの調達を増やすなら、関税だけでなく、納期、監査、労務・人権、トレーサビリティなどの要件も同時に強化される前提で設計する。EPAには労働分野の章が独立して設けられる方向性が示されています。

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6 まとめ
このEPAは、バングラデシュを「コスト調達先」から「成長市場」へ引き上げる土台になり得る

今回の大筋合意は、鉄鋼や自動車部品など、バングラデシュの高関税領域での関税撤廃を中長期で取りにいく一方、日本からの重点輸出品目(和牛、水産物、果物、緑茶、醤油など)を押し込む内容が見えます。
同時に、投資、電子商取引、政府調達、透明性などのルール整備によって、現地での事業運営コストを下げる方向性が示されています。

そしてLDC卒業が見えているバングラデシュにとって、対日輸出の制度条件を確保する意味も大きい。日本側にとっては、調達の安定化と、グローバルサウスでの市場開拓を同時に進める材料になります。(JETRO)

条文と附属書が公表される瞬間から、実務の競争が始まります。関税率表を見てから動くのではなく、見た瞬間に動ける体制を作っておく。これが、今回のニュースを事業成長に変える最短ルートです。

参考情報
1 外務省:日・バングラデシュ経済連携協定の大筋合意(報道発表)(Ministry of Foreign Affairs Japan)
2 外務省:日・バングラデシュEPA概要資料(大筋合意の概要)
3 経済産業省:日・バングラデシュ経済連携協定(EPA)(Ministry of Economy, Trade and Industry)
4 ジェトロ:バングラデシュのLDC卒業予定とEPA交渉状況(JETRO)
5 UNCTAD:国連総会が2026年の卒業を推奨した旨の整理(UN Trade and Development (UNCTAD))

AANZFTA改訂をビジネスで使い切るネガティブリスト導入と原産地規則アップデートの実務ポイント

第1章 AANZFTAアップグレードの全体像

AANZFTA第2議定書(Upgrade)は、2023年8月に署名され、2025年4月21日に効力を発生しました。cil.nus
もっとも、「全締約国一斉」ではなく、批准を終えた国同士の取引から順次新ルールが適用されるため、旧ルールとの二重運用期間がしばらく続きます。dfat+1

現時点で、豪州、ニュージーランド、ブルネイ、ラオス、マレーシア、シンガポール、ベトナムなどでアップグレード発効済みと整理されており、タイなどは指定日から順次加わる形です。businesschamberqld+1
さらに、累積等の一部規定については、国ごとに適用除外や遅行適用が通知されているため、「国名だけ」で判断せず、実際の取引相手同士で第二議定書が発効しているか、関連条文がフル適用かどうかまで確認する必要があります。customs+1

日本はAANZFTAの当事国ではありませんが、ASEAN・豪州・NZに拠点を持ち、現地法人から域内輸出・サービス提供・投資を行う日系企業にとって、今回のアップグレードはコストとリスクに直結します。mfat+1
本社側の投資判断やサプライチェーン設計でも、「どの組み合わせに新ルールが乗るか」を押さえているかどうかで、意思決定の質に差が出ます。mfat

第2章 ネガティブリスト導入をどうビジネスで使うか

1 ネガティブリスト化の中身

サービス貿易の約束方法には、大きくポジティブリストとネガティブリストの二つがあります。oia.pmc+1

  • ポジティブリスト方式
    開放する分野だけを列挙するため、「書いていない分野」は読み替え・行政解釈に依存しやすく、外資から見ると不透明さが残りがちです。regulation
  • ネガティブリスト方式
    原則として全分野を開放したうえで、例外的に残す制限を「留保」としてリスト化する方式で、どの規制が残るかを一覧で把握しやすくなります。aph+1

アップグレードAANZFTAでは、サービス分野の市場アクセスについてネガティブリスト方式を導入し、従来ポジティブリストだった当事国はネガティブリストへ移行することが義務付けられています。oia.pmc+1
投資分野についても、全ての当事国がネガティブリストでコミットメントをスケジュールする形に整理され、方式の統一と透明性の向上が意図されています。oia.pmc+1

さらに、アップグレード協定には、将来の一方的な自由化を一定範囲で固定化するラチェットメカニズムや、MFN条項の強化・整合など、サービス・投資の制度アーキテクチャを近年のメガFTA水準に近づける要素が組み込まれています。mfat+1

2 ビジネス側から見たネガティブリストの価値

ネガティブリストの最大の価値は、「どこまで自由化されるか」よりも、「どこに制限が残るか」が具体的に見えることです。aph+1
進出形態や案件ごとの採算検証で、次のような問いに対して、条文・留保ベースで答えを出せるようになります。

  • 業種・サブセクターごとに、外資規制・出資比率制限・合弁義務が残るかどうか
  • 支店設置か現地法人か、少数持分か完全子会社かなど、参入形態ごとの規制の違い
  • 役員・幹部の国籍・居住要件、プロフェッショナル資格要件といった人材面のハードル
  • ライセンス・認可・登録などの事前規制がどの程度残っているか

ASEANは同じASEANといっても、各国で規制の癖・行政運用が大きく異なります。aanzfta.asean+1
ネガティブリストは、現調チームや法務だけでなく、事業部・投資審査会議が「国・業種・形態」の組み合わせごとにリスクを瞬時に比較できるようにすることで、新規案件のGo/No-go判断をスピードアップさせます。aph+1

3 ラチェット条項の現実的な使い方

アップグレードでは、選択されたセクターについて、将来の一方的な規制緩和を固定化するラチェットメカニズムが導入されました。oia.pmc+1
これは、ある国がサービス・投資規制を自主的に緩めた場合、原則としてその緩和水準を協定コミットメントとしてロックインし、後戻りしにくくする枠組みです。oia.pmc

ただし、ラチェットは万能ではありません。対象分野・対象措置は留保のつくり方に左右され、あらゆる規制緩和が自動的にロックインされるわけではありません。mfat
経営サイドにありがちな「ネガティブリスト+ラチェット=全面的な自由化加速」という期待は危険で、実務としては次が現実的な対応になります。

  • 留保表を読み、ラチェットがかかる領域と、なお裁量的規制余地が残る領域を切り分ける
  • 各国で実際に規制が変わった際に、即座にビジネスモデル・価格設定・出資構造へ反映できるインテリジェンス体制を用意する
  • M&AやJV、長期サービス契約では、「規制変更時の価格調整・再協議・解除」条項を入れておき、ラチェットを見越したオプションを契約レベルで確保する

これにより、規制緩和が起きたタイミングで、競合より早く参入モデルや出資比率を引き上げることができ、ラチェットを「攻めの要素」として活用できます。aph+1

第3章 原産地規則アップデートの核心

1 アップグレード原産地規則の全体像

原産地規則は、AANZFTAの関税メリットを取るかどうかを決める「収益スイッチ」であり、アップグレードではこのスイッチの構造自体がアップデートされています。dfat+1
ニュージーランドのナショナルインタレスト分析などによれば、原産地規則章には新規条文・改正条文が多数追加され、品目別原産地規則(PSR)は数百件規模で見直されています。mfat

ABFのカスタムズノーティスによると、2024年3月1日からAANZFTAのPSRはHS2022の品目分類に基づく新バージョンが導入されており、これはFTA合同委員会が2023年5月にHS2022のPSR付属書を承認したことを受けたものです。abf
同時に、累積、直送・経由規定、原産地証明の方法、輸入後の還付請求手続きなど、運用面の改善もパッケージで導入されています。miti+1

実務的に効くポイントは、おおよそ次の五点に整理できます。

  • 完全累積の導入・拡張により、域内各国を組み合わせたサプライチェーン設計がしやすくなること
  • 直送・経由に関する規定・証憑要件が明確化され、ハブ経由輸送の不確実性が減ること
  • 証明書ベース一択から、自己証明・電子原産地証明など複数の証明方法が併存すること
  • 輸入後の原産確認に基づく還付請求が可能になり、ポストクリアランスでメリットを取り返しやすくなること
  • PSRがHS2022に整合し、HS変更に伴う「分類のズレ」やPSR適用ミスを減らす設計になっていること

2 完全累積が変えるサプライチェーン設計

累積とは、協定域内で行われた加工や使用された原材料を「一つの原産性判断」の中に足し込める仕組みで、原産品として扱える範囲を広げる道具です。miti+1
AANZFTAアップグレードでは、域内各国の材料・加工・付加価値を広く累積できる完全累積に近い形が導入され、どの累積条項を適用するかは当事国ごとの参加状況・留保によって左右されます。mfat+1

例えば、部材をマレーシアで調達し、ベトナムで主要加工を行い、シンガポール拠点を経由して豪州へ輸出するような分業型サプライチェーンでは、累積を正しく使えば原産地判定が格段に取りやすくなります。miti
一方で、どの国間で第二議定書が発効しているか、累積条項がその組み合わせに適用されるかを誤解すると、「原産性を満たしているつもりで証明書を出したが、実際には要件未達だった」という事故が起き得ます。mfat+1

ここは、社内で次のような整備をしておくと事故率が大きく下がります。

  • 主要取引国の組み合わせごとに、「第二議定書発効状況」と「累積条項の適用可否」を図示したマトリクスを作る
  • 累積前提で組んだBOM・原価計算に、国別の参加状況が変わった場合のアラートを組み込む
  • 調達・SCM・通関チームで同じ累積の前提を共有し、バラバラの解釈で証明・申告をしないようにする

3 直送要件の実務的なクリアの仕方

原産地規則でトラブルになりやすいのが、第三国経由時の「直送要件」の解釈です。mfat
アップグレードでは、直送・経由・積み替えに関する規定・証憑要件が明確化され、保税倉庫での限定的な作業など、許容される範囲を明記する方向で整理されています。abf+1

実務では、次のような対策が効果的です。

  • よく使う物流ルートごとに、直送要件を満たすために必要な書類(B/L、倉庫証明、インボイス、在庫管理記録など)を標準セットとして定義しておく
  • フォワーダー・3PLとの契約・SOPに、「原産性維持に必要な書類・情報の取得」を明示的に組み込み、単なる輸送委託で終わらせない
  • 保税区域で行う可能性のある作業(検品、ラベリング、再梱包など)を棚卸しして、どこまでが「許容される加工」かを規定と突き合わせ、作業指示書に落とし込む

こうしておくと、ハブ港変更や緊急の振替輸送が発生しても、原産性が崩れない範囲で運用でき、後から「直送要件を満たしていない」と否認されるリスクを抑えられます。abf+1

4 証明方法のアップデートとコンプライアンス

豪州政府の案内によれば、アップグレード後も従来型の原産地証明書は維持されつつ、自社による原産地自己申告や電子的な原産地証明の利用余地が拡大します。abf+1
また、第三者インボイスが用いられる場合の取り扱いについても、「合理的な範囲の情報提供」で足りるとするなど、書類作成の摩擦を下げる方向性が示されています。dfat+1

自己証明は、発行コストやリードタイムを削減できる一方、誤りがあった際の責任が企業側に直接跳ね返りやすいという特徴があります。mfat
したがって、営業現場が「楽だから全部自己証明に切り替える」と走るのではなく、次のような線引きが現実的です。

  • 自己証明を使う品目と、引き続き第三者発行の証明書を使う品目を分ける
  • 自己証明を行う品目については、BOM・原価計算・原産性ロジックを内部監査可能な形で固定し、改ざん防止・変更管理のルールを整える
  • 輸入側で税関事後調査が入った場合を見据え、原産性判断の根拠書類を一定期間保管するレコードキーピングルールを更新する

これにより、「関税メリットは取れたが、後から否認されて追徴とペナルティ」という最悪のパターンを避けながら、証明コストの削減を利益に変えられます。abf+1

5 PSRとHS2022:分類ミスをどう防ぐか

ABFの通達によれば、AANZFTAのPSRは2024年3月1日以降、HS2022に基づくコードに再構成されており、一定期間は旧HS2017表記の原産地証明も受け入れる経過措置が設けられています。ftalliance+1
ASEAN側の告知でも、AANZFTAのPSRをHS2022で検索できるオンラインツールが提供されており、実務者はHS2022コードから直接PSRを引けるようになっています。aanzfta.asean+1

落とし穴は、HSの移行が「単なるコードの言い換え」ではない点です。abf

  • サブヘディングの分割・統合により、適用されるPSRそのものが変わる
  • 旧HSベースの証明書と、新HSベースの輸入申告のコードが整合しない
  • 社内システム・BOMが旧HS前提のまま残り、原産性判定ロジックが実態とズレる

これを避けるためには、「全品目一斉」ではなく、収益インパクトの大きい順に重点的に対応するのが現実的です。

  • 主力輸出入品目から順にHS2022への再分類を行い、それに応じてPSRを引き直す
  • コード変更があった品目は、原産性判定を再実行し、必要なら原材料構成や生産プロセスを見直す
  • サプライヤーに対して、HS表記の統一と、HS2022ベースの原産地証明・自己申告フォーマットへの移行を要請する

こうした「上から順に潰す」やり方であれば、リソースを極端に増やさずに通関トラブルを抑えつつ、PSRの更新を利益に結び付けられます。aanzfta.asean+1

第4章 経営と現場が今すぐやるべきチェック

ここからは、「明日から何をするか」という観点で、サービス・投資とモノ(原産地・通関)に分けて整理します。

A サービス・投資(ネガティブリスト側)

  • 自社の提供サービスを棚卸しし、まず売上比重の高い分野について、相手国の留保表を読みにいく
  • 進出形態(支店・現法・JV・フランチャイズ・委託)ごとに、出資規制・人の移動規制・ライセンス要件を分解して把握する
  • 規制変更があった場合、ラチェットが効く領域かどうかを法務・経営企画が判定できる体制を整え、事業部に通知するフローを決める
  • 長期契約には、規制変更時の再協議・価格調整・解除に関する条項を標準化し、投資先国ごとのリスクプロファイルに応じて微修正する

ネガティブリストは、「読めば武器、読まなければ何も起きない」ツールです。aanzfta.asean+1
結局のところ、留保表を読める体制と、読んだ内容を案件に落とし込む運用があるかどうかが、競争力の差になります。mfat

B モノ・サプライチェーン(原産地側)

  • 主力品目からHS2022整合を進め、PSRを再確認する(ABFノーティス・各国通達・PSR Finderをセットで参照)aanzfta.asean+1
  • 累積の適用関係を、主要取引国の組み合わせごとに図示し、営業・SCM・通関が共通の前提で動けるようにするmiti
  • 物流ルートごとに、直送要件を満たす証憑セット(B/L、倉庫証明、在庫記録など)を標準化し、フォワーダーとの契約に組み込むabf
  • 自己証明を導入する場合、BOM・原価計算・証憑保管ルールを先に整え、対象品目を限定しながら段階的に広げるmfat
  • 未批准国が絡む取引については、旧AANZFTAルールまたは他FTA(RCEPなど)運用が残る前提で手順を二重化し、「どの契約にどのルールを使うか」を明示するdfat+1

特に最後の「二重運用」は、2025年以降しばらく現場負荷の中心になり得ます。customs+1
国内システムや業務マニュアルで「AANZFTA=一つのルール」という前提が残ったままだと、誤適用や見落としが起きやすいため、「相手国別に旧・新ルールを自動判別するフラグ」を持たせるなど、設計レベルの見直しが有効です。

第5章 よくある誤解と失敗パターン

  • 誤解1 発効したから全締約国で新ルールが一斉適用される
    実際には、批准を完了した国同士の取引で順次適用され、未批准国が絡む取引では旧ルールが残ります。customs+1
  • 誤解2 ネガティブリスト化=即座に全分野が自由化
    ネガティブリストは制限を見える化する仕組みであり、自由化の範囲は留保次第です。ラチェットも対象分野に限られ、万能ではありません。oia.pmc+1
  • 誤解3 HS更新はコード表示を変えるだけ
    実際にはPSRの内容や適用関係、社内システムの判定ロジックまで波及し、経過措置期間中は旧HSと新HSが混在するため、整合設計をしないと通関トラブルの温床になります。miti+1

まとめと実務メッセージ

AANZFTAアップグレードは、サービス・投資ではネガティブリストとラチェットにより透明性と将来の自由化期待を高め、モノでは累積・直送・証明方法・PSR更新によって現代的なサプライチェーンに合わせた枠組みに近づけるものです。oia.pmc+1
ただし、企業にとっての実益は自動的には降ってこず、「どの取引に新ルールが乗るのか」「留保表とPSR・HSをどう読み替えるか」を社内で設計し直すことが必要です。mfat+1

やるべきことを一言でまとめると、次の三つです。

  • どの国同士の取引に第二議定書が適用されるか、社内で一覧化する
  • サービス・投資では、主要ビジネス分野について留保表を読み、ラチェットを含めた規制プロファイルを整理する
  • モノでは、HS2022整合・PSR再判定・累積と直送要件・証明方法を前提に、原産性判定ロジックと証憑運用を再設計する

これができれば、AANZFTAは「知っている条文」から「利益とリスクをコントロールする仕組み」に変わり、ASEAN・豪州・NZをまたぐビジネスにおいて、他社より一歩先のポジションを取ることが可能になります。abf+1

本稿は一般的な情報提供であり、個別案件への法的助言ではありません。具体的な適用にあたっては、取引国の最新運用や税関実務、社内の証憑状況を踏まえ、必要に応じて現地専門家への確認を行うことを推奨します。mfat+1

  1. https://www.dfat.gov.au/trade/agreements/in-force/aanzfta/asean-australia-new-zealand-free-trade-agreement
  2. https://www.mfat.govt.nz/jp/trade/free-trade-agreements/free-trade-agreements-in-force/asean-australia-new-zealand-free-trade-agreement-aanzfta/upgrading-aanzfta
  3. https://www.abf.gov.au/help-and-support-subsite/CustomsNotices/2024-07.pdf
  4. https://cil.nus.edu.sg/databasecil/2023-second-protocol-to-amend-the-agreement-establishing-the-asean-australia-new-zealand-free-trade-area/
  5. https://www.dfat.gov.au/news/aanzfta-upgrade-enters-force
  6. https://businesschamberqld.com.au/article/new-rules-for-exporters-brunei-lao-pdr-malaysia-singapore-australia-and-new-zealand/
  7. https://www.customs.govt.nz/customs-information-and-legislation/legislation/international-agreements/free-trade-agreements/asean-australia-new-zealand-free-trade-area-agreement-aanzfta
  8. https://www.mfat.govt.nz/assets/Trade-agreements/AANZFTA/AANZFTA-upgrade-National-Interest-Analysis.pdf
  9. https://oia.pmc.gov.au/sites/default/files/posts/2023/08/AANZFTA%20Impact%20Analysis.docx
  10. https://www.regulation.govt.nz/assets/RIS-Documents/ris-mfat-asean-mar09.pdf
  11. https://www.aph.gov.au/-/media/02_Parliamentary_Business/24_Committees/244_Joint_Committees/JSCT/2023/Second_Protocol_ASEAN_NZ_FTA/1_AANZFTANational_Interest_Analysis.pdf
  12. https://aanzfta.asean.org/aanzfta-sector-portals/trade-in-services-sector
  13. https://www.dfat.gov.au/trade/agreements/in-force/aanzfta/official-documents/official-documents
  14. https://www.miti.gov.my/miti/resources/Preferential%20Certificate%20of%20Origin/Announcement/Announcement_-_AANZFTA_PSR_in_HS_2022.pdf
  15. https://www.abf.gov.au/importing-exporting-and-manufacturing/fta/free-trade-agreements/asean
  16. http://www.ftalliance.com.au/newsdetails/31261
  17. https://aanzfta.asean.org/product-specific-rules-finder/
  18. https://www.aseanbriefing.com/news/what-the-aanzfta-second-protocol-means-for-asean-trade/
  19. https://vntr.moit.gov.vn/news/viet-nam-thailand-and-the-philippines-to-implement-the-obligations-of-transposing-services-schedules?page=21
  20. https://indonesia.embassy.gov.au/jakt/MR25_022.html