いま何が起きていて、FTA戦略をどう見直すべきか


0. エグゼクティブサマリー(日本企業への示唆)

  • 米国は 2025年4月の大統領令14257(いわゆる“Liberation Day tariffs”)でほぼ全世界輸入に一律10%の「相互関税(baseline)」+国別11〜50%の追加関税を課す新制度を導入し、これがFTA優遇の上に“上乗せ”される構造になりつつあります。(Federal Register)
  • これに加え、鉄鋼・アルミはSection 232で最大50%、トラック・バス・部品は25%、今後半導体にも232関税が乗る可能性があり、「相互関税+232+既存の対中関税など」が多層的に重なる“多階建て関税構造”になっています。(ホワイトハウス)
  • UNCTADの分析では、米国の14本・20カ国とのFTAで本来は0〜低関税のはずの品目にも、原則10%の相互関税がかかるとされ、FTAは「ゼロ関税の保証」から「例外(exemption)枠の交渉プラットフォーム」に性格が変わりつつあります(USMCAなど一部は例外)。(UN Trade and Development (UNCTAD))
  • 日本は米国との包括FTAを持たず、日米「物品協定」や重要鉱物協定(CMA)はあるものの、相互関税や232からの包括免除を自動的に保障する枠組みではない点に注意が必要です(CMAはEV税額控除上は“FTA扱い”だが、関税制度とは別レイヤー)。(Congress.gov)
  • 結論として、日本企業は「米国向けビジネスを“MFN+FTA優遇”で考える時代は終わり、相互関税・232・補助金・安全保障規制まで含めた“米国ローカル・ルール”を前提にサプライチェーンとFTA活用を再設計する段階」に入った、と見るのが現実的です。

1. 米国相互関税制度の現在地

(1) Liberation Day Tariffs と大統領令14257の骨格

  • 2025年4月2日、トランプ大統領が大統領令14257「Regulating Imports with a Reciprocal Tariff…」に署名し、対外赤字を「国家緊急事態」と宣言、IEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく包括関税権限を発動。(Federal Register)
  • 制度の中核は以下の二階建て:
    • ① 10%のグローバルbaseline関税:2025年4月5日から、例外を除きほぼ全ての国・品目に適用。
    • ② 国別 “reciprocal” レート(11〜50%):57カ国を対象に、米国の対外赤字や相手国の関税水準を根拠とする追加関税を設定し、4月9日以降順次発動。(ホワイト・アンド・ケース)
  • 7月31日の追加大統領令で、**ブラジルなど一部国・品目についてレートの引き下げ・除外が行われるなど、リストは“交渉次第で動く”**ことが明確化。(ホワイトハウス)

(2) FTAパートナーの扱い

  • UNCTADのレポートによれば、米国の14本・20カ国とのFTA締約国も、4月5日以降は原則10%の相互関税の対象となり、FTAで約束した「0%」は“相互関税の上からの優遇”ではなく「例外リストへの掲載」という形で運用されていると整理。(UN Trade and Development (UNCTAD))
  • ただし、USMCA(カナダ・メキシコ)には特別扱いがあり、10%一律課税の原則から外れる扱いを受けている点が、他FTAとの重要な違い。(UN Trade and Development (UNCTAD))
  • CBPのIEEPA関連FAQでも、**「他法令やFTAに基づく優遇があっても、相互関税(10%)は原則として別建てで発動される」**というスタンスが示されており、企業側から見れば「FTAで0%なのに、なぜ10%が残るのか」という感覚的な違和感が実務上発生し得ます。(CBP)

2. Section 232ほかとの“多階建て”関税構造

(1) 鉄鋼・アルミ:最大50%+派生製品

  • トランプ政権は2025年2月、鉄鋼に25%、アルミに25%のSection 232関税を完全復活させた上で、その後6月には両方とも50%に引き上げ、さらに派生品を対象拡大。(ホワイトハウス)
  • 2025年4月には、派生製品や除外手続の新ルール(inclusion process)が示され、特定の下流品目については別枠で除外申請が可能だが、手続が煩雑で予見性が低いという実務上の課題があります。(産業安全保障局)

(2) 商用車・EV関連:トラック・バス・部品に25%

  • 2025年11月1日発効の新たなSection 232措置により、中・大型トラックおよびその部品に25%、バスに10%の追加関税が導入。これは「産業基盤の再構築」を掲げる一連の232の一部と位置づけられています。(S&P Global)
  • 部品にも広く適用されるため、ワイヤーハーネス、駆動系部品、車体部品などを北米で完成車メーカーに納入している日本企業にとっては、“Mex/Canada経由だから安全”とは言えない構造です(後述のUSMCAオフセットと絡む)。

(3) 半導体・電子機器:232調査が進行中

  • 2025年4月1日付で、半導体・半導体製造装置およびその派生製品に対するSection 232調査が正式に開始。対象には、ウエハ、レガシーチップ、先端ロジック、各種マイクロエレクトロニクス、さらにそれらを組み込んだ電子機器などが含まれます。(Federal Register Public Inspection)
  • マスコミ報道・議会資料では、「約100%の関税」を示唆する発言もあり、国内投資コミットのある企業を除外するという“インセンティブ関税”構想が議論されています。(ウィキペディア)
  • これは、半導体そのものだけでなく、自動車(特にEV)、サーバ、通信機器など広範なダウンストリーム製品に波及し得るため、「相互関税+潜在的な232」がビジネスモデルを根底から変える可能性があります。

3. FTA・WTOとの関係:何が「揺らいで」いるのか

(1) FTAの価値が“ゼロ関税”から“交渉プラットフォーム”へ

  • UNCTADやUSTR資料から整理すると、現状の構造はおおむね以下の通りです。(UN Trade and Development (UNCTAD))
    1. 従来:
      • MFN関税(WTO)をベースに、FTA/EPAでゼロまたは低率
    2. 現在:
      • 相互関税(10%+α)が“新たなベース”
      • FTAや個別交渉により「相互関税からの免除・軽減」を取り付ける形に転化
  • 学術的な整理では、国内法上はIEEPAやTrade Expansion Actが大統領に広い裁量を認めている一方、WTO協定やFTA義務との整合性は極めてグレーであり、今後も紛争リスクを抱えたまま運用される可能性が高いと評価されています。(Cambridge University Press & Assessment)

(2) 日本の立場:FTA不在と“準FTA”の扱い

  • 日本は米国との間に包括的FTAを持たず、日米物品貿易協定(USJTA)やデジタル貿易協定など、“部分協定”ベースで関税・ルール整備がなされている状態です。
  • 一方で、IRAのEV税額控除を巡って締結された日米重要鉱物協定(CMA)が「通商上のFTAと同等」と解釈され、EV税額控除の対象として扱われているのは象徴的で、「関税」ではなく「補助金・税控除の適用条件」として日米協定が使われていることを示しています。(Congress.gov)
  • つまり、日本企業は「関税面での包括的な防波堤(FTA)」を持たない一方で、サプライチェーン補助・税控除の条件として米国ローカルルールに強く拘束される立場にあり、米国相互関税と合わせて二重三重のリスク管理が必要です。

4. 鉄鋼・EV・半導体で何が起こり得るか(シナリオベース)

(1) 鉄鋼・アルミ・素材

  • 想定される構造:
    • 相互関税10%+国別追加レート
    • Section 232で50%
    • 一部品目は232除外申請により軽減可能
  • 日本・EU向けの**“一時的な232緩和”と“相互関税対象外枠”をパッケージで交渉**するケースが増えれば、
    • 「対米直接輸出」よりも「USMCA域内生産+対米供給」が有利になる
    • 鉄鋼・アルミについては**“北米で溶解・鋳造(melted and poured)”要件**を満たす投資が事実上必須になる(ホワイトハウス)

(2) EV/自動車部品

  • トラック・バス・MHDV部品の25%関税は、EVトラックや商用EVバスにも実質的に波及する可能性が高く、
    • 完成車輸出モデルは事実上成り立たず、
    • 北米での車両組立、バッテリー・モーターの現地化、USMCA原産地ルールの厳格充足が大前提になります。(S&P Global)
  • これに、半導体232が重なれば、
    • EV制御用チップ、インバータ、BMSなどが部品段階で追加関税
    • サプライヤー側は、チップの調達先・組立国・最終EVの組立国を組み合わせた“関税マトリクス”で利益を管理する必要が出てきます。(Federal Register Public Inspection)

(3) 半導体・電子機器

  • 232調査の結果次第では、
    • ウエハ・チップ・SMEに100%前後の関税(ただし米国内投資コミットのある企業は除外)
    • スマホ・PC・サーバなど最終製品にも段階的に関税を拡大する案が検討されています。(ウィキペディア)
  • これに対して中国側も米国製半導体へのアンチダンピング調査など対抗措置を取り始めており、サプライチェーンの“地政学リスク”がさらに高まっています。(AP News)
  • 日本企業としては、
    • 米国内生産(あるいはUSMCA域内)に「どの工程まで」前倒しで投資するか
    • 一部工程を日本・東南アジアに残すとしても、関税コストを価格転嫁できるプレミアム品かどうか
      を事業ラインごとに切り分けて考える必要があります。

5. 日本企業のFTA・サプライチェーン戦略再考のポイント

(1) マクロ戦略:米国を「FTA前提」ではなく「相互関税前提」で見る

  1. 前提の置き換え
    • 旧来:
      • 「最終的には日米FTA or WTOルールに戻るだろう」という期待
    • 今後:
      • 相互関税+232+補助金・規制の“ローカル・ルール”が長期化する前提でビジネス計画・投資判断を行う
  2. FTAの役割の再定義
    • 米国とは:
      • 「包括FTAでゼロ関税を取り戻す」よりも、
      • 品目別・プロジェクト別の“例外枠”や補助適格性を拡大するための交渉プラットフォームとして捉える
    • その他地域(EU・UK・メキシコなど)とは:
      • “第二の柱”としてのマーケット多様化と、米国の相互関税リスクを相殺する収益源の確保

(2) 実務レベルのアクションプラン(HS・FTA視点)

御社が検討すべき実務ステップを、HSコード・FTA・原産地の三層で整理すると:

  1. プロダクト別「関税レイヤー・マップ」を作る
    • 各製品について
      • HSコード(米国HTS)
      • MFN関税率
      • 該当するFTA/EPA(USMCA経由か否か、日米物品協定の適用有無など)
      • 相互関税レート(10%+国別)
      • Section 232/301等の追加関税の有無
    • を一枚のマトリクスに落とし込み、「最終実効税率(税負担%)を見える化」する。
  2. 原産地・サプライチェーンのシミュレーション
    • 代表シナリオ例:
      • 日本製部品 → 直接米国
      • 日本製部品 → メキシコで組立 → 米国(USMCA原産)
      • 東南アジア(RCEP域)生産 → 米国
    • それぞれについて
      • 相互関税+232を加味した税負担シミュレーション
      • USMCA原産判定(ROO)充足コスト
      • IRA等補助金・税控除の取得可否
    • を比較し、「関税+補助金をネットした“実効マージン”」ベースで投資の優先順位を決める。
  3. “二重起点”マーケット戦略
    • 米国依存を減らす方向として:
      • EU(EU–日本EPA)、UK(日英EPA)、インド、メキシコ、ASEANなど
      • 相互関税の影響が相対的に小さく、安定したFTAメリットが見込める市場を「第二の収益起点」として育成する。
    • 具体的には、
      • 製品ラインごとに「米国起点モデル」と「非米国起点モデル」を設計し、政治・関税リスクに応じて生産比率を可変化する。
  4. 交渉ポジションの整理
    • 個社として:
      • 米国内投資・雇用計画、技術移転、サプライチェーンの“友好国シフト”を材料に、
      • 相互関税の個別除外・232除外のロビー活動を行う余地を検討。
    • 日本政府・業界団体との連携:
      • 鉄鋼・EV・半導体などセクター別に、どの関税レイヤーを優先して緩和対象にするかを整理し、日米協議のアジェンダに反映してもらう。

6. いまから着手できる「チェックリスト」

最後に、すぐ取り組める実務チェック項目を簡単にまとめます:

  1. 自社製品の「相互関税+232」影響度ランキングを作る
    • 売上高×(想定追加関税率)でシンプルにスコアリング。
  2. 米国向け売上のうち、「代替市場」「代替生産地」を持たないものを特定する
    • ここが中長期的に最もリスクが高いライン。
  3. USMCA経由モデルの原産地判定・コスト試算
    • 既存のメキシコ・カナダ拠点でどこまで吸収できるかを定量化。
  4. 半導体232が発動した場合の“最悪ケース試算”
    • 100%関税を想定し、価格転嫁余地・仕様変更・設計変更のオプションを検討。
  5. 政府・業界団体との情報共有ラインの整備
    • 新たな大統領令・232リスト改定に即応できるよう、
      • 社内の関税・通商担当と、
      • 外部の専門家・業界団体のネットワークを再点検。

「米国相互関税拡大」は、単に“関税率が上がる”という話ではなく、FTAのビジネス上の意味そのものを変えてしまう動きです。
次のステップとして、もしよければ、特定の業種(自動車/電機/素材など)を一つ決


 

FTAでAIを活用する:株式会社ロジスティック

Logistique Inc.

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