日本企業の競争戦略への示唆
エグゼクティブサマリー
韓米は7月31日に15%関税で枠組み合意したものの、実装は深刻に遅延しており、日本との競争格差が拡大しています。IEEPA一般関税の15%は8月7日に発効済みですが、自動車の15%引下げは未実装のまま25%が継続し、韓国自動車メーカーの対米輸出は8月単月で前年比15.2%減少しました。一方、日本は9月5日の大統領令署名により9月16日から自動車15%を適用開始し、競争優位を確立しています。半導体・医薬品では、日本がMFN(最恵国待遇)を正式確保したのに対し、韓国は「他国より不利にしない」との口頭表明に留まり、法的確約が未了です。10月31日-11月1日の慶州APEC首脳会議前に安全保障パッケージでの打開を模索していますが、3,500億ドル投資の資金形態(現金vs融資・保証)を巡る対立が解消されず、為替への波及懸念も残存しています。
時系列比較:韓米vs日米(2025年7月-10月)
日付 | 韓米 | 日米 |
---|---|---|
7月23日 | – | 枠組み合意発表:15%関税、自動車15%、5,500億ドル投資 |
7月31日 | 枠組み合意発表:15%関税、自動車15%、3,500億ドル投資+1,000億ドルエネルギー | – |
8月1日 | 韓国政府「書面合意は未完了」と説明 | – |
8月7日 | IEEPA 15%発効(自動車は25%継続) | – |
8月28日 | 李大統領・トランプ大統領会談、共同声明なし(懸案未解決) | – |
9月5日 | – | トランプ大統領が大統領令(EO 14345)に署名 |
9月16日 | 韓国大統領府「協議停滞」発表 | 自動車15%関税の適用開始 |
9月27-28日 | 米側が「前払い」要求、韓国側は「一括支払い不可能」と反論 | – |
10月1日 | 為替非ターゲティング共同声明(スワップ含まず) | – |
10月11日現在 | 自動車25%継続、投資条件交渉中 | 実装完了、MFN確定 |
主要論点の日韓対比スコアカード
論点 | 韓国の現状 | 日本の現状 | 日本企業への示唆 |
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ベース関税(IEEPA) | 15%発効済(8/7) | 15%確定・実装済(9/16) | 同水準だが、日本は法的安定性で優位 |
自動車・部品(Section 232) | 25%継続(15%未実装) | 15%実装済(9/16~) | 日本車に10%の競争優位:韓国車は月間4,000-7,000億ウォンの追加コスト負担 |
半導体・医薬品 | 「他国より不利にしない」(口頭表明) | MFN正式確保(将来の第三国優遇も自動追随) | 日本メーカーは将来の関税引下げリスクをヘッジ済み、韓国サプライヤーは価格競争で不利 |
鉄鋼・アルミ・銅 | 50%継続(対象外) | 50%継続(対象外) | 同条件 |
投資パッケージ | 3,500億ドル(造船1,500億、半導体等2,000億)+エネルギー1,000億ドル、資金形態で対立 | 5,500億ドル(融資・保証・出資上限枠)、実装工程明確 | 日本モデルは米政府が投資委員会で監督、利益配分も規定済み |
為替 | 非ターゲティング共同声明(スワップなし) | 市場決定原則再確認、過度のボラティリティ時のみ介入 | 日本は既存の介入枠組みを維持 |
法的文書 | 書面未完了(8/1時点) | **大統領令(EO 14345)**発効 | 日本は執行可能な法的枠組みを確保 |
セクター別実務インパクト(日韓競争の観点)
自動車・部品
韓国の苦境:Hyundai・Kiaは25%関税により、Hyundaiは月間4,000億ウォン(約2.9億ドル)、Kiaは3,000億ウォンの追加コストを負担し、8月の対米輸出は前年比15.2%減少しました。韓国政府は年末までの15%実装を目指していますが、9月時点の専門家見解では「年内適用は困難」との見方が優勢です。
日本の優位確立:トヨタ・ホンダ・日産は9月16日から15%関税が適用され、韓国車との価格競争で実質10%の構造的優位を獲得しました。日本の大統領令(EO 14345)では、従来のMFN税率(乗用車2.5%)に補足関税を加えた形で一律15%とする「包括的(inclusive)」運用が明確化されています。
実務アクション:
- 韓国向けサプライヤーは、顧客が25%前提で価格設定している間に、15%実装後の価格再調整条項を契約に盛り込む必要があります。
- 日本メーカーとの競合製品は、10%の関税差を織り込んだ競争力分析の再実施が必須です。
半導体・医薬品
日本のMFN確保の実質的意味:日本は「将来のSection 232関税において、日本製半導体・医薬品は他のいかなる国に適用される税率をも超えない」との条項を9月の共同声明で確保しました。これは、例えば台湾が5%で合意した場合、日本も自動的に5%へ引下げられる仕組みです。
韓国の不透明性:韓国は商務長官Lutnickが7月31日に「他国より不利にしない(not be treated any worse than any other country)」と発言しましたが、書面合意が未了のため、法的強制力がありません。
実務アクション:
- 日本の半導体・医薬品メーカーは、将来の第三国優遇があっても自動追随するため、長期契約での価格フォーミュラに「MFN連動条項」を組み込めます。
- 韓国サプライヤーと取引する日本企業は、韓国側が将来の関税引下げを享受できない可能性を織り込み、代替調達先の確保が推奨されます。
素材(鉄鋼・アルミ・銅)
日韓ともに50%の232関税が継続適用され、同条件です。電池・半導体用素材のコスト上振れは構造化しており、米国内調達への再設計が共通課題です。
エネルギー
韓国は米国産LNG/LPG等の1,000億ドル購入を約束しましたが、為替・物流コストの複合リスク管理が前提です。日本は年間70億ドルのエネルギー購入を約束しており、韓国の規模は日本の約14倍となります。
韓国交渉の停滞要因と日本との決定的相違
1. 投資パッケージの資金形態
韓国の対立点:米側は「前払い(up-front payment)」を要求し、トランプ大統領は9月27日に「3,500億ドルを支払えないのか」と発言しました。韓国大統領府は「一括現金支払いは不可能で、融資・保証中心になる」と反論し、膠着しています。
日本の成功モデル:5,500億ドルは「投資・融資・融資保証の上限枠」として設定され、9月4日のMOU(覚書)で利益配分(米政府に有利)、投資委員会(商務長官が議長)、2029年1月までの実施期限を明記しました。現金vs融資の配分問題は構造化により回避しています。
2. 実装スケジュールの明確性
韓国:7月31日の発表後、書面合意が未了のまま8月1日に韓国政府が「書面なし」と公表し、自動車関税の実装時期も未定です。
日本:7月23日の発表後、9月5日に大統領令署名、9月16日に自動車関税適用開始と、45日間で法的実装を完了しました。
3. 安全保障とのリンケージ
韓国は10月31日-11月1日の慶州APEC首脳会議前に、防衛費分担増額(GDP比3.5%への引上げ)、使用済み核燃料の再処理・ウラン濃縮制限緩和(123協定の改定)を含む安全保障パッケージで打開を図っています。韓国外相は「安全保障では大筋合意済み、関税交渉が遅れても個別発表する可能性」と述べており、交渉の分離を示唆しています。
直近90日のウォッチリスト(優先順位順)
- 韓国自動車15%の実装時期:大統領令・官報公示のタイミングが韓国車の価格競争力を直接規定します。年内実装は不透明であり、2026年への越年リスクも存在します。
- APEC首脳会議(10月31日-11月1日)での成果:李大統領・トランプ大統領の二国間会談で、安全保障パッケージの先行発表または全体合意のブレークスルーが焦点です。
- 3,500億ドル投資の条件確定:現金比率、融資・保証比率、利益配分(米側は「利益の90%は米国民へ」と発言)、投資監督メカニズムの詳細が、為替への波及や財政負担に直結します。
- IEEPA関税の司法判断:最高裁審理の帰趨により、15%の法的根拠や適用継続性が変動するシナリオがあります。
- 半導体・医薬品への新規関税:トランプ大統領は9月26日にブランド医薬品への100%関税を示唆しましたが、日本のMFN条項により15%上限が適用される見込みです。韓国の扱いは不透明です。
日本企業の戦術的アクションプラン
対韓国競合製品
- 自動車・部品:韓国車との競合モデルは、10%の関税差を活用した価格戦略または追加装備での差別化を検討します。韓国サプライヤーからの調達は、15%実装後の価格変動条項を必須とします。
- 半導体・医薬品:日本はMFN確保により将来の関税引下げリスクをヘッジ済みです。韓国製との競合では、関税の不確実性を強調し、長期契約での価格安定性を訴求できます。
米国市場戦略
- 価格設定:対米見積は「IEEPA 15%前提」を基本とし、自動車は「韓国15%実装前後の二本立て単価」を用意します。
- 契約条項:関税エスカレーター条項、MFN連動価格調整条項、Section 232追加品目への対応条項を標準化します。
- サプライチェーン再設計:232の50%素材(鉄鋼・アルミ・銅)は米国内加工または第三国原料置換で関税負担を分離します。
情報収集体制
- 官報監視:自動車・半導体・医薬品関連の大統領令、商務省規則、CBP実施ガイダンスの常時モニタリングを制度化します。
- 韓国動向の追跡:韓国の15%実装日、APEC首脳会議の成果、投資パッケージの確定内容が、日本企業の競争優位の持続性を左右します。
参考:制度的背景
KORUS FTAとの関係:韓米は本来KORUS FTA(2012年発効)で大半の関税を撤廃済みですが、2025年のIEEPA/Section 232による上乗せ関税が上書きしています。KORUS FTAとの整合性や議会承認要否は未解決の論点です。
日本の実装モデルの優位性:7月23日の枠組み合意→9月5日の大統領令署名→9月16日の実装完了と、政治決着から制度実装までの導線が明確であり、MFN条項確保も競争上の決定的差異です。
主要情報源
- 韓米7月31日発表(15%・投資・エネルギー):Reuters, White House
- 韓国「書面未了」(8/1):Reuters
- 米国議会調査局(CRS)報告書(韓米・日米):Congress.gov
- 韓国自動車輸出減少(8月):Chosun Ilbo, Donga Ilbo
- 日本MFN確保(9月):Japan Times, Reuters
- 韓国APEC安全保障戦略(10月):Anadolu Agency, Yonhap
- 日本大統領令(EO 14345):White House, AFS Law
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