マレーシア原産地証明制度:対米輸出における「MITI一元化」と審査厳格化への転換

マレーシアの貿易実務において、原産地証明(CO)の潮目が大きく変わりました。一言で言えば、

「性善説に基づく“自己申告・商工会議所発給”の時代から、
対米リスク管理を前提とした“MITI直接審査”の時代への回帰」

です。

特に2025年5月から開始された「対米輸出向け非特恵原産地証明(NPCO)のMITI発給一元化」は、米国トランプ政権下の「相互関税(Reciprocal Tariff)」や迂回輸出対策を強く意識した措置です。

本稿では、この制度変更の背景と、日本企業が直面する実務への影響を整理します。


1. これまでのマレーシア:自証化と民間委任の10年

1-1 本来の「二層構造」

マレーシアでは長らく、COの種類によって発給機関が分かれていました。

  • 特恵原産地証明書(PCO):FTA税率適用用。MITI(投資貿易産業省)が主管・認証。
  • 非特恵原産地証明書(NPCO):一般用。MITIから権限を委任された商工会議所・業界団体(MICCI, MCCM等)が発給。

1-2 「緩和」に見えたこれまでの流れ

過去10年は、ASEAN全体で「貿易円滑化」がキーワードでした。

  • ATIGA自己証明制度(AWSC):認定輸出者が自ら原産性を証明。
  • 電子化(ASW):Form Dなどのデータ交換によるペーパーレス化。

この流れの中で、「原産地証明は“紙の審査”から“デジタル・事後確認”へ移行する」という空気が醸成されていたのは事実です。

1-3 水面下での「監査強化」

しかし、2019年の法改正でマレーシア税関はポストクリアランス監査(PCA)の追徴期間を3年から6年に延長するなど、水面下では「原産地=徴税・コンプライアンスの対象」とする準備を着々と進めていました [1][2]。


2. 2025年の転換点:MITIによる対米NPCOの「権限取り戻し」

2-1 対米輸出COは「MITIのみ」へ

2025年5月5日、MITIは以下の重要方針を発表し、翌5月6日より即時適用しました [3][4]。

  1. 対米輸出(US-bound)のNPCOは、MITIが唯一の発給機関となる。
  2. これまでNPCOを発給していた商工会議所・業界団体の対米向け発給権限は停止される(※他国向けの発給権限は維持)。

2-2 背景:トランプ政権下の「24%相互関税」と迂回輸出

この決定の引き金は、米国による対中関税の回避地としてマレーシアが利用される「原産地ロンダリング(Origin Washing)」への懸念です。
現地報道(The Edge等)によれば、米国が提案する「最大24%の相互関税(Reciprocal Tariff)」の交渉において、マレーシア側が「自国の原産地管理は適正である(中国製品の迂回ではない)」ことを証明し、関税適用を除外・軽減させるための信用担保措置としての意味合いが強いとされています [1]。

2-3 実務へのインパクト:「形式」から「実態」へ

これまで商工会議所経由で、比較的簡易な書類審査で取得できていた対米COは、今後MITIによる厳格な審査対象となります。

  • 書類審査の深化: 単なるインボイス確認だけでなく、コスト構造や製造工程の確認が行われる。
  • 監査の連動: MITIとマレーシア税関(RMCD)が連携し、不正なトランシップメント(積み替え)の摘発を強化する [3][5]。

3. 具体的な変更点と厳格化ポイント(実務イメージ)

3-1 「コスト分析(Cost Analysis)」の提出義務化

商工会議所(MICCI)のコメントや現地報道によれば、今後はNPCOであっても、PCO並みの「コスト分析」「製造原価計算書」の提出・保管が求められる可能性が高まっています [1]。
「何を・どこから・いくらで調達し、どう加工したか」を数字で証明できなければ、COは発給されません。

3-2 「単純工程」のリスク増大

以下のようなビジネスモデルは、MITIの審査で「原産性なし」と判断されるリスクが極めて高くなります。

  • 単純な組み立て(Simple Assembly)
  • 輸入・再梱包・ラベリングのみ(Repacking/Labeling)
  • 最小限の加工(Minimal Operation)

これらは「マレーシア原産」とは認められず、対米輸出時に中国製(または他国製)として申告する必要が出てくる可能性があります。

3-3 リードタイムの不確実性

MITIへの申請集中により、初期段階では審査遅延やシステムトラブルが懸念されます。商工会議所も「MITIの業務量増加による遅れ」を懸念材料として挙げています [6]。出荷スケジュールには十分な余裕を持つ必要があります。


4. 日本企業・日系サプライヤーがとるべき対応

4-1 マレーシア拠点の「商流」棚卸し

自社のマレーシア拠点が以下のどのパターンに当てはまるか再確認してください。

パターンリスク度対応策
A. 現地製造(一貫生産)製造工程図、BOM、原価計算書をMITI提出用に整備する。
B. ノックダウン生産・組立付加価値基準(25%~など)を満たすか、詳細な原価計算を行う。
C. 三国間・倉庫在庫販売「マレーシア原産」の主張を取り下げ、真の原産国での申告を検討する。

4-2 「特恵(PCO)」と「非特恵(NPCO)」のダブルスタンダード管理

  • 対ASEAN/日本輸出: 従来通り、FTA(ATIGA/AJCEP等)の自己証明やPCOを活用し、関税削減を狙う(円滑化トレンド)。
  • 対米輸出: MITIの厳格な審査に耐えうるNPCO申請書類(BOM、コスト内訳)を準備する(厳格化トレンド)。

この「二極化」に対応できる社内体制が必要です。

4-3 現地パートナー(通関業者・商社)への丸投げ禁止

「通関業者がうまくやってくれるはず」という認識は危険です。MITIと税関は連携して事後調査(Post Clearance Audit)を行います。

  • CO申請の根拠資料(製造フロー、コスト計算)は自社で保持する。
  • 現地パートナーが「どのようなロジック」で原産地を申告しているか確認する。

5. 結論:サプライチェーンの「原産地説明力」が問われる

マレーシアにおける今回の変更は、単なる手続きの変更ではなく、「米中対立・保護主義下における生き残り戦略」です。マレーシア政府は、自国が「中国製品の抜け穴」と見なされ、米国から包括的な制裁関税を受けることを避けるため、なりふり構わず原産地管理を強化しています。

日本企業としては、「COが取れるか」というテクニカルな視点だけでなく、「自社のサプライチェーンは、米国税関やMITIに対して胸を張って『マレーシア製』と説明できる実態があるか」という本質的な問い直しが求められています。

引用:
[1] The State of the Nation: Spotlight on Certificate of Origins as Malaysia moves to weed out ‘pass-through’ exports https://theedgemalaysia.com/node/754896
[2] MITI to be sole issuer of non-preferential certificates of origin to US … https://international.astroawani.com/malaysia-news/miti-be-sole-issuer-nonpreferential-certificates-origin-us-may-6-2025-519458
[3] [PDF] miti will be the sole issuer of non-preferential certificates of origin for https://www.miti.gov.my/miti/resources/Media%20Release/%5BFINAL2%5D_MITI_Press_Statement_MITI_to_Tighten_Controls_on_Issuance_of_Certificate_of_Origin_for_US_Exports_2025-05-05.pdf
[4] Malaysia centralises export certification to US in new Anti-Transshipment measure https://www.thevibes.com/articles/news/107815/malaysia-centralises-export-certification-to-us-in-new-anti-transshipment-measure
[5] MITI WILL BE THE SOLE ISSUER OF NON … https://ambercourier.com/miti-will-be-the-sole-issuer-of-non-preferential-certificates-of-origin-for-exports-to-the-united-states-from-6-may-2025/
[6] MICCI backs Miti’s appointment as sole issuer of NPCO for US … https://www.thestar.com.my/business/business-news/2025/05/06/micci-backs-miti039s-appointment-as-sole-issuer-of-npco-for-us-bound-exports
[7] Non-Preferential Certificate of Origin (NPCO) https://www.miti.gov.my/index.php/pages/view/npco
[8] Malaysia Tightens Certificate of Origin Requirement Amid … https://chinascope.org/archives/37539
[9] MP urges govt to take over certificate of origin issuance from … https://theedgemalaysia.com/node/753964
[10] MITI’S ANNOUNCEMENT ON NPCO FOR EXPORTS TO THE US 63 … https://www.mpma.org.my/circulars-and-announcements/2024-circulars/miti-s-announcement-on-npco-for-exports-to-the-us-63-2025
[11] Preferential Certificate of Origin (PCO) https://www.miti.gov.my/index.php/pages/view/3911
[12] MICCI BACKS MITI’S APPOINTMENT AS SOLE ISSUER OF NPCO FOR US-BOUND EXPORTS https://web11.bernama.com/en/news.php?id=2420349
[13] Malaysia Tightens Certificate Of Origin Rules For US-Bound Exports … https://www.businesstoday.com.my/2025/05/05/malaysia-tightens-certificate-of-origin-rules-for-us-bound-exports-to-curb-transshipment-abuse/
[14] How to Apply for a Certificate of Country of Origin (COO) in Malaysia? https://www.richardweechambers.com/how-to-apply-for-a-certificate-of-country-of-origin-coo-in-malaysia/
[15] Miti to be sole issuer of certificates of origin for US-bound shipmentswww.thestar.com.my › news › nation › 2025/05/05 › miti-to-be-sole-issuer… https://www.thestar.com.my/news/nation/2025/05/05/miti-to-be-sole-issuer-of-non-preferential-certificates-of-origin-for-us-bound-shipments
[16] Ministry of Investment, Trade and Industry https://www.miti.gov.my/index.php/announcements/view/875
[17] MICCI Backs MITI’s Appointment As Sole Issuer Of NPCO For US-bound Exports https://www.bernama.com/en/news.php?id=2420349
[18] Ministry taking over certificates of origin issuance to … – NST Online https://www.nst.com.my/business/economy/2025/05/1211768/ministry-taking-over-certificates-origin-issuance-curb-origin
[19] Breaking News! Important Update for Malaysian Exporters to the … https://www.instagram.com/p/DJYflqDtzZk/
[20] Malaysia halts trade groups from issuing certificates for US exports … https://www.malaymail.com/news/malaysia/2025/05/05/malaysia-halts-trade-groups-from-issuing-certificates-for-us-exports-amid-tariff-concerns/175662

マレーシア王立税関(RMCD)におけるHSコード事前教示制度の実務ガイド

最終確認日:2025年10月9日

対応組織と参照URL

所管機関
Royal Malaysian Customs Department(RMCD / Jabatan Kastam Diraja Malaysia)

公式サイト

制度ガイド

法的根拠

  • Customs Act 1967, Part IIA(Section 10A~10F):Customs Rulingの申請・発出・改廃を規定
  • Sales Tax Act 2018, Section 43およびService Tax Act 2018, Section 42も関連規定として併存

補足ツール


事前教示の申請手順

申請様式
HSコード分類および評価価格に関する裁定は、Customs Act 1967 Section 10AのSchedule A様式を使用して申請します。最寄りのTechnical Services Divisionで入手可能です。

提出書類
申請書(Schedule A)に以下の情報を記載し、技術資料を添付します。

  • 品名・商標・型式・型番
  • 輸入形態(粉体・部品・完成品等)
  • 組成(%表示)
  • 用途・機能
  • 製造工程の概要
  • メーカー名・製造場所
  • 申請者が想定するHS候補

必要に応じてカタログ、写真、仕様書、MSDS、COA、試験成績書、サンプル等の提出が求められます。

手数料

  • 処理手数料:RM200(申請時納付、返金不可)
  • 郵送の場合:KETUA PENGARAH KASTAM MALAYSIA宛の銀行小切手
  • 持参の場合:現金または銀行小切手

受付後、受領証と照会番号が通知されます。

提出先

郵送または持参:

  • 本庁:Technical Services Division, Classification, Tariff and Drafting Branch, Level 6 North, Finance Ministry Complex, No.3 Persiaran Perdana, Precinct 2, 62596 Putrajaya

州の窓口:
Kangar(Perlis)、Alor Setar(Kedah)、Seberang Jaya(Penang)、Ipoh(Perak)、Pelabuhan Klang(Selangor)、Kelana Jaya(W.P. Kuala Lumpur)、Seremban(Negeri Sembilan)、Ayer Keroh(Melaka)、Johor Bahru(Johor)、Kuantan(Pahang)、Kuala Terengganu(Terengganu)、Kota Bharu(Kelantan)、Kuching(Sarawak)、Kota Kinabalu(Sabah)、Labuan、KLIA

分析要請
必要に応じて第三者機関による分析が指示されます。分析費用は申請者負担です。分析に同意しない場合、申請手続きは進行しません。

裁定書の発行
Customs Rulingが書面で発行されます。認証写しはRM50で追加発行可能です。


申請に必要な情報

Schedule A様式で求められる主要項目:

  • 品名、商標、型式、型番
  • 輸入形態(粉体・部品・完成品等)
  • 組成(%表示)
  • 用途・機能
  • 製造工程の概要
  • メーカー名・製造場所
  • 申請者が想定するHS候補と根拠
  • カタログ、写真、仕様書、MSDS、COA、試験結果等の裏付け資料
  • 輸入予定港(該当する場合)
  • 過去の分類裁定の有無

処理期間

標準処理
完備書類の受領日から90日以内にDirector General(税関長官)が裁定を発出します。

分析が必要な場合
分析報告の受領日および分析費用の支払完了から60日以内に発出します。

書類不備や追加照会への回答遅延は処理期間の起算に影響します。


有効期間

初回裁定
裁定書に記載された日から3年間有効です。

更新申請
満了の3か月前までに更新申請が可能です。更新後の有効期間は2年間です。

更新手数料
更新申請には手数料は不要です。

改廃・失効
以下の場合、裁定が改正・撤回されます:

  • 法令変更
  • 事実関係の変更
  • 裁定に誤りがあった場合
  • 詐欺、虚偽申告、事実の改ざん等により取得した場合は無効

必要費用

処理手数料
RM200/件(申請時納付、返金不可)

分析費
分析が指示された場合は申請者負担

認証写し
RM50/通(任意)


実務上の重要事項

不発行事由
以下の場合、申請が却下されます:

  • 情報不足
  • 仮想案件(hypothetical situation)
  • 係争中の事項

却下理由は書面で通知されます。

拘束力
Customs Act 1967 Section 10Bは、裁定が申請者を拘束すると規定しています。実務上は税関の運用根拠にもなりますが、法令・事実が変わらないことと対象貨物の同一性が前提です。

AHTN準拠
マレーシアはASEAN Harmonized Tariff Nomenclature(AHTN)準拠の10桁体系を運用しています。HS候補はAHTN対応で準備すると整合が取りやすくなります。

申請の基本原則
1申請=1品目が一般的です。技術資料は分類の決定要素(組成%、構造、用途、工程)が明確に分かる水準で準備してください。


申請前チェックリスト

  1. 仕様書、図面、写真、組成表(%)、工程図を準備し、類似品との差異を明確化
  2. 申請書(Schedule A)の全項目を記入し、HS候補と根拠(GIR・部注・類注)を整理
  3. RM200の支払手続(郵送=銀行小切手、持参=現金または銀行小切手)を準備
  4. 分析指示に備え、試料提出・外部試験の手配(費用・リードタイム)を確保
  5. 満了3か月前に更新(2年間)の検討を開始

主要参考資料

  • Guide on Customs Ruling – V4(RMCD, 2019):申請フォーム、RM200手数料、提出先、90日/60日のSLA、3年有効・2年更新、認証写しRM50、非発行事由等
  • Customs Act 1967(Part IIA: Sec.10A~10F):申請・発出・改廃・無効の法的枠組み
  • JKDM HS Explorer:関税分類の検索ツール(参考)

本日、RCEPでマレーシアが協定を発効しました

RCEPでマレーシアが使えるようになりました。

マレーシアはTPPは署名しているのですが、こちらは発効するのかしないのか分からない状況。

その一方で、EUとのFTAを画策しているようです。