米国主導の「重要鉱物・複数国間貿易協定」が意味するもの覇権を巡る資源ルールの激変と日本企業への影響

2026年3月1日

2026年1月13日、トランプ米大統領は通商拡大法232条に基づく大統領布告に署名し、USTR(米国通商代表部)と商務長官に対して重要鉱物の輸入量調整に向けた協定交渉を正式に指示しました。 続く2月4日には、ワシントンで54カ国以上が参加する初の重要鉱物閣僚会合が開催され、バンス副大統領が友好国との間で「重要鉱物に関する特恵貿易圏」の創設を正式に宣言しました。 同日、米国は日本・EU・メキシコとの共同行動計画を発表するとともに、11カ国との2国間枠組み合意に署名。さらに2月26日には、USTRが複数国間協定の設計に関するパブリックコメントの募集を開始し、協定構築に向けた本格的な国際議論が始動しています。​

これは、電気自動車(EV)のバッテリーや先端半導体、防衛装備品に不可欠なリチウム、ニッケル、コバルト、レアアースなどの資源供給網を、米国の主導下で完全に再構築しようとする野心的な試みです。本記事では、国際貿易および経済安全保障の専門家の視点から、この新たな協定構想がこれまでの資源ビジネスの常識をどう覆すのか、そして日本の製造業や商社が直面するビジネス上の影響について深掘りして解説します。

1.自由貿易の終焉と「管理された資源市場」の誕生

今回の協定構想の最大のポイントは、重要鉱物の取引を純粋な「市場の価格競争」から切り離し、「政治的・安全保障的なルール」の下に置くことにあります。

これまで、重要鉱物の価格はロンドン金属取引所(LME)などの国際市場で決定されるのが一般的でした。しかし米国は、特定の国(主に中国)が国家資本を背景に過剰生産を行い、不当に安い価格で市場を席巻していることに強い危機感を抱いています。バンス副大統領も2月4日の閣僚会合において「現在の重要鉱物の国際市場は機能不全に陥っている」と明言しており、その危機意識は政権の最高レベルで共有されています。

この事態に対抗するため、米国が新たに策定する複数国間協定では、参加国間での取引において「最低価格(プライスフロア)」を設定し、それ以下の価格での不当廉売(ダンピング)を防ぐ枠組みが検討されています。 さらに、協定に参加しない非市場経済国からの鉱物に対しては、強力な国境調整措置(事実上の高額な追加関税)を課すことで、域内産業を保護する防壁を築こうとしています。

2.同盟国による「限定的な特恵貿易圏」の光と影

この協定は、米国と価値観を共有する同盟国および信頼できる資源保有国(オーストラリア、フィリピン、UAE、サウジアラビア、マレーシアなど)のみで構成される「限定的な特恵貿易圏」の創設を意味します。 組織的な枠組みとして、米国は「FORGE(資源地政学的関与フォーラム:Forum on Resource Geostrategic Engagement)」を創設しており、2月4日の閣僚会合では韓国が初代議長国に就任しています。

域内に参加できた国や企業にとっては、米国の巨大な市場への安定したアクセスが保障され、他国の過剰生産による価格暴落から保護されるという大きなメリットがあります。米国の重要鉱物・製造業支援に係る国内優遇措置(補助金・優遇税制等)においても、協定加盟国であれば要件をクリアしやすくなる見通しです。

しかし一方で、この特恵貿易圏への参加条件は極めて厳格です。鉱山の採掘権から精錬工程に至るまで、懸念される特定国の資本が入り込んでいないことを証明する厳密なルール(外国懸念企業〈FEOC〉条項のさらなる厳格化)や、高度な環境・労働基準の順守が義務付けられることになります。

3.日本企業に突きつけられる実務上の課題と戦略の転換

この歴史的な資源ルールの激変は、EVシフトを進める日本の自動車メーカーやバッテリー製造企業、そして資源権益を扱う総合商社にとって、経営方針の根本的な見直しを迫るものです。なお、日本は2月4日の閣僚会合において米国・EUと共同行動計画を発表しており、協定参加国としての地位を早期に確保した点は重要なアドバンテージといえます。

調達コストの構造的な上昇への適応

日本企業はこれまで、品質要件を満たしつつ「いかに安く調達するか」に注力してきました。しかし、米国の協定によって最低価格ルールが導入され、厳格な環境基準が課される特恵貿易圏の内部では、重要鉱物の調達コストは構造的に上昇します。企業は「安い資源」を探すモデルから脱却し、上昇した調達コストを最終製品の価格にどう転嫁するか、あるいは技術革新によって鉱物の使用量自体をどう減らすかという、新しい付加価値戦略への転換が急務です。

サプライチェーンの完全なる透明化と監査

特恵貿易圏のルールを活用するためには、使用している鉱物が「いつ、どこで採掘され、誰の資本が入った工場で精錬されたか」を、デジタルデータとして完全に追跡・証明できる体制(トレーサビリティ)が不可欠となります。これからの調達担当者には、単なる価格交渉のスキルではなく、地政学的な資本関係の調査能力や、分散型台帳技術(ブロックチェーン等)を活用したサプライチェーンの可視化システムを構築するITへの知見が強く求められます。

おわりに:地政学を組み込んだ経営戦略への転換

米国が主導する「重要鉱物に関する複数国間貿易協定」の策定開始は、資源というグローバル・サプライチェーンの根幹が、経済安全保障の最大の武器として分断される時代の幕開けを象徴しています。

日本の経営層およびビジネスパーソンは、自由貿易の時代に最適化された過去のサプライチェーンの常識を捨て去らなければなりません。自社の調達網が新たな世界の分断線の「どちら側」に属しているのかを常に意識し、ルールの変更に即座に適応できる機動的な組織づくりを進めることが、激動の2026年以降を生き抜くための必須条件となります。


免責事項

本記事は専門的な視点からの一般的な情報提供およびビジネス動向の解説を目的としたものであり、特定の企業に対する投資助言や法的助言を構成するものではありません。各国の通商政策や関税法令は極めて流動的であるため、実際の事業投資や法務・税務判断にあたっては、対象国の最新の官報、公的機関の発表、および専門家による一次情報を必ずご確認ください。

 

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