グローバルビジネスにおいて自由貿易協定(FTA)と経済連携協定(EPA)は、関税削減や通関手続きの円滑化だけでなく、投資環境の整備、知的財産権の保護、デジタル取引のルール策定など、企業活動全般に影響を及ぼす重要な制度インフラとなっています。2026年に入り、世界では歴史的な協定の妥結や新たな交渉の進展が相次いでおり、各国企業は迅速な対応を迫られています。本稿では、2026年2月7日時点における世界のFTA/EPA交渉の最新状況を整理し、日本企業を含むビジネスパーソンが押さえるべきポイントを解説します。jetro.go+1

署名済み・発効間近の主要協定
日本・バングラデシュ経済連携協定(EPA)
2026年2月6日、日本とバングラデシュは経済連携協定(EPA)に正式署名しました。この協定は2024年3月に交渉が開始され、約1年9カ月という異例のスピードで妥結に至りました。バングラデシュにとっては初めてのEPAであり、同国の経済政策において歴史的な転換点となります。crdb+3
協定の内容は、物品貿易における関税撤廃・削減に加え、原産地規則、税関手続と貿易円滑化、投資、電子商取引、知的財産など幅広い分野をカバーしています。日本側は鉄鋼、自動車部品、織物、電子部品などの高関税品目で関税撤廃を獲得しており、特に自動車関連産業への恩恵が大きいと見られています。meti+1
ビジネス上の重要ポイントとして、バングラデシュは後発開発途上国(LDC)からの卒業が予定されており、これまで享受していた特恵関税措置が将来的に失われる可能性があります。このEPAは、そうした制度移行リスクを吸収する安定化策として機能すると期待されています。日本企業は発効前の準備期間を活用し、原産地規則の確認や社内体制の整備を進めることで、競合他社に先行した市場開拓が可能となります。global-scm+1
欧州連合(EU)・インド自由貿易協定(FTA)
2026年1月27日、EUとインドは20年近くにわたる交渉の末、FTA交渉の妥結を発表しました。この協定は双方にとって過去最大規模のFTAであり、発効すれば世界の国内総生産(GDP)の約25パーセント、世界貿易の約3分の1を占める巨大な自由貿易圏が誕生します。jetro+3
協定の具体的内容として、EUはインドからの輸入品の99.5パーセント(輸出額ベース)について市場アクセスを認め、90.7パーセントについては即時関税撤廃、20.3パーセントについては発効後3年から5年で段階的に撤廃します。一方インドはEUに対し、輸出額ベースで97.5パーセントについて市場アクセスを認め、49.6パーセント(品目ベース)について即時関税撤廃、39.5パーセントについては5年から10年で段階的に撤廃します。[afpbb]
特に注目されるのは、インドのEU製自動車に対する関税が現行の110パーセントから10パーセントへと段階的に引き下げられる点です(ただし年間25万台の割当枠内に限定)。また機械類への最大44パーセントの関税や化学品への最大22パーセントの関税の大部分が撤廃されます。農産品では、EU産ワインへの関税が現行の150パーセントから20~30パーセントへ、EU産オリーブオイルへの関税は5年で撤廃されます。[afpbb]
今後の批准手続きとして、インド側の国内手続きに加え、EU側ではEU理事会の承認と欧州議会の同意が必要となります。各加盟国による個別承認は不要であることから、比較的早期の批准が期待されており、インド政府関係者は1年以内の発効を見込んでいます。nna+1
日本企業への影響として、EU企業がインド市場での競争力を大きく強化することになり、特に自動車部品、機械、化学品分野では競合環境が変化します。日本企業は既存のRCEP協定を最大限活用するとともに、インド市場での差別化戦略の見直しが求められます。dlri+1
英国・インド自由貿易協定(FTA)
2025年7月24日、英国とインドは包括的経済貿易協定(CETA)に正式調印しました。3年にわたる交渉の末に達成された協定であり、2040年までに2国間貿易を255億ポンド(約340億ドル)拡大することを目指しています。英国にとっては2020年のEU離脱以降で最大の貿易協定であり、インドにとっても先進国との最大の戦略的パートナーシップとなります。jetro+1
協定では、インドは自動車関税を現行の100パーセント以上から10パーセントへ段階的に引き下げる(割当制に基づく)ほか、インド製の電気自動車とハイブリッド車が英国市場への優遇アクセスを得ます。批准手続きを経て、1年以内の発効が見込まれています。[newsweekjapan]
インドは米国との関税交渉が難航する中、英国およびEUとの協定締結を優先することで、先進国市場へのアクセス確保を進めています。この動きは地政学リスクへの対応として、複数の貿易パートナーとの関係強化を図る戦略の一環です。reuters+1
欧州連合(EU)・メルコスール(南米南部共同市場)FTA
EUとメルコスール(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイで構成)は、25年以上にわたる交渉を経て、2026年1月17日に自由貿易協定に署名しました。具体的には「EU-メルコスール連携協定(EMPA)」と「暫定貿易協定(iTA)」の2つに署名しています。sustainablejapan+1
この協定が発効すれば、7億人以上をカバーし、世界のGDPの20パーセントを占める世界最大級の自由貿易圏が誕生します。暫定貿易協定については、欧州議会とEU理事会の承認を経て先行発効する可能性があります。newsphere+1
ただし、協定の先行きには不透明要素も残ります。欧州議会は2026年1月21日、この協定がEUの規則に適合するかどうかについて欧州司法裁判所に判断を求めることを決議しました。この手続きにより、批准が18カ月から2年程度遅れる可能性が指摘されています。特にフランスを中心とする農業国からは、南米産農産品の流入増加に対する懸念が表明されています。jetro+2
日本企業への影響として、EU企業の南米市場における競争力強化が予想されます。特に自動車部品や機械分野では、原産地規則の精査やESG基準への適合、サプライチェーンの再設計が戦略的課題となります。[youtube]
交渉中の主要協定
日本・アラブ首長国連邦(UAE)経済連携協定(EPA)
日本とUAEのEPA交渉は、2024年9月に開始が決定され、現在第6回交渉会合まで進行しています。直近では2025年12月16日から19日にドバイで第6回会合が開催され、物品、原産地規則、サービス、競争政策に加え、貿易及び持続可能な開発、知的財産、デジタル貿易、政府調達などが議論されました。global-scm+1
日本にとってUAEは重要な自動車輸出市場であり、2023年の対UAE輸出は約1兆4,661億円で、金額ベースで世界第7位、台数ベースで世界第3位の規模です。このため、本協定は単なる「資源国との協定」ではなく、完成車・部品・周辺産業に直接影響を与える重要な協定として位置づけられています。[global-scm]
企業実務の観点から注目すべきは、デジタル貿易や知的財産、政府調達が交渉議題に含まれている点です。これらのルール章は、現地での販売形態、データ移転、委託先管理、入札参加要件に波及しやすく、貿易部門だけでなく法務、IT、営業、調達部門も巻き込んだ準備が必要となります。crdb+1
次回の第7回会合の日程は現在調整中ですが、交渉のペースは比較的速く、今後の進展が期待されています。企業は発効前の段階で、HSコードとBOM(部材表)をEPA利用前提で棚卸しし、製造工程のどこを「原産性を作る工程」にするかを設計しておくことが推奨されます。[global-scm]
日本・湾岸協力理事会(GCC)経済連携協定(EPA)
日本とGCC(サウジアラビア、UAE、バーレーン、クウェート、オマーン、カタールの6カ国)のEPA交渉は、2006年に開始されたものの2009年に中断し、その後2023年7月に再開が決定されました。再開後の第1回会合は2024年12月にリヤドで開催され、第2回会合は2025年6月30日から7月3日に東京で実施されています。murc+2
交渉議題には物品、原産地規則、サービス、通関円滑化、投資、知的財産、電子商取引などが含まれており、現代的な章立てが早期から議題に入っています。日本にとってGCC諸国はエネルギー安全保障の観点で極めて重要であり、外交青書でも重点地域として位置づけられています。murc+1
日本の対GCC貿易では、主に自動車を輸出する一方、原油などの鉱物性燃料を輸入しています。日本の原油に対する関税は既に無税であるため、EPA締結による直接的な関税削減メリットは限定的ですが、エネルギー資源の安定的な確保につながると期待されています。[murc]
企業実務の課題として、GCCは6カ国を束ねる交渉であるため、関税や原産地規則だけでなく、制度運用の整合が最後の難所となりがちです。企業は発効時点の実務運用を見据え、輸入通関のルール、原産地証明の提出形態、事後検証の運用など、運用設計の詳細を注視する必要があります。[crdb]
日本・中国・韓国自由貿易協定(FTA)
日中韓FTAの交渉は、外務省が公表する会合一覧では第16回が2019年11月で、以降の交渉会合は明示されていません。事実上、交渉は長期停滞状態にあります。global-scm+2
しかし、2024年5月のソウルにおける第9回日中韓首脳会議を受けて、交渉加速に向けた動きが報じられています。2025年3月には、3カ国の貿易担当閣僚が「高いレベル」の3国間FTA締結に向けた協力を強める方針を確認しました。さらに2026年1月には、中国商務部が中韓FTA第2段階交渉の早期の実質的成果獲得を推進する方針を表明しています。jetro+2
企業目線では、制度が明文化されるまでは準備に過剰投資せず、ただし再起動の兆候が出た瞬間に動けるよう社内の基礎データを整えておくことが最も費用対効果が高いアプローチです。日中韓FTAが発効すれば、東アジア域内のサプライチェーン最適化に大きな影響を与えるため、交渉再開のシグナルを注視する必要があります。jetro.go+1
その他の交渉状況
長期停滞案件
日本・トルコEPAは、外務省ページ上で交渉会合の公表が2019年10月の第17回までとなっており、長期化しています。経団連も2025年に早期締結を求める文書を公表していますが、具体的な進展は確認されていません。global-scm+1
日本・コロンビアEPAは、外務省ページ上で交渉会合の公表が2015年9月の第13回までとなっており、こちらも長期停滞状態です。近年も在コロンビア日本大使館から「交渉中」との言及は見られますが、交渉再開の明確な情報は確認されていません。global-scm+1
これらの案件については、情報の鮮度に注意が必要であり、企業は一次情報の確認を優先すべきです。[crdb]
交渉中断中の案件
日本・韓国EPAは、外務省で交渉中断中に分類されており、ページ上は2011年の局長級事前協議までが整理されています。日本・カナダEPAも交渉中断中に分類され、ページ上は2014年11月の第7回会合までが整理されています。global-scm+1
両国とも、日本側には既にRCEPやCPTPPなどの他の経済枠組みが存在するため、企業実務としては現在進行中の交渉案件を優先的に注視するのが合理的です。[crdb]
ビジネス実務への影響と準備
RCEP協定の電子原産地証明書(e-CO)相互認証
2026年2月2日、RCEP(地域的な包括的経済連携)協定において、加盟15カ国すべての間で電子原産地証明書(e-CO)を完全に相互認証する運用体制が確立されました。これは貿易実務の歴史的転換点であり、書類作成・郵送・保管のコストと時間が大幅に削減されます。[global-scm]
日本企業は、この新しい電子システムを活用することで、通関手続きの迅速化とコスト削減を実現できます。特に中小企業にとっては、原産地証明の取得負担が軽減され、EPA/FTA活用のハードルが大きく下がります。
企業が今すぐ始めるべき準備
FTA/EPA交渉は外部からはブラックボックスになりやすい一方、企業の準備は公開情報だけでも前倒しで進めることができます。以下の3つのステップが推奨されます。[crdb]
第一に、取引棚卸しをEPA視点で作成することです。対象国向けの売買を、相手国、HSコード、取引額、調達国、加工工程で整理し、関税メリットよりも先に原産地規則で詰まりそうな品目を先にあぶり出します。[crdb]
第二に、原産地の証拠を先に固めることです。サプライヤー証明、工程表、BOM(部品表)、原産材料の原産国を社内監査に耐える形でまとめておきます。協定発効後に駆け込みで対応すると、証明の品質が落ちやすいため、事前準備が重要です。[crdb]
第三に、ルール章の影響を部署横断で点検することです。UAEやGCCのようにデジタル、投資、知的財産が議題に入る案件では、貿易部門だけでなく、法務、IT、営業、調達も巻き込み、想定される義務や権利を洗い出しておくことで、発効後の手戻りを減らせます。[crdb]
トランプ米政権の関税政策への対応
2026年2月5日時点で、米国は「相互関税(Reciprocal Tariff)」を国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発動しており、各国に対して追加関税(従価税)を課しています。日本企業も対米輸出において関税負担増加の影響を受けており、本格的な影響評価や対策検討が進んでいます。global-scm+1
この状況下で、日本企業は既存のFTA/EPA枠組みを最大限活用することが重要です。特にUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の活用や、メキシコ経由での対米輸出における原産地規則の厳格な遵守が求められます。また、第三国経由の迂回輸入と見なされないよう、サプライチェーンの透明性確保が必要です。[jetro.go]
まとめ
2026年2月時点において、世界のFTA/EPA交渉は活発な動きを見せています。署名済みまたは発効間近の協定としては、日本・バングラデシュEPA、EU・インドFTA、英国・インドFTA、EU・メルコスールFTAが挙げられます。交渉中の案件では、日本・UAE EPA、日本・GCC EPA、日中韓FTAが重要な進展を見せています。meti+4
最も実務が動く可能性が高いのは、既に大筋合意に到達した日本・バングラデシュEPAです。次いで、交渉会合が継続して積み上がっている日本・UAE EPAと日本・GCC EPAが続きます。日中韓FTA、トルコ、コロンビアについては、再開や加速のシグナルを見極める局面にあります。meti+1
日本企業は、これらの協定がもたらす機会とリスクを的確に把握し、発効後に慌てるのではなく、発効前に社内データを整え、制度が明確になった瞬間に社内意思決定を迅速に実行できる体制を構築することが求められます。公開情報を活用した継続的なモニタリングと、部署横断での準備体制の整備が、グローバル競争を勝ち抜く鍵となります。[crdb]
世界貿易機構(WTO)のデータベースによれば、通知済みで発効中の地域貿易協定(RTA)は既に380件に達しており、今後もこの数は増加し続けると予想されます。各国が保護主義的な動きを強める中で、FTA/EPAは自由貿易体制を維持する重要な役割を果たしており、企業にとって戦略的な活用が不可欠な経営資源となっています。global-scm+2
免責事項
本稿は2026年2月7日時点で公開されている情報に基づいて作成されています。FTA/EPA交渉は流動的であり、各国政府の発表、交渉の進展、批准手続きの状況などにより内容が変更される可能性があります。本稿の情報は参考情報として提供されるものであり、特定の法的助言や投資判断の根拠として使用されることを意図していません。ビジネス上の意思決定を行う際には、必ず最新の一次情報を確認し、専門家への相談を行ってください。本稿に記載された情報の正確性、完全性、有用性について、筆者は一切の保証を行わず、本稿の利用により生じたいかなる損害についても責任を負いません。
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