メキシコ関税法改正:2026年1月施行へ――電子通関ファイルと罰則強化で「見える化」される貿易実務


1. 何が起きたのか:19年の大改正、2026年1月から本格スタート

2025年11月19日、メキシコ政府は官報(Diario Oficial de la Federación)で「関税法(Ley Aduanera)の改正・追加・削除」を定める大きな政令を公布しました。対象条文はなんと113条に及びます。(info.expeditors.com)

この改正は、

  • 2026年1月1日に原則施行
  • 一部の条文は施行後1か月または3か月後に段階的に適用

というスケジュールになっています。(dlapiper.com)

改正の狙いとして、各種解説では共通して次の点を挙げています。

  • 通関手続のデジタル化・トレーサビリティの徹底
  • 税関当局(SAT・ANAM)の統制強化と税収拡大
  • 密輸・過少申告・虚偽原産地証明など「huachicol fiscal(税の抜け穴)」への対策 (GPF ASESORIA DE NEGOCIOS)

日本企業にとっては、「関税率が上がる」話ではなく、通関実務の管理・証憑・ITシステムが一気に重くなる改正と理解するのが出発点です。

なお、日本語で「メキシコ関税法」と呼ばれることが多い法律は、ここでいう**「Ley Aduanera(税関法)」です。
別に
関税率表を定める「一般輸入・輸出税法(LIGIE)」の改正案(約1,400品目の関税引き上げ)は、今回とは別トラック**で進んでおり、後述のとおり審議が先送りされています。(dlapiper.com)


2. 改正の3つの柱

2-1. 電子通関ファイルの中身が激変:契約書・支払証憑まで必須に

今回の改正で、電子通関ファイル(expediente electrónico aduanero)に保管すべき資料の最低要件が、質・量ともに大きく引き上げられました。

KPMG や各種法律事務所の解説では、以下のような書類が**「最低限」**求められるとされています。(KPMG)

  • インボイス、B/Lなど従来の通関書類に加え
  • 電子税務証憑(CFDI)
  • 国内輸送用のCFDI+Carta Porte補完(車両・ルート・ドライバー情報を含む)(alvarezandmarsal.com)
  • 送金明細・銀行振込記録
  • 保険料・運賃・その他通関関連コストの支払証憑
  • 売買・委託加工・リースなど関連契約書一式
  • 価値申告・バリュエーション分析(Transfer Pricing との整合が問われる部分)

さらに、通関ファイルと在庫管理システム・監視カメラ・トラッキング情報を連動させた「統合電子システム」の義務化が、保税蔵置場やRFE(Recinto Fiscalizado Estratégico)などにも課されます。これらのシステムには、税関当局がリモートで常時アクセスできることが要求されています。(GPF ASESORIA DE NEGOCIOS)

👉 日本企業への含意

  • 「インボイス+パッキングリストさえあれば通関できる」という世界は終わりに近づいている
  • メキシコ子会社の会計・契約・物流情報を、通関ファイルに一元紐づける体制が必要
  • 日本本社側も、契約スキームや価格決定ロジックを説明できる形で文書化しておかないと、監査で突かれやすくなる

2-2. 通関業者(ブローカー)・倉庫・物流事業者への規制強化

(1) 「一生モノ」だった通関士ライセンスが20年更新制+3年ごとの認証に

これまで、メキシコの通関業者(agente aduanal)は、実務上「終身ライセンス」とも言える形で活動してきました。
しかし改正後は、以下のように制度が大きく変わります。(GPF ASESORIA DE NEGOCIOS)

  • 通関士ライセンスの有効期間:20年(同期間の更新可)
  • ライセンスは個人的かつ譲渡不可
  • 3年ごとの技術認定(試験・更新)が義務化
  • 公職にある者は、通関士ライセンスを取得・維持できない
  • 繰り返しの違反や重い犯罪での訴追・起訴で、停止・取消のリスクが大幅増

さらに、これまで存在した**「荷主が虚偽情報を出した場合はブローカーは免責」という条項が削除**され、
荷主の誤った申告に対しても、通関業者が連帯責任を負う方向に転じています。(alvarezandmarsal.com)

>その結果、通関業者は「自分を守るために、荷主へのデューデリジェンスと社内監査を強化せざるを得ない」と各所で指摘されています。(dlapiper.com)

(2) 倉庫・保税区画へのハイレベルなシステム要件

保税蔵置場やRFEなどの施設については、電子在庫管理・ビデオ監視・リアルタイム追跡などのシステム導入が、許可要件として明文化されます。(GPF ASESORIA DE NEGOCIOS)

  • 税関電子システムとの相互接続(インターオペラビリティ)
  • 当局への24時間リモートアクセス
  • 物流・在庫データと通関ファイルの一致性

を求められるため、IT投資なしに倉庫ビジネスを続けることは難しくなります。

(3) 物流・ECオペレーターにも直接規制

Expeditors のまとめによれば、改正は以下のようなプレイヤーにも直接影響を与えます。(info.expeditors.com)

  • 輸入貨物を保管する一般倉庫
  • 航空・宅配便などのクーリエ事業者(簡易通関スキームの明文化)
  • 越境ECプラットフォーム(登録義務や上限の見直し)

👉 日本企業への含意

  • ブローカー側がリスクを嫌い、書類の要求水準や質問のレベルが一段と厳しくなる
  • 「今まで付き合いでやってくれていた」ブローカーが、リスクの高い貨物の取扱いを断る可能性も
  • メキシコ側の倉庫・3PLに対し、システム要件・コンプライアンス状況を確認するデューデリジェンスが必要

2-3. 罰則・税務リスクの大幅強化

関税法そのものに加え、連邦税法典(Código Fiscal de la Federación)の改正もセットで行われ、
密輸・脱税・虚偽申告に対する行政・刑事リスクがかなり強化されています。(dlapiper.com)

代表的なポイントは以下の通りです。

  • 制限品・禁止品の輸入や、非関税措置(NOM・衛生規制・許可等)の不履行に対して
    貨物価値の250〜300%に相当する罰金が科され得る(dlapiper.com)
  • 価値申告(Manifestación de Valor)や電子価格証明(COVE)での誤り
    ⇒ 1件あたり約29,000〜53,500ペソの罰金(約25〜45万円規模)(alvarezandmarsal.com)
  • ラベリング違反、申告住所に貨物が存在しない場合など、新たな差押え(embargo)事由が追加(alvarezandmarsal.com)
  • FTA上の特恵関税を不正に得るための虚偽原産地証明について、
    税法典上の**「脱税」「虚偽申告」等の刑事リスク**が明確化(dlapiper.com)

👉 日本企業への含意

  • RCEP・日メキシコEPA・USMCA原産地証明などをメキシコ側が利用する場合、
    日本本社が出すサプライヤー証明や原産地情報に虚偽・過失があると、メキシコ側で刑事リスクに直結する可能性
  • 移転価格税制のみならず、関税バリュエーションの整合性が、これまで以上に重要な経営課題になる

3. IMMEX・RFEなど製造優遇スキームへの直撃

今回の改正は、単なる「通関ルール改正」にとどまらず、IMMEX・RFEといった製造優遇スキームに特に厳しいメッセージを発しています。(dlapiper.com)

3-1. RFE(Recinto Fiscalizado Estratégico)

  • RFEへの貨物導入にあたり、関税保証口座や信用状による保証義務を明文化(dlapiper.com)
  • 貨物の加工・保管・分配等を行う場合、実際に工程が行われたことを示す技術・会計資料を保持しなければならない
  • RFEが港・税関と隣接していない場合、認定された「認定商業パートナー(socio comercial certificado)」のみが輸送・通関を実施可(dlapiper.com)

3-2. IMMEX(マキラ)企業

  • IMMEX間の移転取引について、**拡張版の通関ファイル(Article 59 V)**を作成・保管する義務
    • 通常の通関書類に加え、工程資料・原材料使用実績・会計記録などを含めて一体管理 (dlapiper.com)
  • 在庫管理・工程トレーサビリティ・リモート監査に対応できるシステム導入が必須

DLA Piper は、これらの改正を踏まえ、2026年にメキシコの貿易税収が約1517億ペソから2547億ペソに増加するとの政府見通しを紹介しており、その相当部分が監査・検査強化による追加徴収と見られています。(dlapiper.com)

👉 日本企業への含意

  • メキシコでの組立・加工拠点(マキラ・IMMEX工場)を持つ企業は、最優先で影響分析が必要
  • 工場内の在庫管理・実績データと、通関データ・会計データの**「三位一体」管理**が求められる
  • RFEを活用した在庫バッファ・再輸出スキームは、保証や証憑負担の増加を前提に再設計すべき段階

4. 「関税率引き上げ法案(LIGIE改正)」との関係

今回の関税法(Ley Aduanera)改正とは別に、メキシコ政府は一般輸入・輸出税法(LIGIE)の大改正案も提出しています。

  • 1,463の関税分類を改正し、主にFTAのない国(中国など)からの輸入品に35%前後の高関税を課す構想(Eje Central)
  • しかし、このLIGIE改正案は、議会での審議が先送りされ、現行会期末の2027年8月31日まで棚上げされる可能性があるとDLA Piperは指摘しています。(dlapiper.com)
  • とはいえ、大統領は緊急権限に基づき個別に関税を引き上げる権限を維持しており、完全にリスクが消えたわけではありません。(dlapiper.com)

したがって、

  • 「2026年1月に変わるのは主に手続と罰則」
  • 「関税率そのものの大幅引き上げ(LIGIE改正)は、別の政治日程で動き続けている」

という二重の時間軸でメキシコリスクを見ておく必要があります。


5. 日本企業が今からやるべき5つのチェックポイント

最後に、日本のビジネスマンの視点で、2026年1月までに最低限チェックしたいポイントを整理します。

5-1. メキシコ側の「電子通関ファイル」体制の棚卸し

  • メキシコ法人がどの程度、
    • CFDI+Carta Porte
    • 契約書・見積り・支払証憑
    • バリュエーション資料
      一元的に保管・紐づけできているかを確認
  • ERP・WMS・TMS と通関システムが「バラバラ」になっている場合、
    2025年のうちに統合作業をどこまで進められるかが勝負

5-2. 通関ブローカーとの関係性の再構築

  • 改正後は、ブローカーも自らのライセンスを守るために保守的になります
  • 現在取引しているブローカーに対し:
    • 改正関税法への対応方針
    • 必要書類の増加や、質問項目の変化
    • 社内監査(due diligence)の頻度
      事前にすり合わせておくことが重要です

5-3. IMMEX・RFE利用スキームの総点検

  • 工場の在庫・工程データと通関データが、
    「いつでも監査対応できるレベル」でリンクしているかを確認
  • RFE利用を検討・利用中の企業は、
    • 保証口座・信用状のコスト
    • 限定された輸送業者・通関業者の利用制約
      を考慮してビジネスケースの再計算が必要です

5-4. 原産地証明・バリュエーションのガバナンス強化

  • 日本本社が発行する
    • サプライヤー証明
    • 原産地証明用の情報
    • 移転価格ポリシー
      が、メキシコでの通関・税務監査に耐えうる文書になっているか再点検
  • 特に、虚偽原産地証明に対する刑事リスクが明確化されたため、
    FTA/EPA対応部門と税務・コンプライアンス部門の連携が必須です。(dlapiper.com)

5-5. メキシコを「低コスト拠点」とだけ見ない

  • 改正は明らかに、「税関・税務コンプライアンスが重い国」としてのメキシコを前提にした制度設計です
  • 中国+1、USMCA向け生産拠点としての魅力は依然高いものの、
    「安い・緩いからメキシコ」という発想は通用しなくなるタイミングと言えます

6. まとめ:2026年のメキシコは「通関DX+監査強化」元年

  • 2025年11月19日に公布された関税法改正は、113条を一気にいじる大規模な制度変更であり、
    2026年1月1日から本格施行されます。(info.expeditors.com)
  • 中心テーマは
    • 電子通関ファイルとITシステムの義務化・高度化
    • 通関業者・倉庫・IMMEX/RFEへの規制強化
    • 罰則・刑事リスクの大幅引き上げ
      であり、実務の透明性と当局の監視能力を一気に高める内容です。
  • 関税率そのものをいじるLIGIE改正案(約1,400品目の高関税化)は、
    議会で先送りされたとはいえ、政治状況次第で再浮上し得るリスクとして残っています。(dlapiper.com)

日本企業としては、

「関税率はまだ上がっていないから安心」ではなく、
「通関・税務コンプライアンスの管理レベルを2026年仕様に引き上げる」

という発想で準備を進めることが重要です。


※本記事は、KPMG、DLA Piper、Alvarez & Marsal、Mijares、Expeditors など複数の専門家レポートを比較・確認したうえで、ビジネス向けに要約したものです。個別案件への適用には、必ず現地の専門家・顧問弁護士等の助言を受けてください。(KPMG)