タイ政府はEUとのFTA交渉を最優先事項に位置づけ、英国とのFTAも積極推進しています

タイのFTA戦略概要

タイ商務省貿易交渉局は2025年12月、FTA戦略を発表しました。EUとのFTAを最優先とし、韓国やASEANカナダFTAも並行推進します。これによりFTA締結数は17件に達し、貿易カバー率を60%超に高めます。esf+1

第8回EU交渉会合は2026年2月2日から6日までタイで開催予定です。全24章中8章が妥結済みで、年内結了を目指します。政府調達、知的財産、持続可能な貿易が焦点です。pattayamail+1

EU・英国FTAの進捗状況

EUはタイの第4位貿易相手で、2024年の貿易額は435億ドルです。主要輸出品は電子機器、ゴム製品、自動車部品で、輸入は機械や医薬品が中心となります。[jetro.go]​

英国とのFTA交渉はEnhanced Trade Partnershipに基づき、2026年初頭のJETCO会合で加速します。英国商工会議所はEU並みの関税優遇を求め、タイ輸出業者の競争力維持を強調しています。thaiexaminer+1

これらFTA発効で、タイの対EU輸出が強化され、電子部品や食品加工業に恩恵が及びます。[nationthailand]​

ビジネスマンへのビジネス影響

EU市場アクセス向上により、タイ製造業の関税削減が実現します。例えば、自動車部品輸出企業はEUの厳格基準クリアでシェア拡大可能です。jetro+1

英国FTAはBrexit後の代替ルートを提供し、宝石や鶏肉加工品の輸出機会を増やします。サプライチェーン多角化で米国関税リスクを軽減できます。bilaterals+1

投資家はサービス貿易開放を注視し、タイ現地生産で欧州進出を検討すべきです。[nationthailand]​

今後の対応策

企業は第8回交渉監視とルール適合を確認します。商工会議所やJETRO活用で最新情報を入手し、早期市場参入を準備してください。nationthailand+1

FTA活用でGDP押し上げ効果が期待され、2026年貿易額1390億バーツ増の見込みです。[nationthailand]​

韓国への関税25%引き上げ表明を実務で読む。米韓合意「不履行」批判が企業に与える波紋

2026年1月下旬、米国で「韓国からの輸入に対する関税を25%に引き上げる」という発言が報じられました。政治ニュースとして消費すると見落としがちですが、ビジネスの現場では、調達コスト、価格交渉、出荷計画、通関対応が同時に揺れます。

本稿では、報道で示されている論点を整理しつつ、企業が取るべき実務対応を、できるだけ具体的にまとめます。

背景整理 何が起きたのか

報道の共通項を、実務に必要な粒度で並べると次の通りです。

・米韓間で一定の通商合意が成立し、韓国向け関税が引き下げられていた
・その見返りとして、韓国側の対米投資やエネルギー購入などがパッケージとして語られていた
・しかし米側は、韓国側の履行が不十分だと主張し、関税を25%へ引き上げる考えを示した
・韓国側は、正式な通知を受けていないという趣旨の反応も報じられた

この時点で重要なのは、誰の主張が正しいかではありません。企業にとっての本質は、関税が交渉カードとして再び前面に出てきたこと、そして発効日や適用範囲が流動的になり得ることです。

なぜ今、25%なのか。政治より先に見るべき構造

今回の動きは、関税を使って相手国の国内手続きを動かす圧力設計として読むのが実務的です。二国間の合意は、相手国の議会や制度手続きを通らないと実行に移せない場合があります。一方で、米国側は関税を早く動かせる局面がある。ここに非対称性が生まれます。

企業にとっての教訓は次の2点です。

・相手国の国内政治が止まると、関税が再び上がる前例になり得る
・合意の法的形式や国内での位置づけが曖昧だと、実務スケジュールが読みにくくなる

影響を受けやすい業界 自動車だけでは終わらない

報道では、自動車、木材、医薬品などが例として挙げられています。ただし、どこまでが対象になるのかは、表現の幅があり、品目限定なのか、より広範囲に及ぶのかが読み取りにくい局面です。

ここでやってはいけないのは、対象が一部に限られる前提で、対策を遅らせることです。現場は、対象が広い場合の損益耐性まで含めて準備したほうが安全です。

企業が直面する実務論点 契約、価格、通関が同時に揺れる

国別関税の変動は、だいたい次の順番で現場を直撃します。

  1. 取引条件の再交渉
    関税は輸入者負担が原則でも、実際には価格に転嫁されます。関税転嫁条項が弱い契約ほど、短期間で粗利が削られます。
  2. 出荷計画の見直し
    発効日や適用範囲が確定しない局面では、前倒し出荷、在庫積み増し、代替ソース探索が同時進行になります。
  3. 原産地と品目の再点検
    国別関税は原産地判定に依存します。韓国由来とみなされる条件、第三国工程を挟む場合の判断は、サプライチェーン設計そのものに跳ね返ります。
  4. 追加措置との重なり
    制度によっては、別の追加関税と重なり、合算の税負担が想定以上になるリスクがあります。対象品目の棚卸しと影響試算は必須です。

日本企業の見立て 当事者でなくても影響は回り込む

日本企業にとっての主な影響経路は3つあります。

・韓国の対米輸出が鈍ることで、部品や素材の需要構造が変わる
韓国メーカー向けの中間財を供給している企業は、米国向けラインの調整が連鎖し得ます。

・米国市場での競争条件の変化
韓国製品の価格が上がれば、同等品を供給できる企業には商機が生まれます。一方で、韓国企業の現地化が加速すると、調達先が米国内へ移る圧力も強まります。

・北米サプライチェーンの再編コスト
多元化は中長期では強靭化につながりますが、短期では監査、仕様変更、認証、物流設計などのコストが先に発生します。

今すぐやるべき実務チェックリスト

発効日や正式通知が流動的なほど、準備は前倒しが安全です。次のチェックは、今日から始められます。

  1. 対象品目の洗い出し
    自社製品や部材が、韓国原産として米国へ入る経路を棚卸しします。自動車関連、木材関連、医薬品関連は優先度を上げます。
  2. 契約条項の確認
    関税転嫁条項、価格改定トリガー、インコタームズ、引渡し時点を点検し、再交渉が必要な取引を特定します。
  3. 通関面の即応
    品目分類の再確認、原産地を裏づける証憑、米国側輸入者との連絡ルートを整備します。
  4. シナリオを2段で作る
    A: 一部品目のみ25%
    B: 広範な品目が25%
    両方でコスト影響、価格改定の必要幅、代替案を試算します。
  5. 政策カレンダーの監視
    相手国の手続き進捗、米国側の正式な手続き、施行日の公表を追跡し、社内のアラート条件を決めます。

まとめ 政治コメントより先に、現場の耐性を作る

今回の「韓国への関税25%」は、韓国向けニュースであると同時に、合意の国内手続きが遅れれば関税が再び動くというシグナルでもあります。報道時点では、適用範囲や開始時期が読み切れない要素が残り、だからこそ不確実性が最大のコストになります。

企業側が取るべき合理的な動きは、政治的な評価ではなく、対象範囲の棚卸し、契約と通関の即応設計、そして複数シナリオでの損益耐性づくりを前倒しで進めることです。

EUとインドがFTA妥結 人口約20億人市場が動く。広がる「米抜き貿易圏」をビジネスで読み解く

2026年1月27日、EUとインドは自由貿易協定(FTA)の交渉妥結を公式に発表しました。
EU・インド双方にとって過去最大級の通商合意であり、人口規模で約20億人、世界GDPの約4分の1に近い市場を一体としてつなぐ枠組みになると説明されています。

もっとも、現時点では交渉妥結であり、今後は法的精査(リーガルスクラビング)と翻訳を経て、EU側は加盟国および欧州議会、インド側は国内手続きを完了させる必要があります。
このため、企業の実務としては、協定署名・批准から発効まで一定のタイムラグが生じる前提で準備を進めることになります。

今回のFTAは、単に「関税を下げる」だけの合意ではありません。
原産地規則、通関手続き、標準・認証(SPS・TBT)、デジタル貿易、サービス、労働・環境、紛争解決までを含む包括的な枠組みであり、企業の競争条件そのものを更新するタイプの合意として位置づけられています。


1. まず数字でつかむ合意のスケール

1-1. 貿易規模

EUの整理では、EUとインドの物品貿易は2024年時点でおよそ1,200億ユーロ規模とされています(対インド輸入約710億ユーロ、輸出約490億ユーロ)。
インド政府の発表によれば、2024-25年度の物品貿易額は1365億ドル、インドの対EU輸出は約758億ドルという規模感です(年度・通貨が異なるため単純比較はできません)。

1-2. 関税削減の大枠

欧州委員会の chapter‑by‑chapter サマリーによれば、EUは関税項目の90%超(価値ベースで約91%)の関税を撤廃し、インドは関税項目の86%(価値ベースで約93%)を撤廃する方針です。
さらに部分自由化も含めると、貿易価値ベースの自由化カバー率は、インド向けEU輸出が96.6%、EU向けインド輸出が99.3%に達すると整理されています。

EUのファクトシートでは、EUからインド向けの物品輸出の96.6%に対して関税が撤廃または削減され、EU企業は年間最大40億ユーロ規模の関税負担軽減が見込めると説明されています。
この水準は、インドがこれまでいずれのパートナーにも与えてこなかった規模の市場開放だと強調されています。


2. 実務で効く論点は「関税」より「条件」と「ルール」

2-1. 関税は段階撤廃と例外設計が前提

【インド側】

ロイターの要約では、インドはEUとの貿易品目の約30%で関税を即時ゼロにし、EUからの輸出の9割超に対し関税撤廃または削減を行うとされています(品目数と貿易価値が混在して語られるため、一次資料との突き合わせが重要です)。
インド政府のファクトシートでは、インドは対EU輸入について関税項目ベースで約92.1%を自由化対象とし、即時撤廃と5年・7年・10年の段階撤廃を組み合わせる設計であると説明されています。

【EU側】

同じくロイターによれば、EUは協定発効時点でインド製品の約90%に対する関税を撤廃し、7年以内にゼロ関税の対象を約93%まで拡大する見通しです。
EUの平均関税率が現行の約3.8%から約0.1%まで低下するとの試算も報じられており、この点はロイターの推計であることを明示しておく必要があります。

インド政府の発表でも、EU市場に対するインド産品の優遇アクセスが関税項目の約97%(貿易価値ベースで約99.5%)に及ぶとされ、とくに労働集約型セクターを中心に即時ゼロ関税のインパクトが大きいと説明されています。

ビジネス上の結論
企業にとって重要なのは、「関税が下がる」事実そのものよりも、「いつ、どの品目が、どの条件で、どれだけ下がるか」です。
とくに数量枠(TRQ)、段階撤廃の年次スケジュール、例外品目は、価格交渉・供給計画・設備投資の前提条件そのものになります。


2-2. 自動車は最大の象徴。ただし数量枠と価格条件付き

今回の合意で最も注目を集めている分野のひとつが、自動車関税です。
報道ベースでは、インドがEUからの乗用車輸入に課している最大110%の関税を段階的に引き下げ、まず40%程度まで下げた上で、最終的に10%まで低減させる設計とされています。

ロイターなどの報道では、以下のような条件が伝えられています。

  • 年25万台の輸入枠内で、5年かけて関税を10%まで引き下げる。
  • 一定価格(例:1万5千ユーロ)未満の車両は対象外となる。
  • 最終的な数量枠は、内燃機関車16万台、電気自動車(EV)9万台に区分される。
  • 枠外の輸入については、関税の大幅削減は適用されない。
  • CKDキット(ノックダウン輸入)は今回の優遇関税の対象外。
  • EVに対する本格的な関税削減は、協定発効後5年目から始まる。

EU側のファクトシートでも、EU車に対して最終的に10%の関税を適用する一方、年間25万台のクォータ(数量枠)が設定される旨が明記されています。

ここから言えること
完成車ビジネスでは関税引き下げのインパクトが大きい一方、数量枠と価格条件がボトルネックになり得ます。
販売増を前提とした中長期計画ほど、「誰が、どのようなスキームで枠を確保するのか」という実務設計と、部品やサービスを含む全体最適のシナリオが重要になります。


2-3. 原産地規則は「第三国迂回」を塞ぎ、サプライチェーン再設計を迫る

EUのchapter‑by‑chapterサマリーによれば、原産地規則(RoO)は近年のEU FTAと整合的な構造で、「相手国域内で十分な加工が行われた製品のみ」を優遇対象とする原則を採用しています。
また、企業による自己証明(statement on origin)を軸とし、電子的な手続き(ポータル経由の提出・審査)を含む近代的な原産地証明枠組みが導入されると説明されています。

インド政府の説明でも、製品別原産地規則は既存サプライチェーンとの整合性を意識しつつ、自己証明を活用してコンプライアンスコストを抑える方向性が示されています。

実務インパクト
FTAの恩恵は自動的には降ってきません。
原産地要件を満たすように部材調達・生産工程・ロジスティクスを再設計できる企業ほど、優遇税率を前提とした価格競争力を確保しやすくなります。要件を満たせない場合は、従来どおり通常関税が適用される点に注意が必要です。


2-4. 規格と認証の重要度はむしろ上がる

EU側サマリーでは、SPS(衛生植物検疫)分野について、EUは自らの高い保護水準と科学的根拠に基づく厳格な基準を「例外なく」維持することが明記されています。
TBT(貿易の技術的障害)については、WTO協定整合性に加え、新たな技術規則を導入する際に60日間のパブリックコメント期間と、公布から施行まで原則6か月の猶予期間を設けるなど、透明性を高める仕組みが盛り込まれています。

また、適合性評価に関する作業部会を設け、インドの品質管理命令(Quality Control Orders)も継続的な議題として扱うことで、相互の規格・認証制度の調整を図る枠組みが示されています。

ここがポイント
関税が下がるほど、次の差別化要因になるのは「規格適合のスピードとコスト」です。
認証取得、試験体制、監査対応、文書管理などの体制整備は、とくに製造業にとって中長期の競争力に直結する先行投資になっていきます。


2-5. サービスとデジタルは「第二の本丸」

【サービス】

EUサマリーによると、2024年のEU・インド間サービス貿易は約598億ユーロ規模であり、今回の協定はGATSをベースにしつつ、より「現代的」なルールを取り込む設計です。
具体的には、WTOの「サービス国内規制イニシアティブ」の要素の反映、金融サービス分野の枠組み整備、経営陣に関する国籍要件や現地拠点要件の透明性向上、専門職人材の一時的な移動に関する規定などが含まれます。

ロイターは、EUがインドに対して144のサービス分野へのアクセスを認め、インドは金融・海運・通信などを含む102の分野をEUに開放すると報じています。
インド政府も、EU側が144のサービス分野でより深い約束(ディープ・コミットメント)を行ったと説明しています。

【デジタル】

EUサマリーによれば、デジタル貿易章は、消費者保護や事業者の法的安定性の向上に加え、ソースコードの強制開示から企業を保護する規定や、迷惑通信(スパム)対策などを含んでいます。

実務インパクト
製造業であっても、販売・保守・データ分析がデジタル・サービスにシフトするほど、このサービス・デジタル章の重要性は増します。
IT・BPO・プロフェッショナルサービスだけでなく、製造業のサービス化や越境データの取扱い・契約実務にも波及効果が見込まれます。


2-6. サステナビリティと執行は「努力目標」ではなく契約条件へ

EUサマリーによると、「貿易と持続可能な開発(TSD)」章には、気候変動、森林・生物多様性の保護、違法伐採・違法漁業対策、労働者の権利(ILO中核的原則)、ジェンダー平等などが含まれ、法的拘束力と執行メカニズムが付与されます。
紛争解決についても、独立したパネルによる審査、拘束力ある判断、透明性の高い手続きなどを備える枠組みが示されています。

【CBAMの扱い】

ロイターは、EUの炭素国境調整措置(CBAM)について、インドに対して特別な例外は設けない一方、インド企業のカーボンフットプリント検証を支援する技術グループを設置し、EUが約5億ユーロ規模の技術・資金支援を行う枠組みが検討されていると報じています。
鉄鋼分野では、EUの無税輸入枠について、インドに対し年間160万トンの無税アクセスが認められる見通しが示されています。

ビジネス上の含意
脱炭素と人権は、もはや「広報テーマ」ではなく、入札要件・取引条件・監査項目として売上・収益に直結しやすい領域に変わりつつあります。
とくにEU向けサプライチェーンに関わる企業にとっては、排出量データの管理、トレーサビリティ、第三者検証を含む運用を前提とした体制整備が安全側の選択になります。


3. 広がる「米抜き貿易圏」をどう捉えるか

今回の合意を、単にEUとインド(形式的にはEU27か国とインド)の二国間で関税を下げる枠組みとしてのみ見ると、本質を見落としかねません。
ロイターは、この合意が「米国との不安定な関係に備える」文脈で語られている点を指摘しており、協定全体が多極的な経済安全保障戦略の一部として位置づけられていることを伝えています。

同じくロイターは、EUがメルコスールとの通商合意を前進させ、インドも英国・ニュージーランド・オマーンなどとの合意を積み重ねてきた流れの中に、今回の合意を位置づけています。
通商ネットワークを多極化し、特定市場への依存リスクを低減する方向性が読み取れます。

今回のサミットでは、FTAだけでなく、安全保障・防衛パートナーシップの署名、イノベーション拠点やスタートアップ連携、モビリティ枠組みなども並行して合意されました。
EUの安全保障研究機関などは、ウクライナ侵攻や米国の不確実性増大を背景に、EUとインドの関係が「分野別に組み立てるモジュール型のパートナーシップ」に移行しつつあると分析しています。

ビジネスの結論
「米抜き」とは、反米という意味ではなく、市場アクセスとルール形成が複数極に分散して再編されることを指します。
米国の動向が引き続き重要である一方で、米国だけを前提にした供給網・投資最適化は相対的にリスクが高まり、EU・インドを含む多極的なシナリオ設計が不可避になりつつあります。


4. 日本企業が今すぐ着手すべき実務チェックリスト

4-1. 自社品目の関税スケジュールと数量枠を洗い出す

自動車、鉄鋼、農産品・食品は、数量枠や例外、段階撤廃の組み合わせで条件が複雑になりやすい領域です。
EUファクトシートや章別サマリー、インド側のファクトシートなど一次情報に沿って、自社のHSコード別に影響額を試算しておく必要があります。

4-2. 原産地規則から逆算して調達と工程を組み直す

どの国・地域で、どの程度の加工を行えば優遇対象になるのかを、品目別原産地規則から逆算して設計します。
自己証明や原産地確認の運用(ポータル利用、税関監査、検証フロー)まで含めたプロセスを、サプライチェーン・経理・法務の三者であらかじめ描いておくことが重要です。

4-3. 規格・認証・監査の体制を前倒しで整える

関税が下がるほど、規格適合のスピードが競争軸となります。
EUのSPS基準の厳格運用、TBT分野の透明性ルール、適合性評価の作業部会などを前提に、品質保証・法務・営業・ロジスティクスの連携を再設計しておくとよいでしょう。

4-4. 脱炭素と人権に関するデータ運用をサプライチェーン全体で整備する

CBAMや持続可能性条項は、コストだけでなく、取引条件・入札資格に直接的な影響を与えます。
排出量データの収集・算定・検証、トレーサビリティ管理、第三者認証の活用などを含めたサプライチェーン全体の運用設計を、EU向けビジネスの前提条件として位置づける必要があります。

4-5. サービスとデジタルを成長投資の中心に置く

サービス章・デジタル貿易章は、製造業に対しても大きなレバレッジを提供します。
欧州顧客向けの案件でインドのIT・BPO人材を組み込む、欧州の金融・物流事業者と連携してインド市場で三角形のソリューションを組むなど、「EU×インド×自社」の組み合わせを前提にしたビジネスモデル設計が求められます。

4-6. 発効までの時間軸を前提にした体制整備

法的精査と翻訳を経て、双方の批准を完了させるまでには、概ね1年程度を要するとの見立てが各種報道で示されています(具体的な月数は今後のプロセス次第)。
批准過程で文言や付属書が調整される可能性もあるため、最終テキスト公開後に再点検を行う責任部署(貿易実務・法務・経営企画など)をあらかじめ決めておくと、社内対応がスムーズになります。


5. まとめ

EUとインドのFTA妥結は、人口約20億人、世界GDPの約4分の1に近い巨大市場をつなぐだけでなく、デジタル、サービス、サステナビリティ、通関・原産地規則まで含めた「ビジネスのルールセット」を同時に更新する合意です。
米国を含まない形でも通商ネットワークが広がる局面では、企業側もサプライチェーン、投資、コンプライアンスの前提を多極化させることがリスク管理そのものとなっていきます。

中国、鋼材輸出に新たな許可要件 2026年1月から何が変わるのか

2026年1月1日から、中国は一部の鉄鋼製品について輸出時に「輸出許可証」を求める制度を開始します。対象はHS10桁ベースで約300品目とされ、原料から半製品、鋼板・コイル、めっき材、形鋼、鋼管など広い範囲をカバーします。輸出実務に直結するため、調達・販売・物流の現場が先に影響を受けやすいテーマです。 (ジェトロ)

本稿は、2026年1月27日時点で確認できる一次情報と信頼できる報道に基づき、制度の要点と実務対応を整理します。 (中国商务部)

要点サマリー

項目内容
施行日2026年1月1日
根拠文書商務部・海関総署 公告2025年第79号(文書日付は2025年12月9日、公表は12月12日)
対象一部鉄鋼製品(HS10桁で約300品目、詳細は公告添付リスト)
申請に必要な主要書類輸出契約、メーカー発行の製品品質検査合格証明
許可証の発給機関商務部および委託を受けた省級・一部副省級都市の商務主管部門など(企業属性で管轄が分かれる)
実務細則未規定事項は公告2024年第65号に従う

上記は、ジェトロの整理と中国商務部の公告本文に一致します。 (ジェトロ)

1. 何が変わったのか 輸出許可証が必要になる

今回のポイントは「鉄鋼の輸出が全面禁止になる」ではなく、対象品目を輸出する際に、通関前提として輸出許可証を取得し、税関手続で提示できる状態にしておくことが求められる点です。公告2025年第79号は、既存の「輸出許可証管理貨物目録(2025年)」を調整し、鉄鋼製品の一部を当該目録に追加する、と明記しています。 (中国商务部)

実務上は、次のどこかで詰まると出荷が止まります。

  1. 対象品目かどうか(HS10桁の判定、製品仕様の確定)
  2. メーカー品質証明の手当て(発行主体・記載内容・タイミング)
  3. 許可申請の受付・審査(申請窓口の確認、差戻し対応)
  4. 通関時の整合(申告HS、インボイス記載、許可証の一致)

制度は、輸出企業の社内手続ではなく、出荷そのものに影響する運用ルールです。 (中国商务部)

2. 対象範囲は広い 原料から完成品まで

ジェトロは対象をHS10桁で約300品目と整理しています。 (ジェトロ)
JOGMECやCISTECの解説でも、原材料・一次形状品(銑鉄、再生鉄鋼原料、鉄鋼くず等)から、半製品(ビレット、スラブ等)、熱延・冷延、めっき・コーティング、その他鋼材や鋼管まで、産業チェーン全体を網羅する構成である点が強調されています。 (JOGMEC 石炭資源情報)

ここで重要なのは、一般に「鋼材」と聞いて想起する薄板・形鋼だけではなく、半製品やスクラップ類も含み得る設計になっていることです。対象判定を甘く見ると、契約済みの出荷直前にストップするリスクが上がります。 (JOGMEC 石炭資源情報)

3. 申請に必要なもの 契約と品質証明が鍵

公告2025年第79号は、対象品目を輸出する際、輸出契約とメーカー発行の製品品質検査合格証明で許可を申請すると明記しています。 (中国商务部)

この要件は、現場に次の行動を迫ります。

  • 取引スキームの再設計
    例えば、商社が輸出者でメーカーが別の場合、品質証明の入手ルートと責任分界を契約に落とし込む必要があります。
  • 書類の整合管理
    品質証明に紐づくロット、規格、品名、仕様が、インボイスや通関申告とズレると差戻しの原因になります。
  • リードタイムの織り込み
    許可取得の所要日数は案件・地域でブレます。月末集中出荷やスポット案件ほど遅延が表面化しやすくなります。

制度の狙いとして「品質」を前面に出している点は、各種報道でも繰り返し言及されています。 (Reuters)

4. 誰が許可証を出すのか 窓口が分かれる

公告本文は、商務部および委託を受けた省級地方の商務主管部門、さらに一部副省級都市の商務主管部門などが分担して許可証を発行するとしています。加えて、北京で国務院国資委監督下の企業は商務部許可証局が発行し、それ以外は所在地の省級または副省級都市の主管部門が発行する、と管轄分岐も書かれています。 (中国商务部)

ここは日本企業側も無関係ではありません。なぜなら、許可取得の窓口が誤っていると、申請差戻しで出荷遅延になり、そのコストはサプライチェーン全体に転嫁されやすいからです。

5. なぜ今なのか 貿易摩擦と「量は増えたが値は下がる」構造

背景として複数の論点が重なっています。

  • 輸出量の増加と対外摩擦の増加
    JOGMECは、輸出価格の下落や低付加価値品の増加、反ダンピングなど貿易摩擦の増加に触れています。 (JOGMEC 石炭資源情報)
  • 国際的な保護主義の圧力
    ロイターも、増加する中国鉄鋼輸出が各国で反発を招いている点を背景として報じています。 (Reuters)
  • WTO整合性を意識した「監視・管理」手段
    ロイターは、中国商務部が本制度をWTOルールに沿うものと説明していること、輸出量の制限そのものではない旨を述べたことを報じています。 (Reuters)

ビジネス目線での読み方はシンプルです。中国が輸出の蛇口をすぐに締めると断定はできない一方、輸出フローを制度的に追跡し、品質証明を紐づけることで、今後より強い運用(対象拡大、審査厳格化、別制度との連結)に移行できる土台が整う、という点に意味があります。 (中国商务部)

6. 日本企業にとっての実務インパクト

中国から鋼材・鋼材加工品を調達する企業、または第三国向けに中国製鋼材を扱う商社・物流企業は、次の影響を見込むべきです。

  1. 納期リスクの増加
    許可取得が前工程として追加されるため、従来のリードタイム設計が崩れます。スポット輸送や短納期案件ほど影響が出ます。 (中国商务部)
  2. 契約実務の論点増
    契約条件に「輸出許可証の取得と提示」「未取得時の解除・遅延免責」「追加費用負担」「代替調達」などを明確化しないと、揉めやすくなります。
  3. HS判定の重要度が上がる
    対象品目がHS10桁で規定されるため、分類の揺れがそのまま通関可否に響きます。 (ジェトロ)
  4. 品質証明書の標準化圧力
    「メーカー発行の品質検査合格証明」が要件に入ったことで、従来のミルシート運用や検査体系が弱いサプライヤーは遅延要因になります。 (中国商务部)

7. 今日からできるチェックリスト

輸入者・購買側(日本企業)向け

  1. 調達品目が対象かをHS10桁で特定する
    現行のインボイスHSと、実際の仕様を突合する。
  2. サプライヤーに確認する
    対象なら、どの当局窓口で許可申請するのか、申請に必要な品質証明は誰がいつ発行するのか。
  3. 出荷条件を更新する
    出荷前に許可証写しの提出を求め、未取得時の対応(納期延長、代替、キャンセル)を条文化する。
  4. 物流と通関の手順を見直す
    ブッキング前に許可取得状況を確認するゲートを設ける。

輸出者・商社側(中国側サプライヤーを含む)向け

  1. 対象判定のワークフローを固定する
    設計変更・規格変更がある場合、HSと対象判定が変わる前提で管理する。
  2. 品質証明書のテンプレートと発行責任を決める
    ロット、規格、数量、品名が契約・インボイス・申告と一致するように統一する。
  3. 申請窓口を間違えない
    公告にある管轄分岐(商務部許可証局、地方商務主管部門、副省級都市など)を確認する。 (中国商务部)
  4. 細則は公告2024年第65号で補完される前提で読む
    同公告には、許可の申領、許可機関、通関使用回数に関する枠組みが示されています。 (中国商务部)
    ロイターは、鋼材の輸出許可について有効期間や通関での利用回数が論点になる旨も報じています。 (Reuters)

8. 今後の注視点

  • 対象リスト(HS10桁)の改訂有無
    制度開始後に、対象の微調整が入る可能性があります。 (中国商务部)
  • 審査運用の実態
    申請が集中する時期や地域で遅延が恒常化するか。
  • 品質要件の厳格化
    「品質証明が必要」という設計は、将来的に具体的な規格適合や検査要件の強化につながり得ます。
  • 各国の通商措置との連動
    反ダンピングやセーフガードなど対外措置の状況次第で、輸出管理がより政策的に使われる余地があります。 (JOGMEC 石炭資源情報)

メキシコ自動車関税の即時実務整理

2026年1月1日施行の「関税引き上げ」を、経営判断と現場オペレーションに落とす

2025年12月29日、メキシコは官報(DOF)で輸入関税(IGI)を改定する政令を公布し、2026年1月1日から発効しました。対象は1,463の関税分類(タリフライン)に及び、税率は5%から50%まで引き上げられています。改定は多業種に広がりますが、完成車と主要部品が直撃領域で、サプライチェーンの意思決定を即座に迫る内容です。 (Sidof)

本稿では、関税率の事実関係を官報の条文ベースで押さえたうえで、輸出者(サプライヤー)と輸入者(メキシコ側)双方が「今日から何を変えるべきか」を、優先順位付きで整理します。


1 何が変わったのか

ポイントは「特定国向け関税」ではなく、「一般税率(IGI)の底上げ」です。メキシコと自由貿易協定(FTA)がある国であっても、協定の原産地規則を満たせない取引では一般税率が適用されます。つまり、実務上は「FTAを使えない輸入(または使わない輸入)」のコストが上がった、と理解するのが正確です。 (ジェトロ)

施行日は2026年1月1日です。官報の経過規定(Transitorios)で明記されています。 (Sidof)

加えて、同じ経過規定で、メキシコ経済省が「FTAが発効していない国からの輸入」について、国内の投入財確保の観点から追加の制度的手当てを実施し得る旨も書き込まれました。今後、例外措置やプログラムの調整が出る可能性があるため、改定後もウォッチが必要です。 (Sidof)


2 自動車で何が上がったのか

官報本文には、対象のHSコード(メキシコの関税分類)と税率が列挙されています。自動車関連では、完成車(HS 8703、8704)で50%が確認できます。あわせて、自動車部品(HS 8708)でも25%、35%、36%、一部7%など、品目により幅をもって設定されています。 (Sidof)

実務で効く範囲が伝わるよう、代表例を抜粋して示します(全件ではありません)。

区分代表例(メキシコ関税分類)政令で確認できる税率(IGI)コメント
乗用車8703.22.99、8703.23.99 ほか50%乗用車の複数区分で50%が列記
電気乗用車8703.80.01(電気、ただし中古を除く)50%EVでも50%が明記
貨物車8704.21.99、8704.31.99、8704.41.99 ほか50%トラック側も50%が列記
電気貨物車8704.60.02(電気、ただし中古を除く)50%商用EVも対象
部品(例)8708.10.03(バンパー類の一部)25%品目ごとに税率が異なる
部品(例)8708.40.08(ギアボックス用途の鍛造品の一部)35%部材系も対象に含まれる
部品(例)8708.29.06(車体関連の一部)36%25%以外の設定も存在

この改定は、報道上「非FTA国からの完成車が20%前後から最大50%へ」などと説明されることが多く、完成車・部品を中心にコスト上昇が見込まれるという整理は概ね一致します。 (El Economista)


3 経営に効く論点は3つだけ

現場には論点が大量に発生しますが、経営判断としては次の3点に集約できます。

論点1 FTAが使える取引か(使えている取引か)

今回上がったのは一般税率です。従って、同じ部品でも、協定税率で輸入できれば影響は限定されます。一方で、原産地規則が曖昧なまま輸出している、証憑が弱い、サプライヤー宣誓が遅れる、といった状態だと、一般税率適用で一気にコストが跳ねます。 (ジェトロ)

論点2 完成車か、部品か、部材かで打ち手が変わる

完成車は関税が価格に直結します。部品や部材は、メキシコ側の生産(調達)に乗るかどうかで、価格転嫁の構造が変わります。特に8708は税率が一律ではなく、部品表(BOM)単位で「どこが上がるか」を切り分ける必要があります。 (Sidof)

論点3 今後の例外・プログラム調整の余地がある

経過規定で、経済省が投入財確保のための法的手当てを実施し得ることが明記されました。現時点で何が出るかは確定していませんが、メキシコ側のプログラム(産業分野別の優遇制度など)に動きが出る可能性は、実務上の重要リスクです。 (Sidof)


4 即時にやること 72時間で終えるチェックリスト

ここからが本題です。輸出者が主体でも、輸入者(メキシコの通関主体)と握らない限り対策は回りません。最短で回る順番に並べます。

1 該当品目の棚卸し(HSコード起点)

・メキシコ向けの輸出品目を、完成車、主要部品、材料、設備に分ける
・各品目について、メキシコの関税分類(8桁)で通関しているコードを回収する
・官報の改定対象に入っているかを照合する(8703、8704、8708は優先) (Sidof)

ここで重要なのは、社内のHSコードではなく、メキシコ側で実際に申告しているコードに合わせることです。現場では「日本側の品目コード」と「メキシコ側の申告コード」がズレているケースが珍しくありません。

2 原産地の棚卸し(FTA適用可否起点)

・現行取引が協定税率で入っているか、一般税率で入っているかをメキシコ側に確認する
・協定を使っているなら、原産地証憑の型式、保管場所、更新頻度、例外品目の扱いを点検する
・協定を使っていないなら、使えない理由を分類する(原産性不足、証明が間に合わない、体制がない、など)

「FTA締結国だから大丈夫」ではなく、「原産地規則を満たし、証憑が揃い、申告が回っているから大丈夫」です。 (ジェトロ)

3 コスト影響の即時計算(価格改定の根拠を作る)

・対象品目について、関税率、課税価格(CIFベース)、輸入頻度を並べる
・関税増分を、部品単価、車両1台当たり原価、年間影響額に落とす
・誰が負担するか(売価転嫁、仕入値調整、物流条件変更、在庫吸収)を役員判断に上げる

完成車は50%が見える一方、部品は25%以外も存在します。品目別に計算しないと誤差が大きくなります。 (Sidof)

4 契約とインコタームズの見直し(揉める前に線を引く)

・関税増分を誰が負担するかを、契約条項と運用で一致させる
・価格条項の改定ルール(発効日、遡及、在庫の扱い)を明文化する
・メキシコ側での通関主体(輸入者)の責任範囲を明確化する


5 中期で効く打ち手 30日で設計する

短期対応の次は、構造対応です。

A 調達国と生産地の再設計

今回の改定は「非FTAルートのコスト上昇」を意味します。従って、調達国の選定や、メキシコ域内生産、FTA圏内調達への切替が、定石になります。報道でも、非FTA国からの輸入が影響を受ける構図が繰り返し指摘されています。 (Reuters)

B 部品表(BOM)単位での関税最適化

8708の中でも税率は一様ではありません。自社のBOMのどこが改定対象かを特定し、代替可能な部材から順に入れ替えると、費用対効果が出やすいです。 (Sidof)

C 例外・支援策のウォッチ体制

経過規定により、経済省が投入財確保のための制度手当てを行い得ることが明記されています。追加の告示や運用が出た場合、先に気づいた企業がコスト面で優位に立ちます。 (Sidof)


6 まとめ

今回のメキシコ関税改定は、完成車と部品の収益構造を短期間で変え得るイベントです。結論はシンプルで、やるべきことは次の順番です。

・メキシコ側の申告HSコードで改定対象を特定する
・FTA適用の可否を、証憑と申告運用まで含めて点検する
・増分関税を品目別に試算し、価格と契約に落とす
・中期では、調達国、生産地、BOMの再設計に踏み込む
・経済省の追加措置の可能性を前提に、官報・通達を継続監視する (Sidof)

HSコードは番号から説明責任へ:ドシエの必要性が税関により強く推奨される

HSコードは、正しい番号を当てるだけの業務ではなくなりつつあります。製品が高度化し、機能や用途が複合化するほど、分類の論点は増え、判断の揺らぎも起きやすくなります。だからこそ近年は、結論としてのHSコードに加えて、その結論に至った根拠をどれだけ明確に示せるかが、通関スピードや事後対応の負担を左右する局面が増えています。

この流れの中で注目されているのが、HSコード分類根拠書、いわゆるドシエです。ドシエは追加の書類ではありません。経営の視点でいえば、通関停滞、追加照会、事後調査、再分類といった不確実性を下げ、サプライチェーンの時間とコストを安定させるための説明責任インフラです。

税関がドシエを推奨する理由

税関がドシエを重視する背景は、実務上の必要性に集約されます。
第一に、審査を速く正確に進めるためです。仕様や用途の情報が不足すると、税関は照会を増やして確認せざるを得ません。最初から仕様と根拠が整理されていれば、審査の起点が共有され、照会の往復が減り、結果として通関が速くなります。

第二に、判断の一貫性を高めるためです。人や部署、時期によって解釈のブレが出やすい領域ほど、事実と根拠を文書化しておくことで、同じ判断を再現しやすくなります。

第三に、事後調査や紛争のコストを抑えるためです。過去にどんな事実認定をし、どの根拠で結論に至ったかが整理されている企業ほど、説明が短期間で済み、修正が必要な場合でも影響範囲の特定が速くなります。

ドシエに入れるべき中身

ドシエの目的は、難しい文章を書くことではなく、事実と論理を一体で提示できる状態を作ることです。基本の骨格は次のとおりです。

  1. 製品の客観仕様
    材質、構造、機能、用途、製造工程、構成部品、型番体系、性能値など
  2. 証拠資料
    仕様書、図面、写真、カタログ、取扱説明書、SDS、分析成績、工程表など
  3. 候補コードと除外理由
    なぜそのコードで、なぜ他の候補ではないのか。境目となる条件は何か
  4. 法的根拠
    解釈に関する通則、部注・類注、関連する参考資料や先例など

この構造を揃えるだけで、社内承認の速度も、対外説明の再現性も大きく変わります。

ドシエで使うべき言語

ここは輸入と輸出で考え方を分けるのが現実的です。

日本に輸入する場合

日本の税関対応を前提にするなら、日本語で要点が整理されていることが最も有利です。理由は単純で、誤解が減り、照会が短くなりやすいからです。外国語の資料が添付されること自体は珍しくありませんが、少なくとも要点と論点は日本語で押さえておくほうが、結果として通関が安定します。

輸出する場合

輸出側のドシエは、英語が事実上必須になる場面が多いです。相手国の通関関係者、輸入者、通関業者、保税倉庫、監査担当など、関与者が国境を越えて増えるため、共通言語として英語が標準になりやすいからです。
加えて、輸出では自社だけで完結しません。相手先が輸入申告を行う国では、分類の説明責任は輸入者側に置かれるのが一般的です。輸入者が説明できなければ、結果として貨物は止まり、追加照会や保留が発生します。このとき、英語で整理されたドシエがあるかどうかが、輸入者の対応力と通関スピードを左右します。

なお、相手国によっては英語だけで十分とは限らず、現地語の補足が有効な場合もあります。現実解としては、次の二段構えが運用しやすいです。
・社内の正本として日本語版を整備し、意思決定と統制を固める
・対外共有用として英語版を整備し、輸入者や海外拠点と同じ論点で会話できる状態を作る

ここでHSCFが有益になるポイント

ドシエ運用のボトルネックは、知識不足よりも、情報収集と論点整理と文書化です。HSCFが効くのはまさにこの部分です。

  1. 証拠の回収を速くする
    写真、PDF、仕様書など、現場に散らばる材料を起点に検討を始められると、ドシエの土台作りが前に進みます。
  2. 不足情報を対話で特定し、抜けを減らす
    分類が割れる多くの原因は、必要な仕様が欠けていることです。追加確認すべきポイントを早い段階で洗い出せれば、照会されやすい穴を先回りして塞げます。
  3. 候補と分岐点を明示し、除外理由を作りやすくする
    ドシエで最も価値が出るのは、なぜ他のコードではないかの説明です。候補の並列提示と論点の切り分けができると、除外理由が短時間で固まります。
  4. 日英の併用運用に向く
    輸入は日本語、輸出は英語という二重運用は、理屈は正しくても現場負担が重くなりがちです。HSCFを活用して、日本語で統制を固めながら、英語の対外共有版も同じ骨格で整える運用にできると、スピードと再現性が両立します。用語や表現のブレを抑えられることも、海外とのコミュニケーションでは効いてきます。

まとめ

ドシエが重視されるのは、分類の正しさだけでなく、説明可能性が通関速度とコストを左右するからです。税関側にとっても、企業側にとっても、審査の起点となる情報と論理を共有できることが、最大の合理化になります。

そして言語は、輸入は日本語での明確化、輸出は英語での対外共有が鍵になります。輸出では英語のドシエがあるかどうかが、相手国側の通関を動かす実務上の決め手になり得ます。
この二重運用を現場で回すための加速装置として、証拠収集、論点整理、候補比較、文書化を一気通貫で支援できるHSCFは、有益な選択肢になります。

カナダの対中EV関税引き下げと、米国の「全輸入品100%関税」警告をどう読むか

ビジネス実務者向け整理(2026年1月25日 JST時点)

1. まず事実関係を短く整理する

2026年1月16日、カナダのカーニー首相は訪中の成果として、中国製EVのカナダ向け輸入を年4万9,000台まで、最恵国待遇の6.1%関税で受け入れる枠組みを示しました。これは2024年に導入された100%の追加関税からの大きな方針転換です。見返りとして、中国はカナダ産キャノーラ種子の関税を2026年3月1日までに概ね15%程度へ引き下げる見通しなどが示されています。 (Reuters Japan)

そして2026年1月24日、米国のトランプ大統領は、カナダが中国と貿易協定を進めるなら、カナダから米国に入る全製品に100%の関税を課すとSNSで警告しました。現時点では「警告」であり、対象範囲、例外、発効手続などの公式な詳細は示されていません。 (Reuters)

ここから先は、何が確定情報で、どこが不確実かを分けて、企業実務に落とします。

2. カナダと中国の「合意」は何を意味するのか

今回のポイントは、自由貿易協定のような包括的枠組みというより、直近の関税応酬を収束させる性格が強い点です。カナダ政府側の発表では、EVは年4万9,000台を6.1%で受け入れること、キャノーラ種子は中国側関税が約15%へ下がる見込み、他の農水産品も一定期間は反差別的関税の対象外となる見通しなどが並びます。 (カナダ首相)

カナダ側は、この枠組みを通じて中国の投資やサプライチェーン連携、国内のEV供給網構築につなげたい考えも示しています。 (カナダ首相)

一方で、カナダ政府高官は「中国との自由貿易協定を追求しているわけではなく、重要な関税課題の解決だ」と説明しています。ここは米国側の受け止めと齟齬が生じやすい部分です。 (Reuters)

3. 米国の「100%関税」警告の狙いはどこにあるのか

トランプ大統領の主張の軸は、カナダが中国製品の米国向け迂回ルートになり得る、という問題提起です。ロイター報道では、カナダが中国の「荷降ろし港」になるとの表現で牽制しています。 (Reuters)

ただし、実務面では論点が複数あります。

  1. 中国製EVがカナダに入っても、そのまま米国に流れ込むとは限らない
    米国側当局者は、カナダ向けの中国製EVは米国には入れない趣旨の発言もしています。加えて、米国では車両のサイバーセキュリティ関連規則が参入障壁になり得る、という説明も報じられています。 (Al Jazeera)
  2. それでも米国が警戒するのは「EV完成車」だけではない
    本丸は、完成車の輸入よりも、部品や関連製品の迂回、原産地表示のすり替え、カナダを経由した関税回避といった、より広い意味でのサプライチェーン経由地リスクです。今回の表現が「カナダからの輸入品すべて」に拡大しているのは、この広い警戒の反映と見るのが自然です。 (Reuters)
  3. 2026年のUSMCA見直しを前にした交渉カードの可能性
    USMCAは発効6年目にあたる2026年7月1日に初回の共同レビューが予定されています。大枠のルールが動く局面で、関税の脅しは交渉力を上げるための典型的なレバーになり得ます。 (Congress.gov)

4. 本当に「全品100%」は実現し得るのか

企業として重要なのは、政治的発言の強さと、実装の難易度は別物だという点です。

米国が関税引き上げを行う法的ルートはいくつかありますが、例えば通商法301条は、不公正な貿易慣行などへの対抗措置として関税を含む輸入制限を認めています。 (Congress.gov)

しかし今回のような「カナダからの全輸入品を一律100%」という設計は、例外設定、国内産業への副作用、供給制約、相手国の対抗措置など、実装上の論点が一気に増えます。ワシントン・ポストも、USMCA適合品が除外されるのか、そもそも大統領が言う「ディール」が何を指すのかが不明確だと指摘しています。 (The Washington Post)

結論として、現時点で企業が置くべき前提は次の2つです。
1つ目、発言どおりの一律100%がそのまま来ると決め打ちはできない。
2つ目、対象を絞った形でも、カナダ関連の追加関税や規制強化が突然出るリスクは十分ある。

5. 企業実務への影響を「現場の言葉」で言い換える

5.1 コストは関税だけでは終わらない

仮に一律100%が発効した場合、影響は単純な関税コスト増にとどまりません。

  • 価格改定と契約更改が追いつかない
  • 通関での保税、検査、差し止めが増え、リードタイムが延びる
  • カナダ経由の部材を含む製品の原産地説明が厳格化する
  • 在庫積み増しや迂回ルート確保で運転資金が膨らむ

ロイターは、カナダの金属、車、機械といった産業への圧力が高まると伝えています。サプライチェーン上流にカナダが入る日本企業も、同じ衝撃を受けます。 (Reuters)

5.2 影響範囲は「モノの流れが国境をまたぐ回数」で増幅する

北米では、部材が国境を複数回またいで完成品になる構造が珍しくありません。関税が国境通過のたびに積み上がると、想定外に採算が崩れます。米加間の貿易量が非常に大きいこと自体が、実務ショックの大きさを示します。 (AP News)

6. 日本企業が今すぐできるリスク点検チェックリスト

  1. カナダ起点、カナダ経由の米国向け出荷を棚卸しする
    完成品だけでなく、カナダで加工や組立をする品目、カナダから部材を調達する品目も含めます。
  2. 調達先と工程表を「原産地説明できる形」に整える
    迂回や転送の疑念が高まる局面では、原産地と実質的変更の説明力が差になります。
  3. USMCA適用可否を、品目別に再点検する
    適用できる品目があるなら、要件未充足の穴を塞ぐことが最優先です。将来の例外設定の対象になり得ます。
  4. 契約条項を即時点検する
    関税負担者、価格改定条項、Change in Law、再交渉のトリガー、キャンセル条件を確認します。
  5. 見積りと販売価格の「関税ショック版」を別建てで持つ
    一律100%、対象限定、発効延期の3パターンで粗利と需要影響を試算します。
  6. 通関実務の臨戦体制を作る
    HSコード、原産地、課税価格、インボイス記載、輸送書類の整合を、平時より厳しめに回します。
  7. 監視対象を絞って情報の一次確認ルートを作る
    大統領発言だけでなく、USTR、CBPのガイダンス、官報級の公表に落ちた時点で社内アラートが鳴るようにします。USMCAレビューの節目で動きが出やすい点も踏まえます。 (Congress.gov)

7. まとめ

今回の論点は、カナダの対中EV関税引き下げそのものより、北米を舞台にした対中牽制が「カナダ全品」へ拡大し得るという警告にあります。現時点で確定しているのは、カナダと中国が関税緩和の枠組みを示したこと、そして米国大統領が一律100%という非常に強い言葉で牽制したことです。 (Reuters)

企業が取るべき姿勢は、騒ぎを過小評価せず、しかし発言をそのまま前提に固めすぎないことです。北米のサプライチェーンは、国境をまたぐ回数が多い企業ほど影響が増幅します。いま必要なのは、対象品目の棚卸しと、原産地説明力、契約条項、通関手順をセットで整えることです。

台湾ECFA 8桁表の更新と中国側対応をどう読むか

(ビジネス実務者向け)

1. 何が起きたのか

台湾の税関当局は、ECFAのアーリーハーベスト(早期関税引き下げ)対象品目について、台湾側と中国大陸側の「8桁税番号の対照表」を継続的に更新しています。台湾の政府オープンデータでは、両方向(台湾→大陸、大陸→台湾)の8桁対照データセットが2025年12月1日に更新されたことが確認できます。(data.gov.tw)

同時に、中国側はECFAに基づく優遇関税を、段階的に一部停止する措置を実施しました。第一弾は12税目で2024年1月1日から、第二弾は134税目で2024年6月15日から適用とされています。(gss.mof.gov.cn)

この2つは一見別の話に見えますが、実務では密接に結びつきます。なぜなら、優遇も停止も「8桁の税目番号」で適用範囲が定義されるためです。コードの読み替えがずれると、優遇申請が通らないだけでなく、停止対象の判定を誤り、コスト見積や価格交渉まで狂います。

2. ECFAの「8桁表」とは何か

HSは国際的に6桁まで共通ですが、実際の関税運用は各国が8桁以上に細分化して運用します。ECFAのアーリーハーベストも、実務上は双方の8桁税番号で管理されます。

ここで難しいのが、同じ6桁でも8桁の切り方が双方で一致しないこと、さらにHS改正や各国の年次改訂で8桁が増減することです。台湾の税関当局が公開している対照表は、この「双方の8桁のずれ」を埋め、どの8桁がどの8桁に対応するかを明示するための道具です。台湾税関サイトでも、ECFAの対照表が年次で整理されていることが分かります(2026年版の対照表も掲示)。(web.customs.gov.tw)

3. 更新データから見える実務インパクト

今回確認できたオープンデータ(台湾税関当局)を集計すると、対照表は単なる一覧ではなく、相当な粒度の違いを吸収する設計になっていることが分かります。(data.gov.tw)

3.1 データ規模と、EX(部分品目)の多さ

  • 台湾→大陸の対照(データセット17061)は585行。台湾側8桁は314、相手側8桁は508と、1対1ではありません。
  • 大陸→台湾の対照(データセット17064)は1171行。大陸側8桁は671、相手側8桁は872です。
  • 行の約42.9%(台湾→大陸)と約47.3%(大陸→台湾)にEX(部分品目を示す扱い)が付いており、「同じ8桁でも全部が対象ではない」ケースが非常に多いことが読み取れます。

EXが多いということは、社内マスターに8桁だけ登録して終わりではなく、品名、用途、材質、規格などのスコープ定義を合わせて管理しないと、優遇の可否判断が揺れるという意味です。

3.2 どの分野が多いか(行数ベース)

行数ベースの概観では、台湾→大陸では第84類(機械類)と第29類(有機化学品)が目立ちます。大陸→台湾でも第84類が最大で、次いで第39類(プラスチック)、第87類(車両関係)が続きます。これは貿易金額ではなく「対照が必要な品目の複雑さ」を示す指標として見るのが安全です。(data.gov.tw)

3.3 8桁の読み替えが複雑になる典型パターンと具体例

対照表の価値が出るのは、次のような場面です。

  1. HS改正で、包括コードが個別コードに分割される
    冷媒など特定化学品で、従来の「その他」コードがHS2022で物質別に分割されたことが、備考欄で明示されています。例えば台湾側29033990(その他の無環炭化水素のフッ素化等誘導体)が、大陸側では29034100、29034200、29034300など多数の8桁に割れて対応します。これは、優遇適用の前提となる税目番号が、より細かい物質単位に移ったことを意味します。(data.gov.tw)
  2. 同じ機能でも、相手国では用途別に8桁が細分化される
    気体のろ過・浄化装置の領域では、台湾側84213920が、大陸側では静電除塵器、袋式除塵器、脱硫装置、脱硝装置など複数の8桁に対応し、EX扱いが付くケースが見られます(例:84213921、84213922、84213940など)。設備商社やプラント案件では、仕様の一語違いが税目番号と優遇可否を分けます。(data.gov.tw)
  3. 相手国の大括りコードが、自国では多数の8桁に分かれる
    プラスチック製品のように、大陸側39269010が、台湾側では電気絶縁用、反射材、医療用品など複数の8桁に割れて対応する例があります(例:39269012、39269016など)。同じ「その他」でも、相手国の明細が細かいほど、社内の品目マスターが追従できていないと誤判定が起こります。(data.gov.tw)

結論として、ECFAの優遇を使う企業ほど、6桁で止めた分類管理や、旧年版の8桁のまま運用することが、直接コストリスクになります。

4. 中国側対応の要点

4.1 ECFA優遇の一部停止は「段階的に、税目指定」で実施

中国側の公式発表では、税委会公告2023年第9号として、2024年1月1日から、丙烯や対二甲苯など12税目についてECFAの協定税率適用を中止するとしています。(gss.mof.gov.cn)

続いて税委会公告2024年第4号として、2024年6月15日から、潤滑油基礎油など134税目について協定税率の中止を追加しました。(gss.mof.gov.cn)

ここで重要なのは、これは「輸入禁止」ではなく、あくまでECFAの協定税率を外し、通常の規定に従うという建て付けである点です。したがって、企業の現場では、関税率差分の吸収(価格、粗利、契約条件、インコタームズの見直し)が主戦場になります。

4.2 台湾側の受け止めと、影響の見積

台湾経済部は、134品目停止後の税率が1〜12%になるとしつつ、2023年の当該製品の対中輸出が98億ドルで輸出全体の約2%、またECFA関連品目の対中輸出比率は2023年に3.6%まで低下していると説明しています。(ジェトロ)

台湾外務省は、2023年12月の停止措置について、選挙への介入を狙った経済的威圧だと位置づけています。(en.mofa.gov.tw)

一方で、制度面の前提として、中国側は台湾の貿易制限を問題視する調査を行ってきた経緯があり、ジェトロも2023年12月時点で、貿易障壁調査の結果認定や、それを踏まえた措置の構図を整理しています。(ジェトロ)

5. 日本企業の実務チェックリスト

台湾と中国の間に製造拠点や販売拠点を持つ日本企業は、ECFAを「現地法人のコスト最適化ツール」として使ってきたケースが少なくありません。今は、地政学リスクが税目レベルで顕在化する局面です。最低限、次の棚卸しが必要です。

  1. 自社品目の8桁を双方で確定する
    社内で使う品目コード、通関で使う品目コード、原産地証明で使う品目コードがずれていないか確認します。最新の対照表で、双方の8桁を対にして登録します。(data.gov.tw)
  2. EX付き品目は、スコープ定義までドシエ化する
    EXは「一部だけ対象」です。品名だけでなく、組成、用途、規格、性能など、どの部分が対象かを社内で説明できる形にします。
  3. 停止対象かどうかを、税目番号で再判定する
    停止は税目番号で決まります。旧コードのまま停止対象外と誤認していると、見積が崩れます。中国側公告のリストを税目番号で突合します。(gss.mof.gov.cn)
  4. 関税差分の負担者を契約で固定する
    関税は突然変わります。誰が負担するか、価格改定条項、サーチャージ条項、再交渉のトリガーを契約に落とします。
  5. 市場分散と製品高度化のロードマップを持つ
    台湾経済部が示す通り、市場分散や高付加価値化は政策的にも強調されています。自社の販路と仕様戦略に落とし込みます。(ジェトロ)

6. まとめ

台湾ECFAの8桁対照表の更新は、単なる資料改訂ではありません。HS改正や年次改訂で8桁が動くたびに、優遇の可否、そして優遇停止の影響判定が税目レベルで変わります。

いま求められているのは、8桁の最新版への追随と、EXを前提にしたスコープ管理、そして政治要因で関税が動くことを織り込んだ契約と収益管理です。

電子CO監査とPKI署名の法的要件整理

紙の押印から「検証できる証拠」へ。e-CO時代の実務ポイント

電子CO(e-CO)が普及すると、通関が速くなる一方で、監査の質問は鋭くなります。問われるのは、原産地の中身だけではありません。
その電子COは本物か。後から改ざんされていないか。第三者が検証できる形で証拠が残っているか。ここで核になるのがPKI署名です。

本稿では、電子CO監査で必ず出る論点を、法的要件と技術要件の接点として整理します。特に、日本の電子署名法、EUのeIDAS、国際モデル(UNCITRAL)を並べて、ビジネス現場が押さえるべきポイントを実務に落とします。


この記事でわかること

・電子COが受け入れられない典型理由と、監査で問われる構造
・PKI署名が担保できること、担保できないこと
・日本、EU、国際モデルに共通する「署名の要件」を実務用に分解する方法
・輸出者側で整備すべき監査証跡チェックリスト


目次

  1. 電子COで何が変わったのか
  2. 監査が見る論点は4つに集約できる
  3. PKI署名の役割:できること、できないこと
  4. 法的要件の整理:日本、EU、UNCITRAL
  5. 電子CO監査に強い運用設計
  6. よくある落とし穴
  7. すぐ使えるチェックリスト
  8. まとめ

1. 電子COで何が変わったのか

電子COは、申請から発給、提示までの流れがデジタル化されたCOです。ここでの本質は、PDFで届くことではありません。真正性と完全性を、第三者が後から検証できることです。

WCOが公表した電子COのデジタル化に関する調査では、相手国で電子COが受け入れられない理由として、デジタル署名がない、署名を検証できない、必須データ要素が不足している、協定が電子的交換を前提にしていない、などが例示されています。電子COの議論は、最初から監査と検証の話を含んでいる、ということです。


2. 監査が見る論点は4つに集約できる

電子CO監査の質問は多岐に見えますが、実は次の4つに収れんします。

2-1. 真正性

そのCOは権限ある発給者が発給したものか。なりすましではないか。

2-2. 完全性

発給後に内容が変わっていないか。改ざんは検知できるか。

2-3. 否認防止

誰が、どの権限で、いつ承認したか。後から否認できない形になっているか。

2-4. 追跡可能性と証跡

申請、審査、承認、発給、訂正、取消、再発給まで、説明できるログが一貫しているか。

この4点を満たす設計に、技術としてのPKI署名が直結します。


3. PKI署名の役割:できること、できないこと

EUの公式FAQでも、法概念としての電子署名と、暗号学的なデジタル署名は区別されます。実務で電子COの「検証」を成立させるには、PKIを用いたデジタル署名が中核になりやすい、と整理されています。 (European Commission)

3-1. PKI署名でできること

・完全性:署名後の変更が検知できる
・真正性の強化:証明書チェーンと鍵管理が適切なら、発給主体の推認が強くなる
・第三者検証:受領側が公開鍵で独立に検証できる

3-2. PKI署名でもできないこと

・内容の真実性そのもの:署名が付いていても、原産性の中身が真実かは別問題
・受入れの保証:相手国の制度や協定、運用が整っていないと拒否され得る


4. 法的要件の整理:日本、EU、UNCITRAL

制度が違っても、署名が満たすべき機能は似ています。ここでは、条文の表現差を、実務で使える要件に翻訳します。

4-1. 日本:電子署名法が軸にする2要件と推定効果

日本の電子署名法は、電子署名を次の2要件で定義します。
・作成者を示す措置であること
・改変の有無を確認できる措置であること (日本法令外国語訳データベース)

さらに、本人が必要な符号や物件を適切に管理して行った電子署名が付された電磁的記録は、真正に成立したものと推定される、としています。ここは監査対応の核心で、鍵管理と権限管理が弱いと、推定の前提が揺らぎます。 (日本法令外国語訳データベース)

実務翻訳
・誰の署名かを特定できる
・改ざんを検知できる
・鍵の管理と権限設計が監査の主戦場になる

4-2. EU:eIDASは「証拠能力」と「レベル設計」で整理する

eIDASでは、電子署名は電子であることや、適格署名でないことだけを理由に、法的効果や証拠としての採用可能性を否定されない、と定めています。加えて、適格電子署名は手書き署名と同等の法的効果を持ちます。 (EUR-Lex)

さらに実務で重要なのが、発給主体が組織である場合の考え方です。欧州委員会の公式FAQは、自然人の署名に加え、法人の文書の出所と完全性を示す電子シールの概念を整理しています。 (European Commission)

実務翻訳
・受領側は、署名のレベルと検証可能性を見て判断する
・発給者が組織の場合、署名かシールかの設計が論点になる
・PKIを使うことで、改ざん検知と検証可能性の要件を満たしやすい (European Commission)

補足:長期検証
同FAQは、電子タイムスタンプの意味や、将来の検証に耐えるための長期検証(LTV)を説明しています。電子COでも、監査が数年後に来る前提なら、発給時点の検証材料を残す設計が重要になります。 (European Commission)

4-3. 国際モデル:UNCITRALは「信頼性」を分解して説明できる

UNCITRALモデル法は、電子署名が署名要件を満たすかを、状況に応じた信頼性として整理します。具体的には、署名作成データが署名者に紐づくこと、署名時に署名者の管理下にあること、変更が検知できること、といった要素です。 (国際貿易法連合 الأمم المتحدة )

実務翻訳
・国が違っても通じる説明軸として、監査や取引先説明に強い
・署名要件を機能要件として文書化し、社内統制に落とし込める


5. 電子CO監査に強い運用設計

ここからは輸出者の立場で、監査に強い設計を具体化します。

5-1. 受領側が自力で検証できる導線を用意する

電子COは、検証できて初めて価値が出ます。ICCはCOの真正性確認のためのオンライン検証プラットフォームを提供しており、検証導線の整備が国際実務の一部になっています。 (ICC – International Chamber of Commerce)

実務の要点
・検証方法が相手国税関、銀行、取引先で再現できるか
・検証に必要な情報がCO上に揃っているか(番号、QR、検証ページ等)
・検証結果を保存できる運用になっているか

5-2. 鍵管理と権限管理を監査項目として設計する

日本法の推定効果は、本人管理が前提です。EUでも上位レベルでは、署名者のコントロールと改ざん検知が要件になります。 (European Commission)

実務の要点
・申請者と承認者の分離
・発給権限の付与、変更、停止の記録
・署名鍵の保管方法(HSM等の利用有無を含む)
・失効や更新があった場合の追跡

5-3. セキュリティ運用の基準線を持つ

信頼サービスの領域では、ETSIがTSPの運用と管理の一般要求事項を整理し、セキュリティ管理とサイバーセキュリティの一般要求に触れています。電子COの外部サービスを使う場合、こうした基準線を参照しながら、委託先の統制水準を点検すると説明しやすくなります。 (ETSI)


6. よくある落とし穴

落とし穴1:PDFで届いたから安心

WCOの調査が示す通り、署名がない、検証できない、データが欠けている、という理由だけで受け入れられないことがあります。PDFであることと、検証可能であることは別です。

落とし穴2:スキャンや画像化で証拠力が落ちる

検証の軸は原本ファイルです。スキャンや画像化は、検証可能性を落としやすい設計です。

落とし穴3:長期検証を考えず、数年後に検証不能になる

証明書の失効や期限切れが起きると、発給時点で正しかったことを後から示しにくくなります。タイムスタンプや長期検証の考え方を、保存設計に取り込むのが安全です。 (European Commission)


7. すぐ使えるチェックリスト

取引前

・相手国で電子COが受け入れられる条件を確認(制度、協定、運用)
・相手が検証できる方法を確認(検証サイト、手順、必要情報) (ICC – International Chamber of Commerce)

発給から受領まで

・申請データと裏付け資料(原産根拠)の紐づけを維持
・承認権限の分離とログ整備
・訂正、取消、再発給のルールと証跡を統一

受領後の保全

・原本ファイルを改変不能な形で保管
・検証結果を保存(検証日時、結果、証明書情報の要点)
・長期検証を前提に、タイムスタンプや検証材料の保存方針を決める (European Commission)

委託先や外部サービス利用時

・鍵管理、権限管理、セキュリティ運用の説明資料を入手
・一般要求事項の基準線を参照し、監査で説明できる状態にする (ETSI)


8. まとめ

電子COの実務で問われるのは、原産性だけではなく、文書の真正性と完全性を検証できること、そして説明可能な監査証跡が残っていることです。
WCOが挙げる不受理理由は、まさにそこを突いています。

日本は作成者の特定と改ざん検知を定義に据え、適切な鍵管理を前提に推定効果を与えます。 (日本法令外国語訳データベース)
EUはeIDASで証拠能力とレベル設計を整理し、組織発給の観点では電子シールの概念も押さえる必要があります。 (EUR-Lex)
国際的な説明にはUNCITRALの要件分解が有効です。 (国際貿易法連合 الأمم المتحدة )

現場の最短アクションは、検証導線の整備、鍵と権限の統制、原本と検証結果の保存。この3点を手順書に埋め込むことです。


本稿は一般情報です。実務適用は、対象国の法令、協定、当局運用、発給機関ルールにより変わります。重要案件は法務と通関実務での確認を推奨します。

ASW/NSW障害が起きたとき、貨物を止めないために

ASEAN e-Form D完全電子化時代の各国運用と代替手順

2024年1月1日から、ATIGAの原産地証明書Form Dは、ASEAN域内で原則として電子(e-Form D)での発給・受理が前提になりました。今や優遇税率の適用は「紙があるか」ではなく、「電子で届いているか」「輸入国システムで参照できるか」に依存します。つまりASWや各国NSWの障害は、通関遅延や保税費用の増加だけでなく、優遇税率の否認という形で利益に直撃します。

本稿では、ASW/NSW障害を「どこで止まったか」に分解し、各国で現実に採られている代替手順を、実務で使える形に整理します。結論から言うと、例外的に紙のForm Dへ戻るルートは残っています。ただし、それは無制限な救済ではなく、技術障害時に限定された「非常手順」です。


1. まず押さえるべき前提:ASWとNSW、そして「紙は例外」

ASW(ASEAN Single Window)は、各国のNSW(National Single Window)を接続し、域内で電子データを相互交換する基盤です。ATIGA e-Form Dは、その代表的な交換文書です。(customs.gov.sg)

そして2024年1月1日以降の大原則は次の通りです。

・e-Form Dの発給・受理が「通常運用」
・紙のForm Dは「技術的な問題が発生した場合にのみ」発給・受理される例外
・輸入国は、優遇税率の申告で提出された紙Form Dを拒否し得る(つまり紙があっても安心できない)

この前提を誤ると、障害時に紙を送っても通関で止まり、結果的に時間とコストを失います。


2. 障害は4か所で起きる:どこが止まったかで手順が変わる

ASW/NSW関連のトラブルは、原因箇所が違うと最適解が変わります。実務上は次の4分類が役に立ちます。

障害の位置現場で起きることまず確認するもの代替の基本方針
1 輸出国の発給システム(NSW/発給ポータル)そもそも申請・承認ができない発給機関の障害告知、申請受付可否国ごとの「手動発給」手順へ切替
2 輸出国のASWゲートウェイ承認済だが輸入国へ送れないゲートウェイ障害告知、送信ログ例外的に紙Form Dを発行し送付
3 輸入国側の受信・照会システム(NSW/税関側)輸入国で「見つからない」受信ステータス、照会画面再送要求、紙への一時回帰(条件付き)
4 データ不整合・差し替え二重発行、修正後が反映されない参照番号、取消・再発行状況再発行+取消のルールに従う

この切り分けができると、社内で慌てて「とりあえず紙を作る」事故を減らせます。


3. ASEANの合意としての非常手順:紙Form Dへ戻れるのはいつか

「紙へ戻れるか」は、国の裁量ではなく、ATIGA運用(OCP)とASW運用の合意に沿います。公表資料から読める実務上の境界は次の通りです。

・e-Form Dを申請した場合、手動(紙)Form Dは技術的な不具合やシステム障害があるときに限り認める
・e-Form Dが輸入国側で認識されているのに紙も要求するような運用は、例外に限定すべきという方向性が確認されている

さらに、マレーシアMITIは「ASWの技術問題が速やかに解決されない場合や、受信能力がない港湾では紙Form Dを使う」旨を、ASW技術作業部会での合意として明示しています。(MITI)


4. 国別に見る「現実に動く代替手順」

4-1 マレーシア:ASWゲートウェイ障害時の紙Form D発行フローが明文化されている

マレーシアは、ASWゲートウェイ障害が発生した際に、紙Form Dへ一時回帰する手順を具体的に示しています。たとえば2026年1月の障害では、ASWゲートウェイが停止しe-Form Dの送受信ができなくなったため、紙Form Dの発行へ戻すと告知しました。

手順の骨格は次の通りです。
・ePCOで申請と承認は通常通り進める
・承認済のe-Form D参照番号を、指定窓口へ連絡
・電子署名・電子印影が付された紙Form DをA4で印刷し、輸入者へ送付
・輸入者はそれを通関で提示する

ここで重要なのは、紙へ戻るとはいえ「電子署名・電子印影付きの印刷物」という位置付けであり、単なる手書きや社内様式では代替にならない点です。

また、マレーシアは障害からの復旧(送受信再開)も告知しており、障害は一時的であること、復旧後は電子へ戻ることが前提です。(MITI)

4-2 シンガポール:原則e-Form D、ただしASW停止時のみ紙が動く

シンガポール税関は、ASWがNSWを接続する仕組みであること、そして2024年1月1日以降はe-Form Dの完全実施であることを明示しています。輸入国側が紙Form Dを拒否し得る点も明確に注意喚起しています。(customs.gov.sg)

一方で、シンガポールの実務ガイドでは、ASWに技術的な問題があり停止している場合に限り、紙Form Dの印刷・交付が行われる旨が書かれています。つまり「紙は非常時のバックアップとして残るが、通常ルートではない」という整理です。

さらに、NSWそのもの(TradeNet)が利用できない場合の手動発給についても、必要書類を含めた案内があります。輸出国側NSW障害の典型例として、社内BCP設計に使えます。(customs.gov.sg)

4-3 タイ税関資料に見る、ASEAN運用上の線引き

タイ税関が公開しているROO運用課題のマトリクスには、加盟国間で確認された重要な実務判断が載っています。
・技術問題やシステム障害時は、OCPの規定に従ってe-Form Dの代わりに紙Form Dの提出を認める
・e-Form Dを申請した場合、手動Form Dの発行はe-Form Dに技術的な問題がある場合に限定する

「紙が万能な逃げ道ではない」ことを、ASEANの運用合意として裏付ける材料になります。


5. 障害時に強い会社がやっている、社内手順の作り方

5-1 輸入者へ渡すべき情報は「参照番号」が中心になる

ATIGAのガイドブックでは、優遇税率を主張する際、輸入者が輸入申告でe-Form Dの参照番号やインボイス等の情報を提出することが定められています。障害時ほど、参照番号の共有と整合が重要になります。

5-2 再送要求という選択肢を、社内手順に入れておく

同ガイドブックでは、技術障害などでデータ損失が起きた場合、受信国が送信国へe-Form Dの再送を求め得ることが明記されています。
輸入国で「見つからない」と言われたとき、すぐ紙へ倒す前に、再送ルートの有無を確認する価値があります。

5-3 すぐ使えるチェックリスト

障害発生時の初動を、社内で定型化しておくと強いです。

  1. どこが止まったか(発給、ゲートウェイ、輸入国照会、不整合)を分類
  2. 公式の障害告知を保全(発給機関、税関、NSW運営者の告知)
  3. 輸入者・通関業者へ、参照番号と状況(承認済か、送信済か、受信不可か)を即共有
  4. 紙Form Dへ回帰する場合は、技術障害時に限られることを前提に、電子署名・電子印影付きの正式な出力であることを担保
  5. 復旧後の電子再送、差し替え、取消の要否を確認し、二重運用を避ける

6. まとめ:最小コストで最大の止血をする発想

ASW/NSW障害は、どんなに電子化が進んでもゼロにはなりません。だからこそ実務では、次の整理が効きます。

・紙Form Dは「技術障害時の非常手順」として残るが、通常運用ではない
・輸入国は紙を拒否し得るため、障害の事実と正式な代替手順に基づくことが必須
・参照番号の共有、再送要求、差し替えと取消の手順まで含めてBCPに組み込む

もし貴社の運用(どの国向け、どの協定利用、AWSCの認定有無、商流が直送か三国間か)を前提に、障害時フローを社内規程レベルに落とし込みたい場合は、想定ケースを3つほど並べて、社内手順書の形に整えた案も作れます。