関税政策の中心に「相互関税(reciprocal tariffs)」を据え直し、制度として一気に拡大させつつあります

2025年の米国は、関税政策の中心に「相互関税(reciprocal tariffs)」を据え直し、制度として一気に拡大させつつあります。以下では、日本のビジネスパーソン向けに「何が起きているのか」「どこまで広がりそうか」「日本企業は何を準備すべきか」を整理します。

「相互関税」の基本概念

相互関税(reciprocal tariffs)とは、簡単に言えば「相手国が米国製品にかけている関税・非関税障壁の重さに応じて、米国もその国に対して同程度の負担をかける」という発想です。

2025年1月に下院で提出された「United States Reciprocal Trade Act(米国相互貿易法案)」では、次のような考え方が明文化されています。

  • ある国が米国からの特定品目に高い関税や非関税障壁を課している場合、大統領はその国からの同じ品目に対し交渉を行う
  • 交渉で関税・非関税障壁を下げられなければ、同程度の関税を上乗せする

つまりWTOの「最恵国待遇(MFN)」に基づく一律の関税ではなく、二国間の損得勘定に基づいてレートを変える発想です。

2025年に起きた3つの転換点

「解放の日」:10%一律+国別上乗せ

2025年2月13日、トランプ大統領は「Fair and Reciprocal Plan」というメモランダムに署名し、「非互恵的な通商関係を是正する包括的計画」を作るよう政府に指示しました。

そして4月2日(本人いわく”解放の日”)に、次のような枠組みを発表します。

10%の一律「相互」関税(ベースライン)として、ほぼすべての輸入品に追加で10%の関税を課します。既に別制度で課税されている鉄鋼・アルミ・自動車などは除外されます。

国別の「相互」上乗せ関税(11〜50%)では、貿易赤字が大きく米国製品に高関税を課している国ほど高いレートが設定されました。例えばEUには20%(全輸入品に追加)、ベトナムには46%、バングラデシュには37%など、高リスク国も多数含まれます。

当初は4月9日から国別レートを本格発動する予定でしたが、株価急落などを受けて一部を90日間停止し、交渉の材料として使う形に変更しています。

中国向け:フェンタニル・レアアースと結びついた超高関税

中国については、2025年初頭から別枠のIEEPA(国際緊急経済権限法)制裁関税が重なっています。

2月1日にカナダ・メキシコに25%、中国に10%の「フェンタニル関税」が発動され、3月4日には中国向けフェンタニル関税を20%に引き上げました。4月2日以降は、これに加えて「相互関税」の枠組みで中国向けに最大125%のレートを設定し、一時的には合計145%という水準に達したと報じられています。

その後、中国側も農産品・エネルギー・レアアース輸出規制で報復し、5月以降は交渉の結果、中国向け追加関税は概ね20〜30%程度に抑えられました。レアアース輸出規制の凍結と引き換えに、高率「相互関税」の適用停止が2026年11月まで延長されています。

少額免税(de minimis)の撤廃

もう一つの大きな拡大が、少額輸入の免税枠(de minimis:800ドル以下免税)を潰しに行っている点です。

2025年4月2日に中国・香港向けのde minimis免税を撤廃する大統領令が発出され、7月30日にはすべての国を対象にde minimis免税を停止する大統領令が署名されました。8月29日以降、800ドル以下のほぼ全ての輸入が関税対象になっています。

これにより、これまで「小口直送なら関税がかからない」とされてきた越境EC・サンプル出荷・少量スペアパーツなども、相互関税の網に引っかかる構造になっています。

日本への影響:15%で折り合った意味

日米の「15%合意」

日本は当初、他の先進国と同様に「10%ベース+20%前後の相互上乗せ(合計30%近辺)」の候補とされていましたが、集中的な交渉の結果、「15%で固定する日米協定」が2025年7月23日に発表されました。

日本から米国への大半の輸出品に対し15%の相互関税が課される代わりに、日本は米国への5,500億ドル規模の投資コミットメントと一部輸入関税の削減・規制緩和等を約束しました。

その後、9月4日の大統領令と連邦官報告示を通じて、「15%はほかの相互関税と二重に乗らない(スタックしない)」「自動車・自動車部品を含む多くの品目で最終レートは最大15%に制限」と明確化されました。

日本企業への実務インパクト

ポイントを整理すると以下の通りです。

「最悪のシナリオ」は回避したものの、15%は常設に近い形です。EUなど一部の国は20%水準で日本より重い国も多い中、日本は15%で中程度の位置付けとなりました。ただし恒久的な「対米輸出税」として組み込まれた可能性が高いと言えます。

品目別では、従来のMFN+その他の関税と合算される形になります。HSごとに、通常のMFN税率、既存のセクション232(鉄鋼50%、自動車25%など)、そこに相互関税(日本は最大15%)がどう重なるか、HTSUSの特別番号を使って評価する必要があります。

値決め・コスト転嫁の前提を見直す必要があります。15%を「長期的な追加コスト」と見て、価格設定、サプライチェーンの組み換え(メキシコ・カナダ・東南アジア経由など)、ローカル生産化を再検討する企業が増えています。

恒久制度化と司法リスク

議会側:本則化への動き

H.R.735「United States Reciprocal Trade Act」は、大統領に以下の権限を正式に与える法案です。

  • 相手国の関税レートと非関税障壁(認可制度・補助金・規制など)を「関税に換算した負担」として評価し、米国向け輸入品に同等の関税を課す
  • 交渉により、相手国の関税・非関税障壁を下げさせる

同法案はまだ成立していませんが、成立すれば「相互関税」がトランプ政権固有の政策ではなく、超党派の法制度として残る可能性があります。

司法側:IEEPAの合憲性をめぐる攻防

一方で、現在の相互関税の多くはIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく緊急権限として発動されています。

これに対し、輸入企業などが訴えた「Learning Resources v. Trump」事件では、連邦巡回控訴裁判所がIEEPAはここまで広い関税設定権限は与えていないとし、大統領の「ほぼ全世界への一律関税」は違法と判断しました。ただし判決の効力は停止され、関税自体は継続中です。

2025年11月5日に米連邦最高裁が口頭弁論を実施し、IEEPAに基づく関税権限の合憲性・委任立法の限界が審理されています。

最高裁が違憲・権限外と判断すれば、Liberation Day関税や一部の相互関税が無効となり、既に納付した関税の返還請求が大規模に発生する可能性があります。合憲と判断されれば、IEEPAを使った相互関税は「大統領がいつでも使えるツール」として今後の政権にも引き継がれ、H.R.735と組み合わさることで相互関税の恒久制度化の可能性が高まります。

日本企業が取るべき5つの実務アクション

対米輸出品の「関税総額マップ」作成

自社の主要対米輸出品について、HTSUSベースの基本関税(MFN)、セクション232・その他の特別関税、日米合意に基づく最大15%の相互関税を品目別に一覧化し、「関税込みFOB/CIF価格」を再計算します。

中国・メキシコ・EU経由の間接輸出がある場合は、原産地ルール・ルーティングも整理しましょう。

価格戦略・契約条件の見直し

既存の長期契約が想定していない関税増加分(例:+15%)について、価格改定条項(tariff pass-through clause)の有無と再交渉・見直しタイミングを法務・営業と連携してチェックします。

特にBtoC向けオンライン販売(越境EC)は、de minimis廃止で小額注文ほど関税負担の比重が高くなるため、送料・最低注文額・現地在庫化の是非を検討すべきです。

サプライチェーンの再構成シナリオ

「対米15%」を前提に、米国内生産・現地調達へのシフト、カナダ・メキシコ・CPTPP加盟国経由の組立・加工など、総関税負担とロジスティクスコストを合わせた「トータル最適」を検証します。

同時に、対中・対EUの相互関税エスカレーションも念頭に、原材料・部品調達の多元化を進めておきましょう。

HSコード・原産地の精緻化

相互関税レートは品目・国別にきめ細かく設計されているため、HSコードの誤分類や原産地表示・原産地規則の誤適用があると、想定外の高率相互関税を適用されるリスクが高まります。

自社主要品目について、最新HS(2022/次期2028案)と米国HTSUSの整合、FTA/EPAの利用可否、税関事前教示・過去通関実績をまとめた「関税リスク・ドシエ」を作成しておくと、米国税関とのトラブルや将来の係争への備えにもなります。

新常態としての相互関税

EU・インド・ブラジルなども、米国の相互関税に対抗して自国版の相互的な報復関税を検討・実施しています。

WTOの紛争処理機能が弱体化している中、「二国間・多国間の相互関税合戦」が今後10年の新常態になる可能性は高いと言えます。したがって日本企業としては、「関税がゼロに戻る」ことを前提にせず、関税・輸出管理・サプライチェーン再構成をセットで考えるという発想への転換が求められます。

総括:政治イベントから制度リスクへ

2025年の米国は、10%一律+国別相互関税、de minimis廃止による小口輸出への課税拡大、日米15%合意による「相互関税の2国間組み込み」、そしてIEEPA・Reciprocal Trade Actをめぐる司法・立法の攻防を通じて、相互関税を単発の政治パフォーマンスから「半恒久的な制度リスク」に変えつつあると言えます。

日本のビジネスとしては、関税総額の見える化、価格・契約の見直し、サプライチェーンの再設計、HSコード・原産地の精緻管理を、通常のコスト削減プロジェクトと同じレベルで「経営アジェンダ」に載せていくことが、今後ますます重要になります。

 

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