エグゼクティブ・サマリー
争点: 大統領が1977年の国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に関税を課すことは合憲か。関税は本来「課税・通商」に関する議会権限であり、IEEPAの「輸入の規制(regulate … importation)」が関税まで含むのかが最大の論点。
裁判官の反応: 保守・リベラル双方から懐疑的な質問が相次ぎ、「関税は実質的に税(Tax)で、議会の権能ではないか」「大統領権限が一方的に拡張される危険」を指摘。
政府側(トランプ政権)の主張: IEEPAの文言は広く、「輸入の規制」は関税を含む。外交は大統領の固有権限で、**重大問題原則(Major Questions Doctrine)**は当てはまらない。
原告側(中小企業・州)の主張: IEEPAは本来資産凍結・禁輸等の制裁法で、関税を授権した立法史は皆無。「関税」という巨大な権限をIEEPAが黙示授権したとは読めない。
全体ムード: 多数の判事が政府見解に厳しい視線。重大問題原則や非委任原則(権限の白紙委任は不可)が審理の軸に。判決は**2026年夏(米最高裁の今期末)**までに見込まれる公算。
事件名: Learning Resources, Inc., et al. v. Trump(併合審理:Trump v. V.O.S. Selections, Inc.)/口頭弁論:2025年11月5日。
口頭弁論で出た主要論点
1) 法律構成(IEEPAの射程)
政府:「IEEPAの『輸入の規制』は関税を含む。最も伝統的な輸入規制手段が関税だ」との位置づけ。
原告:「IEEPAの文言・立法史は**資産凍結や数量規制(クオータ)**を想定。関税への言及は皆無」と強調。
2) 憲法論点
課税権・通商規制権は議会: Kagan判事は「関税の本質は税で、憲法上は議会権限」と繰り返し指摘。
重大問題原則: 規制当局や大統領が経済秩序を一変させる類の大権限を行使するには、明確な議会授権が必要との見地が審理を覆う。
非委任原則: Gorsuch判事は、広すぎる読解は「行政府への一方通行の権限累積」を招くと警鐘。
3) 事実関係の整理(何が対象か)
争点の関税は、IEEPAに基づく**広範な「相互主義(reciprocal)」関税(ほぼ全輸入に一律10%)**と、対薬物取引を名目に特定国品目を狙う関税に大別して審理。背景として、対中を含む複数国が名指しで俎上に。
日本企業へのビジネス・インパクト(想定シナリオ別)
シナリオA:IEEPA関税が違憲・越権で全面(または大部分)無効
影響:一律10%等のグローバル加算が外れる可能性。価格前提・契約の見直しが急務。既払分の**救済(返金)**は、個別の手続・救済範囲の判断に左右される見通し(自動返還が約されるわけではない)。
実務:米輸入拠点(現地法人・代理店)でHSコードごとの負担構造を棚卸し。**価格調整条項(tariff clause)**の発動可否・再交渉余地を検討。
シナリオB:限定合憲/差戻し(要件や適用範囲を厳格化)
影響:対象国・対象品目の縮小、行政手続のやり直しにより不確実性が続く。
実務:最悪・中立・最良の3本立てで販売価格・粗利シミュレーション、在庫・受発注の柔軟化を準備。
シナリオC:政府側勝訴(IEEPA関税が維持)
影響:緊急事態宣言→関税という手段が前例化。対象国・品目の追加リスクが常在化。
実務:重要部材はデュアルソース化、米国内調達やメキシコ等への組立移管も含めたサプライチェーンの再設計を加速。
**なお、対中の”既存”追加関税(通称:301関税)**は、連邦巡回区控訴裁(CAFC)が別途有効と判断しており、今回のIEEPA訴訟の結論にかかわらず、301関税は別枠で当面存続する前提で計画を。
口頭弁論での主なやり取り(ビジネス的に重要な示唆)
「関税=税か規制か」:政府は「規制目的」と強調、Sotomayor判事らは「税収を生む以上は税」として議会権限に回帰。価格・原価・粗利に直結する財源性が焦点に。
「立法史の空白」:原告はIEEPAに関税授権の痕跡がないと主張。事後の政権交代でも巨大な関税裁量が残り得る点に裁判所が敏感。
「行政府の権限累積」:議会が取り消そうとしても大統領拒否権で戻せない「一方通行」の懸念をGorsuch判事が提示。ポリシーの**可逆性(撤回容易性)**が企業の投資意思決定に影響。
いま取るべき実務アクション(チェックリスト)
影響マッピング: 対米出荷・米国側輸入(現法・代理店)をHSコード×国別で棚卸し(IEEPA関税/301関税/232関税の切り分け)。
契約対応: 販売・購買契約の関税パススルー条項や価格調整条項の実効性を確認。
価格戦略: 3シナリオ(撤廃・縮小・継続)で販売価格/利益の感応度分析。
在庫・調達: 短期は在庫の弾力運用、中期はソーシング多角化・工程移転のオプションを具体化。
通関記録: 将来の救済・返金対応に備え、輸入申告書・関税納付記録を整備。
レギュラトリー・モニタリング: 最高裁判決までの審理動向と、USTR・商務省の行政対応を定点観測。
今後の見通し
手続のステータス: 事件名・口頭弁論日・当事者は上記のとおり。下級審は大統領側に否定的で、最高裁が審理を決定し迅速進行。
判決時期: 今期末(概ね2026年6月~7月)までの言い渡しが通例。ビジネス計画は四半期ベースで柔軟に更新を。
論点のカギ: 重大問題原則/非委任原則の適用の仕方が帰趨を左右。複数の判事が政府側主張に懸念を示したとの報道・分析が相次ぐ。
用語ミニ解説
IEEPA: 対外的な「異常かつ特異な脅威」に対処するため、大統領に経済的制限(資産凍結・輸出入規制など)を授権する法律。
重大問題原則: 経済・政治的に重大な事項は、明確な議会授権がなければ行政権が決定できないとする最高裁の近時の判断枠組み。
非委任原則: 議会が白紙委任で権限移譲することを禁じ、明確な「統制原理」(intelligible principle)を求める憲法理論。
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