EFTA-メルコスールFTA:企業が押さえるべき戦略的ポイント
2019年8月に実質合意に至ったこのFTAは、約3億人の市場へのアクセスを劇的に改善する可能性を秘めています。企業の皆様が今すぐ準備すべき実務上の要点を、専門的かつ分かりやすく解説します。
エグゼクティブ・サマリー:協定の全体像
本協定は、EFTA加盟国(スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン)とメルコスール加盟国(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ)間の貿易・投資を活性化させる包括的な枠組みです。
- 市場アクセス:双方の輸出の95%を超える品目で関税が撤廃・削減されます。特に、医薬品、機械、化学品などEFTA側の主要輸出品に対するメルコスールの高関税が段階的に引き下げられます。
- 原産地規則(ROO):特筆すべきは、**EU域内で生産された材料を協定上の原産材料とみなせる「拡張累積」**制度です。これにより、欧州全体を視野に入れたサプライチェーンの最適化が可能になります。原産地証明は、認定輸出者による自己申告制度が採用され、手続きの迅速化が図られます。
- 貿易円滑化:事前教示制度(税番、原産地、課税価格について税関に事前の法的拘束力のある回答を求める制度)や通関手続きの電子化が盛り込まれ、貿易の透明性と予見可能性が向上します。
- サービス・投資:金融、通信、専門家の一時的な移動(モード4)を含む幅広いサービス分野での市場アクセスが改善されます。投資については、商業拠点設立(モード3)時の内国民待遇が基本となりますが、各国の留保事項には注意が必要です。
- 政府調達:これまで参入が難しかったメルコスールの中央政府機関の調達市場が開放されます。ブラジルやアルゼンチンでは、入札に参加できる契約金額の閾値(基準額)が段階的に引き下げられます。
- 知的財産(IP):スイスの有名チーズ「グリュイエール」など、100を超える地理的表示(GI)が保護対象となり、ブランド価値の保護が強化されます。
- 貿易と持続可能な開発(TSD):環境保護や労働者の権利に関する規定も盛り込まれ、ホルモン剤不使用の食肉生産や、成長促進目的での抗生物質使用の段階的廃止などが定められています。違反に関する紛争は、専門家パネルによる勧告の公表を通じて解決が図られます。
- スイス企業への効果:協定が完全に履行されれば、スイスからメルコスールへの輸出の約96%が無税となり、年間1億8,000万スイスフラン(約300億円)規模の関税削減効果が見込まれています(スイス連邦経済省SECO試算)。
条文別:企業が押さえるべき実務ポイント
1. 物品関税:いつ、どれだけ下がるのか?
- 撤廃スケジュール:関税は、即時撤廃(発効と同時)、または4年、8年、10年、15年といった期間をかけて段階的に引き下げられます。チーズやチョコレートなど一部のセンシティブ品目には、低関税を適用する輸入割当(TRQ)が設定されます。
- 対象品目と削減幅の例:
- 医薬品:最大14%の関税が段階的に撤廃。
- 機械類:14~20%の高関税が段階的に撤廃。
- 化学品:最大18%の関税が段階的に撤廃。
- 自動車部品:14~18%の関税が主に長期(10年や15年)で撤廃。
- 繊維製品:最大35%という極めて高い関税が段階的に削減・撤廃。
- アクション:自社製品のHSコード(8桁レベル)を特定し、協定付属書で関税撤廃スケジュール(カテゴリ)を確認することが不可欠です。
2. 原産地規則(ROO):サプライチェーンの鍵
- 最重要ポイント「EU拡張累積」:貴社のサプライチェーンにEUの部材が含まれていても、一定の条件(品目別規則がEFTA-メルコスール間とEFTA-EU間で同等であることなど)を満たせば、その部材を「EFTA原産」として最終製品の原産性を判断できます。これにより、欧州全域での柔軟な部材調達が可能になります。
- 実務上の手続き:原産地証明は、税関から事前に承認を受けた「認定輸出者」が、自らインボイスなどの商業書類上に原産地を記載する自己申告制度が基本となります。事後検認に備え、原産性を証明する書類の保管が義務付けられます。
3. 政府調達:新たなビジネスチャンス
- 市場開放のインパクト:ブラジルやアルゼンチンの中央政府機関が発注する物品やサービスの入札に、EFTA企業が参加しやすくなります。
- 主要国の閾値(段階的引き下げ後):
- ブラジル:物品・サービスはSDR130,000、建設サービスはSDR5,000,000。
- アルゼンチン:物品・サービスはSDR130,000、建設サービスはSDR5,000,000。
- SDRはIMFの特別引出権。1SDR≒約215円(2025年9月時点の参考レート)。
- アクション:対象となる政府機関のリストと、自社製品・サービスが除外対象になっていないかを確認し、入札情報へのアクセス方法を確立しましょう。
セクター別・即戦力の着眼点
セクター | 主な変更点 | 今すぐ取るべきアクション |
医薬・ヘルスケア | メルコスールの高関税(最大14%)が撤廃。政府調達で病院・保健省案件が対象に。 | HSコード別に削減スケジュールを特定し、価格戦略に反映。認定輸出者資格の取得準備。 |
産業機械・部品 | 14–20%の関税が削減され、価格競争力が大幅に向上。 | EU拡張累積の活用を前提にサプライチェーンを見直し。PSR(品目別規則)の適合性を確認。 |
化学品 | 最大18%の関税削減。TBT(貿易の技術的障害)章で将来の規制協力も規定。 | PSR(付加価値基準/関税番号変更基準)を確認し、原産性管理体制を構築。必要に応じて事前教示を取得。 |
自動車部品 | 14–18%の関税が主に長期スケジュールで削減。 | 現地の完成車メーカー(OEM)等と関税削減分を反映した価格改定の交渉準備。 |
食品(チーズ等) | 無関税または低関税の輸入枠(TRQ)が設定され、即時的な市場アクセスが改善。 | TRQの申請プロセス(相手国側)を確認。GI保護対象リストをチェックし、自社製品の表示に問題がないか点検。 |
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発効までの見通し(重要)
- 批准手続き:協定の発効には、各締約国での国内議会の承認などが必要です。
- 二国間での段階的発効:少なくともEFTA加盟国のいずれか1カ国と、メルコスール加盟国のいずれか1カ国が批准手続きを完了した時点で、その2国間で協定が先行して発効します(手続き完了の通知から3ヶ月後の月の初日)。その後、批准を終えた国から順次、協定の適用対象が拡大していきます。
- スイスの動向:スイス連邦議会での審議は2026年以降となる見込みです。企業としては、どの国の組み合わせで最初に発効するのか、最新の動向を注視することが重要です。