1. VA(付加価値基準)を理解するための基礎用語
📌 まずは基本となる用語の意味を正確に押さえましょう。
- Incoterms(インコタームズ)2020: 国際商業会議所(ICC)が定める、売主と買主の費用と危険の範囲を定義した国際貿易取引条件です。契約で
EXW
やFOB
を用いる際は、最新版である2020年版を前提とすることが一般的です。 - EXW(Ex Works / 工場渡し): 売主が自身の施設で物品を買主に引き渡した時点で、義務が完了する条件です。EPAの原産地証明で用いる**「EXW価格」**は、輸送費などを除いた純粋な産品の価格として、各協定で個別に定義されています。
- FOB(Free on Board / 本船渡し): 輸出港で本船に物品を積み込むまでの費用と責任を売主が負う条件です。RCEPやCPTPPなど多くの協定では、RVC計算の基礎となる**「FOB価額」**の定義が条文に明記されています。
- RVC(Regional Value Content / 域内付加価値割合): 産品が協定の域内でどれだけ付加価値を生んだかを示す割合です。計算方法は協定ごとに規定されています。(例:
(FOB - VNM) / FOB
など) - VNM(Value of Non-originating Materials): 非原産材料の価額。産品の生産に使われた、協定の原産資格を満たさない材料の価値を指します。評価方法は協定ごとに異なり、輸入材料のCIF価額(運賃保険料込み価格)などが用いられます。
- VOM(Value of Originating Materials): 原産材料の価額。積上方式(Build-up)で使用します。
- NC(Net Cost / 純費用): CPTPPの自動車関連品目などで用いられる計算基礎で、販売促進費や許容されない支払利息などを除いた総費用を指します。
最重要ポイント: 同じ「RVC」という用語でも、**計算式(控除方式/積上方式)と価額の基礎(FOB/EXW/取引価格など)**が協定によって全く異なります。必ず該当協定の定義を原文で確認してください。
2. 主なVA計算式の種類と採用協定
✅ どの協定でどの計算方式が使えるか、骨格を整理しました。(最終的には品目別規則(PSR)で確定します)
区分 | 計算式(代表的な形) | 主な採用協定 |
控除方式 (Build-down) | RVC = (産品の価額 - VNM) / 産品の価額 × 100 | RCEP, CPTPP, JAEPA(日豪)など多数 |
積上方式 (Build-up) | RVC = (VOM + 直接労務費など) / 産品の価額 × 100 | RCEP, CPTPP など |
純費用方式 (Net Cost) | RVC = (NC - VNM) / NC × 100 | CPTPP(自動車関連品目に限定) |
Focused Value方式 (FV) | RVC = (産品の価額 - FVNM) / 産品の価額 × 100 | CPTPP(特定の指定品目でのみ利用可) |
MaxNOM方式 | VNM / EXW × 100 ≤ しきい値 | 日-EU EPA, 日英CEPA, 日スイスEPA |
取引価格(TV)基準 | RVC = (TV - VNM) / TV × 100 など | 日チリEPA など |
協定固有名称(QVC) | QVC (実質はFOB基準のRVC計算) | 日インドCEPA, 日モンゴルEPA など |
3. 協定ごとの代表的なRVCしきい値(目安)
⚠️ あくまで多くの品目で採用される一般的な数値です。必ずPSRで自社製品の正確なしきい値を確認してください。
- RCEP: 多くの品目で
RVC ≥ 40%
(関税分類変更基準(CTC)との選択)。 - CPTPP: 品目と計算方式ごとに細かく設定(例: 自動車部品で
45%~60%
など)。 - 日-EU EPA:
MaxNOM ≤ 50%
(EXW基準) またはRVC ≥ 55%
(FOB基準) のような選択制が多い。 - AJCEP(ASEAN):
RVC ≥ 40%
またはCTH
(項レベルの関税分類変更)が一般規則。 - JAEPA(日豪): 多くの工業品で
RVC ≥ 40%
が選択可能。 - 日インドCEPA: 一般規則で
CTSH
(号レベルの関税分類変更) +QVC ≥ 35%
。 - 日スイスEPA: EXW基準のMaxNOM方式(例:
VNM ≤ 60% of EXW
≒RVC ≥ 40%
)。 - 日チリEPA: 計算方式によりしきい値が異なる(例: 控除方式なら
45%
、積上方式なら30%
など)。
4. VA(付加価値基準)による原産地証明の基本手順
Step 1:品目別規則(PSR)の特定 輸出産品のHSコード(6桁)を確定させ、対象協定のPSRから「価額の基礎(FOB/EXW等)」「計算式(控除/積上等)」「しきい値」を正確に読み取ります。
Step 2:数値の収集と評価 協定の定義に基づき、FOB
, EXW
等の価額を算定します。また、VNMやVOMも、協定の評価ルール(例: 輸入材料はCIF価格)に従って正確に計算します。
Step 3:計算方式の選択と実行 PSRで複数の計算方式が認められている場合、自社にとって有利な(証明しやすい)方式を選び、RVC(またはMaxNOM)を計算します。
Step 4:しきい値との照合 計算結果が、PSRで定められたしきい値(例: RVC ≥ 40%
)を満たしているかを確認します。
Step 5:付随規定の確認 デミニミス(僅少の非原産材料の許容ルール)、累積(他の締約国の原産材料を利用するルール)、付属品・梱包の扱いなど、計算に影響する付随規定を確認します。
Step 6:証拠書類の整備・保管 計算の根拠となる資料(部品表、原価計算書、仕入先からの証明書、船積書類等)を整備し、協定で定められた期間保管します。
5. 計算具体例
- 例A:RCEP(控除方式)
- 前提: FOB
100,000円
/ VNM55,000円
/ PSRのしきい値RVC ≥ 40%
- 計算:
(100,000 - 55,000) / 100,000 × 100 = 45%
- 結果: 45% ≥ 40% であり、原産品と認められます。
- 前提: FOB
- 例B:日-EU EPA(MaxNOM方式とRVC方式の選択)
- 前提: PSRが
MaxNOM ≤ 50%
(EXW) またはRVC ≥ 55%
(FOB) の選択制。 - ケース: EXW
10,000EUR
/ VNM4,700EUR
- 計算: MaxNOM =
4,700 / 10,000 × 100 = 47%
- 結果: 47% ≤ 50% であり、原産品と認められます。(RVC方式を計算するまでもなく証明完了)
- 前提: PSRが
- 例C:日チリEPA(計算方式で結果が変わる例)
- 前提: PSRが
控除方式 ≥ 45%
または積上方式 ≥ 30%
の選択制。 - ケース: TV(取引価格)
1,000ドル
/ VNM560ドル
/ VOM330ドル
- 計算1(控除方式):
(1,000 - 560) / 1,000 × 100 = 44%
→ 44% < 45% で基準未達。 - 計算2(積上方式):
330 / 1,000 × 100 = 33%
→ 33% ≥ 30% で基準達成。 - 結果: 積上方式を選択することで、原産品と認められます。
- 前提: PSRが
6. 実務上の注意点とよくある間違い
- 価額基礎の混同: 日スイスEPAをFOB基準で計算してしまう(正しくはEXW基準)。日-EU EPAでEXW基準とFOB基準を取り違える。
- しきい値の思い込み: 「RCEPは40%」と記憶し、品目固有の例外規定を見落とす。
- 計算方式の誤用: CPTPPのFV方式で、指定外の非原産材料まで計算に含めてしまう。
- 付属品・梱包の除外: RVC計算に含める規定が多いことを見落とし、計算から除外してしまう。
- 記録保存期間の不足: 協定ごとの保存年限(RCEP:3年, 日-EU:4年など)を守れていない。
- 原価変動の未反映: サプライヤーや為替レートの変動でRVCが基準値を下回る(いわゆる「RVC割れ」)可能性があるため、定期的な見直しが必要です。
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