EU鋼材「超過枠関税50%」が意味するもの


EUが鉄鋼輸入に対する新しい貿易措置として、関税割当枠(TRQ)を大幅に縮小し、枠超過分の関税を現行25%から50%へ引き上げる案を提示しています。 これに対し、欧州議会・国際貿易委員会(INTA)の草案は、50%関税を支持しつつ、一部条件を修正する方向で議論を進めています。eurometal+3

この記事では、

  • そもそも何がどう変わるのか
  • EU議会案で上乗せ・修正された点は何か
  • EU内外の企業への影響
  • 日本企業・ビジネスパーソンが今から準備すべきこと
    を整理します。jetro+1

1. 現行「鉄鋼セーフガード」とEC新制度案

現行セーフガード(〜2026年6月末まで)

EUは2018年、米国の鉄鋼セクション232関税(25%)発動を受けて、鉄鋼輸入にセーフガード措置を導入しました。 仕組みは「品目ごとのTRQ設定+枠超過分25%関税」というシンプルな構造で、約26カテゴリーの鉄鋼製品について枠内無税・枠超過に25%追加関税が課されています。chosun+1

WTOルール上、このセーフガードは2018年7月から8年で終了となるため、2026年6月末以降をどうするかが現在の議論の出発点です。finance.yahoo+1

欧州委員会(EC)案:2025年10月公表の新措置案

2025年10月、ECは「世界的な過剰生産からEU鉄鋼業を守る」ことを目的とした新たな鉄鋼貿易措置案を公表しました。 エッセンスは以下の3点です。eeas.europa+1

  • 無税枠(TRQ)の大幅削減
    年間の関税割当総量を18.3百万トンに制限し、2024年の枠から約47%削減するという内容です。letsrecycle+1
  • 枠超過関税を25%→50%へ倍増
    枠を超える輸入には50%の追加関税を課し、米国・カナダの水準と足並みを揃える構図になっています。reuters+1
  • 「メルト&ポア」原産地要件の導入
    鋼材がどの国で溶解・鋳造されたかを証明する「melt and pour」要件を導入し、ミルシート等で溶解国を示すことで迂回輸入を防ぐ狙いです。europa+1

対象は鉄鋼製品28品目で、現行よりやや拡大しており、ノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインは枠外扱い、ウクライナについては安全保障上の事情を踏まえた特例的な優遇が想定されています。 ECは、これによりEU鉄鋼の設備稼働率を現在の65〜67%程度から80〜85%へ改善し、世界的な過剰生産への防波堤にしたい考えです。eurometal+2


2. EU議会案(INTA草案)の中身

INTAのリーク草案(2025年11月24日付と報じられる文書)は、EC案をベースにしつつ、いくつか重要な修正を提案しています。eurometal+1

50%超過枠関税の維持

議会草案は、枠超過分50%関税というEC案のコア要素を支持しています。 無税枠自体も2013年輸入量を基準とする考え方を維持しており、現行枠より約半分程度の水準になるという方向性に変わりはありません。linkedin+2

キャリーオーバーの復活提案

EC案では四半期ごとのTRQ管理で「未使用枠の持ち越し不可」とされていましたが、INTA草案はこれを緩和し、未使用分の四半期枠を翌四半期にキャリーオーバーすることを認めるべきだと提案しています。 これは供給途絶と価格変動の急激な振れを抑えるためで、ユーザー産業からの強い要望を反映した修正とされています。lagrand+1

ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除

議会草案は、ロシアまたはベラルーシで溶解・鋳造された鋼を使った製品をクオータ制度の対象外とし、EU国境で即時拒否する規定を盛り込む案を提示しています。 これは関税水準の問題を超えた安全保障・制裁措置の性格が強い提案です。eurometal

ウクライナ・EFTA3カ国の扱い

草案は、EC案と同様に、ウクライナについては戦時下の特例としてクオータ・関税を免除し、既存の一方的優遇措置の延長を想定しています。 またノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタインについては、従来どおり制度の対象外としています。lagrand+2

発効時期:2026年中の開始見込みだが未確定

現行セーフガードは2026年6月末に失効し、新制度がその後を引き継ぐことが想定されています。 一部報道では、業界関係者が「2026年4月開始」を一つのシナリオとして挙げているものの、正式な発効日は依然として議論中であり、委員会採択・本会議・理事会との協議を経て最終決定される必要があります。eunews+3


3. EU内での評価:上流の歓迎と下流の危機感

鉄鋼メーカー側:稼働率と投資余力の回復

EUROFERなど鉄鋼メーカー側は、新措置案を「EU鉄鋼の設備稼働率を80〜85%に戻し、低価格輸入によるダメージを抑えつつ、脱炭素投資に必要な採算性を確保する措置」として強く支持しています。 彼らは、現在の輸入枠が需要に比べて過大であり、補助金付き・高炭素鋼がEU市場を侵食していると主張しています。reuters+3

自動車・機械などユーザー産業:コストと供給の両面を懸念

自動車・機械・エレクトロニクスなど鋼材ユーザー産業の業界団体は、47%のクオータ削減と50%超過関税、さらにmelt & pour要件による事務負担増の組み合わせが、コスト増と供給リスクを同時に高めると強く懸念しています。 一部の分析では、超過枠関税による追加コストが数十億ユーロ規模に達する可能性が指摘され、価格転嫁が難しいB2B取引ほどマージンが圧迫される構図です。koreapro+2


4. EU域外への波及:輸出国・英国・米国との連動

EU向け主要輸出国への影響

トルコ、インド、韓国、中国、ベトナム、台湾など、EU向け鉄鋼輸出の多い国々は、クオータ縮小と超過枠50%関税の組み合わせにより、枠内に収まらない部分の採算が厳しくなります。 その結果、輸出先の地域シフト(中東・アジア・アフリカなど)やEU向け製品の価格引き上げが進み、世界全体の鋼材フローが再配分される可能性があります。reuters+1

英国:EU市場依存ゆえの「実存的な脅威」

英国は鉄鋼輸出の大部分をEU向けに依存しているため、EUの新制度は「英国鉄鋼業にとって存在そのものを揺るがす脅威」と報じるメディアもあります。 UK Steelは国別クオータの確保を強く求めており、EUの高関税によりEU向けが減れば、代わりに安価な輸入が英国市場に流れ込む二重の影響も懸念されています。globalbankingandfinance

米国との「メタル・アライアンス」の可能性

EC案は、米国が既に導入している50%レベルの鉄鋼関税と歩調を合わせる形で、EU・米国の両方が中国などからの過剰輸出に対抗する「共同防衛ライン」を志向していると解説する向きもあります。 これは鉄鋼市場のブロック化、すなわち「北米+欧州 vs その他」という構図を強める方向に働きかねません。finance.yahoo+2


5. 日本企業・ビジネスパーソンの実務アクション

5-1 EU向けビジネスの鋼材依存度を棚卸し

まず、自社の売上・利益のうち、EU向けでかつ鋼材コスト比率が高い案件・製品を一覧化し、「EU向けにどの程度鋼材依存ビジネスがあるか」を把握することが出発点です。 そのうえで、50%関税がかかった場合の原価インパクトを粗くでも試算しておくと、社内説明や値上げ交渉の準備に役立ちます。jetro+3

5-2 HSコードとTRQカテゴリーの突き合わせ

新制度はTRQカテゴリーに基づいて運用されるため、自社の鋼材・部材のHSコードと、それがどのTRQカテゴリーに属するかを早期に確認する必要があります。 EU内部で十分な供給がない特殊鋼などは、業界団体を通じたロビーイングの論点にもなり得るため、「どのカテゴリーで、どれだけ枠が足りないか」を数字で把握しておくと有利です。thecaravelgu+2

5-3 「melt & pour」対応のトレーサビリティ構築

melt & pour要件により、EU向け鋼材や鋼材を含む製品では「溶解国情報」の提示が必須となる見込みです。 具体的には、letsrecycle+1

  • サプライヤー契約にmelt & pour情報提供義務を明記
  • 社内システムに「溶解国」フィールドを追加
  • ミルシートや長期供給者宣言のテンプレートを標準化し、サプライヤーに共有
    といった実務的なトレーサビリティ整備が求められます。eurometal+1

5-4 契約・価格条項(サーチャージ/関税条項)の見直し

2026年以降をまたぐ長期契約では、鋼材価格と関税・TRQ制度の両方の変動を織り込める条項が重要になります。 例として、reuters+1

  • 「EU鉄鋼TRQ制度の変更により当該品目の関税または関連コストがX%以上増加した場合、価格を協議・改定できる」
  • 「melt & pour要件強化に伴う追加事務コストを別途請求可能とする」
    などの条項が検討対象になります。thecaravelgu+1

5-5 立法プロセスと業界団体の動きを継続ウォッチ

制度はまだ提案+議会草案の段階であり、欧州議会本会議、理事会とのトリローグを経る中で、キャリーオーバーや対象品目などの細部が変わる可能性があります。eurometal+1

  • ECの公式発表・官報
  • 欧州議会INTA委員会の審議・修正案
  • EUROFER(上流)とACEA・Orgalim等(下流)の声明
  • JETROや各国政府の解説レポート
    といった情報源を追いながら、「決まってから対応」ではなく、「どう決まりそうか」を見越して社内シミュレーションを進めることが重要です。jetro+1

6. 50%という数字が持つメッセージ

EC案とEU議会案は、

  • 無税枠(TRQ)を2024年比47%削減し18.3百万トンに制限
  • 枠超過分の関税を25%から50%へ倍増
  • melt & pourに基づく厳格な原産地管理
    を柱とする、新しい鉄鋼貿易ルールを志向しています。europa+1

議会案は、50%関税自体は支持しつつ、四半期枠のキャリーオーバー復活、ロシア・ベラルーシ鋼の事実上の全面排除、ウクライナ・EFTA3カ国への特例といった要素を上乗せし、安全保障と実務運用のバランスを模索しています。 日本企業としては、EU向けビジネスの鋼材依存度、TRQカテゴリー、melt & pour情報のトレーサビリティ、2026年以降の価格条項といった観点で、早めに前提条件をアップデートしておくことが合理的なリスク対応となります。koreapro+3

  1. https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_25_2293
  2. https://www.chosun.com/english/industry-en/2025/10/08/C7S5WCWSCBAUZLECSFN2CCXLXI/
  3. https://eurometal.net/leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-backs-50-steel-over-quota-duty-adds-russia-belarus-ban-quota-carryover/
  4. https://eurometal.net/2025/11/28/
  5. https://www.reuters.com/world/china/eu-halve-steel-import-quotas-revive-domestic-industry-2025-10-07/
  6. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/85badf9a4c5331d1.html
  7. https://uk.finance.yahoo.com/news/eu-plans-cut-steel-import-094823358.html
  8. https://www.eeas.europa.eu/delegations/t%C3%BCrkiye/commission-proposes-plan-protect-eu-steel-industry-unfair-impacts-global-overcapacity_en?s=230
  9. https://www.letsrecycle.com/news/eu-steel-proposal-seeks-stability-amid-global-overcapacity/
  10. https://eurometal.net/eu-unveils-quota-volumes-for-new-safeguard-system/
  11. https://www.linkedin.com/posts/eurometal_leaked-european-parliament-draft-on-safeguards-activity-7400190627092746241-IMKT
  12. https://lagrand.ch/eu-steel-market-poised-for-disruption-safeguard-draft-ukraine-scrap-ban-impact-202512021028/
  13. https://www.eunews.it/en/2025/10/07/zero-tariffs-for-lower-quotas-higher-ones-for-surpluses-eu-measures-for-steel/
  14. https://www.reuters.com/markets/commodities/eu-plans-cut-steel-import-quotas-hike-tariffs-2025-10-01/
  15. https://koreapro.org/?p=2211344
  16. https://www.thecaravelgu.com/blog/2025/10/11/kub596v0tlwetut8nfnrpm5amk48b9
  17. https://www.globalbankingandfinance.com/EU-STEEL-75902157-2ec7-4dd0-b847-5e24a4a2ba33/
  18. https://euperspectives.eu/2025/10/commission-slashes-steel-import-quotas-doubles-out-of-quota-tariff-to-50/
  19. https://www.steelorbis.com/steel-news/latest-news/eu-to-halve-steel-import-quotas-and-raise-tariffs-to-50-in-new-trade-package-1412688.htm
  20. https://x.com/EUROMETAL_/status/1994427204495933522

北米サプライチェーンの前提が変わるサイン

USTR(米通商代表部)の「カナダ・メキシコの中国ハブ化牽制」発言は、北米でビジネスを行う企業にとって、サプライチェーンの前提条件が静かに書き換わりつつあるシグナルです。reuters+1

この記事では、

  • ニュースの事実関係を整理・検証する
  • 「中国ハブ化」議論の中身を解説する
  • 日本企業を含むビジネスパーソンが取るべき実務アクションを提案する
    ことを目的とします。reuters+2

1. USTR発言で実際に何が起きたか

2025年12月4日、USTRのジャミソン・グリアー代表はワシントンの会議で、「カナダとメキシコが中国・ベトナム・インドネシアなどの輸出ハブとして使われるべきではない」と述べ、一部ではメキシコ経由の動きが既に見られると指摘しました。 同時に、USMCAには課題があるとしつつ、外国製自動車への関税など一部措置が問題を是正しつつあること、USMCAは議会が承認した法律として現時点で効力を持っていることも強調しています。news.yahoo+2

同じ12月4日、グリアー氏はPoliticoのポッドキャストで「トランプ大統領は来年、USMCAからの離脱を決める可能性がある」と述べ、カナダ・メキシコと二国間協定に分割するオプションにも言及しました。 ここで使われているのは「could」「always a scenario」といった表現であり、具体的な離脱プロセスが始まったわけではありません。newsweek+2


2. よくある誤解と冷静な整理

  • 誤解①「米国はUSMCAを来年破棄すると決めた」
    → 実際には、「来年離脱を決める可能性」に言及した段階であり、正式な離脱通知などの手続きは開始されていません。 USMCAは現時点でも有効な協定で、条文に沿って2026年の共同見直しに向けた準備が進んでいます。nytimes+3
  • 誤解②「メキシコ・カナダはすでに完全に『中国の裏口』になっている」
    → Brookingsの分析では、中国製品の関税回避ルートを「単純転送」「サプライチェーン組込み」「中国企業の現地投資」の3類型に整理したうえで、メキシコ経由の迂回は確認される一方、カナダ経由は証拠が限定的で、インフレ調整後の規模も「過度に騒ぐレベルではない」としています。brookings+1
  • 誤解③「メキシコ・カナダは中国寄りで、米国と対立している」
    → 実際には、両国とも対中関税を強化しており、スタンスはむしろ米国と歩調を合わせる方向です。brookings+1

3. なぜ「中国ハブ化」が問題視されるのか

背景にあるのは、米国の対中関税の大幅引き上げです。米国は2018年以降、通商法301条に基づき、中国製品に7.5〜25%の追加関税を広範囲に課してきました。 2024年の見直しでは、中国製EVに対する関税率が4倍の100%、半導体・太陽電池に50%、鉄鋼・アルミ・バッテリー・重要鉱物などに25%という大幅な引き上げが決定されています。jetro+2

この関税差があるため、中国企業にとっては「中国→(関税の低い)メキシコ・カナダ→米国」というルートで、USMCAの無税枠や低いMFN税率を活用しつつ米市場にアクセスする強いインセンティブが生じます。 Brookingsも、こうした関税格差がメキシコ・カナダ経由の迂回を誘発していると分析しています。jetro+1


4. メキシコはどこまで「中国ハブ」か

ジェトロのレポートによると、中国からメキシコへの輸出額は2023年に約818億ドルと10年前の約3倍に増加し、年平均伸び率は約10%強と高いペースです。 伸びているのは乗用車・小型トラック、リチウムイオン電池、EV、部品・金型・機械設備など、対米輸出を意識した「工場一式」のような品目群です。jetro

一方でBrookingsの詳細分析では、変圧器・鉄鋼・自動車部品などで中国→メキシコ→米国という迂回の兆候はあるものの、インフレ調整後の規模は限定的であり、メキシコが鉄鋼などで対中関税を引き上げた結果、中国からメキシコへの鉄鋼輸入が2023年以降大きく減少していると指摘します。 このことから、政策次第で迂回ボリュームは一定程度コントロール可能だと結論づけています。brookings

さらにメキシコ政府は、非FTA国(中国を含む)からの自動車関税を現行20%からWTO上限の50%まで引き上げる計画を打ち出しており、中国側は「米国の圧力によるものだ」と強く反発しています。 メキシコはニアショアリングの勝者として中国企業を含む多国籍企業の北米ハブになりつつある一方、米国からの警戒と圧力も最も強く受ける立場にあると言えます。chinaglobalsouth+3


5. カナダは対中EV関税で“タカ派”

カナダ政府は2024年10月から、中国製EVに100%の追加関税、中国製鉄鋼・アルミに25%の関税を導入しました。 これは米国の追加関税とほぼ同水準であり、「北米市場を守る防衛ライン」として評価されています。whitecase+1

その一方で、2025年秋以降、カナダがこの100%関税の見直し・撤廃の可能性を検討しているとの報道もあり、対中・対米関係の狭間でスタンスを微調整し始めていることもうかがえます。 Brookingsは、現状カナダ経由の迂回の証拠は限定的としつつ、将来リスクに備えて米・加・墨の三国が対中投資・貿易政策でより連携すべきと提言しています。brookings


6. 「中国ハブ化」という見出しの限界

ここまでの事実から見えるのは、メキシコ・カナダが単純な「中国の裏口」ではなく、中国・北米・各国政府の思惑が交差する最前線にあるということです。reuters+1

  • 中国企業にとって:関税回避と市場アクセスの出口
  • 米国にとって:対中デカップリングを進める防波堤
  • メキシコ・カナダにとって:投資を呼び込みつつ、米国の「レッドライン」を踏まないための綱渡り

「中国ハブ化」という見出しだけを素直に読むと「中国寄りのメキシコ・カナダVS米国」という対立図に見えますが、実態は三者がそれぞれの利害を計算しながらバランスを取り続けている構図です。reuters+1


7. USMCA 2026年レビューと「離脱カード」

USMCAは2020年7月1日に発効し、原則16年の有効期限(2036年7月まで)を持ちますが、6年目(2026年7月)に三国で共同見直しを行い、合意できればさらに16年延長、合意できなければその後は毎年レビューという仕組みです。 この構造自体が、協定の将来に一定の不透明感を組み込んでいます。jetro+1

2025年9月には、USTRがUSMCA見直しに向けたパブリックコメント募集を開始し、12月には公聴会も予定されています。 ワシントンの有識者の間では、米国がUSMCA継続に必ずしもコミットしておらず、メキシコ・カナダとの二国間協定への分割もオプションとして議論されているとの見方が多くなっています。jetro+2

グリアー氏やトランプ大統領は、「協定を失効させる」「新たなディールに置き換える」といった選択肢を交渉カードとして公然と口にし始めており、これが企業側にとっては政治リスクとしてのしかかります。 ポイントは、「USMCAがすぐ終わる」と決まったわけではないが、「いつでも終わらせられる」と受け止められることで、協定ベースの投資に上乗せのリスク・プレミアムが付くという点です。nytimes+2


8. 実務で今やるべき5つのアクション

8-1. 「どこで作るか」より「何で作るか」を管理する

USMCAレビューで有力視されているのが、「FEOC(懸念外国事業体)由来の部品が一定割合を超えるとUSMCA原産と認めない」といったルール強化です。 これは米インフレ削減法(IRA)のEV税額控除要件で導入されたFEOC規制をUSMCA原産地規則へ転用するイメージと指摘されています。jetro+1

実務としては、BOMベースで中国・香港・ロシア等の部品比率をSKU単位で把握し、「メキシコ製/カナダ製だから安全」と考えるのではなく、中身の原産国をトレースできる体制を整えることが重要です。jetro+1

8-2. USMCA・関税の3シナリオでコスト試算

最低限、以下の3パターンで試算用Excelを一度作成しておくと、経営判断のスピードが大きく変わります。jetro+1

  • ソフト:USMCA延長+中国由来部品への限定的な制限
  • タイト:USMCA延長と引き換えに自動車・EV・電池・半導体などで原産地規則が大幅強化
  • ハード:米国が「離脱カード」を切り、高関税や二国間協定で揺さぶる

それぞれのシナリオで、調達先・生産拠点(中国/メキシコ/米国/カナダ/その他)・関税+物流コストがどう変わるかをざっくりでもNPVまで落としておくと、2026年レビュー前後の意思決定に耐えられます。jetro+1

8-3. メキシコ・カナダ投資の前提条件をアップデート

従来の前提だった「中国から部品を持ち込んでメキシコで組立→USMCA無税」「カナダ経由で米国へ出せば対中関税は薄まる」といった感覚は見直し必須です。 今後は、jetro+1

  • 中国色の濃さ=政治リスク
  • FEOC規制やUSMCA原産地ルールの強化で、中国由来部品にペナルティが付く可能性
  • メキシコは対中自動車関税を最大50%まで引き上げる方向で、中国メーカーにとっても楽園ではなくなりつつあることreuters+1
  • カナダも中国製EVと鉄鋼・アルミに高関税を課し、基本的には米国と足並みを揃える方向であることbrookings

を前提に、「メキシコ/カナダ+米国」の二段構え拠点戦略や、「USMCA向け仕様(中国コンテンツを削った設計)」とその他市場向け仕様の切り分けを検討する必要があります。jetro+1

8-4. 契約・価格式に「関税変動条項」を組み込む

トランプ政権第2期、USMCAレビュー、対中関税見直しが重なる中で、「想定外の関税で採算が吹き飛ぶ」リスクは明確に高まっています。 どの追加関税(301条・232条・相互関税・対中EV100%など)が発動・変更されたら、どのようなロジックで価格改定するか、誰がどのコストを負担するかを契約条件に落としておくことが不可欠です。whitecase+3

最低限の例として、

  • 指定関税がX%以上変動した場合の価格再協議条項
  • USMCA原産認定が外れた場合の関税負担のルール
  • 関税だけでなく、通関・監査対応コストも含めた調整条項
    といった文言を検討する価値があります。jetro

8-5. データとコンプライアンス体制の強化

米国税関(CBP)はAIを活用したリスク分析・監査を強化しており、HSコード・原産地・関税率の裏付けデータやサプライヤー証明を精査する傾向が強まっています。 原産地・HSコード・関税率を支えるBOMやサプライヤー証明の整備、DDP取引における社内チェック、通関・SCM・法務・財務を横断する「関税タスクフォース」的な体制づくりが現実的な防御ラインになります。jetro+1


9. 結論:メキシコ・カナダは抜け道ではなく“試験場”

USTRの発言は、「中国ハブ化」への警告であってUSMCAの即時終了宣言ではなく、むしろ「離脱カード」を含む政治リスクの設計図を示したものと見るべきです。 メキシコ・カナダは、中国企業にとっての出口、米国にとっての防衛ライン、自国にとっての投資誘致の武器という三重構造に置かれており、単純な「中国寄りVS米国」という構図では語れません。reuters+3

企業としては、中国コンテンツの可視化、USMCA・関税のシナリオ試算、契約・価格式・コンプライアンス体制のアップデートを2026年レビュー前に走らせておくことが、今回のUSTR発言を実務に落とし込むうえで最も合理的な対応になります。jetro+1

  1. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/canada-mexico-should-not-be-export-hubs-china-says-ustr-2025-12-04/
  2. https://www.reuters.com/world/americas/trump-could-decide-next-year-withdraw-usmca-trade-deal-ustr-greer-tells-politico-2025-12-04/
  3. https://www.reuters.com/business/autos-transportation/mexico-raise-tariffs-cars-china-50-major-overhaul-2025-09-10/
  4. https://www.brookings.edu/articles/is-china-circumventing-us-tariffs-via-mexico-and-canada/
  5. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/76d87bb2dd806547.html
  6. https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/05/6313e1d63d298273.html
  7. https://cm.asiae.co.kr/en/article/2025120514260203178
  8. https://www.politico.com/newsletters/canada-playbook/2025/12/04/trump-usmca-exit-signals-00676384
  9. https://www.newsweek.com/trump-official-warns-president-may-leave-his-signature-trade-deal-11156415
  10. https://english.elpais.com/economy-and-business/2025-09-12/beijing-accuses-mexico-of-submitting-to-us-coercion-over-tariff-increase-on-chinese-cars.html
  11. https://chinaglobalsouth.com/2025/09/11/mexico-50-percent-tariff-china-cars/
  12. https://www.whitecase.com/insight-alert/united-states-finalizes-section-301-tariff-increases-imports-china
  13. https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/263c42b409855725.html
  14. https://www.brookings.edu/regions/north-america/mexico/
  15. https://ustr.gov/about/policy-offices/press-office/press-releases/2025/december/public-hearing-first-joint-review-usmca
  16. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/ceec55d786c7c20b.html
  17. https://www.nytimes.com/2025/12/04/business/economy/trump-north-american-trade-deal.html
  18. https://ca.news.yahoo.com/u-trade-representative-jamieson-greer-225121611.html
  19. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/09/c0b5e4d485431665.html
  20. https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/wto-fta/news/pdf/w_c_monthly_report-202510.pdf
  21. https://www.peacocktariffconsulting.com/china-is-thriving-us-tariffs-failing-to-contain-chinas-economic-growth/
  22. https://finance.yahoo.com/news/canada-mexico-not-export-hubs-224614112.html
  23. https://www.tradingview.com/news/reuters.com,2025:newsml_S0N3XA08G:0-canada-and-mexico-should-not-be-export-hubs-for-china-says-ustr/
  24. https://www.aol.com/us-trade-china-probably-needs-232651372.html
  25. https://www.facebook.com/Reuters/posts/canada-and-mexico-should-not-be-used-as-export-hubs-for-china-vietnam-indonesia-/1406804451310283/
  26. https://mexicobusiness.news/automotive/news/mexico-eyes-50-tariffs-non-fta-vehicles-china-pushes-back
  27. https://www.marketscreener.com/news/ustr-s-greer-want-to-make-sure-that-canada-and-mexico-aren-t-used-as-an-export-hub-for-china-vietn-ce7d51dfd081f72c
  28. https://www.yahoo.com/news/articles/trump-could-decide-next-withdraw-112759426.html
  29. https://www.scmp.com/news/world/united-states-canada/article/3335256/trump-could-decide-next-year-withdraw-usmca-says-us-trade-representative
  30. https://insidetrade.com/trade/mexico-proposes-higher-tariffs-evs-other-goods-non-fta-partners
  31. https://www.cbc.ca/lite/story/9.7002653
  32. https://x.com/BrookingsInst/status/1974116017241526635
  33. https://www.brookings.edu/regions/north-america/canada-2/
  34. https://www.linkedin.com/posts/joshua-meltzer-9900453b_is-china-circumventing-us-tariffs-via-mexico-activity-7377336406031118336-moZe
  35. https://www.facebook.com/brookings/posts/to-bypass-high-us-tariffs-china-is-increasingly-routing-trade-through-mexico-and/1231277465705996/
  36. https://www.hklaw.com/en/insights/publications/2024/09/ustr-finalizes-action-on-new-and-increased-section-301-tariffs
  37. https://www.brookings.edu/tags/tariffs/
  38. https://www.meti.go.jp/english/report/data/wp2024/pdf/2-1-2.pdf
  39. https://www.brookings.edu/articles/north-american-golden-age/
  40. https://papers.ssrn.com/sol3/Delivery.cfm/5736802.pdf?abstractid=5736802&mirid=1

USMCA再検証と「離脱カード」の波紋――北米サプライチェーンは何を覚悟すべきか


1. いま何が起きているのか(エグゼクティブサマリー)

USMCA(米・メキシコ・カナダ協定)は、**2026年に初回の「6年目共同見直し(レビュー)」**を迎えます(発効は2020年7月1日)。

協定本文第34.7条は、

  • 6年目に3か国で共同見直しを行うこと
  • その際に「さらに16年間延長するかどうか」を首脳レベルで書面確認すること
  • 延長に合意しなければ、2036年に協定が自動終了する”サンセット条項”になること

を定めています。

これに加え第34.6条は、いずれの国も6か月前通告でUSMCAから単独離脱できると明記しています。

2025年12月、トランプ政権のUSTR(米通商代表部)高官が

「来年、USMCAからの離脱を決める可能性がある」

と発言し、カナダ・メキシコのみならず企業・市場に大きな波紋を広げました。

2026年レビューは、

① 短時間で延長を決めて”継続”を確認するのか
② 再交渉の場として利用されるのか
③ 最悪の場合「離脱」や「2036年失効」へのレールになるのか

という分岐点になります。

日本企業にとっては、「NAFTA → USMCA」以上に不確実性の高いイベントであり、自動車・電機・機械を中心とする北米サプライチェーン戦略の再点検が急務です。


2. USMCAの「再検証」メカニズムを整理する

2-1. サンセット条項と6年目レビュー

USMCA第34.7条は、次のような構造になっています。

1. 16年の有効期間+延長オプション

  • 協定は発効から16年後(2036年7月1日)に自動終了。
  • ただし、3か国の首脳が書面で「延長したい」と確認すれば、そこからさらに16年延長。

2. 6年目の「共同見直し」

  • 発効から6年目(2026年)に、3か国の閣僚級で**共同レビュー(joint review)**を実施。
  • 各国は事前に「協定運用に関する提案・懸念」を提出できる。

3. 延長判断と”年次レビュー”

  • 6年目レビューで3か国全てが「延長したい」と確認すれば、その時点で自動延長。
  • もし1か国でも「延長しない」とした場合:
    • 2036年の自動終了は維持
    • それまで毎年「延長するかどうか」を再協議する年次レビューが義務付けられる。

つまり、2026年レビューは

「USMCAを2036年以降も安定的に続けるのか、それとも”いつでも終わり得る協定”として残り10年を走り抜けるのか」

を決める分岐点です。

2-2. 単独離脱条項との組み合わせ

別条文の第34.6条は、

  • **一方的離脱(withdrawal)**を認め、
  • 書面通告から6か月後にUSMCAから退出できると定めています。

したがって、

  • 2026年に3か国で延長を決めたとしても、
  • その後、米国・カナダ・メキシコのいずれかが国内政治の判断で離脱カードを切る余地は残ります。

3. 「離脱示唆」はどこまで本気なのか

3-1. USTR高官の発言とトランプ政権のスタンス

2025年12月、USTRのJamieson Greer氏はインタビューで、

**トランプ大統領が「来年、USMCAから撤退するかどうかを決める可能性がある」**と発言したとされています。

さらに、USMCAをカナダ・メキシコとの2本の二国間FTAに分割する構想にも言及したと報じられています。

これは、

  • 2018〜19年のNAFTA再交渉時と同様、「離脱カード」を交渉テコとして使う典型的なスタイルと見る向きが多い一方、
  • 今回は協定本文にサンセット条項と年次レビュー義務が組み込まれているため、「本当に終わりかねない」制度的リスクも存在します。

3-2. カナダ・メキシコ側の警戒

カナダでは、オンタリオ州首相が

「トランプ大統領を信頼していない。USMCAを前倒しで再交渉しようとする可能性がある」

と警告し、連邦政府に備えを求めています。

メキシコの自動車業界は、

  • **厳格化する原産地規則(ROO)**と
  • 米国によるトラック・EVなどへの高関税

を背景に、「2026年レビューに向けて”極めて複雑な見通し”」だと懸念を表明しています。

これらは、単なる政治的レトリックではなく、企業の投資判断・サプライチェーン構築に実際の影響を与え始めているシグナルと見るべきです。


4. 2026年レビューで焦点となり得る論点

各種シンクタンクの分析や実務家のコメントを整理すると、主な争点は以下の通りです。

4-1. 自動車・電機を中心とした原産地規則(ROO)

自動車の無税適用には、純費用方式で75%の域内部品比率が求められます。

この基準は段階的に引き上げられ、

  • 2020年発効時:66%
  • 2021年:69%
  • 2022年:72%
  • 2023年:75%(最終水準に到達)

となっています 。jetro

既に業界からは

  • 「実務的に達成が難しい」
  • 「アジアからの部材を一定程度認める”緩和”が必要」

との声も上がっており、2026年レビューで再調整を求める圧力が強まる可能性があります。

4-2. 労働・環境規定とその執行

USMCAは、NAFTAに比べて

  • 労働権
  • 環境保護

の条項を強化し、メキシコの工場への査察や是正要求が活発化しています。

米国側は、

  • 「メキシコの履行状況は不十分」との主張を強める可能性があり、
  • これを理由に関税引き上げや是正措置をちらつかせる交渉に発展するリスクがあります。

4-3. 中国など「非市場経済国」との関係

USMCAには、いわゆる**「非市場経済国(実質的には中国)とのFTA締結を制限する条項」**が含まれており、北米が対中デカップリング・デリスキングを進める枠組みとしても機能しています。

2026年レビューでは、

  • 中国由来部材の取り扱い
  • EV・電池・半導体など安全保障関連サプライチェーンの優先度

が改めて俎上に載ると見られます。

4-4. エネルギー・国家安全保障・紛争解決

  • エネルギー政策(メキシコの資源ナショナリズムなど)や
  • 安全保障を理由とした232条・301条関税との整合

も、レビューの文脈で調整が求められます。

既に、パネル紛争が複数件動いており、「協定の運用上の問題」なのか「ルールの設計そのものの問題」なのかを巡って各国の認識は分かれています。


5. ビジネスが直面する4つのシナリオ

各種レポートで示されているシナリオを統合すると、企業が押さえるべきパターンはおおよそ次の4つです。

シナリオ1:小幅見直し+16年延長(ベースライン)

  • 自動車ROOなど一部ルールを微調整しつつ、2026年に3か国が16年延長を確認。
  • 市場には「しばらくはUSMCAが続く」という安心感
  • ただし「単独離脱カード」は残るという状況。

シナリオ2:激しい再交渉だが、最終的には延長

トランプ政権が

  • 「再交渉に応じなければ離脱する」とプレッシャーをかけ、
  • 自動車・農業・デジタル税などで大幅な譲歩を迫る。

ぎりぎりまで不透明感が続く一方、最終的には何らかの妥協で延長。

NAFTA再交渉時と同様、「交渉のストレス」自体がビジネスにとってコストとなるパターンです。

シナリオ3:二国間FTAへの分割・部分的な「USMCA離れ」

米国が

  • カナダとの二国間、
  • メキシコとの二国間

への分割を示唆・実行し、実質的にUSMCAの三国一体性が薄れるケース。

ルールが国・品目別にさらに複雑化し、サプライチェーン管理・原産地管理の難度が上がります。

シナリオ4:延長見送り → 2036年失効 or 単独離脱

2026年時点で1か国以上が「延長しない」と表明し、2036年の自動失効が既定路線となるケース。

さらに、政治状況次第では、

  • 米国が突然第34.6条に基づき6か月通告で離脱

という、**NAFTA撤退宣言の”再演”**も排除できません。


6. 日本企業が今から取るべきアクション

6-1. 「USMCA依存度」を見える化する

1. 売上・調達のUSMCA依存度

  • 北米向け売上のうち
    • USMCA無税を前提とした取引の割合
    • 自動車・部品、電機、機械など協定依存度の高い品目
  • を定量化する。

2. 原産地ルールに対する脆弱性

  • ROOが厳しい品目(完成車・主要部品、ハイテク製品など)をリストアップし、
  • 「ルール変更」「原産地証明の厳格化」による影響度を試算。

6-2. ルール変更・関税復活を前提にしたシミュレーション

上記4シナリオをベースに、

  • 関税がNAFTA前水準/WTO税率に戻るケース
  • USMCAは継続するが、自動車ROOがさらに厳格化するケース
  • 二国間FTA化で、米国向けとカナダ・メキシコ向けのルールが分かれるケース

を、それぞれ原価・価格・利益に落とし込んで試算しておくことが重要です。

6-3. 北米サプライチェーン戦略の再点検

メキシコ拠点の役割見直し

近年の「メキシコ・ニアショアリング」ブームを背景に、多くの日系企業がメキシコ拠点を北米向け輸出のハブとして位置付けています。

USMCAの将来が不透明な中、

  • 米国国内生産の比重
  • カナダ・メキシコでの補完生産

のポートフォリオ・バランスを再検討する必要があります。

中国・アジア由来部材の扱い

対中制裁関税や「非市場経済国」条項との関係で、中国由来部材を通じた北米市場アクセスは今後さらに精査される可能性が高い。

調達先の多様化・友好国シフトのスケジュールを前倒しで検討すべき局面です。

6-4. 契約・ガバナンス・情報収集の仕組み

長期取引契約の見直し

2026年〜2030年を跨ぐ長期契約には、

  • USMCAの見直し・離脱
  • 関税率変更

に対応する価格調整条項・再協議条項を標準搭載しておくことが望ましい。

HQ主導のモニタリング体制

本社レベルで、

  • USTRのレビュー手続き(公聴会・パブコメ)
  • カナダ・メキシコ政府の公式発言
  • 業界団体の要望書

を定期的にフォローし、各事業部に「シナリオ更新」をフィードバックする体制が必要です。


7. まとめ:USMCAは「制度リスクを抱えた成長市場」に変わった

USMCAは、

  • 北米をひとつの生産・販売プラットフォームとして機能させるうえで、依然として非常に強力な枠組みです。

しかし、

  • サンセット条項と6年ごとのレビュー
  • 6か月通告での単独離脱

を組み合わせた制度設計の結果、

「政治状況次第で”揺さぶり”が繰り返される協定」

へと性格を変えました。

日本企業としては、

  1. USMCAを前提にした現行ビジネスを冷静に棚卸しし、
  2. 関税復活・ルール変更・二国間化など複数シナリオの定量シミュレーションを行い、
  3. メキシコ拠点・米国内生産・アジア調達のバランスを戦略的に再設計する

ことが求められます。

「USMCA再検証と離脱示唆の波紋」を、**”危機”としてだけでなく、”北米戦略をアップデートする契機”**として捉えられるかどうかが、今後10年の競争力を左右すると言っても過言ではありません。

  1. https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/07/c6487c290225ab5a.html
  2. https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/tax-customs/customs-news-may-2020.html
  3. https://ustr.gov/sites/default/files/files/agreements/FTA/USMCA/Text/34_Final_Provisions.pdf
  4. https://www.ctvnews.ca/politics/article/trump-could-decide-next-year-to-withdraw-from-cusma-trade-deal-ustr-greer-tells-politico/
  5. https://www.reuters.com/world/americas/trump-could-decide-next-year-withdraw-usmca-trade-deal-ustr-greer-tells-politico-2025-12-04/
  6. https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/07/1bdd410f84c77260.html
  7. https://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/23p034.pdf
  8. https://www.winston.com/en/blogs-and-podcasts/global-trade-and-foreign-policy-insights/usmca-at-a-crossroads-stakeholders-invited-to-shape-the-future
  9. https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002749.html
  10. https://www.ey.com/ja_jp/technical/ey-japan-tax-library/tax-alerts/2025/tax-alerts-10-03
  11. https://www.kanzei.or.jp/topic/international/2020/for20200728_1.htm
  12. https://www.bk.mufg.jp/report/aseantopics/20181128.pdf
  13. https://iti.or.jp/column/80
  14. https://www.whitecase.com/insight-alert/north-america-prepares-2026-usmca-review-and-potential-renegotiation
  15. https://www.thomsonreuters.co.jp/ja/tax-and-accounting/blog/usmca-rules-of-origin-for-automobiles-p1.html
  16. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/10/0982f61696888083.html
  17. https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/us_tariff/pdf/06_1118.pdf
  18. https://iti.or.jp/column/148
  19. https://autoelecjournal.com/archives/393
  20. https://www.newsweek.com/trump-official-warns-president-may-leave-his-signature-trade-deal-11156415
  21. https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/c0bad189c0a10c85.html
  22. https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/07/bc64d9351922882a.html
  23. https://www.jastpro.org/files/libs/1328/202110221627026698.pdf
  24. https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/1dbb57c62bf5aa16.html
  25. https://www.mizuhobank.co.jp/corporate/industry/mra/pdf/vol030.pdf
  26. https://www.jbic.go.jp/ja/information/investment/image/inv_mexico202402.pdf

ATIGA改訂:署名プロセス最終盤とe‑Form D完全電子化がビジネスにもたらす影響

ATIGA改訂とe‑Form D完全電子化が、ASEANビジネスをこの先10年レベルで変えていきます。


1. いま何が起きているのか(ごく簡単に)

  • 2025年10月26日
    クアラルンプールで開催された第47回ASEAN首脳会議の場で、ASEANは
    ASEAN物品貿易協定(ATIGA)」の**第2次改正議定書(Upgraded ATIGA/ATIGA 3.0)**に署名しました。(Vietnam National Trade Repository)
  • 同じ首脳会議で、ティモール=レステがASEANの11番目の加盟国として正式に加入し、ASEANは「11カ国体制」になりました。(ASEAN Main Portal)
  • 一方、2024年1月1日からは、ATIGAの原産地証明書であるForm Dの完全電子化(e‑Form D)が、従来の10加盟国すべてで本格運用開始。輸入側税関は紙のForm Dによる特恵関税申請を原則として拒否できるルールに移行しました。(ASEAN Main Portal)

つまり、

「協定そのもの(ATIGA)がアップグレードされ、
それを支えるインフラ(e‑Form D・ASW)が完全デジタルに切り替わった」

という、制度とシステムの両方が同時に更新されつつある局面にあります。

本記事では、ビジネスパーソン向けに

  1. ATIGA改訂(ATIGA 3.0)で何が変わるのか
  2. e‑Form D完全電子化の実務インパクト
  3. 日本企業・多国籍企業が「今やるべきこと」

を、できるだけ平易な言葉で整理します。
※2025年12月4日時点の公表情報に基づいています。実務適用時は必ず各国当局・専門家の最新情報をご確認ください。


2. ATIGAとは何か ― ASEAN域内貿易の「土台」

2-1. 基本情報

  • 正式名称:ASEAN Trade in Goods Agreement(ATIGA)
  • 署名:2009年2月26日、タイ・チャアム(ASEAN Main Portal)
  • 発効:2010年5月17日(WIPO)
  • 役割:ASEAN自由貿易地域(AFTA)の「物品貿易」を担う中核協定で、
    域内の関税撤廃・削減や通関手続のルールを一括して定める枠組みです。(RTAIS WTO)

ATIGAの結果、ASEAN域内貿易にかかる関税は

  • 2020年時点で約98.6%の品目で関税が完全撤廃され、(ASEAN Main Portal)
  • ASEAN6(ブルネイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ)ではほぼ99%以上の品目がゼロ関税になっています。(Timor-Leste Customs Authority)

つまりATIGAは、「ASEAN域内は関税面ではほぼ単一市場」と言える状態をつくった協定です。
そのうえで、今後は関税以外の非関税障壁・手続コストの削減
が主戦場になっています。(ERIA)


3. 第1次改訂(2019年):自己証明スキーム(AWSC)の導入

3-1. First Protocolの中身

ATIGAはすでに一度改訂されています。

  • 名称:First Protocol to Amend the ASEAN Trade in Goods Agreement(第一次改正議定書)
  • 署名:2019年1月22日(ハノイ)(WTO Center)
  • 発効:2020年9月20日(10加盟国すべてが批准完了)(Ministry of Trade and Industry)

主な目的は、ASEAN-wide Self-Certification(AWSC)スキームの実装です。
これは、

条件を満たした輸出者(Certified Exporter)が、
自社で原産地を自己証明できるようにする仕組み

で、従来の「当局発給COのみ」を補完するものです。(Apolat Legal)

AWSCにより、理論上はFTA利用のスピードと柔軟性が上がるはずですが、
実務ではいまでも

  • 従来型のCO Form D
  • 自己証明(AWSC)
  • 将来を見据えたe‑Form D

が並行する過渡期の運用が続いていました。

そこに今回の「ATIGA 3.0(第2次改訂)+e‑Form D完全電子化」が重なり、
ようやく**「紙とハンコ前提」の世界から、本格的なデジタル貿易インフラへ移行するフェーズ**に入ってきた、という位置づけです。


4. 今回のATIGA改訂(ATIGA 3.0)のポイント

4-1. 第2次改正議定書(Second Protocol)の署名状況と発効タイミング

  • 名称:Second Protocol to Amend the ASEAN Trade in Goods Agreement
    (アップグレードATIGA/ATIGA 3.0と呼ばれることが多い)(ASEAN-BAC)
  • 2025年10月26日
    第47回ASEAN首脳会議(マレーシア・クアラルンプール)の場で
    ASEAN経済大臣が第2次改正議定書に署名し、ASEAN事務総長に引き渡しました。(Vietnam National Trade Repository)
  • ただし、11月時点の公表情報によれば
    10加盟国のうち8カ国が署名済みで、残る2カ国は2025年11月中の署名が見込まれる」とされています。(LinkedIn)
  • 議定書の規定では、
    **「全ASEAN加盟国の署名完了から18か月後に発効」**とされています。(Vietnam National Trade Repository)

👉 このため現時点(2025年12月4日)では、正式な発効日はまだ確定していない状態です。
ビジネスとしては「2027年前後から本格適用が始まる可能性が高い」と見て準備しておくのが現実的です(ただし最終的な日付はASEAN公式の告示を要確認)。

4-2. ATIGA 3.0の中身(公表情報ベースの整理)

ASEANや各国当局・関係機関が公表している説明を総合すると、
ATIGA 3.0 の柱は大きく次の4つです。(ASEAN-BAC)

  1. 貿易円滑化・通関の高度化
    • AEO(認定事業者)制度の相互承認による貨物の迅速通関
    • 電子的な原産地証明(e‑Form D)とデジタル文書の受入れ拡大
    • WTO TFA(貿易円滑化協定)を上回るレベルの「TFAプラス」措置
  2. ルールの近代化と新分野の取り込み
    • 循環型経済(circular economy)
    • 再生品・再製造品(remanufactured goods)
    • 貿易と環境
    • 食料安全保障
    • サプライチェーン・コネクティビティ
    • 人道危機時の貿易(trade in humanitarian crises) など
  3. 既存分野の強化
    • 内国民待遇・市場アクセス
    • 原産地規則(Rules of Origin)
    • 貿易救済(セーフガード・アンチダンピング等)
    • 中小企業(MSME)の支援
    • 経済・技術協力の枠組強化
  4. 紛争解決・透明性の向上
    • ATIGAに基づく紛争解決メカニズムの新設・迅速化
    • 通知義務・協議手続の明確化により、企業から見た予見可能性を高める狙い

特に、マレーシア政府やASEAN側のコメントでは、

  • 「貨物の通関を『より速く・より安く』する」
  • 「MSME(中小企業)のサプライチェーン参加機会を拡大する」

といった実務寄りのメリットが強調されています。(PortCalls Asia)


5. e‑Form D完全電子化の実態

5-1. e‑Form Dとは?

Form Dは、ATIGAに基づく特恵関税を享受するための原産地証明書です。
その電子版がe‑Form Dで、ASEAN Single Window(ASW)を介して各国税関間でやり取りされます。(Singapore Customs)

ASWは、

  • 各国のNational Single Window(NSW)をつなぐ域内共通の電子プラットフォームで、
  • 当初はe‑Form Dのみを対象に運用され、今後ACDD(ASEAN Customs Declaration Document)や検疫関連証明書などへ拡大していく構想です。(WTS Global)

5-2. 2024年1月1日から何が変わったのか

ASEANおよび各国税関の公表によると、

  • 2024年1月1日から
    **10加盟国すべてでe‑Form Dの発給・受入れが完全実施(full implementation)**されました。(ASEAN Main Portal)
  • これに伴い、
    • シンガポール関税庁は
      2024年1月1日以降、すべてのASEAN加盟国が電子Form Dの完全送受信を開始したため、輸入税関は紙のForm Dを優遇関税の申請に対して拒否し得る。」と明言しています。(Singapore Customs)
    • タイのe‑Form Dプロジェクト説明でも
      2024年1月1日時点で10加盟国すべてが電子Form Dの完全送信を実施しており、紙のForm Dは原則受け付けない」とされています。(Digitalize Trade)

実務的には、

「ATIGAを使ってASEAN域内に輸出する場合、原則として
e‑Form Dを発給し、ASW経由で相手国税関に送ることが必須」

という世界に切り替わった、と理解して差し支えありません。

なお、ASWは現時点ではATIGAのForm Dのみが対象で、
他のFTA(RCEP、ASEAN+1 FTAなど)の原産地証明は別ルートで処理されています。(WTS Global)


6. ATIGA改訂 × e‑Form D完全電子化で何が変わるか

ここからは、少し踏み込んでビジネス実務への影響を整理します。

6-1. 通関リードタイムとキャッシュフローが大きく変わる

ATIGA 3.0では、AEO制度の相互承認や電子証明書の活用によって、
貨物の事前審査とリスク評価を強化し、到着後の検査・照合を減らす方向が打ち出されています。(PortCalls Asia)

e‑Form Dは、

  • COの偽造・誤入力リスクを下げる
  • 事前に電子データとして税関に届くため、貨物到着前の審査がしやすい

という特性があり、ASW+AEOと組み合わさることで、

「船が着く頃には関税評価がほぼ終わっている」

という世界に近づきます。

これはそのまま

  • 在庫回転日数の短縮
  • 港湾・倉庫での滞留コスト削減
  • キャッシュフロー改善(関税・消費税の支払いタイミング前倒し抑制)

につながります。

6-2. コンプライアンスリスクの「見える化」が進む

電子化により、各国税関は

  • e‑Form Dに記載された内容
  • 輸入申告データ
  • 過去の輸出入実績

データベースで突合・分析しやすくなります。

その結果、

  • 原産地規則(RoO)の誤適用
  • 関連当事者取引の価格設定
  • 品目分類(HS)誤り

などが後日一括して検証されやすくなるため、

「とりあえずCOを取っておこう」的な運用は、徐々にリスクが高くなる

と考えるべきです。

逆に言えば、社内で

  • サプライチェーンごとのRoO判定ロジック
  • コスト構成のトレース
  • ERP/貿易管理システムと連動した記録管理

をきちんと整備しておけば、税関からの照会・監査にも対応しやすくなり、
「守りながら攻めるFTA活用」がしやすくなります。

6-3. MSME(中小企業)のチャンスが広がる

ATIGA 3.0では、条文上もMSME支援が明示的に位置づけられ、
サプライチェーンへの参入機会を拡大することが目的として挙げられています。(ASEAN-BAC)

e‑Form Dの完全電子化により、

  • 原産地証明の申請・管理コストが下がる
  • サプライヤーがオンラインで必要情報を共有しやすい

という効果が期待でき、**中小サプライヤーでも「ATIGAを前提とした価格提示」**がしやすくなります。


7. 日本企業・多国籍企業が「今」やるべき実務チェックリスト

7-1. FTA利用状況の棚卸し

  • 自社グループで
    • どの拠点から
    • どの国へ
    • どの協定(ATIGA/RCEP/ASEAN+1 FTAなど)
      を使って輸出しているかを一覧化。
  • ATIGAを使っている取引について、どこまでe‑Form D+ASWベースで運用しているかを確認。

7-2. 原産地管理プロセスの「電子化前提」への作り替え

  • 部材レベルの原産地情報を
    • サプライヤーポータル
    • ERP/PLM
      のどこで保持するのかを明確化。
  • RoO判定ロジック(RVC計算、CTH基準など)をシステム化し、
    Excelベースの属人運用を減らす。
  • AWSC(自己証明)を使っている・使う予定がある場合は、
    e‑Form D運用との役割分担(どの取引は自己証明/どの取引はe‑Form D)を整理。

7-3. 現地NSW・ASWへの接続体制の確認

  • 各ASEAN拠点が利用している
    • National Single Window(NSW)
    • e‑PCOシステム(マレーシアのePCOなど)(DagangNet)
      のアカウント・権限管理を棚卸し。
  • シンガポールやタイなど、完全電子化を厳格に運用している税関については、
    e‑Form Dの送信手順・再発行・取消手順まで実務として落とし込む。(Singapore Customs)

7-4. 社内教育・ベンダーとの役割分担

  • 営業・サプライチェーン・経理・法務を巻き込んで、
    • 「ATIGA 3.0で何が変わるか」
    • 「e‑Form D完全電子化で何ができるようになるか」
      社内共通言語にする。
  • フォワーダーや通関業者に丸投げしている部分について、
    • どこまでを外部に委託し
    • どこからを自社が責任を持つか
      を改めて線引きする。

8. まとめ:2〜3年で「ASEANでのものづくり・物流の前提」が変わる

  • ATIGAはすでにほぼ全品目の関税をゼロにしている協定であり、
    今回の改訂(ATIGA 3.0)は、
    **「関税以外のコストとリスクをどこまで下げられるか」**に焦点を当てたアップグレードです。(ASEAN-BAC)
  • e‑Form Dの完全電子化は、
    すでに2024年1月1日から10加盟国で現実に動いている仕組みであり、
    今後はATIGA 3.0の各種貿易円滑化措置と組み合わさることで
    通関・原産地管理の「デジタル前提」が一気に標準化していきます。(ASEAN Main Portal)
  • ティモール=レステの加盟によりASEANは11カ国体制となりましたが、
    ATIGAやe‑Form Dへの正式な参加は別途プロセスが必要になる見込みで、
    こちらも今後のフォローが必要です。(ASEAN Main Portal)

ビジネスとして重要なのは、「発効を待ってから動く」のではなく、
「発効する頃には社内のプロセス・システムが追いついている状態」にしておくことです。


EU鉄鋼セーフガードの兆しを読む――2026年以降を見据えたビジネスパーソンの視点

EU鉄鋼セーフガードの兆しを読む
――2026年以降を見据えたビジネスパーソンの視点


※本記事は、2025年12月時点で公開されているEU・業界団体等の資料に基づいています。


1. まず「EU鉄鋼セーフガード」を30秒でおさらい

EUの鉄鋼セーフガードは、「輸入が急増して域内産業に深刻な被害が出そうなとき、一時的に輸入を抑えるための非常ブレーキ」です。WTO協定に基づくセーフガード措置の一種で、EUでは主に次のような仕組みになっています。

  • 対象:26品目カテゴリーの鉄鋼製品
  • 形式:関税割当(TRQ)+超過分25%関税
  • 内容:2015〜2017年の平均輸入実績をベースに関税割当枠を設定し、その枠内は無税、枠を超えた輸入には25%の追加関税

この制度は、2018年の米国による鉄鋼セクション232関税(25%)をきっかけに、EU市場に鉄鋼がなだれ込む「迂回輸出」を防ぐ目的で導入されました。


2. いまEUセーフガードはどこまで来ているのか

2-1. 2026年6月までは現行セーフガードが継続

EUは2024年6月の調査を経て、鉄鋼セーフガードを2026年6月30日まで2年間延長することを決定しました。

  • 延長期間:2024年7月1日〜2026年6月30日
  • 形式:これまで同様、TRQ+超過分25%関税
  • 理由:
    • 世界的な鉄鋼過剰設備と中国等からの輸出増
    • 他地域の保護措置(米国など)によるEU市場への迂回輸出
    • EU内の需要減少と価格下落

EU自身、「この措置は2018年の最初の発動から数えて最長8年で終了する」と明言しており、現在のセーフガードは2026年6月で打ち切りが原則です。

2-2. 2025年から運用は一段とタイトに

「延長したからしばらく現状維持だろう」と見るのは危険です。
2024年末に開始された「機能見直し(functioning review)」を経て、2025年3月に公表された実施規則2025/612により、運用がタイト化しています。

さらに3月25日、欧州委員会は輸入制限強化を発表しました。

主なポイントは以下の通りです。

  • 関税割当(TRQ)の水準をおおむね15%程度削減
  • 国別枠の「余り」を他国に回すといったキャリーオーバー(持ち越し)を禁止
  • 輸入圧力が高く需要が低迷している品目では、より厳しい管理
  • 枠を超えた分には引き続き25%の追加関税

つまり、同じルールの名前でも、実質的な輸入の「門」はじわじわ狭まっている状況です。

2-3. 2026年以降は「新たな鉄鋼輸入政策」へ?

2026年6月で今のセーフガードは終わる――はずなのに、EUはすでに「その先」の構想を打ち出し始めています。

2025年7月、欧州委員会は今後の鉄鋼保護策に関するコンサルテーションを開始し、セーフガード終了後も何らかの保護メカニズムが必要だとの立場を示しました。

続いて2025年10月7日、現行セーフガードに代わる新たな鉄鋼輸入政策の提案を公表。法律事務所の分析によれば、その骨子は次の通りとされています。

  • 無税枠(TRQ)の大幅削減
    • 2024年比で約47%減(年間1,830万トン程度に上限)
  • 超過関税の引き上げ
    • 25% → **50%**へ引き上げ
  • 「melt and pour(溶解・鋳造地)」のトレーサビリティ義務
    • どの国で溶かされ、鋳造された鋼材かの証明を求め、迂回輸出を防止
  • 対象:現在セーフガードの対象となっている26品目カテゴリーにほぼそのまま適用
  • 発効予定:2026年7月以降(EU議会・理事会での審議・修正を経て最終決定)

重要なのは、これはまだ「提案」であり、確定ではないという点です。しかし、方向性としては、

「現行セーフガードより、さらに厳しい恒常的な輸入管理」

に向かっているシグナルとして読むことができます。


3. EUは何を恐れているのか:政策の「読み方」

3-1. 背景にあるのは「世界的な過剰設備」と中国

EUがセーフガード延長と新しい保護策に踏み切ろうとしている背景には、世界的な鉄鋼過剰設備があります。

欧州鉄鋼連盟(EUROFER)のファクトシートによると:

  • 中国の鉄鋼輸出は2024年に1.3億トン規模
  • EU向け輸入のシェアは2024年に**27%**まで上昇
  • 2008年以降、EU鉄鋼産業では約9.5万人の雇用が失われた
  • 2024年だけで約1,800万人トン相当の能力が閉鎖

さらに、米国がEU産鉄鋼への関税(25%→50%)を再強化したことで、米国向けが閉ざされた分の鉄鋼がEU市場へ迂回するリスクも高まっています。

EUから見ると、
「このまま何もしなければ、輸入に市場を奪われ、脱炭素投資どころではなくなる」
という危機感が明確です。

3-2. グリーンスチールと産業政策

大手鉄鋼メーカーのアルセロール・ミタルも、**「グリーンスチール投資には、より強力な貿易防衛が必要だ」**と公然と主張しています。

  • エネルギーコストの高止まり
  • 中国などからの低価格輸入
  • 顧客がグリーンスチールに十分なプレミアムを払いたがらない

こうした事情から、EUは2025年に「Steel and Metals Action Plan」を打ち出し、グリーンディールとの整合を取りつつ、鉄鋼産業への支援と保護を強める方向に舵を切っています。

3-3. 「鋼材ユーザー」側からの強い反発

一方、機械・電機・自動車など鋼材を大量に使う下流産業は、新たなセーフガード案に強く反発しています。

欧州のテクノロジー産業団体Orgalimは、「新しいEU鉄鋼セーフガードは欧州の製造業競争力を損なう」として強く反対するポジションペーパーを公表しました。

  • 鋼材ユーザーのコスト増
  • 特殊鋼などEU内で十分作れない製品の供給不安
  • 四半期ごとの割当枠管理による頻繁な枯渇リスク
  • 「melt and pour」ルールによる事務負担の増加

などを理由に、提案の修正や撤回を求めています。

ポイントは、EU内部で「鉄鋼メーカー vs 鋼材ユーザー」の綱引きが激しくなっているということです。これは最終的な制度設計に大きく影響するため、日本企業としてもウォッチすべき重要な「兆し」です。


4. 日本企業にとっての「痛点」はどこか

4-1. 日本からEU向け鋼材輸出

Akin Gumpの分析では、2025年7〜9月期のデータで、冷延鋼板(CRC)や溶融亜鉛めっき鋼板(HDG)などの主要品目について、日本を含む複数国がTRQ枠を9割〜ほぼ100%使い切っていると指摘されています。

ここに、

  • 2025年のTRQ削減(約15%)
  • 2026年以降の47%削減・50%関税案

が重なると、次のようなリスクが現実味を帯びてきます。

  1. 枠の早期枯渇 → 期中に一気に50%関税ゾーンへ
  2. 「残余枠」を狙うグローバルな競合との争奪戦激化(キャリーオーバー禁止で余裕も減少)
  3. 価格転嫁が難しいFOB契約では、サプライヤー側のマージン圧迫

日本の高級鋼材・自動車向け鋼板などは「ニッチかつ高付加価値」であるがゆえに、EU市場へのアクセスが限定されると代替市場を探しにくいという構造的な弱点もあります。

4-2. EU域内で鋼材を調達する製造業

欧州に生産拠点を持つ日系の自動車メーカーや建機・産業機械メーカーは、域内調達価格の上振れリスクに向き合う必要があります。

  • EU内の鉄鋼価格が、アジアに比べて常に割高になりやすい
  • グリーンスチールへの転換コストも上乗せされる
  • サプライヤーがセーフガードを理由に価格交渉力を強める可能性

サプライチェーンとしては、

「どの工程でどの鋼材をEU由来にするのか」
「どこまでをアジアから輸入し、どこからをEU内生産・調達とするのか」

といった、生産・調達の線引きを再設計する必要が出てきます。

4-3. 商社・トレーディングビジネス

鉄鋼トレーダーや商社にとっては、

  • 第三国経由のスキームが「melt and pour」ルールで塞がれるリスク
  • TRQの国別・品目別配分の変化に応じたポートフォリオ組み替え
  • EU・英国・中東など複数市場を見ながらの物量の再配分

といった実務的な対応が必要になります。


5. 兆しをどう読むか:実務者向け「ウォッチポイント」

EU鉄鋼セーフガードの今後を読むうえで、ビジネスパーソンが押さえておきたい「チェックポイント」は次の5つです。

① EU官報・欧州委員会(DG TRADE)の動き

  • 実施規則(Implementing Regulation)の改正
  • DG TRADEのニュースリリースやコンサルテーション告知

→ 法令ベースでルールが動きそうな「前触れ」を早期に把握。

② 業界団体のポジションペーパー

  • EUROFER(鉄鋼メーカー)
  • Orgalimなど鋼材ユーザー団体

→ どの程度「強い措置」が政治的に許容されるかを読む材料。

③ TRQ消化率と輸入統計

  • HSコード別・原産国別の輸入量
  • 各カテゴリーのTRQ消化率(枠の埋まり方)

→ 自社が関わる品目の「枠の混み具合」を常時モニター。

④ 米国・中国を中心とした他国の貿易政策

  • 米国の鉄鋼関税(再導入・引き上げなど)
  • 中国・東南アジアの輸出動向、設備増設計画

→ 他地域の一手が、EUへの迂回輸入圧力として跳ね返る。

⑤ EU域内の政治・雇用情勢

  • 大手製鉄所の閉鎖・リストラ報道
  • 各国政府・地方政府の支援・救済策

こうしたニュースが増えるほど、「より強い保護措置を求める声」が政治的に力を持ちやすくなります。


6. 2026年までに日本企業がやっておきたい5つのアクション

最後に、ビジネスパーソンの立場から見た「実務的な打ち手」を5つに整理します。

1. 自社製品を「HSコード×セーフガードカテゴリー」で棚卸し

  • 自社が扱う鋼材・鋼材を含む製品を、
    • HSコード
    • EUセーフガードのカテゴリー
      にマッピングし、「どの枠に乗っているのか」を可視化する。

2. 主要サプライヤー別のコストシミュレーション

  • 日本・韓国・EU内・第三国など、サプライヤー別に
    • TRQ枠内/枠外
    • 25%(現行)/50%(提案段階)の関税
      を前提とした原価シミュレーションを作成しておく。

3. 長期契約の価格条項(price adjustment clause)の見直し

  • セーフガードや新規輸入規制を「価格調整事由」として明示
  • 枠の急激な枯渇で関税が跳ね上がった場合のコスト分担ルールを合意しておく

4. 調達・生産の地理的分散

  • EU向け需要のうち、
    • どこまでを**EU域内生産(ローカル・フォー・ローカル)**で賄うか
    • どこまでを輸入でカバーするか
  • 中東・ASEANなど他地域への販売先転換シナリオも含め、複数パターンを事前に検討しておく。

5. 社内の「通商アラート」仕組みづくり

  • 法務・経営企画・サプライチェーン・営業を横串でつないだ小さなタスクフォースを設ける
    • EU官報・DG TRADEの更新
    • 業界団体の声明
    • TRQ消化率
      を月次〜四半期でレビューし、経営陣への簡易レポートを定例化する。

7. おわりに:セーフガードを「守り」で終わらせない

EU鉄鋼セーフガードは、単なる貿易規制ではなく、

  • グローバルな過剰設備
  • 米中・米EUの通商摩擦
  • グリーンスチールへの投資負担
  • EUの産業政策と政治・雇用

といった大きな潮流が交差する「縮図」です。

**2026年までの2年弱は、「現行セーフガードの最終章」であると同時に、「その先の新ルールへの助走期間」**でもあります。

  • ルールが決まってから慌てて対応するか
  • 兆しの段階から構造を読み、打ち手を仕込んでおくか

この差が、数年後の利益水準や市場シェアに大きく響いてきます。

この記事が、EU鉄鋼セーフガードの「兆し」を読み解き、
守りと攻めを両立させる通商戦略を考える一助になれば幸いです。


EU、米国との15%関税合意に「安全弁」を要求──ビジネスへの実務的インパクト

2025年7月末にまとまった米欧の関税合意をめぐり、EU加盟国が「安全弁(セーフガード)」の導入を求めています。ポイントは、米国に対する関税引き下げ・撤廃を一気に進める一方で、将来もし米国からの輸入が急増し、自国産業に打撃を与えそうになった場合には、EU側が関税を元に戻せる仕組みを法律の中に埋め込もうとしている点です。Reuters+1

本稿では、この15%関税合意の中身と、EUが求める「安全弁」の実像、日本のビジネスパーソンが押さえておくべきポイントを整理します。


1. そもそも「米EU15%関税合意」とは何か

まず合意の骨格を簡単に整理します。

  • 合意時期
    • 2025年7月27日、米国とEUが関税交渉で枠組み合意に到達。Reuters Japan

米国側(対EU)

  • EUから米国に輸入される**ほぼ全てのEU製品に最大15%の「基本関税」**を適用。
  • これには、従来27.5%の高関税がかかっていた自動車や自動車部品、半導体、医薬品なども含まれます。15%は上限であり、既存の関税率に上乗せされる形ではありません。Reuters Japan+2Reuters+2
  • 一方で、航空機・同部品、特定の化学品、特定のジェネリック医薬品、半導体製造装置、一部の農産物、天然資源・重要素材などについては、米欧双方が関税ゼロとする枠組みも導入されました。Reuters Japan
  • EU製の鉄鋼とアルミニウム(および銅)には50%関税が維持され、これらについては今後も協議が続く形です。Reuters Japan+1

EU側(対米国)

  • 米国からの工業製品に対する関税を原則ゼロにし、さらに一部の水産物・農産品には、一定数量まで無税とする関税割当が設けられます。Reuters+1
  • 併せて、米国産LNG(液化天然ガス)などのエネルギー製品を今後数年間で大規模に購入することも合意に含まれています。Reuters Japan+1

結果として、**「米国はEU製品に一律15%、EUは米国製工業品の関税をほぼゼロ」**という、やや非対称な構図になっています。日本のシンクタンクからも、EU側に厳しい条件だとの指摘が出ています。nli-research.co.jp


2. EUが求める「安全弁」とは何か

今回ニュースになっているのは、この合意をEU法制として実装するにあたり、加盟国が追加条件として「安全弁」を要求している点です。

EU加盟国がまとめた共通方針の主なポイントは以下の通りです。Reuters+2ГМК+2

(1) 輸入急増時のセーフガード(安全弁)

  • 米国からの輸入が急増し、EU産業に「重大な損害、またはそのおそれ」が生じた場合、
    • EUは、米国に対する関税引き下げ・撤廃を一部または全面的に停止できる。
    • どこまで戻すか(関税率、対象品目)は、ケースごとに調整。

欧州委員会(European Commission)は、加盟国から要請があった場合に調査を行い、必要なセーフガード措置を提案します。

(2) 欧州委員会によるモニタリングと報告義務

  • 欧州委員会は、関税変更がEU市場に与える影響を継続的にモニターし、
  • 遅くとも2028年末までに影響評価の報告書を取りまとめます。
    • これは、次の米大統領選直後にあたるタイミングで、政権交代リスクも意識したスケジュールとみられます。Reuters+1

(3) 欧州議会が検討する追加条件

欧州議会(European Parliament)は、以下のような追加措置を検討しています。Reuters+2ГМК+2

  • 18カ月のサンセット条項(自動失効条項)案
    • 合意後18カ月を経過した時点で自動的に見直し・再承認を求める仕組み。
  • 米国側の「約束違反」への対応メカニズム
    • 米国が一方的に追加関税を課すなど合意から逸脱した場合、EUが迅速に対抗措置を取れる制度を求めています。
  • 50%関税がかかる「派生品」への対処
    • 米国は、合意後に約400超の鋼鉄・アルミ関連製品(風力タービンやバイクなど)を50%関税の対象としました。
    • 欧州議会側は、米国がこれを撤回しない限り、EU側も同種の米国製品に対する関税を維持すべきだと主張しています。Reuters+1

要するに、EUは「関税は下げるが、いざというときは元に戻せる保険をしっかりかけておきたい」というのが今回の「安全弁」の本質です。


3. EUがここまで警戒する背景

EUが慎重姿勢を崩さない背景には、少なくとも三つの懸念があります。Reuters+2AP News+2

(1) 米国側の政策運営への不信感

  • トランプ政権は、合意後も追加関税をちらつかせるなど、対外関税政策を機動的かつ政治的に使ってきました。
  • 実際、合意から2週間後に、一部の鉄鋼・アルミ関連製品を15%ではなく50%関税の対象に切り替えた例もあります。AP News
  • 「合意しても、いつ上書きされるか分からない」という不信感が、セーフガードやサンセット条項を求める動きにつながっています。

(2) EU国内産業への影響懸念

  • EUは米国製工業品の関税をほぼゼロにするため、米国製品がEU市場に大量流入する可能性があります。Reuters+1
  • 特に、電機・機械、化学、農業・食品など、競争力が拮抗している分野では、EU企業の価格競争が一段と厳しくなりかねません。
  • 「安全弁」がなければ、政治的にもこの合意を国内に説明しづらいという事情があります。

(3) 合意の実効性・持続性への疑問

  • 日本の研究機関からは、「合意内容が曖昧で、米国が誠実に履行するか不透明」「トランプ大統領の恣意的な関税発動リスクが残る」といった指摘も出ています。nli-research.co.jp
  • EUとしては、長期的に見てこの合意が持続可能かどうか、大きな疑問符を付けざるを得ない状況です。

4. どのビジネスがどう影響を受けるのか

ここからは、ビジネスパーソン目線でのインパクトを整理します。

4-1. EU企業:自動車は一息つくが、全体では「重い15%」

  • 自動車・自動車部品
    • 米国向け関税が27.5%から15%に下がることで、欧州自動車メーカーは月あたり約5〜6億ユーロ規模の関税負担が軽くなるとされています。AP News
    • ただし、コストは依然として高く、合意前の「一桁台の関税水準」と比べると、価格競争力は大きく削がれたままです。AP News
  • 鉄鋼・アルミ・銅
    • これらは依然として50%関税が維持され、当面は「重課税+数量調整」が続く見通しです。Reuters Japan+1
  • その他の工業品
    • EUから米国への輸出は15%の固定関税負担が続く一方で、米国製品はEU市場で関税ゼロとなるため、価格面では米国企業が有利になりやすい構図です。Reuters+1

4-2. 米国企業:EU市場でのプレゼンス拡大チャンス

  • 工業製品全般でEU側関税が撤廃されるため、米国企業はEU市場へのアクセスコストが大きく低下します。Consilium+1
  • 特に、機械・エネルギー関連製品、IT機器などは、価格競争力をテコにシェア拡大を狙いやすい環境になります。

4-3. 日本企業・日本の投資家への示唆

日本は別途、米国と15%相互関税の枠組みで合意しているとされますが、今回の米欧合意は、**「米国の通商軸がEUへ大きく傾いている」**ことを改めて示すものです。nli-research.co.jp

日本企業・投資家にとってのポイントを挙げると:

  1. 「米国-EU」軸でのサプライチェーン再構築
    • 米欧間の関税がある程度固定化されたことで、米国・EUの二極をベースに生産・販売拠点を再配置する動きが強まる可能性があります。
    • 例えば、欧州に工場を持つ日本企業は、**「EU発→米国向けの輸出に15%関税がかかる前提で、どこまで採算が合うか」**を再計算する必要があります。
  2. 第三国としての「相対的な不利・有利」を再点検
    • 米欧の間で関税が一定の枠組みに固定されると、日本やアジア諸国から見たとき、製品・サービスごとに**「米国を経由した方が得か」「EUから出した方が得か」**といった比較が変わってきます。
    • 高付加価値品は関税よりも技術・ブランドが決定要因になりますが、価格敏感な分野ではサプライチェーンの設計が競争力に直結します。
  3. 為替・資本市場を通じた影響
    • 米欧関税問題が落ち着けば、一時的に市場ボラティリティが低下する可能性がある一方、合意の先行きが不透明なままなら、リスクオフ局面でドル高・ユーロ安といった動きが広がる局面もあり得ます。
    • グローバルに事業展開する日本企業は、為替シナリオを複数持っておくことが重要です。

5. 実務家として今チェックしておきたいこと

最後に、企業のビジネスパーソンが「明日から何を見ておくべきか」を、チェックリスト形式でまとめます。

  1. 自社・取引先の輸出入フローの棚卸し
    • 「EU→米国」「米国→EU」の取引がどの程度あるか、品目別・金額別に洗い出す。
    • 関連する欧州子会社・米国子会社の役割も合わせて整理。
  2. 価格・契約条件への反映方針
    • 15%関税を前提にした価格設定・契約条件の見直しが必要かを検討。
    • 関税負担を「どこまで価格転嫁できるか」「どこまで自社で吸収するか」の方針をあらかじめ決めておく。
  3. EUの「安全弁」の最終姿をフォローする
    • 欧州議会での審議は今後数カ月にわたり続く見込みです。サンセット条項や追加のセーフガードがどこまで盛り込まれるかで、合意の「寿命」と安定度が大きく変わります。Reuters+2ГМК+2
    • 特に、長期契約や大型投資を検討している企業は、最終法案の内容が確定するまで慎重な姿勢が望まれます。
  4. 「米国リスク」だけでなく「EUリスク」もセットで考える
    • これまでは「トランプ政権の関税リスク」に目が行きがちでしたが、今後はEU側が安全弁を引き金に関税を戻すリスクも織り込む必要があります。
    • 米欧関係を「一枚岩」と見るのではなく、「政治情勢次第でルールが再交渉される関係」として捉えることが現実的です。

6. まとめ

  • 米EU15%関税合意は、米国がEU製品に最大15%の関税を課す一方で、EUが米国製工業品の関税をほぼゼロにするという、やや非対称なディールです。Reuters Japan+2Consilium+2
  • EUは、この合意を受け入れる代わりに、「輸入急増時に関税を元に戻せるセーフガード」「2028年までの影響評価」「18カ月のサンセット条項案」など、安全弁を法制度上に組み込もうとしています。Reuters+2ГМК+2
  • 日本のビジネスパーソンにとって重要なのは、
    • 自社の米欧向けビジネスにどの程度影響が出るかを棚卸しし、
    • 関税変化を前提にした価格・サプライチェーンの設計を見直し、
    • 米欧の政治・通商関係の揺れを前提とした複数シナリオを用意しておくことです。

米欧の関税問題は、一見すると遠い話のようでいて、日本企業の現場にもじわじわ影響してきます。
ニュースの「見出し」で終わらせず、自社のビジネスにとっての意味合いを翻訳しておくことが、これからの国際ビジネスには欠かせません。

サプライヤ証明書への押印は「不要」

サプライヤ証明書への押印は「不要」であり、問題ありません。

1. 押印がないことの問題性について

問題ありません。 経済産業省および日本商工会議所(日商)は、貿易手続きの円滑化やテレワーク推進の観点から、サプライヤ証明書を含む多くの書類について押印を不要とする運用を一般化しています。 特に自動車業界の標準システム(JAFTAS)などでも「押印なし」で統一されており、メーカー各社もこれにならって独自の証明書フォーマットでも「押印不要」とするケースが増えています。

2. 真贋(本物であるか)を問われた場合の証明方法

押印がない文書の真贋をどのように証明するかについては、以下の点が根拠となります。

  • 入手経路の記録(メール等) 「誰から送られてきたか」が重要です。今回のようにメーカーの担当者からメールで直接送付されたという事実(メールの送受信履歴)が、その文書が真正な発行元から提供されたものであることの証拠となります。このメールは証明書とセットで大切に保管してください。
  • 事後確認(検認)への対応 税関等から真贋や内容の正当性を疑われた場合、最終的には書類上のハンコの有無ではなく、「発行元(サプライヤ)がその内容について責任を持てるか」が問われます。これを「検認」と呼びますが、メーカーは証明書を発行した以上、税関からの問い合わせに対応する義務を負います。 「押印がないから無効」と判断されることはなく、「内容に疑義がある場合は発行元に確認する」というプロセスで処理されます。

米国232関税50%へ:施行と例外の現実


1. 232条関税とは何か ― トランプ2.0でどう変わった?

1-1. 232条の基本

  • 根拠:1962年通商拡大法232条
  • 目的:国家安全保障を理由とした特定品目への関税・輸入規制
  • 特徴:
    • 関税率・期間に上限なし
    • 商務省(BIS)の調査で「安全保障を脅かす」と判断された場合にのみ発動(Bloomberg.com)

第1次トランプ政権(2018年)で、鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税が始まりましたが、当時は各国との交渉で適用除外やTRQ(無税枠)、製品除外制度が広く存在しました。(Reuters Japan)

第2次トランプ政権(2025年)はここを**「原則フル適用」へ振り切った**のが最大の違いです。


1-2. 2025年のざっくりタイムライン

主に鉄鋼・アルミに関する流れを整理すると:

  1. 2月10日:一律25%&例外の原則撤廃を宣言
    • 鉄鋼・アルミに対し、全世界一律25%
    • カナダ・メキシコ・ブラジルなどへの適用除外・無税枠・個別製品除外を原則撤回(Reuters Japan)
  2. 3月12日:25%体制が正式発効(Reuters Japan)
  3. 4月5日:全輸入に「相互関税(Reciprocal Tariff)」10%導入
    • 根拠法は1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)
    • 全輸入に一律10%のベースライン関税を課す枠組みがスタート(MIAC)
  4. 6月4日:鉄鋼・アルミ(+派生品)を原則50%へ引き上げ
    • 232鉄鋼・アルミの税率が**25% → 50%**へ倍増
    • 同時に、**派生品(機械・建機・家具など)**への適用ルールを整備
  5. 8月:派生品407品目を追加
    • 風力タービン、モバイルクレーン、ブルドーザー、鉄道車両、家具、ポンプなどが新たに対象化
  6. 11月:232条は4分野体制に
    JETROの整理では、2025年11月時点で232関税は以下の4分野:(JETRO)
    • 鉄鋼・アルミ・銅:50%
    • 乗用車・トラック・同部品:25%
    • 木材・木製品:10〜25%
    • 上記に、相互関税10%やフェンタニル関税などが“別レイヤー”で乗る構造

見出しの「50%」は、**鉄鋼・アルミ・銅(とその派生品の金属部分)**にかかる232条関税を指している、と理解すると整理しやすくなります。


2. 25%から50%へ:制度設計のポイント

2-1. 25%フェーズ:例外の「総ざらい」

3月12日に発効した25%フェーズでは、従来の232の“抜け道”が一気に塞がれました。

  • EU・日本・韓国・カナダ・メキシコ・英国などとの代替取決め/TRQ(無税枠)を一括終了
  • 製品除外プロセス(BISへの個別申請)、一般承認除外(GAE)も停止
  • 結果として、「鉄鋼・アルミは基本的に25%がフルにかかる」状態へ

ここでまず、「国別・製品別の柔らかい例外はほぼ消えた」という前提が固まりました。


2-2. 50%フェーズ:鉄鋼・アルミ・銅+派生品

6月4日の布告で、構図がさらに一段シフトします。

  1. 鉄鋼・アルミ本体:50%
    • 従来25%だった232関税を50%へ倍増
    • 232対象である限り、IEEPAの相互関税(10%)は同じ価額部分には重ねがけされない(優先順位上、232が優先)(JETRO)
  2. 銅:新たに50%
    • 232の対象分野として銅も追加(50%)(JETRO)
  3. 派生品(完成品・部材):“金属部分だけ50%”方式
    • BISの8月通知で、407のHTS品目が新たに対象に追加
    • 例えば、「鉄を含む建設機械」「アルミを含む家具」「ポンプ・コンプレッサー」などが該当
    • 課税ルールがポイントで、
      • 鉄鋼・アルミ・銅を含む部分の価額 × 50%(232)
      • 残りの非金属部分には相互関税10%など通常の関税
        → 232と相互関税を同じ価額に二重にかけない代わりに、価額を切り分けて別々に課税する設計です。

3. 「例外」はどこに残っているのか

見出しでは「例外」と書かれていますが、2025年の再設計を踏まえると、

「ザル抜けの特例」ではなく、「かなり条件の厳しい制度的例外」

に姿を変えた、と理解した方が現実に近いです。

3-1. 国別例外:ほぼ英国のみ

現時点で目立つ国別例外は**英国とのEPD(経済繁栄取引)**です。

  • 鉄鋼・アルミについて、英国は25%に据え置き
  • ただし、
    • 7月9日以降、商務長官がTRQ設定または50%への引き上げを決定できる条項つき
    • 定期的な見直しが明記されており、「恒久免除」ではない

一方、日本・EU・韓国・カナダ・メキシコ向けの従来TRQや代替取決めは停止済みで、国別に“きれいに免除される”ケースは極めて限定的です。


3-2. 品目別・制度別の例外

(1) 乗用車・同部品の「15%キャップ」

自動車分野の232関税(25%)は、一般税率との合計が15%を超えないように調整されるという特殊ルールがあります。(JETRO)

  • 一般税率が15%未満:
    一般税率+232自動車関税 = 15%になるように課税
  • 一般税率が15%以上:
    232自動車関税はゼロ(かからない)

例えば日本製乗用車バンパーの例(一般税率2.5%)では、
2.5%+12.5%(232)=15% という整理が示されています。(JETRO)

※中・大型トラック部品はこの15%キャップの対象外で、2.5%+25%=27.5%になる、という試算が紹介されています。

(2) 米国鋼材を使った場合の「0%」ルート

鉄鋼分野では、米国で溶解・注湯(Melt & Pour)された鋼材を海外で加工した派生品について、HTS 9903.81.92により**232関税0%**とする特例が設けられています。

  • 実務上は、
    • 米国内サプライヤーからの証明書
    • メルト&ポアのISO国コード
    • その鋼材が実際にどの製品に使われたかのトレーサビリティ
      が求められ、かなり“証拠書類に強い”企業でないと使いこなせない優遇です。

(3) ロシア原産/原産国不明アルミの200%

  • ロシア原産アルミニウムは200%の232追加関税が継続中
  • 2025年6月以降は、「スモルト&キャスト国が不明なアルミ派生品」にも200%を適用する運用が始まりました。

これは「例外」というより、「情報が足りないと極端なペナルティが飛んでくる」ルールです。


3-3. 重複関税の「優先順序」と IEEPA との関係

232条と他の追加関税(相互関税10%やフェンタニル関税など)が重なる場合、
米国は2025年4月から**「どれを優先して適用するか」という優先順位ルール**を導入しています。(JETRO)

優先順位のイメージ(抜粋):

  1. 232自動車・トラック・同部品(25%)
  2. 232アルミ・鉄鋼・銅50%、232木材10〜25%
  3. フェンタニル関税(カナダ35%、メキシコ25%)
  4. その下にIEEPA相互関税10% 等

そしてポイントは、

「232条関税の対象となる価額部分には、IEEPA相互関税はかからない」

と整理されていることです。(JETRO)

ただし、派生品のように価額を「金属部分」と「非金属部分」に割って二行申告するケースでは、

  • 金属部分 → 232の50%
  • 非金属部分 → 一般税率+IEEPA相互関税10% など

という形で、同じ貨物の中で“別の行”に別々の制度が乗っているイメージになります。


4. 実務で直面する3つの現実

制度をなぞるだけでは、なぜ企業が苦しんでいるのかが見えません。
現場の声から見える「3つの現実」を整理します。

4-1. 二行申告と「含有価額」の地獄

CBPは、232派生品について**「二行申告(Two-line entry)」**を義務化しました。

  • 第1行(非金属部分)
    • 通常のHTSコード
    • 「総価額 − 金属含有価額」
    • 数量
    • 一般税率+相互関税など
  • 第2行(金属部分)
    • 同じHTSコード
    • 「金属含有価額」
    • 数量は0(製品個数)
    • 232用の追加HTS(9903.81.91等)+重量(kg)

ここでボトルネックになるのが、

「鉄鋼・アルミ・銅の『含有価額』をどう算定するか」

です。
JETROのヒアリングでも、「鉄の定義が条文上十分に明確でなく、自社で合理的にルールを決めて申告しているが、正確な算定は極めて難しい」という在米日系メーカーの声が紹介されています。(JETRO)

結果として、

  • 社内BOMから金属重量・単価を引き出すシステム構築
  • サプライヤーからの含有価額証明テンプレート配布
  • 監査に備えた証跡管理

といった**「通関のためのデータ整備」自体が、大きなプロジェクト**になっています。


4-2. 通関コストとキャッシュフローへの直撃

JETROのレポートによれば、追加関税の多重化により、

  • 関税額が従来の10〜15倍に膨らみ、
  • 通関業者が一時立替するキャッシュが限界に近づいている

という声も出ています。(JETRO)

また、232はドローバック(再輸出時の関税払戻し)の対象外であり、FTZ(外国貿易地域)に搬入しても、消費引取のタイミングで232が課される運用です。

輸出前提なら「あとで戻るから」と割り切れていた関税が、完全なコスト化+キャッシュアウトとして効いてくる点は、財務的にも無視できません。


4-3. 契約・価格条項の更新が間に合わない

関税構造がここまで動的になると、販売価格や長期契約も作り直しが迫られます。グローバルSCMの専門家は、企業対応として以下を提案しています:

  • サーチャージ条項の高度化
    • 232(50%)、相互関税(10%)、対中関税、フェンタニル関税など
    • 「どの組み合わせのときに価格式をどう変えるか」を契約に明文化
  • イベントドリブン価格改定条項
    • 例:
      • 「BISが232対象品目を追加した場合」
      • 「232税率または国別枠組みに変更があった場合」
    • → 発生時に自動で再交渉・見直しが走る仕組み
  • 関税以外の“行政手続きコスト”の扱い
    • 通関業務の工数増・システム投資・監査対応コストは
      「原価に含めていいのか/別枠のフィーとするのか」
    • JETROの調査では、これらのコストを販売価格に転嫁するのは困難との声も多い。(JETRO)

5. 日本企業が今すぐ整理すべき5つのアクション

最後に、ビジネスマン向けに「明日から何をするか」を5点に絞ります。

5-1. SKU単位で「232マップ」を作る

  • 自社が扱う全SKUについて
    • どの232分野(鉄鋼・アルミ・銅/自動車/木材)に該当しうるか
    • 派生品リスト407品目への該当有無
    • 50%・25%・10〜25%のどのレイヤーが乗るか
      を一覧化する。
  • 特に、
    • 鉄鋼・アルミ・銅を含む建機・産業機械・家具
    • 自動車/トラック向け部品
      は、**複数の232が重なりやすい“ホットスポット”**です。(JETRO)

5-2. BOMとサプライヤー証明を「232対応版」にアップグレード

  • BOM上で最低限持つべき情報:
    • 金属ごとの重量(kg)
    • 金属部分の価額($/kg × kg)
    • メルト&ポア/スモルト&キャスト国(ISOコード)
    • ロシア由来有無
  • サプライヤーには、
    • 上記を記載するテンプレート証明書
    • 原産国が不明なままだと200%関税になりうるリスク
      をセットで説明し、「出さないと買わない」レベルのメッセージが必要です。

5-3. サプライチェーン再構築の“試算”だけは走らせる

  • **米国鋼材+海外加工で0%(HTS 9903.81.92)**が使えるなら、
    • 米国内鋼材調達 → USMCA域内加工 → 米国最終組立
      のようなモデルで、232リスクを構造的に抑えられます。
  • 実際、日本製鉄によるU.S. Steel買収のように、
    「米国内生産体制を取りにいく」動きはすでに現実になっています。

すぐ投資はしないとしても、
「現行サプライチェーン vs US/USMCAローカル化案」のN年後NPV比較
だけは、財務と一緒に走らせておく価値があります。


5-4. 契約・価格式を「トランプ関税2.0」仕様にする

  • 新規契約:
    • 232・相互関税・301条関税・フェンタニル関税など
    • どの税が変わったら価格をどう変えるかを条文化
  • 既存長期契約:
    • 「force majeure」や「hardship」だけでは232のような税制変動には弱いケースが多いので、
    • 相手先と協議し、“関税条項だけ”をアップデートする交渉を検討

5-5. 社内に「関税タスクフォース」をつくる

  • メンバー:
    • SCM/調達
    • 通関・貿易実務
    • 経理・財務
    • 事業部(営業・プロダクト)
    • 法務・コーポレート
  • 役割:
    • SKUごとの232リスク台帳を維持
    • 新しい232発動や派生品追加が出るたびに、影響シミュレーション
    • 価格・契約・サプライチェーンに落とし込む「社内ハブ」になる

おわりに:50%という“数字”だけを見ない

232関税50%という数字は確かにインパクトがあります。
しかし、ビジネスにとって本当に重要なのは、

  1. 25%から50%に上がったことそのものより、
  2. 「例外」がほぼ制度化され、条件の厳しいルールに変わったこと
  3. 232・相互関税・その他追加関税が“レイヤー構造”で重なるようになったこと

です。

特に日本企業にとっては、

  • うちは完成品だから232は関係ない
  • これまで免除だったから今回も大丈夫

といった感覚は、ほぼ通用しなくなっていると考えた方が安全です。

USMCA再検証と中南米関税再編の動向

北米・中南米でいま、「USMCA再検証」と「関税再編」が同時進行しており、自動車・部品を含む製造業サプライチェーンにとっては、2030年代まで影響し得る大きな転換点になりつつあります。
ここでは、日本のビジネスマン向けに、なにが起きているのか/何がリスクか/いま何を準備すべきかを整理します。


1. USMCA再検証:2026年レビューと「サンセット条項」の正体

1-1. 2026年の「共同見直し」と2036年サンセット

USMCAは、16年の有効期間+6年ごとの見直しという仕組みを持つ協定です。

  • 発効:2020年7月1日
  • 初回の「共同見直し(joint review)」:2026年7月1日
  • 協定の有効期限:2036年7月1日(発効16年後) (CSIS)

USMCA第34.7条では:

  • 2026年レビューで、3か国が「延長したい」と書面で確認すれば、そこからさらに16年間延長(2036→2052年) (whitecase.com)
  • 逆に、2026年で延長意思がそろわない場合:
    • 協定自体は2036年までは継続
    • その間、毎年レビューを続ける義務があり、いずれかのタイミングで3か国が延長に合意すれば、その時点から再度16年延長 (Steptoe)

つまり、「2026年にUSMCAがいきなり終わる」わけではありません。ただし、2026年のレビュー結果次第で「2036年以降のルール」が見えなくなる可能性があり、これは長期投資・拠点戦略にとって大きな不確実性となります。


1-2. 2026年レビューで議論になりそうな論点

各種専門家レポートを見ると、以下の論点が焦点になると見られています。(CSIS)

  1. 自動車・部品の原産地規則(ROO)と域内含有率
    • エンジン、トランスミッション、バッテリーなど主要部品の「地域価額含有率(RVC)」要件は、既に高水準。
    • OEM・部品メーカーからは「コスト負担が大きい」「サプライヤーの選択肢が狭まる」との声も強い。
    • 一方で、米国側は「さらなる国内回帰」「対中国依存低減」を重視しており、より厳格化を求める可能性も。
  2. 労働・環境・強制労働条項の運用強化
    • 労働章の急速な適用(特にメキシコの工場)や、強制労働関連の輸入制限は、サプライチェーン全体にコンプライアンスコストを上乗せ。
    • 2026年レビューでは、通報制度の拡充や対象産業の拡大が議論される可能性。
  3. デジタル貿易・サービスルールのアップデート
    • データローカライゼーション、AI・クラウドサービスを巡る規律強化。
    • 物流・サプライチェーンのデジタル化が進む中で、関税だけでなく“非関税ルール”の変更リスクも増大。

1-3. 日系企業にとっての具体的リスク

自動車・部品メーカーを中心に、日系企業が直面し得る主なリスクは次の通りです。

  1. 長期投資の「回収期間」とUSMCAのタイムラインのズレ
    • EV工場やギガファクトリーなど、投資回収期間が10〜15年に及ぶ案件では、
      「2036年までのルールは見えているが、その先は見えない」という状態が続く可能性。
    • 2026年レビューで延長の方向感が見えない場合、**北米投資の意思決定に“割増しリスクプレミアム”**が必要になる。
  2. ルール変更に伴う“原産地証明のやり直し”リスク
    • 原産地規則が改定された場合、調達BOM・工程表・サプライヤー宣誓書の全面見直しが発生。
    • 「メキシコ組立→米国輸出」のモデルなどは、USMCAの適用可否が価格競争力を左右するため、ちょっとしたルール変更でもマージンに大きく響く。
  3. “政治リスク”としてのUSMCA
    • サンセット条項は、実務的には「定期的に再交渉が起こり得る」ことを意味し、
      米国大統領選・議会構成次第でトーンが変わる、政治変動に直結する貿易枠組みになっている。
    • 投資委員会向け説明や社内稟議では、「関税リスク」だけでなく、
      “USMCA再交渉リスク”を明示しておくことが求められるフェーズに入っています。

2. 中南米「関税再編」:メキシコ・ブラジルを中心に何が変わるか

2-1. メキシコ:非FTA国向け自動車関税最大50%案と1,400品目の増税

メキシコ政府は、2026年経済パッケージの一環として、
FTAを締結していない国(中国・インド・一部アジア諸国など)からの輸入品に対する大幅な関税引き上げ案を提示しました。(Reuters)

主なポイント:

  • 自動車(完成車)
    • 非FTA国からの乗用車輸入関税を、現行レベルから**最大50%**まで引き上げる案。
    • 対象には中国車が事実上含まれ、米国からの圧力に応えた“対中けん制”と解釈されている。
  • 約1,400〜1,463品目の輸入品
    • 鉄鋼、繊維、電子機器、自動車部品など広範な品目で、最大35%(一部50%)までの関税引き上げを可能にする法改正案。(The Journal Record)
  • 中国商務省はこれに反発し、「メキシコの対中輸入抑制策」として強く批判。(中国商務部)

実務的な読み方

  • メキシコは、USMCAの枠内で「対中輸入を絞る」ことで、対米交渉のカードを増やしているとも言えます。
  • 非FTA国からメキシコに直接輸出する完成車・部品ビジネスは、価格競争力を一気に失う可能性が高い。
  • 一方で、日墨EPA・日メキシコFTAを持つ日本企業にとっては、相対的な優位性が高まるシナリオもあり得る。

2-2. ブラジル:EV・自動車を中心とした関税見直し

ブラジルでは、EVやハイブリッド車の輸入関税に関する見直しが進んでいます。

  • 現行:
    • HEV:28%、BEV:25%(CKD/SKDも完成車と同率)(Argus Media)
  • 方針:
    • 2027年1月までに、HEV/BEVともに輸入関税を35%に統一・引き上げ
    • 一部のCKD/SKD向けに、上限額付きの免税枠を設定する動きも報じられている。(electrive.com)

加えて、ブラジル政府はインフレ抑制策として一部の基礎食品の輸入関税を撤廃しており、
**「消費者物価対策としての減税」と「産業保護としての増税」が並走している」のが特徴です。(フィナンシャル・タイムズ)


2-3. なぜ中南米の関税がここまで動いているのか

背景には、以下の3つの要因が絡み合っています。

  1. 中国からの輸出攻勢への警戒
    • 中国は国内EVシフトにより余剰となったガソリン車を、ラテンアメリカ・東欧・東南アジアなどへ大量輸出しているとの報道。(Reuters)
    • メキシコやブラジルは、この“安価な中国車の洪水”から国内産業を守るべく、関税引き上げで対応。
  2. 米国との関係と「対中包囲網」への参加圧力
    • 米国は自国の関税政策に加え、同盟国・近隣国にも対中依存低減を求める方向。
    • メキシコの関税引き上げ案は、**USMCAパートナーとしての“同調アピール”**という側面も持つ。
  3. 財政・産業政策としての関税
    • インフレ対応で一部食品関税を下げる一方、自動車・鉄鋼などで関税を引き上げ、
      財政収入と雇用維持を両立させたいという各国共通の思惑がある。

3. 北米×中南米をどう見るか:日本企業の視点

3-1. 3つの時間軸で整理する

  1. 短期(〜2026年)
    • メキシコの関税引き上げ法案がいつ・どの水準で成立するか。
    • USMCA 2026年レビューに向けた各国のポジション取り。
    • → 「現行案件の採算への影響」と「新規案件の条件見直し」が論点。
  2. 中期(2027〜2030年)
    • メキシコの新関税水準が定着し、非FTA国→メキシコ輸出モデルが縮小
    • ブラジルEV関税の引き上げが、域内生産・現地投資の誘因として働く可能性。
    • → 「どの国をハブに中南米をカバーするか」という拠点戦略の再設計が必要。
  3. 長期(2030〜2036年)
    • 2036年USMCAサンセットが、もう一度「延長か、条件付き延長か」という議論を呼ぶ。
    • → いま仕込む投資が、「2036年以降もUSMCA前提で続くのか」を常にチェックする必要。

3-2. 実務として今すぐやっておきたいチェックリスト

① HSコード+関税率マッピングの見直し

  • メキシコ向け主要製品について:
    • HSコード(少なくとも4桁〜6桁レベル)ごとに、
      • 現行MFN関税
      • FTA適用後の税率(日本・EU・USMCAなど)
      • 2026年以降に想定される新税率(案ベース)
        を一覧にしておく。
  • 中南米各国向けの**「関税影響シミュレーション用Excel」**を社内標準フォーマット化すると、社内説明が楽になります。

② サプライチェーンの“北米依存度”と“メキシコゲートウェイ依存度”の棚卸し

  • どの製品が「メキシコ経由で北米・中南米に出ているか」を可視化。
  • 特に、
    • 中国・ASEAN原産の部材を使い、メキシコで組立→北米/ラ米に輸出
      といったスキームは、USMCAレビュー+メキシコ関税引き上げの両方の影響を受けるゾーン。

③ 契約条件への「関税変動条項」の織り込み

  • 2026年USMCAレビューやメキシコ関税改正に備え、
    • 「関税率がX%以上変動した場合、価格調整協議を行う」
    • 「FTA/EPA適用不可となった場合の責任分担」
      などを、長期供給契約にあらかじめ盛り込んでおく。

④ 社内ガバナンス:通商・法務・事業の連携体制

  • USMCA再検証や中南米関税再編は、単なる通関現場の問題ではなく、事業戦略レベルのテーマ
  • 通商担当だけでなく、
    • 経営企画
    • 海外事業統括
    • 法務・リスク管理
      を巻き込んだクロスファンクショナルチームでモニタリングする体制を作る価値があります。

4. まとめ:北米と中南米は「別々」ではなく一体で見るフェーズへ

  • USMCA 2026年レビューは、2036年サンセットを見据えた「長期ルールの入り口」を決めるプロセス。
  • メキシコ・ブラジルを中心とする中南米関税再編は、対中輸出攻勢・米国との関係・国内雇用保護という複数の思惑が交錯しながら進行中。
  • 日本企業にとっては、
    • 「北米=USMCA」「中南米=個別FTA」という従来の見方から、
    • **「北米(USMCA)+中南米(メキシコ・ブラジル・周辺国)の一体サプライチェーン設計」**へと発想を切り替えるタイミングに来ています。

いまのうちに、HSコード・原産地規則・関税シナリオを整理し、「もしUSMCA条件がこう変わったら/メキシコ関税がこの水準まで上がったら」というシミュレーションを回しておくことで、2026年以降の不確実性に対しても、社内で納得感のある意思決定ができるようになるはずです。


HS2022の次の年をAIに尋ねる

AIの回答が今でも間違うことが多い。現行HSコードの年次は2022だが、次回はHS2028。しかし、AIの回答は間違う。

気を付けなければ、

Gemini 3 Pro

結論から申し上げますと、HS2028ではなく、「HS2027」が正解です。
HSコード(世界税関機構・WCOが定めるもの)は、原則「5年ごと」に改定されます。
改定のサイクル

  • 前回:HS2017
  • 現在:HS2022(2022年1月1日発効)
  • 次回:HS2027(2027年1月1日発効予定)
  • 次々回:HS2032(予定)
    展示会でのトーク・戦略への活かし方
    現在開発されている「HS Code Finder Gemini」にとって、この情報は「製品の将来性」をアピールする良い材料になります。
    アピール案:

「2027年にはまた大規模な『HS2027改正』が控えています。紙の表を買い直して覚え直すのは大変ですが、このAIなら2027年版へのアップデートも自動で対応します(※予定であれば)。」

このように伝えることで、「今だけのツールではなく、将来の法改正リスクもヘッジできるツール」としての価値が高まります。

ChatGPT GPT Thinking

はい、その認識で大丈夫です。
現行の HS2022 の次の年次版は「HS2028」です。

なぜ HS2028 なのか(ごく簡単に)

  • 本来は 5年ごと:
    HS2012 → HS2017 → HS2022 → HS2027(予定) というサイクルでした。
  • しかし、コロナ禍などで見直し作業が遅れ、
    今回のサイクルだけ 6年に延長され、発効年が 2028年1月1日にスライドしました。
  • WCO のハーモナイズド・システム委員会(HSC)の公式ニュースでも、
    HS 2028 Nomenclature の改正案を審議・採択した」と明記されています。

そのため、ビジネス文書やブログ、社内説明では:

現行:HS2022(第7版)
次期:HS2028(第8版、2028年1月1日発効予定)

と書くのが、2025年時点での最新かつ公式情報に沿った整理になります。